■桐藤ナギサと空崎ヒナは、実は付き合っている 作:あばなたらたやた
空崎ヒナと桐藤ナギサ。
学園のトップである二人は道を歩き、古い木製のベンチへ腰を下ろした。穏やかな時間が流れる一方で、それぞれの表情には隠しきれない疲労が滲んでいる。
「ヒナさん、お疲れではありませんか?」
「ナギサこそ」
即座に返ってきた言葉に、ナギサは少し驚く。
「トリニティも大変なんでしょう。無理して笑ってるように見える」
ナギサは苦笑した。
「お見通しですね。最近は紅茶に随分助けられています」
「それじゃ足りない」
ヒナはポケットから小さなチョコレートバーを取り出し、無造作に差し出した。
「疲れてるなら食べて」
「ありがとうございます」
ナギサは嬉しそうに受け取る。
「代わりに、こちらもどうぞ」
小さな缶から手作りのクッキーを取り出す。
「……美味しいわ」
静かな咀嚼音だけが庭園に響く。
互いを気遣う、その何気ない時間が二人には何より心地よかった。やがてナギサは空を見上げ、小さく呟く。
「エデン条約……本当に平和へ繋がるのでしょうか」
ヒナは少し考えてから答えた。
「難しいわ。条約があっても揉め事はなくならない。結局、誰かが守り続けるしかない」
「そうですね……」
「めんどうくさいわ」
「はい、とても」
ナギサは静かに頷く。
「でも、こうしてヒナさんと過ごしていると、その『めんどくさいこと』を少しだけ忘れられる気がするんです」
ヒナは肩をすくめた。
「いい表現ね」
その言葉だけだった。けれど二人の間には、言葉以上の穏やかな空気が流れていた。
夕暮れ。
舞い落ちる桜を見つめながら、ナギサは小さく尋ねる。
「争いのない日が、本当に来ると思いますか」
ヒナはしばらく黙っていた。
「簡単じゃない。でも……来てほしいとは思うし、それに向かうって努力するべきだと思う」
ナギサは柔らかく微笑む。
「その日が来たら、またこうしてお茶を飲みましょう」
「……その時は、私もコーヒーだけじゃなくて、ナギサの紅茶を飲んでみるわ」
二人は顔を見合わせ、静かに笑う。
「約束、ですね」
「ええ」
短い返事だった。
それでも、その約束は何より大切なものになった。
――エデン条約調印式当日。
巨大な講堂には、トリニティとゲヘナの代表者が集っていた。ナギサは壇上で条約の意義を語り、ヒナは会場の警備に目を光らせる。
その瞬間だった。
空を裂く轟音。
直後、講堂が爆炎に包まれる。
ガラスが砕け、天井が崩れ、人々の悲鳴が響き渡った。ヒナは爆風に吹き飛ばされながらも、すぐに立ち上がる。
「……何?」
煙の向こうを見た瞬間、息を呑んだ。
崩れた壇上。
その瓦礫の下に、血に染まった白いドレスが見える。
「……ナギサ!」
炎を踏み越え、瓦礫を掻き分ける。ようやく抱き寄せた彼女の身体は冷たく、呼吸は弱々しかった。
「しっかりして。こんなところで終わるわけにはいかないでしょう」
ナギサは薄く目を開ける。
「ヒナ……さん……」
震える指先が伸びる。だが、その手は途中で力なく落ちた。
「ごめんなさい……約束……」
「大丈夫」
その言葉を遮るように、ヒナは彼女を抱き寄せる。
その時だった。
煙の向こうから武装した影が現れる。
ガスマスクを被った襲撃者たち。
「平和条約など幻想だ」
冷たい声が響く。
ヒナは静かにナギサを横たえ、立ち上がった。
その紫の瞳から、感情が消えている。
「…………よくも」
銃声が響く。
敵が次々と倒れていく。
「めんどくさい」
静かな声だった。
「本当に……めんどくさい」
その一言に込められていたのは、怒りだった。
襲撃者は途切れることなく押し寄せる。
弾丸が飛び交い、炎が燃え広がる。
それでもヒナは一歩も退かなかい。背後には、守るべき人がいる。
それだけが、彼女を立たせていた。
――「また一緒に紅茶を飲みましょう。」
約束だけは、まだ終わらせない。
その想いだけを胸に、ヒナは炎の中で戦い続けた。