■桐藤ナギサと空崎ヒナは、実は付き合っている 作:あばなたらたやた
講堂は炎に包まれていた。
崩れ落ちた天井。立ち込める黒煙。焼けた瓦礫の隙間から火の粉が舞い上がり、調印式の面影はどこにも残っていない。
その中心で、ヒナは静かに立ち上がる。
足元には血に染まったナギサ。煙の向こうから、黒い戦闘服に身を包んだアリウス部隊が姿を現した。
「生存者を確認」
「全員始末しろ」
冷たい命令が響く。
ヒナはナギサをそっと地面へ横たえ、愛銃《破壊の宣告》を構えた。
紫の瞳から、一切の感情が消える。
「……ナギサに手を出した時点で、あなたたちは終わりよ」
銃声が鳴った。
先頭にいた兵士の額を、一発で撃ち抜く。
「撃て!」
十数丁の自動小銃が火を噴く。だが、ヒナの姿はすでになかった。爆発で崩れた柱を蹴り、瓦礫を足場に駆け抜ける。
残されたのは煙に揺れる残像だけ。
「どこだ!」
兵が叫んだ瞬間、その背後から銃声が響く。
心臓を撃ち抜かれた兵士が崩れ落ちる。振り返った二人にも、続けざまに二発。急所だけを正確に貫き、ヒナは次の敵へ向かう。
ナイフを振りかざした兵士が飛び込む。ヒナは刃を片手で受け止めると、その腕を捻り上げた。
鈍い音とともに骨が砕ける。
苦鳴を上げる暇もなく腹部へ膝を叩き込み、その身体を瓦礫へ叩きつけた。
「……めんどくさい」
爆発。
手榴弾が次々と転がる。
ヒナは炎の中へ飛び込み、空中で体勢をひねる。銃声と共に投擲した兵士が倒れる。続く二人も、一瞬で沈黙した 残された重機関銃手が弾幕を張る。コンクリート片が飛び散る中、ヒナは射線を見切り、瓦礫の陰から飛び出した。
「終わり」
兵はその場に崩れ落ちた。
静寂が戻る。
立っているのはヒナだけだった。
ヒナはすぐにナギサを背負う。
「……もう大丈夫。絶対に助ける」
返事はない。
弱々しい呼吸だけが背中から伝わってくる。講堂を出た瞬間、街の惨状が目に飛び込んだ。
崩れたビル。
炎上する道路。
空を覆う黒煙。
巡航ミサイルの爆撃は、まだ終わっていなかった。熱で溶けたアスファルトを踏みしめるたび、靴底が焼ける。
それでもヒナは走る。
「ナギサ……耐えて」
背中の体温だけを確かめながら。
遠くで悲鳴が響く。
「助けて!」
「ヒナ様!」
ゲヘナの生徒。
トリニティの生徒。
助けを求める手が、瓦礫の中から伸びている。
ヒナの足が一瞬だけ止まる。
(……助けられる)
胸が痛んだ。風紀委員長として、生徒を守ることが自分の役目だった。
あの子たちは、今も自分を信じている。
それでも――。
背中から微かな咳が聞こえた。
「……っ」
ヒナは唇を噛む。
「ごめんなさい」
誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
再び走り出す。火傷で足の感覚はとうに失われていた。肺が焼けるように熱い。視界も霞む。それでも止まれない。
(私は風紀委員長失格かもしれない)
一人でも多く救うべき立場でありながら、今は一人しか見ていない。
それでも。
(……ナギサだけは、絶対に死なせない)
その想いだけが、ヒナの身体を動かしていた。やがて煙の向こうに、まだ崩れていない建物が見える。
簡易医療施設だった。
ヒナは最後の力を振り絞る。
「ナギサ……!」
その名を呼びながら、炎に包まれた街を駆け抜けた。