桐藤ナギサと空崎ヒナは、実は付き合っている   作:再誕計画シリーズ

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六話

 

 

 

 アリウス自治区は灰と化した。ゲヘナの戦術によってテロリストは殲滅され、キヴォトスに一時的な平和が訪れていた。エデン同盟は勝利を祝い、トリニティとゲヘナの生徒たちは疲れ果てながらも、再建へと動き始めていた。だが、空崎ヒナの心に安堵はなかった。

 

 病室のベッドで眠り続ける桐藤ナギサの姿が、ヒナの胸を締め付けていた。彼女の顔は穏やかで、微かな呼吸が続くものの、目覚める気配はない。

 

 医師たちは「時間が必要だ」と繰り返すが、ヒナにはその言葉が空虚に響くだけだった。

 

「ナギサ……私があいつらを全て片付けたのに、なぜあなたは戻ってこないの?」

 

 ヒナの手がナギサの冷たい指を握り、声には抑えきれぬ焦りが滲んでいた。報復を果たしたはずなのに、彼女の心は満たされず、むしろ深い虚無に苛まれていた。

 

 その夜、病室の窓辺に不気味な影が現れた。黒いスーツに身を包み、顔を隠した男——ゲマトリアの黒服だ。彼の声は低く、まるで闇そのものが語りかけるようだった。

 

「はじめまして。空崎ヒナさん。貴方とお話したいのです」

 

 ヒナは即座に銃を抜き、黒服に狙いを定めた。

 

「誰? 近づかないで」

 

 だが、黒服は動じず、静かに手を挙げて制した。

 

「敵意はありません。むしろ、貴方の願いを叶えるための提案です。桐藤ナギサさんを目覚めさせたくはありませんか?」

 

 ヒナの瞳が鋭く光った。銃口は下がらないが、心が揺らいだ瞬間だった。

 黒服は淡々と説明を始めた。

 

「我々ゲマトリアは、ある儀式を準備していました。執行者はベアトリーチェ。アリウスを扇動し、エデン条約式典を襲わせた元凶です。彼女は桐藤ナギサさんをあの状態に追いやった張本人でもあります」

 

 ヒナの指が引き金に力を込めた。ベアトリーチェの名を聞くだけで、怒りが全身を駆け巡った。

 

「元凶が生きている……」

 

黒服は冷たく笑い、言葉を続けた。

 

「はい。しかし彼女を殺すだけではナギサさんは戻らない。ベアトリーチェは儀式を通じて、自らの目的……おそらくキヴォトスの支配を完成させようとしている。しかし、その儀式を乗っ取れば、ナギサさんの魂を呼び戻すことが可能です」

 

 ヒナの目が細まった。

 

「乗っ取る? どうやって?」

「我々が協力します。儀式の詳細、ベアトリーチェの弱点、全てを提供しましょう。ただし、貴方には彼女を排除し、儀式を成功させる役割を担ってもらう。これは『絶対に断れない契約』です。ナギサさんを救う唯一の道なのですから」

 

 病室に重い沈黙が流れた。ヒナの視線はナギサの寝顔に戻り、黒服の言葉が頭の中で反響した。

 ベアトリーチェはナギサを傷つけ、アリウスを操り、キヴォトスを混乱に陥れた存在。

 

 彼女を排除することは、ヒナの復讐心を満たすだけでなく、ナギサを救う希望にも繋がる。だが、ゲマトリアという得体の知れない組織と手を組むことに、強い抵抗があった。

 

「貴方達を信じろと言うの?」

 

 黒服は肩をすくめた。

 

「信じる必要はありません。契約は我々の利害が一致する限り有効です。要は、貴方がベアトリーチェを排除してくれればそれで良いのです。そして貴方はナギサさんを救いたいなら、これ以外の選択肢はない」

 

 ヒナは銃を下ろし、ナギサの手を強く握った。彼女の心は葛藤に揺れていた。ゲヘナの誇り、風紀委員会の規律——それらを捨ててでも、ナギサを救う価値があるのか。だが、ナギサの微かな呼吸が、ヒナの決意を固めた。

 

「……いいわ。その契約、受ける。ただし、ベアトリーチェは私が殺す。それだけは譲らない」

 

 黒服は満足げに頷く。

 病室に再び静寂が戻った。ヒナはナギサの額に触れ、静かに呟いた。

 

「待ってて、ナギサ。私があなたを取り戻す。どんな代償を払っても」

 

 病室の窓辺に立つゲマトリアの黒服は、空崎ヒナに冷たく告げた。

 

「ベアトリーチェの目的は一つだけ。自身の強化。それ以外に興味はありません」

 

 ヒナの眉が僅かに動いた。ナギサの手を握る彼女の指に力がこもり、黒服の言葉を咀嚼するように沈黙が続いた。

 

「自己の強化……? それだけのためにナギサはこんな目に? それにアリウスを?」

 

 黒服は静かに頷き、闇に溶けるような声で説明を始めた。

 

 ベアトリーチェにとって、力は全てだった。自らの弱さを許せなかった。かつての敗北は彼女に深い屈辱を刻み込んだ。

 それ以来、ベアトリーチェは力を求める亡魂となり、どんな手段を使っても自身を高めることに全てを捧げていた。

 

 エデン条約式典の襲撃は、彼女にとって単なる破壊行為ではなかった。あの場に集まったトリニティとゲヘナの精鋭たち、その力を吸収し、自らの肉体と精神を強化する実験だった。

 

 黒服が明かしたところによると、ベアトリーチェはゲマトリアの技術を使い、他者のヘイローや生命力を奪う術を研究していた。

 

「桐藤ナギサさんを標的にしたのは、彼女の持つ力が特別だったからです。ティーパーティーの一員として、ナギサはキヴォトスの神秘に深く結びついている。ベアトリーチェはそれを奪おうとした」

 

 ヒナの瞳が鋭く光った。ナギサの昏睡は、ベアトリーチェが彼女の力を吸い取った結果なのかもしれない。

 

 ベアトリーチェが準備する儀式もまた、自身の強化のためのものだった。ゲマトリアの黒服がヒナに明かした計画によれば、儀式はキヴォトスの「神秘」を一手に集め、ベアトリーチェの体に宿すためのものだった。

 

 アリウスを扇動し、テロを起こさせたのは、その混乱の中で必要なエネルギーを集めるため。彼女にとって、アリウスの生徒たちはただの道具であり、キヴォトスの秩序や虚無など、どうでもいいものだった。

 

「彼女は支配も復讐も求めていない。ただ、自身を無敵の存在に変えることだけが目的てす。ナギサさんの力を奪っただけでは足りなかったのでしょう」

 

 黒服の言葉に、ヒナの胸に怒りが沸き上がった。ナギサを傷つけた理由がただの私利私欲のための自己強化なんていうのは到底許せるものではなかった。

 

 ベアトリーチェがヒナを儀式の場に引き込もうとする理由も、彼女の強化への執着にあった。黒服が不気味な笑みを浮かべて続けた。

 

「貴方はゲヘナの風紀委員会を率い、アリウスを殲滅した強者だ。ベアトリーチェにとって、貴方の力は最後の欠片——彼女を完全にするための最後の試練であり、供物です」

 

 ヒナの手が震えた。ベアトリーチェは、ヒナを倒し、その力を奪うことで、自身の強化を完成させようとしている。ナギサを昏睡に追い込んだのも、アリウスを犠牲にしたのも、全ては自らの力を高めるための計算だった。

 ヒナはナギサのベッド脇に膝をつき、彼女の冷たい手を握りながら呟いた。

 

「自分の力のためだけに……ナギサをこんな目に遭わせたの」

 

 彼女の声には怒りと哀しみが混じっていた。ベアトリーチェの動機が、虚無や復讐ではなく、純粋な自己強化への執念だと知った今、ヒナの復讐心は新たな形を取った。

 

「黒服、その儀式の場所を教えて。私がその女を叩き潰して、ナギサを取り戻すわ」

 

 黒服は満足げに頷き、影の中へと消えた。

 

「貴方の力なら、彼女を止められるかもしれない。儀式は三日後の夜です」

 

 ヒナは立ち上がり、銃を手に握り直した。窓の外で風が唸り、キヴォトスの静かな夜に戦いの予感が漂っていた。ベアトリーチェの強化への執着は、ヒナとナギサの絆を試す最後の戦場となるだろう。

 

 

 アリウス自治区の灰が冷え切った翌日、空崎ヒナはミレニアムサイエンススクールの最深部へと足を踏み入れていた。

 

 ゲヘナの戦術でテロリストを殲滅した彼女だったが、ベアトリーチェとの対決を前に、さらなる準備が必要だった。

 

 ゲマトリアの黒服が示した「儀式の夜」まで残された時間はわずか三日。

 ヒナの頭には、桐藤ナギサを救うための最善の策が渦巻いていた。

 

 ミレニアムの研究棟は、冷たい金属と無機質な光に満ちていた。

 ヒナの前に現れたのは、調月リオ——ミレニアムの生徒会「セミナー」の会長であり、科学と技術の天才として知られる少女だった。

 彼女の長い黒髪が揺れ、鋭い眼差しがヒナを値踏みするように見つめた。

 

「空崎ヒナ。ゲヘナの風紀委員長がこんな場所に来るなんて珍しいわね。何か用かしら?」

 

 リオの声は冷たく、しかしどこか興味を隠しきれていなかった。ヒナは迷わず本題に入った。

 

「最新の装備を融通してほしい。ミレニアムの技術なら、私の目的を叶えられるはず」

 

 リオの眉が僅かに上がる。

 

「使い道はなに? アリウスはもう滅んだと聞いているけれど」

 

 ヒナは一瞬、ナギサの寝顔を思い浮かべたが、感情を押し殺して答えた。

 

「ベアトリーチェ、ナギサを昏睡に追い込んだ張本人が、儀式を企てている。それを阻止して、ナギサを救う。そのためには、ゲヘナの火力だけじゃ足りない。貴方に得となる条件もある。何かあれば私が手を貸すわ」

 

 リオは目を細め、ヒナの言葉を静かに吟味した。やがて、彼女は小さく笑った。

 

「合理的ね。感情に流されず、目的のために最適な手段を選ぶ。貴方なら、私の技術を無駄にしないでしょう」

 

 リオが立ち上がり、研究棟の奥へとヒナを案内した。そこには、ミレニアムの最新技術が結集した装備が並んでいた。

 

 光沢のある黒い銃器、強化外骨格スーツ、ドローン型の支援ユニット——どれもがゲヘナの粗野な武器とは一線を画す洗練されたものだった。

 

「これが『アヴァンギャルドシリーズ』よ。エネルギー効率を極限まで高めた装備群で、単独での戦闘能力を劇的に引き上げる。貴方のスタイルに合わせれば、ベアトリーチェだろうが何だろうが、粉砕できる」

 

 ヒナは銃を手に取り、その軽さと精密さに僅かに目を細めた。確かに、これなら儀式の場でベアトリーチェを圧倒できるかもしれない。だが、リオが次に口にした言葉に、ヒナの動きが止まった。

 

「ただし、条件があるわ。私にも貴方の協力が必要なの。知っているかも知れないけど説明させて」

 

 ヒナがリオを見ると、彼女の表情は一変して真剣さを帯びていた。

 

「キヴォトスには、ベアトリーチェ以上の脅威が眠っている。『神々の遺産』——古代の技術と神秘が融合した存在で、目覚めればこの学園都市を滅ぼすほどの力を持つ。ベアトリーチェの儀式が、その引き金を引く可能性がある」

 

 ヒナの胸に冷たい感覚が走った。ナギサを救うための戦いが、キヴォトス全体の運命に関わる?

 

「私一人でそんなものに立ち向かえと?」

 

 リオは首を振った。

 

「一緒に戦うわ。貴方がベアトリーチェを倒し、儀式を止めた後、私が神々の遺産を封じる。そのために、貴方の戦闘力が必要なの。どうかしら?」

 

 ヒナは一瞬だけ目を閉じ、頭の中で状況を整理した。

 ベアトリーチェを倒し、ナギサを救う。それが最優先だ。だが、リオの言う「神々の遺産」が現実の脅威なら、キヴォトスの平和を守ることも、ナギサが目覚めた後の未来を守ることにつながる。

 彼女の合理的な思考が、答えを瞬時に導き出した。

 

「分かった。その条件、飲む。装備が欲しい」

 

 リオの唇に満足げな笑みが浮かんだ。

 

「交渉成立ね。ではこれを」

 

 リオが手招きすると、ミレニアムの技術者たちが動き出し、アバンギャルドシリーズをヒナに合わせて調整し始めた。

 強化スーツが彼女の体にフィットし、銃器が手元に渡され、ドローンが起動音を立てた。ヒナは装備を手に、冷徹な声で呟いた。

 

「ベアトリーチェ、これで終わらせる。ナギサを……私を、侮った代償を払わせる」

 

 リオが背後から付け加えた。

 

「儀式の後、私と一緒に神々の遺産に立ち向かうことを忘れないでほしいわね。キヴォトスの未来は、貴方の手にもかかってるわ」

 

 それは生きて帰ってこい、という不器用な優しさだった。

 

 

 

 

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