生存報告と共に投稿します。
未明、帝都の地下水路─────
「はぁっ・・・!ひぃっ・・・!」
帝都の地下にある巨大な水路、恐らくは誰もその全容を知らないであろう空間を1人の男が息を切らしながら走っていた。
男は帝国時報の記者であり日々記事にすべき様々な事をジャンル問わず追うのが仕事であり生き甲斐でもある。
そんな彼が何故こんな所を必死に走っているのか。
そもそも彼は同僚の記者2人とで計3人でこの場を訪れたのだ。
目的は帝都の地下水路でされているという謎の取り引きについての噂の真偽を測るためだった。
何日も1つの水路の入口を隠れながら見張っていたある日、妙に生気のない不審な男が地下水路へと入っていく姿を目にした。
これは特ダネの香りだ!
そう考えて3人でそのあとを追った、そして見つけてしまった。
追った男が懐からある物を取り出し自分の顔に着けた、異変が起きたのはその瞬間だった。
「お・・・ごぉ、あが・・・!」
男が急に苦しみ出しそのまま膝を着き悶え始めた。
地面を殴り壁を引っ掻き柱に頭を打ち付ける。血が出始め拳から嫌な音が聞こえてもその動きは止まらなかった。
その光景を記者たちは唖然としながら見ていると男の動きがピタリと止まる。
次に男は声を上げて笑い始めた。
何がそんなに愉快なのか、腹を抱えて高笑いを始める。
そんな男の背中は少しずつ膨れ始める。
始めは気の所為かと思うような、ただ猫背になっただけに見えていたが徐々にその大きさは増していき最終的には背中に甲羅でも入っているかのような大きさにまで膨らんでいた。
そして最後に男の────
「アハ、アハハっぎごがべ!?」
笑い声が途切れた瞬間、背中が弾けた。
弾けた背中から出てきたのは10個以上の白い狐のお面で不思議と全て表が上を向いて飛び出していた。
「お、お面?」
記者の1人が小さく呟くと今度はお面がカタカタと音を立てて震え出す。
面の裏から黒いものが出始め少しずつ人の形を形成しそれらが終わる頃にはまるで何の変哲もない黒い法被を着た顔に白い狐面をしている集団が完成した。
「《デレタ》《デレタ》《デレタ》」
あの中の誰が喋ったのか少しぎこちの無い声で話す。
今度はその中の一体が完全に事切れた男を指さし言った。
「《コワレタ》《コワレタ》《コワレタ》」
「《モウツカエナイ》《イラナイ》《ムカチ》」
指を差した一体の言葉に答えるように違う個体が返すと狐面たちは男の死体を水路に押し出す。
ドポンっという音と共に男の死体は水路へ流された。
「あれ、やばくないか・・・?」
「あぁ、気づかれないうちに逃げよう」
「そうだな・・・」
光景を全て見ていた記者達は自分たちがとんでもないものを追っていたことに気づき退散することにした。
持っているカバンに撮影用の導力カメラを仕舞い、ノートをポケットに突っ込む。
そんな時だった。
カシャンというこの場では場違いで妙に目立つ音が響いた。
「ば、バカ!」
「ご、ごめん・・・」
1番後ろにいた1人の記者が手を滑らせペンを落とした。
逃げ始める2人を見て慌ててペンを拾うために頭を下げてペンを取り顔を上げる。
「《ミラレタ》《サンニンイル》《シトメロ》」
顔を上げた記者が見たのは目前まで迫ってくる大量のお面だった。
「うぎゃぁぁぁぁ!?」
狐面はまるで雪崩のように逃げ遅れた記者へと襲い掛かる。
突き飛ばされ倒れた記者を覆い被さるように群れいつの間にかその手に持っていたナイフで滅多刺しにした。
「逃げろ!」
残った2人の記者は慌てて走り始める。
「《ニゲタ》《オエ》《ニガスナ》」
変わらずぎこちの無い淡白な声と共に狐面たちも追い始める。
カランコロンとまるで下駄を履いてるような足音が記者達を追う。
途中、もう1人の記者が足をもつれさせて転んだ。
次の瞬間には狐面たちに覆いかぶさられて1人目と同じ運命を辿った。
仲間の悲鳴と懇願を背に受けながらも記者は走った。
そして─────
「行き、止まり・・・」
記者が走っていた帝都の地下水路は全貌が知られていない巨大な空間、そんな所で宛もなく逃げ回っていてはこうなるのも仕方の無いことではあるのかもしれないが記者にとっては絶望でしかなかった。
「は、はは・・・」
あまりの絶望に記者はその場にへたり込む、しかしその際にカシャンとバックからあるものが落ちた。
「これは・・・!」
落ちたのは普段使うことが無い故に長年バックの底にしまっておいた火薬式の銃、資金に余裕の無い記者では導力銃などは手が届かず妥協する形で購入した品だった。
記者は震える手で銃を取り中の弾を数える。装填されていたのは6発、少ない上に狐面たちは少なくとも10人はいた。
だが対抗手段があると少しだけ勇気が出たのか記者は立ち上がり自分が来た道に銃口を向ける。
「く、くるなら来い!・・・風穴開けてやる!」
震えながらも己を鼓舞するように声を上げる。
少しすると下駄のようなカランコロンという音が近づき、やがて暗闇から狐面が1人出てきた。
「《イタ》」
「へ、へへへ・・・来いよ、ぶっ殺してやる!」
近付いてくる狐面に対して記者は吠えるように声を上げ震える銃口を向ける。
しかし狐面は気にもとめずカランコロンと音を立てて速度も落とさずに歩いて来る。
その様子に記者の虚勢が剥がれ遂に耐えきれず叫んだ。
「く、く来るんじゃねぇ!」
そう叫んで記者は狐面に向かって引き金を引いた。
1発目、2発目当たらない
3発目狐面の顔の横を掠める、4発目当たらない
「《ムイミ》」
「うるっせぇ!」
煽るような狐面の言葉に記者はなかば半狂乱になりながら最後の2発を撃った。
「《ア・・・》」
その弾丸は2発とも近付いていた狐面の胸元に命中し、狐面からは間の抜けたような声が聞こえた。
「へ、へへへ・・・ざまあみろぉ・・・」
力の無い声を発して記者は笑う。
一方狐面は仰向けに倒れそのまま動かない。穴の空いた服からは赤と言うよりも少し黒さが混ざったような血が流れ出しており、出血量を見てもう助からないことは明確だった。
「《ア・・・アあ・・・》」
狐面が小さく声を漏らす、不思議と先程のような淡白な声ではなく抑揚のある男性の声になり始め、痙攣しながらも右手で自身の狐面を外す。
そこにあったのは生気の無い、しかし妙に安堵したような男性の顔で天井を見上げながら言葉を漏らす。
「やっ、と・・・・・終われた・・・」
掠れた声で言ったその言葉、直後男はまるで風船が萎むようにまるで水をあげなかった植物が枯れていくように干からびていく。
変化が終わる頃にはまるで骨と皮だけのようなミイラが出来上がっていた。
「な、なんだよこれ・・・」
一部始終を見ていた記者は目の前の光景に目を見開き固まる、映像が早送りされるかのような速度の男の朽ち果てように言葉が出なかった。
「《イタ》《ヘッテル》《ヒトリヘッタ》」
記者が唖然としていると次の瞬間地下水路内に狐面の声が響く。
1人倒したとしても他に少なくとも9人いるのだから当たり前なのだが記者が周りを見ても誰もいない。
そもそも行き止まりなので見えないはずがない。
水路内に響いてこそいるが少なくとも遠くからではなく、むしろ近くから声は聞こえていた。
記者が周りを目を凝らしながら見回していると不意に肩に水滴が落ちてきた。
冷たくはない、むしろ少し生暖かく少しドロっとしていた。
「うぇ、なんだよ・・・・」
不快に思いながら記者は天井を見上げ言葉を失った。
そこには天井にびっしりと狐の面が張り付いており少しずつ天井からまるで生えてくるかのように落ちてきていた。
「ひぃっ!?」
生理的に受けつけない光景に記者は腰を抜かす。
やがてある程度天井から身体が生えてくると狐面たちはべしゃりと音を立てて地面に落ちてくる。
そしてそのまま記者の方にゆっくりと近づき始めた。
「お、おいやめろ!来るな、来るなよぉ・・・!」
「《ヒトリヘッタ》《ヘッタラタソウ》」
腰が抜けて動けない記者を狐面たちは寝転がし囲み込み四肢を抑える。
やがて1人の狐面が干からびた男の手から狐の面を取り上げると記者の目の前までやってきた。
「おい、待て!何する気だやめろ、おい!」
「《ヘッタラタス》《コレデイイ》《チョウドイイ》」
その後しばらく記者の悲鳴と怒号が響いた。しかしその騒ぎはいつの間にか消えていた。
その後、通報を受け地下水路に憲兵たちがやって来たがそこにあったのは死後数年は経っていそうな干からびた死体だけだった。
不思議なことにその死体からはまるでタールのような黒い血が流れていたのだが何故かは誰にも知る術はなかった。
ある日の朝、湖の宿場町ミルサンテ─────
帝国の西部、地図で言う歓楽都市ラクウェルから街道を挟んだ小さな宿場町であるミルサンテ、隣街のラクウェルの喧騒がまるで嘘のように感じる長閑な町の湖へ続く道に1人の青年が立っていた。
「・・・・・・」
何かするわけでもなくただその場に立ちじっと湖の方向だけ見ているその青年は少し大きめな袖の余る灰色のレインコートを着ておりフードも被っているため表情は見えにくい。
彼は普段からここにいる訳では無い。
毎月決まった日にこの場所に訪れてはこの場所に立ち、じっと道を見つめる。
そしてある程度時間が経つと諦めたように肩を落とし静かに帰っていくのだ。
そんな彼に1人の女性が声をかけた。
「こんにちは、今日もいらしたんですね」
「・・・確か、ディアナ・・・だったね」
声をかけたのはこの町のまとめ役であるディアナ、毎月が町に来る度に声をかけている。
初めのうちは青年に無視されていたがめげずに挨拶をし続け、最近は少しだけなら談笑も出来るようになった。
「今月もダメでしたか?」
「・・・うん、今回もダメみたいだ・・・以前と同じ質問をするけど・・・」
「立派な杖を持った少し暗めの紫色の長い髪の女性ですよね、残念ですが見ていません」
「そうか・・・」
ディアナの言葉に青年はいつものように肩を落とす。
そんなやり取りをしていると遠くから町の子供たちが走って来た。
「にいちゃん!雨のにいちゃん!また雨降らせてよ!」
「ん?・・・・いや、良いよ」
子供にねだられた青年は少し考えた後に頷くと自身の手のひらを空に掲げる。
変化は直ぐに起こった────
「わぁ・・・」
子供たちが嬉しそうに小さく声を上げる。
雲ひとつ無い空に静かに小雨が降り始め草木をゆっくりと濡らし始め、太陽の光に照らされた雨粒がキラキラと輝く。
「・・・・」
はしゃぐ子供を青年は無表情だが温かく見守る。
「いつ見ても綺麗ですね」
「あぁ、彼女が褒めてくれた・・・僕の特技だ」
「貴方が待っている方、ですよね」
「そうとも・・・」
ディアナの言葉に青年は頷いて答えると歩き始める。
「もう行くのですか?」
「あぁ、今日も彼女は来なかったから・・・じゃあね」
そう言って青年は歩きながら袖をプラプラと振った、ディアナや彼が出て行くのに気付いた子供たちも手を振り返す。
ミルサンテを出て少しすると青年は立ち止まり持っている革製のポーチの中から1枚の写真と白いフクロウの羽を取り出しそれを見つめる。
「君がいなくなってもう8年になるのか、時間というのはあっという間だ・・・それでも昨日の事のように思い出せる」
そう呟き青年は空を見上げる。
彼の待ち人である女性はとても不思議な人物だった。
穏やかで博識で、それでいて旅をする活発さもあった。
彼女は故郷のために帝国を巡回している、と言った。
巡回、という言葉は青年にとって馴染みの無い言葉ではあったが自分と違って目的のある旅をしている彼女の行く末が気になって同行した。
旅の途中、彼女は青年を気遣い色んな街の話や植物の話、文字の書き方、それに彼女自身の家族の話をしてくれた。
俗世に疎い青年にとってそれはとても有意義な時間だった。
そんな彼女はいつも青年と一緒にいる訳ではなかった。
娘がいるという彼女は自分の故郷に巡回の報告をする必要がある為その度に2人は別れて行動した。
その間青年はなんとも言えない退屈さに襲われた。
そうして何度か彼女の居ない退屈さを感じる内に青年は彼女が自分にとって大切な友達だと認識するようになった。
そして七曜暦1196年のある日─────
久しぶりに会った彼女はとても真剣な表情をしていた。
聞けば巡回しているうちに目的の物を見つけられたらしい。
だが彼女の表情は暗いままで何処か思い詰めたものだった。
青年は聞いた
『なんでそんな顔をしているんだ?』
彼女は答えた
『もう戻ってこられないかもしれないの』
その言葉に青年は胸が締め付けられたような感覚を覚え、彼女に協力しようと提案すると彼女は首を横に振った。
『これは私たちの使命だから、友達である貴方を巻き込みたくないの』
そう言って彼女が渡してくれたのが彼女の近くをよく飛んでいる白フクロウの羽と大事にしているという1枚の写真だった。
羽は仄かに白く光り、写真には1人の赤ん坊を慈愛に満ちた笑顔で抱っこしている彼女が写っていた。
『これで心残り無く行けるわ、ありがとう』
そう言って穏やかに笑う彼女に青年は言った
『必ず返すよ・・・・ちゃんと待っている』
そう言って彼女を送り出して─────
「・・・・イソラ、君はもういないのかい?」
青年が呟く。
もう8年も待ち続けた、それどころか別の所に行ってしまったかもと思ってそれこそゼムリア大陸中を廻った。
カルバード共和国より東の衰退し続けている大地にも足を踏み入れた。
それでも彼女は見つからなかった。
写真を雨が濡らす、それを見た青年は水滴に手をかざす。
その瞬間水滴はゆっくりと浮かび上がって写真から離れた。
「濡らす訳にはいかないな・・・・・」
そう言って写真をしまおうとした時、青年は写真の裏の隅に小さく文字が書いてあることに気付く。
偶にしか見てなかったとはいえ今まで気付けなかった事に呆れながら青年はそこに書いてある小さい文字を解読する。
実に8年ぶりにまともに文字を読んだ青年は声に出しながら確認した。
「・・・エ、マ・・・1歳に、なりました・・・」
文字を読み終わり青年は目を見開く、これは多分写真に写っている赤ん坊の名前だとすぐに理解した。
「なら、せめて・・・」
彼女の娘を探そう、彼女の形見になってしまったであろうこれを渡す為に。
青年は空を見上げ目を閉じる、自ら降らせた雨は先程より勢いが少し増したように感じた。
その日、海都オルディス周辺は少し珍しい気象となった。
雲1つ無い空に静かに雨が降り、陽の光も相まって1粒ずつの雨粒は光の玉のように輝く。
空には虹も掛かり、周辺住民たちは楽しそうに空を見上げる。
有り触れた名前で呼ぶならそれは《天気雨》
極東では《狐の嫁入り》とも呼ばれているこの天気はもう1つ呼び方がある。
雲が無いのに雨が降っているその様からまるで天が泣いているように見えることから
《天泣》と
「イソラ・・・君が最後に遺したこの2つ、必ず君の娘に届けるよ・・・」
空を見上げる青年の頬を雨粒が伝った。
ご拝読ありがとうございました。
初めてミナズキが一切出てこない回だったかもしれません。
次話もよろしくお願いいたします。
※感想、高評価励みになりますのでよろしくお願いいたします。
ミナズキが教えてくれた4人の裏の人達、読者の皆様は誰と遭遇したくないですか?
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《蒐集鬼》
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《狐面》
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《死喰み》
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《天泣》