長くお待たせしてしまい申し訳ございません。
ミナズキの視線の先、地下室に行くための扉をみんなで静かに見つめる。見た目はただの年季の入った木製のありふれた扉、しかしこの場にいたってはどうにも禍々しく感じてならない。
「あの扉の向こう・・・依頼人は見たのか?」
「いえ、それらしい事は1度も言ってなかったと思います」
静かに訊ねるミナズキにエマが答える、それを聞きミナズキは顎に手を当てて少し唸りながら考えると少しして頷き他の面々の方へ顔を向けた。
「班はキリ良く6人いるんだ、半々に別れて片方は地下の調査、もう片方は1階、あるいは外で監視してて欲しい」
「ふむ、そのこころは?」
言葉を返すレナにミナズキは上手く言い難いのか少し悩んだ素振りをした後にゆっくりと口を開いた。
「みんなが2回目の特別実習に行ってる間に俺が何をしていたかは知っているよな?」
「あぁ、確かミナズキは奉仕活動をしていたんだったな・・・そしてトリスタ付近の集落の森の中で戦いになったと」
答えてくれたガイウスの回答にミナズキは頷いてそのまま続ける。
「上手く言えないがその時と同じような感覚を感じる、それに空がいきなり薄暗くなるのも似ている。ただ・・・なんと言うか・・・その時に感じたような危険を感じないんだ・・・まるで助けを求められているようにも感じる」
そう言ってミナズキは地下室に行くための扉に手をかけるがレナがそれを止める。
「待ちたまえミナズキ、よく分からないがとりあえず班を分けよう・・・それで良いね?」
「あぁ、ただガイウスとアリサは外だな。ガイウスの槍は狭い屋内だと扱い難しいし、アリサの弓も距離を取れないときついし・・・」
「なるほどな、ではオレは外で見張るとしよう」
「そうね、うん。それが良いわ!」
ミナズキの言い分にガイウスとアリサは納得したように頷く、というよりアリサの方はどちらかと言うと単純に暗くて得体の知れない所に入りたくないだけかもしれないが。
「じゃあ私は入るとして・・・あとは1人か・・・誰が入るんだい?」
自分は行くと口にしながらレナはまだ何も言っていないエマとユーシスに切り出す。するとエマが何かを言う前にユーシスが前に出た。
「俺が行こう、帝国の古い建物や物品なら多少目利きも出来るはずだ」
「まぁ、確かにユーシスならそのへんは詳しいか・・・よし、じゃあお願いしようかな」
こうして屋敷の地下室に入るメンバーと外で見張るメンバーが決まった。エマは何か言いたそうにしていたがすぐに引き下がってしまった。
「さて、では行くとし「ニャー」・・・ミナズキ、君はその猫を連れて行くのかい?」
ジトっとした目でレナはミナズキを見た。そう、ミナズキの腕には先程から猫が抱かれていてずっとくっついたままなのだ。言われたミナズキは1度猫を地面に下ろしてみるが猫は離れるどころかミナズキの足の上に乗ったまま動こうとしない。
「仕方ないわね、じゃあ私たちの方で預かる「シャー!」ってなんでそんなに威嚇するのよ!?」
見かねたアリサが猫を抱き上げようとすると猫はミナズキの足に乗っかったまま器用に威嚇を繰り出す。それに対してアリサは怯み後退りした。
「どうやらミナズキと一緒にいたいようだねぇ・・・仕方がない。ミナズキ、君が責任をもってその子を連れたまえ」
「なんで俺が「ニャー!」お、おいコラ服をよじ登るな、顔を擦りつけてくるな!」
何故かミナズキにのみ懐くオレンジ色の毛並みの猫、そんな姿にレナは少しモヤモヤしながらももう1人の地下室に行くメンバーであるユーシスと打ち合わせを始める。
「さて、まずはフォーメーションを決めておこうか。ミナズキを先頭として君は真ん中が良いかね?」
「何を言うか、真ん中はお前だろう。俺がしんがりを務める」
そして2人はより安全な真ん中を押し付けようとしている中ミナズキは自身にくっついている猫から漂ってくる香りに何かを思い出し始めた。
「これは・・・花の香り?でも何処かで嗅いだことのあるような気がする・・・」
「ニャー」
うーん、と唸りながら考えるミナズキを猫はまるで期待するかのような眼差しで見つめる。やがて考えが纏まったのか猫を見ながらミナズキは答える。
「お前まさかアイネ・・・『(お、当たるかな?)』・・・の飼い猫、というか使い魔的な奴か?『(あちゃぁ・・・』・・・なんか露骨に残念がっているような・・・」
若干不貞腐れた様子の猫にミナズキは首を傾げる、そんな彼に話が纏まったレナとユーシスが歩み寄ってきた。
「ミナズキ、そろそろ行くよ・・・って何かあったのかい?」
「いや、まぁ、なんでもない」
「ニャー」
「妙に息が合ってるな・・・ミナズキとその猫」
何故かミナズキに合わせるように鳴く猫になんとも言えない表情をするレナとユーシスだったがいちいち突っ込んでいては話が進まないと諦め、早速地下室に向かうことにしたのだった。
屋敷、地下───
「まぁ、予想はしていたが」
「思った以上に古いな・・・」
「アンティークと言うよりもそもそも時代が違うような気がしてくるねぇ・・・というかここにもスプーンがあるし・・・」
ミナズキ、ユーシス、レナの3人は思い思いの言葉を口にする。
地下室に入ったは良いもののまず目に入ったのは電灯ではなく昔に使われていたであろうロウソクなどを入れて使うキャンドルランプやカンテラ等のかなり原始的な光源と外にもあった壁のいたる所にぶら下がっているスプーンだった。
「だがこうして見るとなかなか趣きを感じる事も出来るな」
「まぁ、思ったよりは明るいな」
まるで自分たちが言った古い発言にフォローをするようにその光源たちを褒めたミナズキとユーシス、一方レナは黙り込んで固まっていた。そしてある事に気付きじっとりとした冷や汗を流した。
「・・・ねぇ2人とも、1つ聞きたいんだが・・・」
「ん?」
「なんだ?」
「ニャー」
レナの声に反応する2人と1匹、ここでレナの様子がおかしいことに気づいた。
「普通に受け入れてしまっていたから気付くのが遅れたんだが・・・確かこの家の地下室はほとんど使われていないはずだよね?」
「あぁ、なんなら異変が起きてから依頼人は家から離れていたな・・・・あれ?」
「まぁ、こんな光景を見て好きで住むとは思えんな・・・・は?」
レナの言葉に肯定を返して違和感に気付いてしまったミナズキとユーシス。
そう、この家の地下室はずっと使われていないはずなのだ。依頼人であるコワック自身も使っていないしここ最近は宿酒場に逃げ込んでいる以上誰もいなかったはずだ。
それなのに『何故ロウソクや油の補充が必要である原始的なキャンドルランプとカンテラはずっと灯りがついているのか』その考えに至った時、3人は後ろの出口の方へ顔を向け走り出した。
しかし、次の瞬間開けっ放しにしていた扉は勢い良くバタンと閉まる。レナが扉のレバーを掴み動かそうとするもピクリとも動かない。
「・・・って開かないんだが!?」
「なんだと!?」
「完全に閉じ込められたな・・・」
「ニャー」
扉が開かないことに焦り始めるレナとユーシス、ミナズキは猫と一緒に少し諦めたようにため息をつき、そのまま扉から離れた。
「なぁ猫、お前はどう思う?」
「ニャー?」
「何人たりとも汝と食卓を共にせず、汝の匙は汝の口に食物を届けず、鏡の中の汝とまみえることあたわず・・・だったか、謎かけとかそんな感じだろうかな?」
「・・・・・」
ミナズキは意味が無いことと感じながらも猫に問いかける。すると猫はレナとユーシスが戻ってきていない事を確認するといきなりポンッと音を立てて煙を上げる。すると煙の中からオレンジ髪の少女、アイネが飛び出してくる。
「せっかくヒント出してたのに!ミナズキ全く気付いてくれないじゃん!」
「アイネ・・・本人か?その、あの猫は使い魔とかじゃなくてアイネが変身したものってことか?」
「そうだよ!も〜!それにさ・・・」
レナたちがいるであろう方向を向きながらムスッと不満そうにしながらアイネは口を開いた。
「あのレナって人胸大きすぎるよ!アリサって人もエマって人・・・は知ってたけど!」
「はぁ、そうか・・・」
「あたしだってもっと大きくなるから!あと2、3年もすればあんな感じにバインバインに!」
「お前はそれを言うために人間に戻ったのか・・・?」
個人的によく分からない対抗意識にミナズキは首を傾げる。そしてある程度言いたい事は言ったのか落ち着きを取り戻したアイネは気を取り直すように咳払いをすると続けた。
「ヒント、だったよね。とりあえずさっきの言葉を現代っぽく訳してみなよ」
「現代っぽく?」
アイネに言われたミナズキは頭の中で何となくだが翻訳を始めた。
''何人たりとも汝と食卓を共にせず、汝の匙は汝の口に食物を届けず、鏡の中の汝とまみえることあたわず''
これを現代っぽく訳すと───
''誰もあなたとは食事はしない、あなたのスプーンは食べ物を掬うことは出来ない、あなたは鏡の中のあなたに会うことは出来ない''
「・・・こうか?」
「本当に直訳みたいな訳し方だね・・・まぁほとんどそれで合ってるよ・・・で、さっき読んでた日記だけど今持ってる?」
「これか?」
「そうそれ、あたしにも見せて」
そう言ってアイネはミナズキが持っていた日記を読み始める、そして直ぐにミナズキの方を向いて言った。
「今回の異変、やっぱり日記の持ち主が発端だけど元凶は呪いの方だね」
「解き方はあるのか?」
「もっちろん!強力だけど古典的だし、何より単純!ようするに呪いを覆せばいいんだよ!やり方は「ミナズキー、やっぱり扉は開かないみたいだよー」やばっ!とりあえず頑張って!」
アドバイスをしようとしたアイネだったがタイミング悪くレナとユーシスがやって来る、アイネは直ぐにポンッと音を立てて煙を上げ猫に戻るとミナズキの足の上に乗っかった。
「おや?さっきミナズキ以外の誰かの声が聞こえたような・・・」
「声?いや特には聞こえなかったぞ?」
キョトンとした表情のレナに問われるもミナズキはいつも通りを取り繕いながら否定する、一瞬レナはジトっとした目をしたがミナズキが話す気が無いことを察したのかそのまま引き下がった。
「しかしどうする、扉は閉まり我々は完全に孤立してしまったぞ?」
「その事なんだが・・・少し試したいことがある」
困った顔のユーシスにミナズキは切り出した、アイネに言われた『呪いを覆せば良い』という言葉、それに従ってミナズキは1つの方法を考えた。
「この日記に書いてあることをもう少し読んで見ようと思う」
そうしてミナズキはパラパラと日記を途中まで捲るとレナたちに見せる、そのページには筆者が更に悲惨な事になっている様子が綴られていた。
『最近鏡を見ることが怖くなった、前までは1番好きな時間だったのに・・・朝自分の顔を見て体調を測るのが日課だった、でも今はしない。鏡に映る自分が時たま恐ろしい化け物に見える時がある・・・あれはもう見たくない』
更にページを捲る───
『何かの病気だろうか、肌の色がどんどん煤のような灰色に見えてくる。鏡はもう割ってしまった、あんな灰色の化け物なんて私じゃない』
更にページを捲る───
『おかしい、食べても食べてもお腹ガ減る。見える物もなんダカ歪んで見えテキた。トリアえず今日は大きなナベでニクのスープヲ作ろう、もう人はマネイテアル』
ページを捲る───
『イツモアノ言葉をオモイダス、見窄らしい旅人ニイワレタ言葉。あのコトバがアタマからハナレナイ、ワタシはヒトリナンカジャナイ。今日もヒトを招こう。ダッテソウスレバ空腹はオサマルハズダ』
ページを捲る───
『オナカガスイタ、タべナクチャ、ナンデモイいカラタベナクチャ、でもスプーンがチガウ。ドレをツカッテモイミガナイ、モウダレもワタシのイエニキテもクレナイ』
ページを捲る───
『オナカガスイタ、オナカガスイタ、オナカガスイタ、オナカガスイタ、オナカガスイタ、オナカガスイタ、オナカガスイタ、オナカガスイタ』
「も、もう良い!」
「流石に見ててキツイものがあるよ・・・」
更にページを捲ろうとしたミナズキをユーシスとレナは慌てて止める。流石にこんな呪詛のようにすら感じる日記を延々と読みたくは無いのだ。
「まぁ、この通りこの日記を書いていた奴は味が分からなくなり、食べても食べてもお腹が減るようになり、最終的には人も来なくなった・・・あの呪いの言葉の通りだな」
「つまり、何がしたいのだ?」
ユーシスの問いにミナズキは日記をパンと軽く叩いて言った。
「あの呪いの言葉の逆の事をやるんだ、例えば食卓を共にする人がいない、これの逆として一緒に食事を摂るとか」
そう言ってミナズキはある物を指さす、そこには大きなナベと二脚の椅子、そしてその間にテーブルがあった。
「なるほど、では匙・・・スプーンはどうするんだい?フォークでも使うのかい?」
「そもそもスープを飲むのにスプーンを使えないなら何も使わずに飲めば良いだろう」
「ふふふ、行儀が悪いねぇ・・・」
ミナズキにマナーを教えたレナはミナズキの回答につい笑う。
確かにスプーンを使わなくてもスープは飲める、だがこれは自分が教えたマナーを文字通り覆すやり方だ。そもそも貴族生徒はこれを思いついたとして出来るかと言われると微妙なところだ。
「で、最後の鏡の中の自分とまみえることあたわず、か・・・これはどうすればいいんだ?鏡を見せればいいのか?」
ミナズキは考えてみたが最後の言葉の意味が分からない。するとレナは懐から手鏡を取り出した。
「それらの行動が終わった後に鏡を確認させるのはどうだい?彼女は呪いを掛けられてから鏡を見なくなったようだからねぇ、解いた上で見せるのであれば状況としては逆だ」
「なるほど、確かに逆だ・・・だがこの作戦1つだけ問題がある。俺たちがその存在を見たことがない事だ、恐らくはどこかに潜んでいるんだろうが・・・」
ユーシスは辺りを見渡しながら言う、彼の言う通りこの地下室は思ったよりも部屋数が多い。そこからその呪われた人物を探し当てるのは容易ではないかもしれない。それにもし見つけたとしても日記を見る限りは話が通じるかも少し怪しい。
「ニャー」
「ん?(多分、正解ってことか?)」
猫が頷くように鳴いた、ミナズキはやる事自体は合っていることを確信したがその人物を探し当てる方法は頭から出てこなかった。
「俺が行こう・・・」
ユーシスが決心を固めた表情で言う、ミナズキとレナは驚いたがユーシスは続ける。
「今回の依頼、俺は特に何も出来ていない。せめて矢面には立たせてもらおうか」
冷や汗をかきながらもニヤリと笑うユーシス、2人もこれには困ったが任せることにした。
「場所を探ってくれ、見つけたら直ぐに戻って来てくれよ」
「分かっている、直ぐに戻る・・・」
そう言ってユーシスは静かに部屋を出た。
地下室、廊下───
「・・・・・」
息を殺し、ユーシスは廊下をゆっくりと静かに歩く。なるべく音を立てないように足元に何も転がっていないか、罠が無いかを出来る限り吟味する。
やがて目の前に3つ扉が見える、ユーシスは手前にあった扉を確認しゆっくりと扉のレバーを下げ開く。
「・・・・・!」
つい声が出そうになるのをユーシスは慌てて抑える。部屋の中を確認したユーシスが見たのは骨だった。様々な動物の骨、どれがなんの骨かは分からない。だが1つだけ分かりやすい物がある。
「(これは・・・人の頭骨か!)」
明らかに人間のものと酷似した頭骨、近付かなくとも漂ってくる悪臭にユーシスは顔を背ける。しかし1つ不思議だった。他の骨は腐敗した様子もなく綺麗な状態なのにこの人間と思われる骨は肉が着いていて腐敗しているのだ。
「(人間は食べなかったということか?つまりまだ理性は残っていると?)」
思考を巡らせても答えは出てこない、思考を止めるために首を何度か横に振りユーシスは部屋を後にする。
「(こっちは、どうだ・・・)」
手前の部屋を出て、2つ目の部屋。その扉のレバーにユーシスは手をかけゆっくりと扉を開く。
「guae・・・a・・・・」
「・・・・・!」
そこにソレはいた。恐らく元はベッドルームだったであろう部屋の床にベッドを背もたれにするように座っている。足は伸ばし切り、腕もだらんと下げている。
肌は日記の通り煤けた灰色で濁りきった目は焦点が合わず虚空を見つめていた。
「(こちらに気付いていない?)」
一瞬息を飲んだユーシスだったがソレが自身の存在に気付いていない事に静かに安堵した。
なんにせよこれでこの存在の居場所は分かった、あとは2人の元に戻って対策を考えるだけだ。
ソレを刺激しないようにユーシスはゆっくりと後退りながら部屋を出ようとした、その瞬間だった。
チャリン・・・
「(しまった・・・!)」
ユーシスのベルトに着けていたアクセサリーが扉の端の金具に当たり音を立てた。
ユーシスの目が見開くのとソレの焦点が合いギョロりとユーシスを睨むのはほぼ同時の事だった。
ご拝読ありがとうございました。
スプーン騒動は次回で終わりです。
次話もまたよろしくお願いいたします。