1
古城が吠えると、少女は楽しそうに嗤い、構え直す。同時に背後から、目視できる程の濃密な魔力が溢れ出した。
「……簡易的なものですが、人除けの結界は張っておきました。安心してください、先輩」
古城が内心、心でも読まれたのかと苦笑する。
ここは学校のド真ん中。さっきまでは必死で気が回っていなかったが、下手に眷獣を使って誰かに見つかったら冗談にならない。
「サンキュ姫柊これで安心して眷獣を使えるぜ──
掲げられた古城の左腕から魔力が溢れ出し──辺り一面の大地を震わせる程の騒音に成り代わる。
「〝
騒音が鳴り止むと、古城の目の前に
陽炎のようなその姿の眷獣は、肉体そのものが凄まじい振動の塊だ。
頭部に突き出した二本の角が、音叉のように共鳴して凶悪な高周波振動を撒き散らす。
「せ、先輩! 人除けの結界が張ってあるとはいえ、少しは加減を──!」
「それは
よく整備されていたはずの道路をボコボコにしながら吠える双角獣を見つつ、古城が引きつった笑みを浮かべた。
『はは、なんだいそのザマは。眷獣を使う、というより眷獣に使われてる方が正しいんじゃないか?』
「るっせ……行け、〝双角の深緋〟!!」
双角獣が、〝負の塊〟目掛けて突進する。
相手も大人しく攻撃されるわけがない。背後から無数の、ドス黒い触手が飛び出し、双角獣の身体に絡みつく。
「──雪霞狼!!」
雪菜が絡みついた触手を、槍で切り裂く。一瞬先の未来を察知する
自由になった双角獣は再び走り出し、騒音を撒き散らしつつ〝負の塊〟に突進する。
『くっ……これは流石に無理かな』
言いながら、幼さを残した笑顔を歪め、目を閉じる。
双角獣の角が左胸に突き刺さり、少女の形をしていたソレは液体と化した。
「やったか……?!」
「いえ、先輩──まだです!」
液体は徐々に双角獣を侵食し、魔力を奪って行く。
古城が咄嗟に召喚を解くが、魔力は半分以上吸い取られた後だった。
『くく……惜しい。もう少しで魔力を吸い付くしてやるところだったのに』
液体から形を取り戻し、怪しい笑みを浮かべる。余裕なその態度に、古城は思わず奥歯を噛み締めた。
2
「どこ行っちゃったんだろ、雪菜ちゃん」
強い日差しにムッとしつつ、凪沙が呟いた。
中等部を出て少し進んだが、雪菜の姿はない。
「だいたい怪しいよねえ……急に用事だなんて。何も言ってなかったのにさー……お昼、どうしよ」
その場にいない雪菜に向けられた愚痴は、電灯に止まった蝉の鳴き声にかき消される。
「雪菜ちゃんのバーカ……」
地面を睨みつけ、悪態をついたのと同時。
地面が大きく揺れ、耳を抑えたくなる程の騒音が辺りに響いた。
「な、何? 今の……」
キョロキョロと見回すが辺りに人影はなく、音の主も見つからない。
「……こっち、かな」
ただ凪沙は、何かに導かれるように、前へ前へと歩き出した──
†
「クソ……
出現したのは龍だった。緩やかに流動してうねる
それは宙で
『またおっかないものを……!』
少女は唸り、右手を開き突き出した。
突き出された右手から、魔力が溢れ出す。魔力が高周波の塊と化し双頭龍を襲う。
「あれは先輩の眷獣の……?!」
放たれたそれは、〝
──だが、そんなものは意ともせず、双頭龍は音の塊を避け、〝負の塊〟の脇腹を食いちぎる。
『チッ……
少女の顔から余裕が消え、古城が笑う。
「流石にそいつの魔力は吸い取れないだろ!! 行け、龍蛇の水銀ッ!!」
古城が叫ぶと、双頭龍が迂回し、反対側の脇腹を食いちぎる。
するとそこから、赤い四角形の
物体を見て、古城の脳裏に数分前の、〝負の塊〟が復活した光景が脳裏をよぎる。
「姫柊!! そいつが多分本体だ。その赤いのを壊せばこいつは復活しない!」
古城が叫ぶと、雪菜が槍を構え走り出す。
「はああああッ!!」
槍は眩い光を放ち、コアとの距離を縮めて行く。
〝負の塊〟がすかさず攻撃を除けようとするが、させまいと古城が新たな眷獣を呼び出すべく、左手を掲げる。
「疾く在れ──」
「──雪菜ちゃん? 古城……くん?」
ふとした声に、雪菜と古城の動きが静止した。
声の主は雪菜の目の前で、目を見開き二人と同じように固まっている。
「凪沙──」
古城の震える喉からやっと出た声は情けなく、かすれたものだった。
「こんな所でなにしてるの、古城くん……なに、これ。どうなってるの? どういうこと? 雪菜ちゃん、何その槍。危ないから片付けよう? 古城くん……何、この怪獣。これって眷獣だよね? 何で眷獣がこんなところにいるの……?」
次から次へと吐き出される凪沙の疑問に、二人が押しつぶされて行く。
「そこにいる女の子、アヴローラちゃんによく似てる……もうわかんない、わかんないよ……」
凪沙が呟き、地面に膝をつき泣きじゃくる。
そのチャンスを、相手が見逃すわけはなかった。
『ふふ……はははは! 素晴らしい! 素晴らしいなこの娘は!! 溢れんばかりの負の感情と、濃く強い魔力……気に入った。器はこの娘に決定だ!!』
耳障りな笑い声をあげ液体と化し、凪沙に迫る〝負の塊〟──
「危ない、凪沙!!」
金縛りから解けたように古城が凪沙に向かって走り出すが、遅かった。
ドス黒い液体が、凪沙を包み込むように広がって行く──
3
目の前に広がるのは闇。
目を閉じているのか開いているのかすらわからない。
ただ、そんなことはもうどうでもよかった。次から次へと溢れ出す疑問。それが凪沙の頭の中を支配して行く。
「古城くん……どうして……」
『第四真祖……いや、貴様の兄は、貴様に隠し事をしていたんだよ』
一人呟いた疑問に応える声。不思議とそれが、今の凪沙には心地よかった。
「そっか……古城くんが……」
『兄だけじゃない。姫柊雪菜もだよ。皆貴様に嘘を吐き、隠し事をして、君を独りにしたんだ』
不思議と頭に流れ込んでくる、知らなかった二人の真実。
もう全てが、どうでもよくなった。
「…………古城くんと、雪菜ちゃんが……」
呟き、凪沙の目が見開かれる。その目は、真紅の怪しい光を放っていた。
「そっか、あたし……仲間はずれだったんだ」
一粒の涙が頬を伝い、黒く染まった地面に落ちる。
「ずっと……独りだったんだ」
そして──
「ならこんな世界、もういらない。壊れちゃえばいいのに」
──破壊の引き金のように、言葉が紡がれた。