遅れました~。
ここからちょっとの間、主人公が空気になります。
ちゃんとこの章終わるまでには活躍させるから許して。
「エ〜ッ。動きが単調ですよ! クソガキ!」
リリエは苦戦を強いられていた。
【導火閃】は火を伴う光の線を伸ばす魔術で、伸ばした線はある程度の時間その場に留まる、牽制にとても有用な魔術だ。しかし、直接相手を狙った場合はどうしても、進行方向の点での攻撃しかできない。
ヒマリアの動きは素早く、ただ単調に攻撃しても当たらない。しかし、退路をふさぐように【導火閃】を放っても、最小限の被弾に抑えたうえでそれを的確に防御してくる。
先の攻防では【礫弾】を織り交ぜて当てることができたが、しょせんは不意打ち。ときおり放つ【礫弾】にも、すでに対応され始めていた。
そして何より、接近を防ぐために、自分の近くに【導火閃】を繰り出す動きが読まれ始めていた。
「ハイ! よほど接近戦が嫌なようですねぇ」
ダメです……。このままじゃいずれ押し切られるか、魔力が尽きてしまいます……。
リリエはお世辞にも運動が得意ではない。距離を詰められたら終わる。
なんとか隙を見て、確実に『とっておき』を当てないといけないですね。
そのためにも、何か打開策が必要です。
仕方ないですね。【導火閃】は便利なんですけど。
「【再現】!!【鋭槍土】」
「なっ!?」
一旦捨てるしかない! です!
ヒマリアとリリエの間の地面が歪み、そのまま鋭く成形されて槍衾のような形状に変化した。
ヒマリアはそれを設置型の罠だと考え、後ろに飛び退いたが。
土でできた槍は一斉に、地面から彼に向かって発射された。
――面攻撃。
彼は迷わず、地面から大量の植物を生やすことでそれを防ぐ。まるでそれは小規模な森のようであった。
そしてそこに――
「防御が『それ』なのは知ってます!【再現】!!【炎浄球】」
球状の炎が放たれ、ヒマリアごと森を包み込む。
植物なら燃えやすいはずです……!
「やはりガキですねぇ……! エ〜ッ。生きている木は意外と燃えにくいんですよ!」
生命すら創り出す、先祖返りの埒外の魔術は、生きている樹木を創り出すことを可能にしていた。【炎浄球】はその小規模な森の表面しか燃やせておらず、それに包まれたヒマリアには届いていない。そして、
黒いモヤが彼の指先から迸ると、森の表面を焼いていた炎ごと、モヤに包まれた森が腐り落ちた。
防がれています……。そして、あの黒いモヤ。やっぱり絶対に食らったらダメそうです。
「ククク。エ〜ッ。あと【再現】とやらのストックはどのくらいあるのですか……? そろそろ尽きるころじゃないですかねッ!」
……!! ストックについても見抜かれてます。
リリエの【再現】は、姉であるリリアの【観測】した魔術の情報をストックして行使している。
そして、そのストックは、【再現】する魔術を切り替えると失われてしまうのだ。
この戦いが始まる前にリリエがストックしている魔術は、ほとんどが三文字魔術とよばれる魔術である。天華連邦の魔術は一般的に、その魔術名に使用される文字が多いほど複雑で難易度の高い魔術ということになっている。
未熟なリリエは、まだほとんど三文字魔術を扱うことができていない。
ゆえに、種類が多く汎用性、魔力消費のバランスがいい三文字魔術を主にストックしていた。
しかし今のストックは『とっておき』と【炎浄球】を含めてあと3つ。
つまり、ジリ貧だ。
……おそらく、この男は
ヒマリアはさらに距離を詰める。さきほどまで使っていなかった黒いモヤのようなものを指先に纏わせて。
つまり、彼にとって先ほどまでの攻防は、擬魔の力を把握した上でリリエのストックを減らし、安全を確保するためのものだったということだ。
リリエは【炎浄球】を放つも、ヒマリアは横に移動しながら距離を詰めてきている。
黒いモヤが指先から放たれた。
自分の未熟な魔術障壁で防ぐことができる自信がなかったリリエは、魔術障壁を展開しながら後ろに引く。
リリエの悪い想像どおり、狭い範囲に展開された魔術障壁に当たった黒いモヤは、少しその場にとどまって、一瞬後には障壁の裏に回り込んでいた。
幸い黒いモヤの攻撃にそこまでの速度はないが――。
その瞬間、リリエの足に鋭い痛みが走る。見ると、足に木の枝のようなものが刺さっていた。
もとから心もとない機動力が完全に削がれた。
いつのまにか地面から、槍のような植物が生えていた。刺さっていたものの正体は射出されたその枝である。黒いモヤに集中していたリリエは、その攻撃に気づけなかった。
……もう、時間稼ぎしている場合じゃない、です。
迫ってくる敵を目の前に、覚悟を決める。
『とっておき』以外のストックはあとひとつ……。
「【再現】、【嵐礫鋲】!!」
大量のこぶし大の石礫が回転しながら空に舞う。ヒマリアを巻き込んで、黒い嵐が顕現した。
………
「やっかいな魔術を……」
ヒマリアは【嵐礫鋲】に巻き込まれ、その真っ只中にいた。視界が悪い上に、飛び交う石つぶてによって移動が阻害される。それぞれの威力はそこまでではないが無視はできない。
クソガキの反応的に、擬魔の【再現】のストックは残り少ないはず。
そして、この吾の魔術を使ってこない以上、魔術のコピーの方は今すぐにできるようなものではないのだろう。
ここでわざわざ、視界を遮り、移動を阻害するような魔術を使うということはつまり。
大技の【再現】で勝負を決めるつもりか。
ならば。
――相手がこの【再現】を切り替えるタイミングで全力の防御を合わせる。まだこちらの全力の防御は見せていない。
嵐が晴れた。来る!!
目の前には、右手に魔力を集中させたリリエの姿があった。淡く紅い光が、手の中からこぼれている。
《――木、林、森。生命の息吹。枯朽、腐敗、循環。死の波動。ここに顕現せよ――【死滅樹海】》
ヒマリアの実現できる最大の防御だ。相手が蔑むべき冒涜の混ざりモノであっても、油断は存在しない。黒く淀んだおどろおどろしい森が、ヒマリアの周囲5メートルを覆う。
一瞬遅れて、紅い、眩い光が少女の手の中から放たれた。目が潰れるほどの光とともに、爆音が死の森を包みこんだ。
………? 何も起きない。ただ、光と音だけが続いている。どういう魔術だ。
突然、ヒマリアの身体が空に打ち上げられる。打ち上げられるさなか、今まで立っていた地面が盛り上がっているのが見えた。
……!! 地面ごと上に飛ばされた……!!
「ばかな! まだこんな魔術を。ストックを読み違えた!?」
「……いいえ、ちゃんと合って、ます!」
リリエの【再現】ストックは、枝によって足を負傷した際にすでに残り2つになっていた。
だから、ヒマリアの予想は間違ってない。
今の対象を地面ごと空に飛ばす魔術は、フィーシャさんと遊んでいるときに見せてもらったもの、その【再現】だ。これが『とっておき』以外の最後のストック。
その前の、石礫の嵐をつくる【嵐礫鋲】も。ただ派手な光と音を出すだけの、目くらましの魔術である【眩響球】も――
「――【再現】じゃなくて! 私の魔術です!!」
リィンさんとユー、2人に教えてもらって、練習して会得した、私自身の魔術!!
リリエは三文字魔術を
「そしてっ!! これが最後っ!!」
リリエのかざす手の先は、すでに空中のヒマリアを捉えている。
………
魔術に少しずつ慣れ始め、護身用の【眩響球】という魔術を学んだころ。ちょっとだけモヤっとしたことを、リィンさんに相談したことがある。
「擬魔の力が嫌だぁ?」
「はいぃ……。なんだか、自分で魔術を少しずつ学んでいくたびに……。あの力って、ズルしてるような気がして。自分の力じゃないっていうか、そのぉ」
「ふ〜〜ん」
「気にしないでいいでしょ。だってもう『ある』力なんだし」
「生き残るために、使えるものは全て利用する。そんなの当然のことでしょ。それができないやつはザコ、ですらないと思う」
……ユーにも聞いてみました。
「身体的特徴に四の五の言ってもしかたないだろう……。むしろ、その【再現】とどう合わせて魔術を使うのかを考えたらどうだ」
もう少し優しい言葉をかけてくれてもいいと思います。たぶん悪気はないと思うんですけど。
お姉ちゃんも「そうだそうだ」と言っています。
「ううむ。もっと【再現】を使いこなせれば、それも自分の一部だと思えるのだろうか?」
「……リィンの魔術はなぜか模倣できないようだし、決め手に俺の魔術でも模倣しておくか? そうだな、どうせなら威力の高いやつを見せよう」
「昔、
………
「【再現】、【圧縮流砂水刃】!!」
ヒマリアは大規模な攻撃を防御する際、いつも地面から植物を生やしていた。
彼の植物は身体からも生やすことができるが、強度が落ちてしまうのだ。
――今、ヒマリアの周囲に地面はない。彼は空中にいる。
リリエの放った超高圧の水の刃が、とっさに出した脆い植物の盾ごと彼の身体を切り裂いた。
………
魔術を食らったヒマリアが地面に落ちるのを確認し、リリエは座り込んだ。
ズキズキと枝の刺さった左足が痛む。
視界の端で、何かが動くのが見えた。
リリエは反射で防御を展開する。そこに細長い何かが高速で飛来し、パリンと音を立てて魔術障壁が割れた。
そこには、先端が鋭くとがった枝が複数落ちていた。
「ク、そ、が、キ」
――小柄な男が、息も絶え絶えでそこに立っていた。
男の傷口からは黒い植物が生え、穴の空いた腹部を無理矢理塞いでいる。
傷口以外からも、至るところから植物が生え、身体の内側から植物に食い破られているかのような異様な姿をさらしていた。いや、むしろこれこそが先祖返りらしい姿といえるかもしれない。
しかし、そんな姿になってもまだ彼は生きていた。
「星のコの生命力を、なめるなァ!!」
リリエがもっときちんと、頭か心臓を狙っていれば、すでに勝負はついていただろう。
しかし、この学園で過ごした時間が彼女に殺害をためらわせた。
無意識で、自分の手で殺したという重荷を恐れて、生き残る確率が残っている腹部を狙ってしまっていたのだ。
ヒマリアの手に黒いモヤが展開される。今までとは比較にならない巨大さで、生き物の集合体のように蠢いていた。モヤの周囲の植物が黒く変質し腐り落ちていく。
コロボックルは、生命を育み、そして枯れ腐らせる力をもった魔族である。
特に、ヒマリアは植物に強く影響を与えることができた。
植物を生み出し、成長させる。また、触れるだけで命を腐らせる呪いをも扱うことができる。防御に使用した【死滅樹海】は自身の呪いに適応させ強化した植物の壁であり、呪いを含んだその壁は、接近も許さない絶対の防御である。
リリエが手のひらを彼に向ける。先ほどの強力な魔術を警戒して、彼はとっさに【死滅樹海】を前面に作り出すが、飛んできたのは小さな石礫だった。
最後まで馬鹿にしているのか。それとももう魔力がないのか。
リリエは足の痛みに耐えながら、精いっぱいの馬鹿にした表情をつくって笑いかける。
「『もうおじさんは負けたの。ワタシみたいなガキに読み負けたんだよ? 終わった後に癇癪起こすのなんてダサいこと、やめてよね』」
「……死ネ!!」
放たれた黒いモヤは、動けないリリエを覆いつくそうとする。
……【
しかし、その目の前に突如として黒い植物の壁が出現し、黒いモヤを絡めとった。
「馬鹿ナ、これは、吾の……力!? なゼ? ナぜだ!? なぜ今更こんな!!」
「――ありがとう。お姉ちゃん」
微笑むリリエの視線の先には、
「――【
後ろからヒマリアの【死滅樹海】を【観測】するリリアの姿があった。
その身体にはいくつもの細かい傷があり、戦闘を潜り抜けてきたあとが残っている。
「ウ、ぐオぉおおぉぉ」
軋む身体を無理やり動かして、ヒマリアは背後のリリアを排除しようとする。
振り返る前に、
それがとどめになったのか、彼は崩れ落ちた。
「そうそう。私の使った三文字魔術のコピー元はお姉ちゃん自身なんですよ。『ってもう、聞こえてないか! あははっ!』」
――ヒマリアはすでに意識を失っていた。
リリアがどこからか拾ってきた軍府の拘束を、気絶したヒマリアに施す。
それが終わると、彼女は妹のところに駆け寄った。
「リリエ……」
「お姉ちゃん」
「いつも助けてくれてありがとう。今回こそは、その、自分で頑張ろうとしたんだけど」
結局お姉ちゃんに助けられてしまった。これじゃ変わらないかも。
「リリエ、聞いて――」
「――よくがんばったわね。立派よ」
「……!! うんっ!」
リリエは姉に抱きしめられて、涙交じりの声を上げる。
いつもより、姉が近くに感じられた。それはきっと、抱きしめあっているから、だけではないのだろう。
ヒマリア vs リリエ―――――、リリエとリリアの勝利。
「ところでリリエ」
「なぁに? お姉ちゃん」
なんだか晴れやかな気分で、愛しいお姉ちゃんのほうを見る。
……愛しのお姉ちゃんの目は、あんまり笑ってなかった。
えっ、何?
「――さっきの言葉づかいは何??」
「あっ……」
リィンさんのモノマネ、いつの間にかしちゃってた……?
●天華連邦の魔術
一般的に文字数という形式で、魔術の難易度がわかるようになっている。
文字数が多いほどその魔術の思考工程が複雑かつ難しい。
文字数の多さはあくまでその魔術の効果の複雑さや習熟難易度を示すものであり、かならずしも文字数の多い魔術であるほど効果や威力が高いわけではない。