前回の直後、リィン視点からです。
……あ~変な空気にしちゃったかもしれない。よくないってのはわかってるんだけどな。
「ほらほら、辛気臭い話は終わりにしよ! いや、ワタシのせいかもしれないケド……。」
「……。」
「…………。」
「……頭の羽とか触る?? フワフワして気持ちいいよ……?」
「はぁ(*´Д`)」
えぐい溜息のつき方されたんだけど。え? どういう感情???
しかし危ない危ない。コミュ障だから一回雰囲気悪くなった後の解決策なんてわからんぞ。
「なんでもかんでも触らせようとするな。前々から思ってたんだが、ちょっと、こう、無防備なんじゃないか……?」
「えぇ~? まぁ、たしかにこの状態からなら、ナニされたって抵抗できないかもね」
事実だ。今のコイツは、俺が広げた防御膜の内側にいる。
俺がここから防御膜を再展開するまでのコンマ一秒未満で、俺をミンチにできるだろう。
そもそも、防御膜を展開していない俺なんて、コイツみたいに戦術級レベルじゃなくても、そこらの平民でも簡単に殺せる。
身体強化ゼロだからな。物理的な強度、反射速度、薬品耐性、何をとっても脆弱そのもの。
この世界の住民が無意識レベルで行っている身体強化すらないもんだから、マジで豆腐耐久だ。
他のやつが HP:10、ぼうぎょ:10 (+5) で生きてるところ、俺だけ HP:2、ぼうぎょ:1 (+999※シールド分) みたいなもんだからな。
いや、例えが間違っている気もする……。
ともかく、めちゃくちゃ固い殻で中身を守っているだけの卵だと思ってくれ。丁重に扱えよ~。
「な、なんか違う気が……。まぁいっか」
「じゃあ、どういう意味だったのぉ???」
それはともかく煽れるところは煽っちゃお。
~~~(※ネイト視点)
「泊まるとこ決まってないんでしょ? ここで寝てけばいいじゃん。ほら、向こうの部屋に布団あるから」
軍府の寮内で、リィンに割り当てられているこの領域はかなり大きい。部屋だけで3つ存在しており、簡単に言うとスペースを持て余していた。
オレを呼ぶ前の時点で、使用していない一室に、客人が寝るためのスペースを作っていたらしい。
「それとも、一緒に寝る?」
「うるさい。ニヤニヤするな」
コイツは本当にもう……。
「じゃあ、ワタシは寝るね……。」
「あぁ、お疲れ」
霊晶灯を消すと、すぐに眠りに落ちたようだ。
規則正しい寝息が聞こえる。
それを見届け、ネイトは自分の寝床に向かうことなく、扉を開けて外へ出た。
「――で、オレになんの頼みが?」
手に握られている小型の端末は【空信・風話用小型端末】――略して【空信】または【風話】という、風魔術を応用した通信機器である。
学がないことを自称するネイトにとっては軍府に所属してから初めて存在を知ったモノだが、遠く離れていても会話ができる、中々に便利な機械だ。
端末によって送受信できる機器が制限されており、今起動しているチャンネルは【白鍵】の司令用端末。つまり、軍府の総司令官と直接繋がっている。
『単刀直入に言おう。彼女――リィンくんの補佐、もといメンタルケアをしてあげてほしいんだ』
「…………メンタルケア? 軍府ってそんなことまで気にしてくれる組織でしたっけ」
『ははは、軍府は慈善組織ではないよ。だが、彼女は少々危うくてね。生い立ちのせいか、まともに対等な人間関係を築けていない。任務過多による日頃のストレスもある。一度任務の頻度を減らし、学園で同年代と触れ合って、あの独特な性格や態度が改善してくれればと思ったんだが……どうやら君からの報告通り、依然として精神的負荷は高いようだ』
「……過保護ですね。道具として壊れちゃ困る、と?」
『身も蓋もないが、その通りだ。君は優秀だし、将来のためにも少し『戦略』的なお話をしよう』
風話越しの声は、楽しげでありながら冷徹な響きを帯びる。
『軍府直属【黒鍵】には、公式に3人の戦略級が存在する。【空絶】、【剪定侯】、【聖火抱擁】……。戦術級の君も知っての通り、戦略級とは単に戦闘が強いことを示す称号ではない。国家戦略に影響を与えるステージに
『そしてリィンくん。【魔弾ノ射手】において評価されたのは――
まぁ、まだ正式な認定前だがね、と声は続ける。
『彼女の戦績は異常そのものだ。初陣である西方戦線における戦果――最後の七日間だけで、前線弾薬廠6カ所、軍団司令支部4カ所、軍団司令本部の破壊、確実。正確な数字は出せていないが、単身叩き出したキルスコアは四万を下らない。実のところ、軍府にはこれまで、安定した戦力として扱いやすい戦略級がいなくてね……。彼女の言葉を借りるならば、みんな
「……道具扱いされるのは、聞いてていい気分じゃないっスね。オレもあいつもモノじゃない」
『気分を悪くしたなら謝るよ。だがね、ネイト君。モノとして大事にするなら、学園になど放り込まず地下深くで丁重に保護すればいい。「長持ち」を考えても、あくまで彼女には自発的な成長をしてほしいと考えているよ。それに……』
わずかな沈黙の後、司令官の声のトーンが一段低くなった。
『……見極めたいんだよ。彼女の精神状態を』
「見極める……?」
『彼女の魔術は、あまりにも
『まぁ、それとは別で彼女にはどデカイ懸念事項があるんだが。まぁ、今回の話とは関係ないか』と、独り言が挟まれる。
『私たち大人の前では、彼女は組織人を演じてみせるか、もしくは、あの不思議な態度で煙に巻いてしまうだろう。だが、同年代の学友たちや、彼女が対等な友人と認めた君の前でなら――素が出るはずだ』
ゾクリと、背筋に冷たいものが走る。
結局のところ、これもまた任務であり、監視なのだ。
『そろそろ彼女を戦略級として公式発表する場を設ける。『個人的な契約』もあるし、早々に壊れてもらっては困るんだよ。……君にとっても悪い話じゃない。この重要任務は、君の正当な評価に上乗せしよう』
評価は、正直ありがたいと思ってしまった。
オレは、何としてでも『上』に上り詰めてみせる。そのためにこれまで生きてきた。それはこれからも変わらない。
「……言われなくとも、真面目にやりますよ」
『期待しているよ。では、追って正式な指令を下す』
~~~
風話の接続を切り、部屋に戻る。
灯りが消えた部屋は真っ暗で、部屋を出る前と後で何も変わらないように見える。
しかし、夜の貧民街でゴミを漁っていたころから、変わらず暗闇を見通せるネイトの目は、眠りに落ちたはずの彼女の変化を見逃さない。
彼女は身体をよじり、丸まったような体勢を取っていた。
発汗し、閉じた瞼からは涙が滲んでいる。
「リィン……。」
眠る彼女の頭に触れようとしても――、触れられない。途中で何かに阻まれたように手が止まる。
知っていた。いや、彼女から教えられていた。
寝ている間も魔術の展開を止めていない。
――魔術ってね、考えてないと、止まるの。だからさ、どうやったら寝ている間も身を守れるのかなぁ〜、って考えてたワケ。そしたらさ、ワタシ天才だからね。思いついたの。
寝ている間は無意識でも、ちゃんと脳の一部は動いてる。ほら、夢とかそんな感じじゃん。だからね、寝ながら魔術を使うことも不可能じゃないんじゃないか。
無意識に防御膜を張らざるを得ないような『夢』を、見続けたらいいじゃないか、って。
まぁ、正確には夢じゃなくて、睡眠中の脳へのイメージの刷り込みなんだけど――
〈命が、この世で一番大切なんだから〉
〈リィンくん。【魔弾ノ射手】において評価されたのは――逸脱した「殺戮」能力だ〉
これ、本当に、一時的な環境とかの問題なのか……? 司令官。
コイツの態度をまともにするって、それがコイツのためにもなるかもって、それは。
オレの頭は、良くない。でも、普通に考えれば、正しい、ような、気がする。
でも、コイツは頭がいいはずなんだ。だから、そんな当たり前のことわかっているはずなんだ。
だから。
「その判断は……正しいのか?」
司令官も、彼女も答えない。
ただ暗闇で、赤子のように背中を丸めた姿勢で眠り続けるリィンがそこにいるだけだ。
「オレには、わからない。オレは、コイツのこと、何も知らない」
2年前、戦場で会うまでのリィンをネイトは知らない。リィンはそれまでのことを話さない。
ただ、彼女が元貴族で、きっとたぶん、それはそんじょそこらの貴族ではないんだろうな、ということだけ。
こちらをからかってケラケラと笑う姿。
任務の時に時折見せる、組織人としての姿。
やたらと様々なことに詳しい、知識人としての姿。
今の姿はいろいろ見てきた。でもきっとそれは表面的なものでしかない。
表面的な姿しか知らない。コイツが抱える闇も、そして、オレ自身がなぜ、ここまでコイツに執着してしまうのかさえも。
暗闇の中、戦友の姿を見つめていたネイトは、しばらくしてやりきれない気持ちを抱えたまま、自分の寝床に向かっていった。
ーーー
『俺はいったいなんなんだ?』
この世界に生まれ落ちて数日間、何度も繰り返したその疑問。俺の原典。
いつの間にか、周囲の景色は溶けて消え、白い壁とカーテンを蛍光灯が照らす病室に変わっていた。
そして気がつけば目の前の大きなベッドには、いくつもの管に繋がれ、呼吸器を着けた若い男がいた。男は痩せ細り、今にも命が尽きそうだ。その瞳は濁り、まだ生きているにも関わらず、すでに死人の色を見せている。裏を返せば、それ以外の特徴がわからない。ぼやけて、見えない。思い出せない。
この世界に来た時点でもう、そうだった気がする。いや、どうだったか。この世界に生まれ落ちた時はあまりにも不安定で、恐怖で、狂気で。あまり覚えていない。
どんな病名だったっけか。とりあえず、脳に作用するような病気だったことは覚えている。
生まれ変わってから、散り散りになった記憶をひとつひとつなんとか繋いで、自分を再定義したんだったっけ。
残っていた記憶の中でひときわ大きなもの、『死への恐怖』『空虚な人生への後悔』。それに突き動かされて今まで色々やってきたけど――。
まぁ、空虚な人生を送ったやつには、それなりの理由があるわけで。
結局、『それに生きよう』と言えるほどの、命を燃やせる「何か」は、見つけられなかったな。
病室の男がいつものように話し始める。
『振り返りもいいが、そろそろ前に進んでくれ』
『こんなことを続ける意味がどこにある――あぁ、該当する『こと』が多すぎるか』
『まずはコレをやめてくれ。なんだこれ。醜いことこの上ないだろ……。いつまで、いつまで睡眠中もこの防御膜を維持するつもりだ。こんなことをしなくて済む生活を手に入れるために、
そんなこと知ってる。だけど、怖いんだ。【分割】したお前ならわかるはずだ。
『【分割】したの、お前だろ。……いや【複製】だったっけ? ああ、どうだったかな。どちらにせよ、どれが『メイン』だったかなんて、今となってはもう些細なことだ』
病室のカーテンがおもむろにたなびく。窓の外にはびっしりと『俺』がいた。男だったり、今よりも少し幼いリィンの姿だったり、今の姿に近いものもいる。
病室の天井が崩れ落ちた。
この先には、病室の天井とは比べ物にならないほど高く、真っ暗闇が広がっている。
よく見ると、その暗闇を構成しているのも、密集した『俺』だ。やけに生物的な管のような物体で、『俺』同士が繋げられている。血管が通った器官のようにも、パイプが複雑に絡み合った工場のようにも、複雑な回路をもつ機械にも見える。
『こんな
『あぁ……、今やってる、あのロールプレイ以外で頼む。あれは、大失敗だったな。コストとリターンが見合ってない。わかってると思うが、すでに大赤字だ』
うるさい。軽い気持ちで始めて――もう、どのくらいだ? 傷つけてしまった人間が多すぎる。今更、簡単にやめられるか。
結果的に、今何人傷つけたんだ? 結局、これまで何人殺すことに……。何人に、
『何度も言わせるな、悲しくなる。……まぁそりゃ、こんな後ろ向きな人間じゃなかったら、前世での終わりはあんなものじゃなかったよなぁ』
『あと、前と言ってることが変わってるぞ。やめたいんじゃなかったのか? ……こりゃあダメだな。おい、本格的におかしくなる前に、そろそろ新しく【分割】して【切断】するか、演算用に回せ。……おい、聞いてるのか』
ピッピッピッと無機質な電子音が鳴る。
『……もういい、さっさと
異様な空間の壁が崩れ落ちる。その崩れ落ちた壁の向こうには無数の死体が積み重なっていた。すでに男はおらず、壁の向こうの死体が一斉にこちらを見た。
次第に、それぞれの死体は明確な輪郭を帯びていく。
暗殺者。奴隷の子供。よく知らない大人。巨大なモビルスーツじみた甲冑。ゲリラ。
『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』『殺してやる』
死者が俺に殺到する。
しかし、半ば反射的に展開された防御膜に阻まれ、彼らはそれ以上先に進めない。
この空間を構成する『俺』が次々に恐怖に駆られ、各々に割り当てられた演算を一斉に開始した。
……消え入るような声が響く。その声はひどく小さく、かすかな残響に過ぎないというのに。
その声が、殺意に満ちた怨嗟よりも、何よりも最も最悪に最低に耳障りだった。
『茶番だな。死んでからも利用されるなんて、本物のコイツらも、さぞ地獄で泣いてるだろうよ』
黙れ。地獄なんて都合のいい場所、お前が一番信じてないくせに。
……あの、違うんすよ。作者はハッピーエンドが好きでぇ……。
真面目な話をすると今は序章なので、この辺りがたぶん『底』です。だからね、仕方ないね。
次回更新は少し遅れます。今週末までにできれば出したいですね。
おそらく次回が一章ラストです。その後一度、一章までの人物紹介とかやってみたかったので、休憩ついでにそちらを挟むかもしれません。