★お詫び
これまで、連載再開後、メガネくんの名前を「コウ」と記述している箇所が多くありましたが、正確には「ヨウ」です。作者が一話から見返していたところ、休止期間で完全に間違えて覚えてしまっていたことが判明しました。該当箇所を速やかに訂正します。
天華連邦、龍亀家領内、当主の屋敷。
龍亀家という貴族家は、悪く言えば凡百の、良く言えば安定した門閥貴族家だ、と言われている。
そこそこ広く、そこそこ豊かな領地を治め、そこそこ領民からの評判もいい。それなりに権威と歴史のある家。
――表向きは。
「おかえり」
「ん、ただいま」
襲撃から数日後、軍府側より、今後の学園の運営方針を決めるための期間として、学生たちには休暇が与えられていた。
フェイは会計としての仕事を処理したのち、列車に乗って我が家に帰省していたのだ。
「フェイ~~。久々の、家族の感動の再会だぞ~~?? もうちょっとこう、ほら、ハグとかしてくれても……。」
無視だ無視。
私は「今反抗期です」と自分に言い訳をして、父親の懇願を無言ではねのけ、話題を変える。
「もう情報は届いてて、私のなんかいらないかもしれないケド、これ、詳細な報告書ね」
「必要ないなど、まさかまさか。愛娘からのラブレターは、すべてかけがえのない宝物さ。ほら見ろ、全部……とはいえないが、綺麗に飾っているんだぞ」
そういって、お父様は一方の壁を指さした。そこには、私が家族の真似をして書き上げた報告書が、数えきれないほど額縁の中に飾られていた。
――報告書扱いされていない。まるで、親が幼い子供から送られた拙い手紙を自慢しているかのよう。
子供扱い。そうだ、まさしくこれは子供扱い。
お父様が私を愛してくれているのは、本当だ。それはわかる。だから、私もお父様を愛している。
でも、だからこそ。
そこから先の言葉を心の中で黙殺し、私は次の言葉を紡ぐ。
「結局なんで襲われたのさ、学園。お父様なら、どうせもういろいろ調べてんでしょ?」
「…………。」
「何……? また、また私には教えられないってこと!? 私は家の役に立てるよ! 今回だって、ちゃんと敵の目的達成防いでたじゃん!」
「――戦いの場に、立ったそうじゃないか」
「……っ!!」
「チョンから聞いたぞ……。権限を行使して、無理やり別の任務をさせたな。何のために……っ! 何のために彼をお前につけたと思っている! アイツは護衛だぞ!」
「だ、だって、私――」
「――お前が、心配なんだ」
今日この屋敷、この部屋に入って初めて、私はお父様の顔を正面から見た。
くしゃりと歪み、今にも泣きそうな顔を。
「…………ごめん」
「でも、私も馬鹿じゃないんだよ? お父様たちが、いろいろしてるってわかってるんだから!」
少しの間沈黙した後、彼はその重い口を開く。
「そこまで言うなら特別に、今わかっている範囲で、この国の歴史を交えた現状のレクチャーをしてあげよう」
「我が子に『教える』……。なんていい響きだ」
お前の兄さんと姉さんは、何も教えなくても勝手に、どこからか情報を得てたからなぁ。
と、彼はしみじみと何かを噛み締めるように呟く。
私の中で、また一つ何かが軋む音が聞こえた。
「まず、現在士族という、新興貴族が勢力を増しているのは知っているね?」
当然だ。メガネくん、もといヨウなんかも士族の出らしい。
古くからの歴史をもつ門閥貴族と比較して、どれだけ長くても百数十年程度の歴史の貴族だ。
「そんな士族だが。じゃあ、なんでたかだか百数十年前に突然現れて、こんなにも強くなっているんだと思う?」
「それは……、えっと、確か『百蓮教徒の乱』っていう大内乱で、門閥貴族の数が一気に減ったから……。でしょ?」
「そうだ。より踏み込んで言うと、欠けた貴族の枠を埋めるため、その大乱の平定で活躍した平民を、一時的に貴族に取り立てる制度を作ったのが始まりだ。そして、その士族たちに軍事的な衝突の多かった国境周辺の土地を押し付けたことが、士族の強大化の原因といえよう。ただ、今日の主眼はそこにはない」
「大乱の直接的な要因になった『百蓮教』は、形を変えて今も存続している」
「……!!」
「まだ存在するのだよ……。かつて数多に存在した魔王たちの中でも、特に強力な一柱、【摂理の魔皇】盤古への回帰を目的とする邪教の残滓が。――周辺諸国をも巻き込んで、天華連邦の転覆を目指した、彼らの残り火がな」
歴史書でしか見たことのない名前がたくさん出てきて眩暈がする思いだ。
しかし、そんな危険な思想をもち、実際に大きな被害を出した集団を、この国が放っておくだろうか?
「当然、潰して回ったさ。――いっそ苛烈なまでにな。四霊大家も、士族たちも、我等も。しかし、潰しきれていない。奴らは各地の被占有民のコミュニティや、各国の工作員と繋がっている。汚蟲のように湧いてくる」
「そして、だ。今回の事件で、国家指定危険思想団体『星の子』への情報提供者として、この百蓮教の流れを汲んだ団体が関与している可能性が高いという情報が入った。私たちは、四霊大家、軍府に協力を要請。団体の捜査と確保に動く」
ごくり、と唾をのむ。
四霊大家と軍府の両方に協力を要請する。そのこと自体が、これが重大な作戦であることを確信させた。
なにより、その両者に協力を要請できるこの家が、やはり異常で特別なのだと。
この作戦に貢献できれば、私もこの家の一員に、家族の役に立てる。特別になれる。
「わた――」
「しかしだ」
私の言葉を、お父様は遮る。むろん、その後に私が言おうとしていた言葉も、すべて理解したうえで。
「この件は深すぎる。お父さんたちに、ドンと任せておきなさい。なぁに、心配するな。お前が素敵な学園生活を送っている間に、全部終わってるさ」
「……。」
ギリリ、と不快な音がする。
一瞬、何の音か、私にはわからなかった。
……自分自身が、歯を食いしばる音だった。
「い、嫌だっ! 嫌だ、嫌だ!」
「私、私、諦めないよ!? 絶対に、お父様たちに。お兄様と、お姉さまと――。おんなじくらい『凄く』なってみせるの!!」
子供。それは、まさに喚き散らす子供だった。
子供扱い……なるほどなるほど。やっぱりお父様は「正しい」。
私は本当に、凡庸な子供だった。悔しい。悔しい。悔しい。
この部屋から、何かから逃げ出したかったのか、フェイは踵を返して歩きだす。
父の顔を直視できずに。
「フェイ。」
「……なに?」
「愛してる。本当だ。信じてくれ」
「――――っ!!」
フェイはばっと振り返り、すぐに涙で溢れた顔を伏せて、扉から勢いよく飛び出した。
フェイが去った後の部屋は、当然のことながら静まり返っていた。
そして、独り、当主の椅子に鎮座する男の顔面からは、完全に表情が立ち消えていた。
まさに、能面のよう。
そして、誰もいないはずの空間に、声を響かせる。
その声は平坦で、一切の感情が排除されたかのようだった。
容姿は全く変わらないというのに、これが先ほどまで娘と会話していた父親と同一人物だと、そう思わせないほどの変貌が、そこにはあった。
「……私の娘かわいすぎないか?」
「あんなに吠えて、声を荒げて、色んな反応を見せる。愛おしくてたまらないな――なぁ、お前たちもそう思うだろ?」
『えぇ、お父様』『はい、激しく同意します。お父様』
同じような平坦な声が部屋に響く。その音は机に並べられた二本のグラスから聞こえてくる。
……液体と固体の振動を媒介して、音を送受信する魔術だ。
「しかし、可愛い可愛い娘のおねだりでも、今回ばかりはだめだな。危険すぎる――チョン」
「はい、ここに」
いつの間にか、男がいた。どこにでもいそうな、印象に残らなさそうな男だ。
「チョン……いや、
「はい」
「あとは、そうだな……。捕らえた星の子を尋問したところ、気になる情報が得られた。謎の襲撃者によって教団が壊滅させられたと。下手人に関しては要領を得ないが、同じような証言がいくつも挙がっている」
『三人ほど潰してしまいましたが』『共通項の抽出のためだ、致し方ないよ』
星の子は、国家指定危険思想団体の中でも特に危険な団体として各国にマークされていた。
中規模国家の軍隊に匹敵するとまで言われた彼らを壊滅させた、正体不明の存在。
近年きな臭い動きを見せているヒエロポリスの暗部か、あるいは、かの北部高原の悪霊にでも出くわしたか。
はたまた――全く未知の武力集団か。
「情報源となった構成員が末端のためか、現時点で正体の推測には情報が足りない。――今回の事件や軍府と関りがないとも限らん。密偵との連絡を密にし、フェイを守れ」
「御意に」
「あと、もう一つ」
「学監会員の、ヨウという男子生徒を警戒しておけ。巧妙に偽装されているが……、経歴が少しばかりきな臭い。調査が進めば追加で報告する。以上だ」
命令を受けたチョン、もとい
「……それにしても、フェイには困ったものだなぁ」
フェイが私たちと同じように、『裏』の仕事にあこがれを持っているのは知っている。
だから、危険性の薄くそれっぽい『任務』――学園内部の有力貴族たちの令息、令嬢の監視――をでっちあげて、学園に遠ざけた。
だけど、その程度では憧れという感情を止められはしなかったようだね。
憧れ、か。あぁ、なんて一般的で、普遍的で、凡庸な感情。――私たちにはない人間の輝き。
こんな普通な子を、私たち異常者の、この狂気と醜悪にまみれた道に引きずり込もうなど。どうしてできようか。
「あぁ、愛しいフェイ、どうかお前は何も知らずに、普通のまま、健やかに育ってくれ……。」
お前こそ唯一、【調律者】の呪いから外れた、一族の
――
~~~
ここはどこなんだろう。
リリア、彼女は石造りの廊下に立っていた。
立っている。それは、正しいのだろうか。
フワフワ、ふわふわ。ふわふわ、フワフワ。意識がはっきりしない。
なんとなく、「あ、これは夢だな」と、彼女は思った。
そして、特に理由もなくそれが嬉しくて、ふわふわとした気分のまま、どことも知れぬ廊下――いや、どこか見覚えのある廊下を歩く。
なぜか、行こうとしている場所がある。
なんとなくのつもりで、目指している場所がある。
それを、彼女はまたまた「なんとなく」で理解していた。夢とはそういうものだ、と、自分を納得させながら。
廊下の二番目の分岐を右に曲がる、その次を左、その次の突きあたりを右に。
だんだんと思い出してきた。これは、リリエと彼女が、『會』にいるときに、昔暮らしていた牢屋に向かっているのだと。
しかし、自分が牢屋の外を自由に出歩けるはずがない。
これはやはり、所詮夢に過ぎないのだろう。多少のリアリティの欠如は仕方がない。
他者視点、というやつだろうか。
フワフワ、ふわふわ。ふわふわ、フワフワ。歩く、歩く、歩く。意識がはっきりしない。
ここを曲がれば……! やはりだ。見覚えのある牢屋が見えてきた。
ゆっくりと、曲がる。
曲がる、曲がる。
視界の端に、牢屋が見える。
なぜか、壁に身体をくっつけたまま、ゆっくりと、まるで泥棒のような動きで、頭を出し、その牢屋の中を見た。
体が勝手にそう動いた。
牢屋の中で、リリエが寝ている。今とほとんど変わらない。
すぅ、すぅ、と。こんな距離から寝息なんて聞こえないはずなのに、規則正しい音が聞こえる。
彼女が誰かに膝枕をしてもらうような形で、寝ていた。
ピンときた。あれは自分に違いない。なぜなら、私はリリエの姉だからだ。お互いが、お互いの唯一残された家族。たった一人の家族。
フワフワ、ふわふわ。ふわふわ、フワフワ。ゆっくりと、牢屋の全体像が見えてくる。
彼女は、眠るリリエの頭を愛おしそうに撫でていた。
微笑みをたたえた唇。穏やかそうな、どこか儚い笑み。
リリエの、姉妹としての面影を感じさせるその顔は――。
――けして、リリアの顔とは似ても似つかない。
ダレダオマエ?
ふわふわ、フワフワ、ふわふわ。
……ふわふわは、もう無かった。冷たい石畳。現実。背を這うゾワゾワとした感覚。悪寒。
いや、いやいやいやいやいや、違う、違う、違ウ、チガウ、チガウ。
――――――ワタシハダレダ?
ポン、と。ふいに、肩に何かが触れた。
それは手だった。
振り返る。
そこにいたのは、白銀。白と銀で全身を覆った男だった。服装だけでなく、その瞳から髪に至るまでが、白銀に煌めいている。しかし、男も発する空気は神聖さとは程遠い、「戦い」の圧に満ちていた。
全身の服の隙間から白銀の管のような何かが無数に垂れ下がっており、ところどころ地面までついて、引きずっている。
なぜか、その様子に、相変わらず雑な人だな、と思ってしまった。
相変わらず……? 知らない、私は。
いや、知っている気も、する。
「そんなにあいつらが気になんのかァ? ……相変わらず、お優しいのはいいことだがァ。お前ェさん、最近元気ねェぞ」
そう言って男は手を肩から離すと、懐から白く装飾された本のようなものを取り出した。
「ほら、『我らは
こちらを一瞥した後、呆れたような顔で「お手上げだ」とでも言いたげに、本を閉まい両手を挙げてみせた。
……私は今、どんな顔をしているのだろうか。
「ホントに状況わかってんのかァ……? 我らに、他人を気遣っている余裕なんてさらさらねェぞ」
「手始めに、この国。なんとかして【四片の冠】を回収して、
「神聖民主主義国家ヒエロポリス、だっけかァ。あっちのチームは
「商業国家ティレイアは、使える。商人どもの強欲を刺激しィ、他国の紛争を拡大させる」
「……正直、勝算は低い。成功するかは博打に近いだろう」
「まァ、なんだ。か細い道だが、それでもやり遂げるしかァない。命も、尊厳も、全てチップに変えちまえ。我らが神と、そして、自分たちの存続のために」
「これより――」
わかっている。今私の考えていることは、私たちにとって害にしかならない。
……不安をどこかへ追いやるように、自分自身に言い聞かせるように、彼の言葉を復唱した。
「「この大陸を滅ぼす」」
「はっ……っはぁ、はぁ、はぁ。っそうだ! リリエ、リリエ!? どこ? 私の、妹……!!」
「どうしたの、お姉ちゃん」
隣に、怪訝そうな顔でこちらを覗き込むリリエがいた。
私たち二人はいつも通り、同じ毛布に身を寄せ合って寝ていた。
嫌な汗がにじむ。妙な夢を見た気がする。
内容に靄がかかったようにところどころ思い出せないが、それが悪夢だったことはたしかだ。
でも、あぁ、大丈夫だ。ここにはリリエがいる。私の、たった一人の家族。
「……お姉ちゃん」
「……? どうしたの? リリエ」
リリエが、愛しい妹が、ぼやけた瞼をこすりながら聞く。
「お姉ちゃんは、まだ、お姉ちゃんのまま……?」
……? 妹も、何か怖い夢でも見たのだろうか? なんとも不思議な質問だ。
かわいらしいことだ。私が姉として、安心させてやらないと。
「…………うん、もちろん、私はリリエのお姉ちゃんよ」
「そう、じゃあ、いいよ」
そういってリリエは、毛布を深く被って背を向けた。
「覚えてな――たらそれ――いいけど」
「?」
毛布を深く被っているせいか、声がくぐもっていて、ところどころ聞こえにくい。
「お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃなくなったら、私――――ぬから」
聞き取れなかった。でも、問題ない。
私は最期まで、リリエのお姉ちゃんだから。
さきほどの夢の内容が現実に塗りつぶされて、ふわふわと消えていく。もう、ほとんど思い出せない。
そのはずなのに、最後の声だけが、露と消える前にひときわ大きく反響した。
半ば無意識に、夢の中の自分の言葉を口ずさむ。
私の身体が、この世界が、それを覚えていられるように。
「――この
★一章、完結です。
ストックを使い果たしたため、今後は一週間に一話程度の更新に戻ります。
今後もゆっくり更新していきますので、気が向いたときにでも読んでくださると嬉しいです。
★次回は一章人物紹介、用語紹介です。明日には挙げられるようにします。新しい情報はほとんどないし、仮にあっても本文中でまた説明されるので、読まなくても大丈夫です。
人物紹介で以前AIくんに作成してもらったイメージイラストを使用しようかな……? と思っているのですが、やっぱりあんまり嬉しくないものなんでしょうか?? もちろんやるとしても、デフォルトは非表示にしようとは思っています。
★次々回からは二章を開始します。
一章人物紹介においてAIイラストを添付してもいいですか?(デフォルトは非表示にします)
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嫌!!!!
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別にどっちでもいい