今回説明部分がちょっと多めかもしれません。
★増えた人物の復習
●リィンの組
・ジエ:ヨウともともと知り合いの、目が死んでる女子。ロマンはわかるっぽい。
●リリアとリリエの組
・スイシン:落ち着いた風貌の女子。貴族っぽい貴族。大貴族。
・カオス(自称):明らか中二病の男子。黒い羽が四枚生えてる。大貴族。
突然だが、森と聞いてどんなイメージを持つだろうか。
大半の日本人は、森と聞いたときに、半ば山と一体化したような景色を思い浮かべるのではないだろうか?
これは、日本に平野部が少なく、日本人は数少ない平坦な土地をほぼ完全に開墾し、水田や集落へと造り変えてきたことが理由の一つである。
結果として平野部に森を残す余地がほとんどなかったため、開墾の進み切った現代では「樹木が生い茂る場所=山」という住み分けが成されてしまっているのだ。
今回林間合宿地に選ばれた猪の森は、まさにそのような山と森の一体化したタイプの、標高の高い「森」であった。
人の行き来がないわけではないためある程度整備はされているが、十分に「自然」であるといえる。
澄んだ空、白い雲、そして青々と茂る森は、普段は顧みることのない自然への畏怖を思い起こさせてくれる。
特に、軍府立天華学園の学生には貴族が多い。彼らの大部分は、これまで各領地の都市部で暮らしてきた。自然に囲まれる空間で過ごすのは、貴重な体験となるだろう。
『は〜い! 到着です! 皆さん、移動お疲れさまでした~!』
学園の教員たちによってこれからの林間合宿用物資が次々と運び込まれる。学生たちはその様子を広がって眺めている。
その中には、調理器具から調理着火用の霊晶などなど、生活に必要そうなものからキャンプ用品のようなものまでさまざまであった。
『では、ジェンムさん。よろしくお願いします!』
「あい任された!!」
しばらくすると、一瞬大きな揺れが起こる。何とも言えない、何か森が「整えられた」ような感覚を、学生たちは覚えた。
「
「本接続と、これ以上範囲を広げるにはもう少し時間がかかるがのぉ」
『ありがとうございます! ではお次にチェンシーさん。結界をお願いします!』
「(……コクリ)」
『今現在、彼らに森での事故と、襲撃者への厳重警戒のための魔術を使用していただいております! 学生の皆さん、あのような事件が起こったばかりでさぞ不安なことでしょう。しかし、学園は万全を期しております!』
その様子を見ていたリィンは、やけに過保護だなと感じていた。
いやまぁ、当たり前か。つい最近『星の子』の襲撃があったばかりだ。
当然、子供たちに危険が及んだ以上、親、特に貴族からの激しい非難は想像に難くない。
それに対する再発防止のアピールのためにも、大袈裟なまでの対策が必要だったのだろう。
四霊大家、麒麟家のフィーシャ会長という特大の大物がいるわけだし。
……いや、それだけじゃないのか?
もしかして、前回の襲撃の目的関連で、何かわかったのか?
実は今回の星の子の襲撃は、何か不自然な点がある。
公式的には、博物館にある原始魔族のミイラを狙ったものだと言われているが、少し不自然だ。
動機そのもの自体は、彼らが純粋な魔族への信仰がある集団であるということを加味すれば、まぁ全くの意味不明というわけではない。
しかし、たしかに貴重な物品とはいえ、わざわざこの学園をピンポイントで狙うのがよくわからない。
別に同格の魔族の遺物が、ここにしかないわけではないのだ。
……なんとなく、人工先祖返りであるリリアとリリエが関係してそうだと思うのは、俺が友達として彼女らと関わっているからにすぎないんだろうか?
自分が知っている怪しい情報と、今回の事件を勝手に結びつけているのだろうか?
でも、もう「二人が人工先祖返りだ」ってことは、軍府の
俺は軍府の内部情報に詳しい立場じゃない。
特にあの後何もないってことは、上層部の捜査上、特に問題なかった、ってことなのかな?
ううん。考えてもわからないな。
どう思う?
《知らんって、別に思考スペックとか完全に一緒だから。【切断】で感覚を制限されていない分、お前の方がまだ考察力高いはずだろ。俺が外界の情報を得られるツールはお前の心の声だけなんだから。何のために俺がエグい情報封鎖喰らってやってると思ってるんだ。ぶん殴るぞ。……こう、なんか不思議なパワーとかで》
病室のベッドに縛り付けられた男がブツブツ文句を言っているところが、簡単に想像できた。
うん……。なんというかその、ほんとすまん。
全俺を代表して感謝申し上げます。
《わかればよし》
『では、まず皆さんにこれからの予定をお伝えします! あなたたちには、行軍用簡易食糧を体験していただいた後、霊脈のお勉強と夕食の材料確保を行っていただきます!』
あ、あれ懐かしいな。
前線で配給されてた戦地口食23号じゃないか。
相変わらずカロリーメイトの塊みたいな見た目だな~、ってことは、一番グレード低いやつじゃないか……。
あれ昼飯? マジで? まぁ
配られたカロリーメイトを、学生たちが興味深そうに眺めている。
「小さいな~」みたいな声が聞こえるが、死ぬほどカロリー高いからたぶんそれで十分だぞ。
『では霊脈について教えていただく役目は、ジェンムさんにお任せします!』
「よしきた! 儂の話をよく聞くんじゃぞ~」
ジェンムはフン、と胸を張るが、背が低いせいでいまいち威厳がない。
そんな学生たちの無言の思いが彼に通じたのか、ムッとした顔をした後、トントンと地面を足で数回蹴った。
すると、剪定侯の立っていた場所が急に盛り上がる。
突然地面から生えた樹木が彼を数メートル上に押し上げたのである。
どうだ。と言わんばかりの顔をした後、教員からの視線を感じたのか、慌てて説明を再開した。
「ご、ごほん。え~、霊脈というのは、特に貴族連中はすでに十分知っておるじゃろうが、抽象的に言えば『文明の基盤』じゃ」
「火属性の霊脈は溶岩地帯を、水属性の霊脈は巨大な水源地を作る。そもそも、我々が暮らしている環境そのものが、霊脈から直接影響を受けているのじゃ。それこそ突然霊脈が絶たれるなどということが起これば、環境が急激に変化して生き物は大量死し、気候はめちゃくちゃになるじゃろうな」
「そして、おぬしらにもっと身近なことに触れるなら――それら霊脈から産出される霊晶などの魔術資源は、生活に不可欠じゃ。有名なものじゃと、火を起こすための火元晶、生活用水を活用するための水元晶、資材を作るための地元晶、換気や衣類乾燥、室温調整に使える風元晶などなど。魔術的な能力に劣る平民はもちろん、一部の属性に特化した貴族たちも、これらの霊晶の魔力を使わねば普段通りの生活を送ることはできまい」
「と、いうわけでとにかく大事なものじゃ。近くにいるだけで魔力の回復も早くなるしのぉ。諸事情あって基本この国は霊脈だらけじゃから、普段からその恩恵受け取るんじゃぞ、眠そうなおぬしら。なんなら霊脈が無い場所に行けば、慣れておらんから体調を崩すかもしれんぞ。そのレベルで身近な存在なんじゃ」
ジェンムは指を指す代わりに、地面から生やした樹木の枝の先端を動かし、何人かの学生に突き付けた。
「霊脈はこの星のいたるところに張り巡らされておる。我らが普段恩恵に与かることができるのは、地表付近の霊脈に限られるがな。長話に早くも眠くなったようじゃから、少し体験させてやるわ」
ジェンムは再度、その小さな足でトントンと地面をたたく。
すると、地面の奥から轟音とともに光が漏れた。
いや、正確には、物理的な音や光は発生していない。
地面の奥の巨大な何かから一瞬漏れたすさまじい魔力を、その場にいるものたちは各々の魂魄により感じ取った。
それが余りにも強大であったため、視覚や聴覚に錯覚を与えたのである。
何人かの学生は、眩暈やふらつきを起こしてしまっている。
「感じたか? 今のが霊脈じゃ。ここのは末端も末端じゃから、か細い上に地上からも遠い、毛細血管の端レベルの激ショボ霊脈じゃが……。それでも、この星の魂魄の一端じゃ。到底まともな人間一人の器に収まるものではない――アバっ!!」
ジェンムの頭上から四角い半透明の結界が降下し、頭を小突いた。
「キリキリ……。(やりすぎ、という意味)」
チェンシーは、手で×マークを作っていた。
「うっ、すまん。調子に乗ってしもうたわ……。ともあれ、霊脈が非常に重要なものであることは理解したじゃろ?」
「まぁ付け加えて説明するなら、国の中心部に流れとるどデカい霊脈は、四霊大家が霊脈を
「……う~ん。もうついでじゃし、儂が説明しちゃお! この森はさっき説明した霊脈の影響で、
うねうねと動く枝が剣や斧などの武器の形にねじ曲がっていき、もう一方の猪を象った枝をバシバシと叩くジェスチャーを行っている。
満足したのか、飽きたのか、数秒でそれをやめた。
それと同時に、足場の樹もゆっくりとほどけていく。
どうやら説明が終わったようだ。
「あ、最後に」
ズズズ、という音が辺りに響く。
各々の学生の足元から、枝が伸びた。枝には
「これは、ほんのおまじないじゃ」
彼は、そう言って下手なウィンクをした。
~~~
「なるほど、あれが魔猪獣か」
木陰から、四人が顔をひょっこりとのぞかせる。
上からユー、ヨウ、ジエ、リィンである。
「やはり生で見ると大きいな……。ほとんど俺と同じくらいの大きさだぞ」
魔猪獣と呼ばれたその魔獣は、おおむね猪の形の魔物であった。
その巨体と、顔面を覆う鎧のように硬質化した外皮を除けば、だが。
……たしかにでかい。四足歩行のはずなのに、高さでユーと同じくらいだ。
全長だと4メートルはあるんじゃないか?
前世の地球だとまるっきり化け物だな。
いかにもなファンタジー世界のモンスターだ。でも、転生してから初めて知ったときは意外だったが、意外にもこの国において魔物、魔獣は別に「人間の敵」みたいな扱いではない。
普通の動物とは明確に区別されるが、「ちょっと強めの野生動物」くらいの扱いだ。
じゃあなんでこんなコソコソしてるのかって……?
前世でも熊とかが目の前にいたら、こっちが銃持ってても一旦隠れるだろ! 強めの野生動物とか普通に怖いわ!
「どうやって仕留める……? 下手を打って逃がしたり、こっちに向かってきたら危ないぞ」
「捕縛に有効な……、そうだ。地魔術とか使える人はいないか? ちなみに僕は無理だ」
「ワタシは無理」
「わr、私も~」
「俺は使えるが、あんな巨体を捕まえるための魔術なんて、一、二発が限界だぞ」
「「「「…………」」」」
いや、顔見合わせている場合か。
あれ、思ったよりも厳しいか? このグループ。
「い、いや、栄えある天華軍府立学園の生徒が四人もいるんだぞ? 一人くらいちゃんと地魔術使えるやつはいないのか!?」
「それ、ヨウが言う権利ない。わr、あ~、めんどくさい。ヨウは我が平民出身なの知ってるはず~」
「……リィン! 君は? 君も無理なのか? あんなに普段なんでもできる雰囲気出してるじゃないか!?」
「マジで無理。本当に無理。びっくりするほど無理」
「そんなに!?」
いや本当に無理。驚くほど捕縛に向いてないんだって俺の魔術。
理由は――どうしよう、言うべきかな? ……後で話そう。
ヨウは考え込んでしまった。
「製作途中の捕縛用ユニットを無理やり使うべきか?」とか、「ファンネルを一斉に飛ばして強引に捕まえるか?」とか、ブツブツ言っている。
ジエさんは魔猪獣の方を注視し続けている。
う~~~ん。俺が魔弾を使えば、暴れる隙を見せずに一撃で倒せると思うけど。
あのレベルで大きな魔物を一撃で仕留めるには『
視界の悪い森の中で、どこに人がいるかわからないような状態では撃てない。危険すぎる。
すると、先ほどから黙っていたユーが口を開いた。
「ヨウと、ジエ、だったか? 今は不毛な議論を続けていても仕方ないだろう。かくなる上は……」
「「「かくなる上は……?」」」
「シンプルに、囲んで一斉にボコボコにするしかない。捕縛が無理なら、逃亡、反撃を許さずに仕留めてしまおう」
……ちょっと脳筋すぎるかぁ。
~~~
リリエの目の前には、ピクピクと痙攣する、三頭の魔猪獣が倒れていた。
彼らの倒れている方向の先で、「残りも綺麗に片付けてやる!! はっはっはっは!!」という大きな笑い声と、「待ってってばーー!!」というリリアの叫び声が聞こえる。
リリアとリリエは、同じグループになった貴族の二人組、スイシンとカオス(自称)の指示におとなしく従い、彼らのサポートを行っていた。
二人一組になり、リリアとリリエが警戒を行い、貴族の二人が仕留める形式である。
スイシンの「従ってほしい」という言葉には少し抵抗があったが、実際今のところは上手くいっていた。
リリアとリリエがはじめちゃんと警戒できてなくとも、意外にも彼らは寛容であったのだ。
多少もやもやしつつも、リリエはおとなしく倒れた魔猪獣を持ってきた縄で縛っていた。
「……す、すごいなぁ。カオスさんは」
「まぁ、あのバカは強さだけが取り柄だから」
茂みをかき分けて、髪に葉をくっつけたスイシンが現れる。
彼女は自身の整えられたストレートの長髪についた葉に気づくと、一瞬嫌そうな顔をする。
葉は、チリチリという音を立て、数秒かけて静かに燃え尽きた。
「たぶん、一年生の中なら群を抜いて強いんじゃないかしら……何人かの外れ値を除けば」
「そ、そこまで……」
「あ、外れ値は会長とか、そういうのね。もしかしたら、あの桜色の髪をした書記も同じ手合いかもしれないけど」
「リ、リィンさんってそんなに強いんですか?」
「……? ああ、あなたたちは知り合いだったのね」
「ほら、あの襲撃事件あったじゃない。彼女、あれだけ学園中飛び回って襲撃者を倒してたもの、さすがにいろんな意味で有名にもなるわよ……。私は根拠もない噂は真に受けない主義だけど、少なくとも彼女が強いことはたしかだと思うわ」
「そうなんですね……えへ、えへへ」
「どうしたの?」
「ちょっと、嬉しくて。憧れの人が褒められてるのって……上手く言葉にできないけど、いいなぁって」
「そう……。もしかして、さっき魔獣が出た時に、口調が別人のようになったのは」
先ほど魔獣が出た時に驚いて、とっさにリィンさんの真似をしてしまっていたみたい。
ちょっと恥ずかしい。
「わかりますか……? リィンさんの口調を真似して――」
「――そういうの、やめた方がいいわよ」
「…………えっ?」
リリエの脳がフリーズする。
「憧れているものをただ真似するのは、やめなさい。目指す先は他人でいいかもしれないけど、それに続く道は自分で開拓すべきよ」
二の句が継げない。聞き返せない。
「……少し、不思議に思っていたの。ひどい暮らしをしてきた、明日食べるものにも困っていたと聞いたわ。なのに、あなたからは自主性というものがあまり感じられない。そんな人が、過酷な環境で生き延びられるのか、って」
「もしかして、ずっとお姉さんに寄りかかって生きてきたんじゃないかしら?」
知ってる。知ってる。
だから、だから、姉に頼りきりじゃいけないって、そう、思って。だから、私は。リィンさんを――――。
あ。
「頼る人をとっかえひっかえしても、いつか躓くわよ。この学園に来れたということは、あなたは十分に選ばれしものなんだから。――選ばれしものは、それ相応の道を自らの手で開拓するべきだわ」
「……若干、私の願望が入ってるのは否定しないのだけど」
「…………」
はは……、あはは……。ただ、リィンさんになっただけ。それだけ……。
「……どうしたの? 体調が優れないのなら、休むべきだわ。安心なさい、あのバカが元気に暴れたから、後は私たちだけで大丈夫だから」
「…………」
だんだんと、リリエは『貴族』というものがわかってきた。
ユー、フィーシャさん、カオスさん、スイシンさん。
彼らは皆善良だが、『我』が強かった。自分の信じる世界を、多かれ少なかれ、自信をもって他者に押し付けることができる人間だった。
それは、姉の影に隠れて生きてきた自分には掴めなかったもの。
それは本当に私のせい……?
自分の姉を除いて、リリエはそんなことができる強い人間を、貧民街でほとんど見たことがなかった。
みな、一様に生きることだけを考えて、自分の世界なんて贅沢なものを、そもそも持ち合わせていなかった。
「…………」
貴族。平民とは違う存在。貴き血。
これまでの貧民街での生活、実験体としての生活。
その中で漠然と敵視してきた『選ばれしものたち』について、彼女は今一度考えを巡らせ始めた。
「リリエ!! どうしたの? 気分悪い??」
「……お姉ちゃん」
「さっきスイシンさんから、あなたが体調悪そうだから面倒見てあげてって言われたの。一緒に先生たちのところに戻ろう?」
「……ありがとう」
そうだ。そもそも、私たちが貴族に生まれていたら。
あの人たちみたいに、強くて、安定してそうで、そこそこ良い人に……特別努力しなくても、なれたかも。
ゴミを漁って暮らしたり、変な奴らに攫われたり、しなくてすんだかも。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら――――。
……リリエは、姉だけを見て過ごしてきた。
だからこそ、そもそもこれまでの人生で彼女は、姉と、もう顔も覚えていない両親以外に、良くも悪くも大きな感情を向けたことがなかった。
――――もしか、したら。
お姉ちゃんだって、
リリエの心の中に、これまでの人生では生まれえなかった、黒い淀みが溜まり始めていた。
剪定侯の台詞が長くなっちゃった。
次回も来週更新予定です。
毎回ギリギリだから、余裕のある時にストックとか作りたいなぁ。