雪梟の備忘録   作:可憐人形

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猟兵ノ瞳ハ標的ヲ逃サズ

ガルザ帝国、それはこの世界全体で見ても頂点に立つやもしれないほどの軍事力を持つ国家。

星導テクノロジーの軍事転用に成功し急激に力を増し、周辺の国家に侵攻しては占領する。

前文明のロストテクノロジーを使い熟す軍隊を前に対抗出来る者は、数える程しか存在しない。

 

正面を切って抗う者もいれば、出来るだけ協力的な姿勢を貫く事で被害から逃れようとする者。

行き場を失ったからと、自らガルザ帝国の兵として出願する者さえいた。

雪原地帯を本拠地とするその帝国は衰えを知らず、勢力を拡大していく。

 

少数精鋭とは言い難い物量集団、称号を与えられるようなエリートもいれば使い捨ての駒として扱われるような兵もいる。

名声のために戦果を挙げようと躍起になる者、戦争という狂騒自体に酔いしれている者。

自身の故郷を滅ぼした帝国に復讐を遂げようと、組織の内部で息を潜める者。

 

「合格、って事で良いんじゃないかしら〜?」

 

そして、飲酒という娯楽の肴に銃を持つ者。

 

様々な目標や信念のもとに活動するその者達は、あまりお互いの事を詮索しようとしない。

暗黙の了解と解釈する者もいれば、そもそも他者に興味がないと語る者もいる。

理由なんてどうでも良いのだから、結果さえ伴えば誰でも受け入れるのがガルザ帝国。

 

彼女はスノーウォル、人々がそう呼ぶ一人の猟兵。

 

「……適当すぎませんか?」

 

「大丈夫、しっかり見てるわよ〜」

 

スキットルを片手に訓練を見守る彼女は、こう見えてガルザ帝国の中でも特に上澄みのエリート。

スノーウォルという呼び名も本当の名前ではなく、前述の通り実力を認められた事により得た称号である。

 

「特にザハロワちゃん、まだ新人なのに馬力があって凄いのよ?」

 

「は、はぁ……」

 

常に酩酊状態にある彼女、スキットルを片手に訓練の様子を確認し口を出す。

しかし彼女がこうして教育係の役割を受ける事は珍しい、稀にはあるが率先して受けようとはしない。

 

「活かし方が雑すぎるのは玉に瑕よねぇ、ボルゾイに手解きを頼むのが一番かしら……」

 

それはスノーウォルという人物に致命的に威厳がなく、同時に部下からの信頼がないからであった。

彼女を“よく知る”者であればまた話は別だが、普段の印象は常にアルコールを摂取している人物。

それに加えて高いカリスマ性や教師としての能力がある訳ではない、それを本人も理解している。

 

「ごめんなさいね〜、私よりアイーダに見てもらった方が嬉しかったでしょ?」

 

周囲から完璧超人として尊敬されるアイーダ、寡黙ではあるが誰が見ても実力は一目瞭然のシグナス。

彼女達に比べてスノーウォルという猟兵の実力が劣っている……という訳ではないが、教鞭を取る者としては支持のある前者の方が適切なのは明確だった。

 

「わ、私はスノーウォル長官の方が……!!」

 

「あら〜、お世辞が上手ねぇ〜」

 

無事訓練は終わったものの、周囲の者が彼女を見る目はあまり良好とは言えないものだった。

彼女とて戦果を残している、一定の尊敬や羨望は得ているものの同時に疑念も抱かれている。

では何故そもそも、普段なら乗り気ではない教官としての役割を彼女が行っているのか。

 

「適度な休憩を忘れずに〜」

 

最初から不本意だった、というのが真実である。

 

「それで、あのお馬鹿(アイーダ)は何処をほっつき歩いてるんでしょうねぇ〜……?」

 

今日の訓練に対して監査役として付く筈だった彼女の友人にして親衛隊のエリート、アイーダ。

そんな彼女の姿が見えない、何処にもいない。

連絡も当然取れず、“指示を貰えないと動けない”新人の機能を停止させていたからである。

 

そんな様子を見た彼女は立場的にも感情的にも放っておけず、あまり乗り気ではないが教鞭を取ったのだ。

しかし当然最初はそんな予定はなかった、今日は休日だからと完全にオフモードだった彼女。

 

「スキットル、少し前から空なのよねぇ……」

 

常日頃から肌身離さず持っているスキットルの中身も、とっくに空になっているのだった。

そもそも補給のためにと外に出たのだから、こうして時間を食われればそうなるのは当然の事。

目に見えて変わる程ではないが、酔いが覚め始めた彼女の機嫌はあまり良好ではなかった。

 

「あら?」

 

さっさと補給をして帰ろう、と歩く道中で見つける人だかり。

あれは親衛隊のメンバーだろうか、誰かを囲むように集まっている。

仕事を放り出したお馬鹿さん(アイーダ)を責め立てているのだろうか、いや、あそこの隊はそういうタイプではない。

 

では、本来の“親衛隊のしての仕事”の最中か。

 

ガルザ帝国という組織は、一部のこの世界に存在する他の組織を除いて基本対立の姿勢を取っている。

お陰様でそこそこ顔の知れている自分は迂闊に外を出歩けない訳だが、それは今は関係ない。

そんなガルザ帝国の“内部”で親衛隊が動く時といえば、英雄と蛮勇を勘違いした者が見つかった時。

 

またスパイか、それともテロリストか。

いや、違う、あの風貌は見覚えがある。

 

「……あの子、ストリートファミリーの……」

 

ストリートファミリー、連合都市国家(ユナイテッド・シティ)における戦後に急激に力を増した一つの組織。

孤児院として活動するこの組織は連合都市国家を拠点とするものの、勢力としては何処にも属さない中立。

組織としての活動理由が力を持つ少女達による孤児の保護だからこそ、他と対立しようとしないのだ。

 

連合都市国家とは御世辞にも良い関係とは言えない連合都市国家の中でもガルザ帝国と穏便にコンタクトの取れる、数少ない団体なのだ。

そんな組織の一人の少女が片手に銃を持ち、親衛隊に取り押さえられている。

“よく知る者”からしてみれば、おかしな光景。

 

「ねぇ、そこの親衛隊の子達〜?」

 

前述の通りストリートファミリーは、一部の力を持つ少女達による孤児の保護団体。

当然ながら力を持つ者と、力を持たない孤児がいる。

八方美人に様々な組織を飛び回る少女は、前者。

過保護な少女達は保護した孤児の事を一人前として認めるまでは、しっかりと面倒を見る気質の筈。

 

「珍しいですねスノーウォルさん、何かご用で?」

 

アレはどう見ても、“後者側”の子だ。

 

「アイーダにねぇ、代理を頼まれたのよ〜」

 

彼女は酔いが覚めていた、素面には程遠いが酒豪の彼女からしてしまえば酔っていないも同然だった。

 

「その仕事、私が引き継いでもい〜い?」

 

 

◇◇◇

 

 

ストリートファミリーは力を増した。

あの組織は今や裏社会ではなく、表社会でも支持を得る一つの大きな組織となった。

彼女達の行う慈善活動は他の組織の好感を得て、擬似的な協力関係を築きあげる事さえ実現出来ている。

 

私達からしてみれば、好ましくない。

 

彼女達に喧嘩を売るという行為がギャング同士の抗争では済まない事態になってしまった。

ならば、私達はどうやって彼女達を潰せば良い?

ストリートファミリーという組織の活動を、どうすれば咎める事が出来る?

 

築き上げた信用を、失わせれば良い。

 

あの組織の実態は実に脆い、一部の力を持つ少女が孤児を匿うために四方八方を奔走している。

その孤児達に力はなく、一人では何も出来ない。

そのくせ過去に縋り、少女達に縋り、己では何も出来ない足手纏いと化している。

 

利用すれば良い、その弱さを。

親が残した形見とやらを盗み、一人の孤児と取引を行う。

攻撃的な組織の中では最も力を持つガルザ帝国の内部で、民間人に向かって銃を向けろと。

 

子供とは実に単純で、とても弱い存在だ。

 

計画は成功だった、孤児はガルザ帝国の親衛隊に捕まり己の所属を暴露した。

私の所属する組織の事は話していない、これが私の仕組んだ事だとバレる事はない。

あとはストリートファミリーが転落していく様を、ただ眺めているだけで終わるのだ。

 

そう、計画としては完璧だった。

 

「ぁ、ぇ……?」

 

そこに偶然、不幸な事に。

 

酔いが覚め始めて機嫌の悪くなった。

 

一人の目の良い猟兵が居ただけの事だから。

 

 

◇◇◇

 

 

「今……どこ、撃って……?」

 

「……後先、考えなさすぎたかもしれないわねっ!」

 

推理はおおよそ的中していた、事情を聞けばやはり“ガルザ帝国側”が利用されていた。

個人としてはどうでも良いが、組織としては放っておける案件ではなかった。

 

そもそも自己判断能力が育ち切っていない少女が、組織間の抗争に巻き込まれ利用される。

組織としてはどうでも良いが、個人としては放っておける案件ではなかった。

 

「うわっ……ぇ、えぇ!?」

 

「ごめんなさいねぇ、ちょっと本気で走るわ〜」

 

だから撃った、己の持つ狙撃銃で。

だから撃った、己の持つ腕と目で。

 

「他人のこと言えないかもしれないわ、私も……」

 

少女を抱えて走り回る彼女、状況説明もなしに銃を抜いたとなれば流石に自分の立場が危うい。

そもそも“仕事を引き継ぐ”と、そもそも“アイーダに頼まれた”と嘘を吐いて少女の身柄を確保したのだ。

この状況を親衛隊に見られる事すら、危険だ。

 

しかし妥協は出来ない、そこまでする義理はないと言えばそうではあるが。

少女にとって大切なソレを、返してやらねばならない。

だからこそ人目を避け、己の撃った“黒幕”の元へと走った訳だが……

 

「あっちゃ〜……」

 

銃声、その場に倒れる人。

当然ながら人は集まる、ガルザ帝国という組織は人に溢れているのだから。

既に囲まれたその事件現場は、遠巻きからは確認出来ない程に囲まれていた。

 

あの場に顔を出したら間違いなく撃ったのが自分だとバレる、事情を説明するにも“物分かりの良い”者より頭の固い者の方があの場には多い。

しかし、裏を返せば数少ない物分かりの良い人間もその場にはいた。

 

群がっていた兵の一人、ボルゾイ。

 

「……」

 

身を隠している筈の此方を一瞥すると正面に向き直り、言葉を離さずに何かを投げつけてくる。

受け取ればそれは、焦げ付いたネックレス。

 

「……よく分かってるじゃな〜い……♪」

 

言外に『借りは返せ』と念を押してくる彼女から目を逸らしつつ、そのネックレスを少女に手渡す。

 

「ほら、次は離しちゃダメよ〜?」

 

今回の経験を糧にしてくれれば良いが、それが過ぎた願いというのならば多くは望まない。

それはそれとして、また被害に遭うことがないようにという思いを語る。

縋る事が許されない環境で数少ない、自分という存在の意味として身に付ける事が出来るものなのだから。

 

「連合都市国家まで送ってあげる、って言っても国境を越えるギリギリままでだけど……」

 

今回の件を表沙汰にしたら、ガルザ帝国にとってはどうでも良いがストリートファミリーに被害がある。

どの組織においても過激派は声が大きい、ならばこれは個人間の問題だったと割り切るのがお互いに幸せだろう。

 

「あの、なんてお礼を言ったらいいか……!!」

 

しかし、折角の休日を殆ど潰されたのもまた事実。

 

「ふ〜ん、そうねぇ……」

 

ならば少しくらい、対価を支払ってもらおう。

 

「お姉さん、ドーリア産の美味しいお酒が飲みたいな〜……なんて?」

 

彼女はスノーウォル、人々がそう呼ぶ一人の猟兵。

 

彼女の素性を知る者は、何処にもいない。




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