1話 「我は魔王。受付嬢である」
混沌の
血染めの
終焉を導きし君臨者。
――――魔王。
これまでにおよそ千を超える呼び名で称された。
それが我という存在である。
最も多く呼ばれた名は魔の者どもを束ねる王としてのものであるが、どれもが畏怖をもって発音された。
そんな我には最近、もう一つ呼び名……というより、役職名が追加されている。
それは何万と繰り返してきた生の中で初めてとなる、
その名とは……。
ざわざわとした喧騒とそれを成す多くの人間がひしめく、煉瓦と木で仕立てられた大きな建物。
腕自慢が集まるこの場所は、冒険者ギルドと呼ばれる施設だ。
その中心でにこやかに、もしくは事務的に利用者に対応するのは「受付嬢」と呼ばれる女性たちである。
「エリーデルちゃ~ん。もうお仕事慣れた~?」
ふらり、と一人の無精ひげを生やした男が受付前に現われる。
今の我……ではない、"わたし"の身元引受人だ。
間延びした口調がなんともなよっちいが、我はこの男が見た目通りの人間でないことを知っている。
「はい、ギルドマスター。お陰様で」
「もうっ。そんな他人行儀な呼び方しなくていいんだよ~? なんだったらパパって呼んでもいいんだよぅ~?」
「ちょっとちょっと、やめてくださいよマスター。エリーデルちゃんが困っちゃうでしょうが」
背筋を伸ばして答えれば、相手は対照的にふにゃふにゃくねくねとした動きをして先輩に怒られている。
このような者が荒くれ者揃いの冒険者を束ねる一角とは……。ここが支部とはいえ、にわかには信じがたい。
出会いの当初、我の魔力に寄ってきた野良ドラゴンを一刀両断した実力を見ていなければこの我とてその本質を見破れていなかったやもしれぬ。
油断の出来ぬ男よ。
「まったく……。マスターがいきなりこの子働かせて! ってちっちゃな子連れて来た時はどうしようかと思いましたけど……」
「す~っごく覚えがいいでしょ?」
「ええ。なんなら貴方よりよほど真面目で優秀ですよ。教えた見習い業務を全て覚えてくれてから、こうして受付に立たせているわけですし。記憶喪失なんて嘘みたいですわ」
「そんな~。でもエリーデルちゃんが褒められるのは嬉しい~」
「ほらほら、そんなところで潰れないでください。あ、このゴミは気にしないでお次の方こちらへどうぞ~」
へにゃへにゃと受付カウンターに突っ伏して、そのままいびきをかきだした男。いつもながら酒臭い。
それを手慣れた様子で無造作に横へどかした先輩は、混んでいる他の受付を見て声をかけた。
うむ、今日も相変わらず賑わっておるな。
"わたし"も「見習い」という称号付きのネームプレートが輝く胸元を正し、目の前の相手にお決まり文句を口にする。
「ようこそ、アルニラム冒険者ギルドへ。本日はご依頼とクエストの受注、どちらのご用件でしょうか。なんなりとお申し付けくださいませ」
我は魔王。受付嬢である。
+++++
何故、魔王である我が人間の国で冒険者ギルドの受付嬢など始めたのか。
事は七日前に遡る。
「暇だ……」
ドラゴンの頭蓋骨を手慰みにカリカリと引っ搔きながら、思わず零れた本音。同時に盛大なため息まで零れた。
立派な城に住み、立派な玉座に腰を下ろしていながら、その事実こそが今は空しい。
そう、我は暇なのである。
現在、全世界に魔物と魔族の脅威を及ばせその首魁たる我は魔の王と称される存在なのだが……。実際はただの"駒"に過ぎない。
我の目的は「人間に恐怖を与え、世界の覇権を握り魔族を繫栄させる」というものだった。
しかしそんな目的、行動理由もただの与えられた【役割】であったのだ。
気が付いたのはつい最近である。
我はこの世界に生まれた瞬間から魔王だった。
この地位に至るまでのエピソードも持ち合わせてはいるが……。それら【全て】が最初から"与えられた"行動原理から成るものであると自覚が生まれた瞬間、萎えて白けて馬鹿馬鹿しくなって飽きたのである。
興醒め、というやつだな。
魔王とは人類の人口調整及び
つまり人口を管理されているとはいえ創造主から寵愛を受け、我らより生命として上に置かれているのは、数ばかり多くて脆弱な人間の方ということ。
我とその子らである魔族は圧倒的な力を持っていながら、その役割は人間のためにある。覇権だの繁栄だのを考える以前の問題……もとより敗北が決まっている生命体なのだ。
なんと空しい事か。
何万年と抱いてきた大望がどうでもよくなるには十分な理由である。
いくら頑張った所でその望みが果たされることはないのだから、さもありなん。
"そう"であると自覚するにあたって、きっかけとなったのは神々の知識が一部分だけ我の中に流れ込んだこと。
奴らにとって駒の自覚が芽生えた我のような存在を【バグ】というらしく、もしこのことが神々に知られてしまえば我の存在は消されて新しい駒が配置されるだろう。人類に敵対しない魔王など不要だからだ。
ゆえに世界侵攻を「や~めた」とすることも出来ず、こうしてただただ怠惰を貪り、人間の中からいずれ現れるであろう「勇者」に倒されるのを待つ日々である。
勇者か……。
これまでは幾度も我の野望を打ち砕く忌々しい存在だと思っていたが、奴らもまた我と同じように【役割】を与えられた駒だったのやもしれぬな。
魔王によって人口調整がされたならば、丁度よいところで魔族の侵攻に終止符を打つ者が必要であるし、団結には象徴が必要だ。
そう考えると、やや親近感めいたものを感じる。
それにしても、このようなことを何万年も繰り返し続けていたのだから笑えてしまう。
我はまんまと盤上で踊らされていたわけだ。
……だが我が居ようが居まいが、人の文明はやがて朽ちる。そして再び人は芽吹き、育ち、文明を作り上げ……そこに再び我が敵対者として現れるのだ。
倒されては復活し、倒されては復活し……と。
人類にとってはいくら倒しても再び現れる忌々しい存在であろうが、我としては過労もいい所だ。
もうこのシステムやめた方がいいと思う。神々は良い感じに人類の団結と調整が成功するまで繰り返す気満々のようだが、奴ら平和になったらなったですぐ身内で争って破滅するぞ。
……まあ、あれだ。
人間の今後などはどうでもいいが、我としては早急にどうにかしたい問題がある。
とにかく暇、なのである。
(まったく……こんなことならば、自我など芽生えぬ方がよかったわ)
自覚は新たな自我を呼び起こし、我はこれまでの我でありつつ我ではない、赤子のような状態だ。
その我がまず直面した問題が、どうしようもないほどの「暇」さであった。
嘆息し、現状について考えを巡らせる。
(どうせ死ぬなら創造主に「不用品」として処分されるより、役割を全うして華々しく散りたいものだが……)
そして出来れば、今回を最期にこの役割を下りたい。飽いた。
だがこの世界の創造主たる神々に知られないまま悔いのないグランドフィナーレを迎えるための妙案など、すぐには思いつかない。
せめてひとつの区切りとして、その方法を探るためにも今回の魔王生を終わらせたいものだが……。
時代によって魔王を倒す「勇者」が現れる瞬間は様々。
それまでの期間が分からないことが、まず歯がゆいのだ。
あとどれくらい待てば勇者は現れる? 何年何カ月何日何時間何分何秒後?
単純に生命体としての寿命など腐るほどあるが、今はそれがもどかしい。
飽きる、暇といった概念を我のような存在が覚える事は精神の死にも直結する重大事項であるようだ。
自害などというつまらぬことはせぬが、狂いそうである。
あ~、暇。暇暇暇。暇である。
我……昨日まで何をして過ごしていたのだ……?
基本、侵略行為は部下に投げっぱなしで我はドンっと玉座に構えているだけの簡単なお仕事だからな……。
勇者が来るまで本当にやることが無い。
え、本当に昨日までの我は何をして過ごしていたのだ?
魔王生何万歳目にしてこんな事で思い悩む破目になるとは……遺憾である。
チラっと自らの体を見下ろせば、ドラゴンを手慰みに弄べるほどの巨体。
獅子の頭部に山羊の角、筋繊維がむき出しになった四つの腕が生える異形の上半身に、虫の甲殻を思わせる装甲で覆われた蛇のようにしなる下半身。背中には黒い翼が計六枚。
(でかくて鬱陶しいな……)
我ながら魔王に相応しい威容であるが、ぱっと見で真っ先に出て来た感想はそれだった。
この身ではちょっとそこまで暇つぶしに、と出かけてもすぐにばれてしまうぞ……。
そうなると部下たちへの説明が面倒だ。
「……作るか」
少し考えて、出した結論。
それは自らの分身を作り出すことだった。
+++++
暇つぶしのため出かけるにあたって、分身を作ることを決めたまでは良い。
さて、次はどんな見た目にするかだが……。
よいネタはないものかと、玉座の間を見渡す。
この場は魔王城において我の自室も兼ねており、これまで捧げられた献上物なども一面に並べられている。
ふと、その中の一つに目が留まった。
(ふむ、これにするか)
頷き、献上物のひとつを手に取る。
うっかり砕かないよう細心の注意を払って引き寄せたのは、人間の骨だった。
たしか以前、部下が生贄に捧げられたどこぞの国の姫だと持ってきた。
連れてきた、ではなく持ってきた。……どうも生贄にされたことを嘆いて自害したらしく、我が目にした時にはすでにこと切れていたのである。
美しい姿をしていたのでただ朽ちるままにするのも勿体ないと、こうして骨だけコレクションしていたのだ。
その見た目を好ましく感じた故に、肉が腐る前の外見は覚えているからイメージもし易い。
確か……人間の外見ゆえ自信は無いが、おそらく
長く淡い色合いの金髪に、暁色の眼をした娘だった。
色合いも好ましい故、そのままに形作ろうか。命の光を失って硝子のようだった眼球に火をともすのも、また一興である。
さて。
下半身、尾の先端をちょいと切り離し、姫の骨格に我が肉塊を纏わせる。
スライムのようにドロドロとした流動体となった肉は失われた体を補完し、記憶にある姫と同じ姿を形作った。
この技術に関していえば、かつて自らの肉で部下の魔族を作っているのでお手の物だ。
魂を入れる代わりに我の意識を繋げれば、しっかりと動いてくれることだろう。
試しに繋いで動かしてみれば、体の構造が違うためにぎこちなさは残るが上手く稼働した。よしよし。
無事に分身体は手に入れた。
そうなると、あとは問題の暇つぶしの内容だな。
この魔王城がある魔都を始めとした、我が魔族の文化圏を見て回るのも楽しそうだが……ふむ。
それよりも、神々が共通の敵対者まで作り出して団結させようという生物が気になる。
神の寵愛を受けし人間とは、いったいどんな生物なのだ?
我は人間の"個"に関しては、直接相対してきた者達以外は知らぬのだ。しかもその直接接した相手が「勇者とその仲間」という、人間の中でも特別な存在。それでは知った内に入らぬであろう。
侵略する分には必要のない情報だが、我が現在目的とするのは「暇つぶし」。
知識の欲求を満たすには、持ちうる情報だけでは不十分である。
ならばそれを知るためにも、人間の文化圏を見て回ろうではないか。
せっかく人間としての分身体を作ったことだしな。
人間の一生は短いと聞くし、お試しに紛れ込むにも最適であろう。
もし正体がバレても、適当に姿をくらまして数十年経ってからまた紛れ込めばよいのだ。
うむ、決まりだ。
人間としたの名は……そうだな。肉体を作る際に骨から読み取った記憶より、姫本人の名をもらうこととするか。
こうして我は分身体を人間の住む土地に送り込んだのだが、最初に地を踏んだ廃村で冒険者ギルドのギルドマスターである男と縁があった。
何もない場所を選んだつもりだったが……どうも高度な結界が張ってあったからな。降り立った時にそれをうっかり壊してしまったが、おそらくあの男はその結界について調査か何かの関係で廃村を訪れていたのだろう。
まずは人目につかない場所で態勢を整えようとしたのにさっそく人間に見つかって焦ったが、結果的には良かったといえる。
現在は男に与えられた「冒険者ギルドの受付嬢見習い」という仕事をしつつ、人間としての学びを得ている所だ。
同じ受付嬢の先輩にはずいぶんお世話になったものだ。
知識不足を隠すために「記憶喪失」などという都合のいい設定を盛ってみたが、実際我に人間の常識など皆無に等しいからな……。
色々驚かれたが、我の無知から成る行動は記憶喪失の信憑性を高めたようだ。
まあ我は魔王。
一度知見を得れば完璧に記憶できるため、今現在得た知識があればここを出ても最低限人間社会に溶け込むことは可能だろう。
しかし、だ。
我は今しばらく、この受付嬢という仕事を続けるつもりでいる。
何故ならば……。
(やることがある、というのは……なかなかに楽しいではないか!)
戦ったり玉座で待機する以外の仕事、愉快かつ新鮮……!
物見遊山する機会など、まだいくらでもあるのだ。
今は飽きるまで、この受付嬢という仕事を楽しもうではないか。
ふはははははははははは!
人間どもよ。せいぜいこの魔王を楽しませ、我が力を思い知るがよい!
【status】
▶名も無き魔王(人間名:エリーデル)
▶本業:魔王 副業:受付嬢(見習い)