我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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10話 魔王様は、俺が守護る!

――――魔族領域。

 

 それは魔族の生息地域であり、人の住まう土地から極北に位置する。

 魔族は全ての魔族が祖、魔王が作り出したその土地にのみ生存が許されていた。

 これまでに幾度となく世界の覇権を握らんとしてきた魔族であるが、それは神とその加護を受けた人間たちによって阻止されてきた。……王である、魔王を倒されることによって。

 王が不在の間、魔族領域は聖なる結界によって人間世界より隔離され、魔族は人間に干渉できなくなるのだ。

 

 魔族たちの生命活動に必要な糧は「魔力」。

 それを手に入れる方法は大きく二つに分けられ、もとからある魔力を何らかの形で取り込むか、人間から生まれる負の感情を体内に取り込み魔力へと変換するか、だ。

 ちなみに熱量(カロリー)は人間の感情を変換したものの方が遥かに大きく質もいい上に、吸収効率も良い。だからこそ人間に手を出せなくなると、魔族たちの糧は大きく減ることになる。

 

 そして人間由来魔力以外の、もともと存在する魔力は無限ではない。

 世界から隔離されることによって魔族領内での魔力は有限となり、魔王不在の間は魔族同士でそれを奪い合う。

 争いにより魔族の力は常に研鑽され高められたが、その永劫ともいえる飢餓感は人間領域を手に入れるまで潰えることはない。

 

 外には豊富な人間(食料)が溢れているというのに、魔王が不在のうちは手をこまねいて見ていることしかできない。その歯がゆさは、筆舌に尽くしがたいものである。

 

 故に。魔族にとって恒久的なる魔王の君臨と、人間領域の征服は悲願なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォルティマは数日前のやり取りを思い出しつつ、魔王城を浮つく心地で歩いていた。

 

(魔王様がこの……この俺だけに! 使命をくださった!!)

 

 それは魔王を至上とするフォルティマにとって、何よりの褒美であった。

 歓喜に全身の鱗がざわつき音を奏でる。ちなみにこれは鳥竜族にとって、主に求愛の際に現われる特徴だ。

 

 使命の内容こそ忌々しい「勇者」を育成するなどという、簡単には納得できないものである。だがフォルティマは「魔王様のため」という感情のみでそれを引き受けた。

 具体的な内容こそまだ命じられていないが、主の命ならば何でもするつもりだ。

 

(今度こそ……今度こそ!! 我らが悲願、果たしてくれようぞ。その暁には魔王様と……嗚呼!! 魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様ぁぁッッ!!!!)

 

 高ぶる想いのままに、フォルティマはブルブルと身を震わせる。体内を巡る溶岩よりも熱い血潮が熱を高め、思考は酩酊感に包まれた。

 まさに夢心地、といった様相である。

 

 ……だがその時間は、長く続かなかった。

 

「あらぁ~。フォルティマったら、ずいぶんとご機嫌じゃないの」

 

 ねっとりへばり付くような甘ったるい声に、高ぶっていた熱は一気に冷める。

 フォルティマは気分を害されたことを隠しもせずに、ずらりと嘴の中に並んだ牙をむいて相手を睨みつけた。

 

「何の用だね、アリネイラ」

「まあ、怖い。理知的な声と暴力的なお顔、どちらか一方にまとめてはいかがかしら」

 

 そう言ってわざとらしく身を震わせたのは、巨大な蜘蛛の下半身に、人間に似た上半身を持つ女魔族だった。

 名をアリネイラ。女蜘蛛(めぐも)族の長であり、フォルティマと双璧を成す魔王軍の幹部である。

 

 魔王不在の間は魔力資源を巡り長年争ってきた相手であるため、こうして魔王の配下に納まった今でもフォルティマとしては気に入らない相手だ。

 それはアリネイラも同じようで、よく茶化すようにしてはつっかかってくる。

 

「用がないなら俺に声をかけるな」

「相変わらずツれないわぁ~。あなたがご執心なのは魔王様だけなのね。我らが敬愛すべき主だもの……気持ちは分かるけど、これまでたくさん戦って(愛し合って)きた私にも、もう少し興味を向けるべきじゃないかしら? ねぇ」

「気色の悪い表現をするな。……それに、気持ちは分かる、だと? 君ごときに俺の魔王様への想いの大きさがわかるはずもあるまい。不愉快だ」

「あら、妬けちゃう」

 

 フォルティマはこれ以上無意味な会話に付き合ってられないと、アリネイラを無視してその横を通り過ぎようとする。

 

「あ、待ちなさいな。あなたにはプラタナス大陸への侵攻について報告に来たのよ? さ・ん・ぼ・う・ど・の」

「…………手短に話せ」

「はい、はい」

 

 いかにも自分が折れてやる、といった態度が気に食わないが報告となれば聞かないわけにもいかない。

 フォルティマは魔王軍の参謀であるが、必要時以外は魔王城に籠っている。それは魔王のすぐそばにいつでも控えていたいことに加え、フォルティマが転移魔法ですぐに移動できるからだ。

 しかしそうなると、どうしても積極的に人間領域への侵攻に出ている現場担当のアリネイラの方が生きた情報を握っているのだ。ゆえに、上がってくる報告は貴重である。

 

「……少し厄介な人間達が台頭してきているわね。まだ勇者とまではいかないけれど、お気に入りの部下が何人か討ち取られたわ」

「そのような情けない体たらくを晒しているのはどこの部族だ?」

 

 不愉快な知らせについそう返すが、先日魔王自ら人の世界に探りを入れている事実を聞いたばかりである。

 これは人間側の成長を参謀たる自分が侮ってはならぬだろうと、「いや」とひとつ否定し首を振った。

 今聞くべきは不甲斐ない身内でなく、厄介な敵の事だ。

 

「……その厄介な人間、とやらの情報をまとめて俺の部屋に置いておけ。精査する」

「やっだぁ。まさか文字に起こせっていうの? やめてよ、面倒くさい。教えてあげるから、このあと私の部屋でお話しましょ?」

「誰がするか。面倒くさいなら部下にまとめさせたまえ」

 

 なおも自分の神経を逆撫でするアリネイラの物言いに冷たく言い放つと、フォルティマは今度こそ、その場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォルティマは自室に入ると、苛立たしく太く逞しい尾を床に打ち付けた。

 床はその怒りを受け止めきれず破砕され、大きなクレーターを形作る。

 

(魔王様と言葉を交わした余韻が、あの女のせいで台無しだ……!)

 

 数日前、久しぶりに目を覚ました至上の主。その主に名を呼ばれ、新たに役目まで賜った事実をフォルティマは今日までずっと反芻し、咀嚼し、ねぶるようにしてきた。

 しかしそんな至福の時間も、魔王軍内で最も気に入らない女に声をかけられたことで濁された。腹立たしい事この上ない。

 部下に見られる可能性を考慮し、部屋までこの暴力的な醜態を我慢した自分を褒めたいものだ。

 

(ああ、いけない……。どんなに塗り重ねようと、この忌々しい粗雑さは抜けないな……)

 

 ただ"昔"の自分に比べれば、物にあたるだけましである。

 以前ならば目についた部下を千々に引き裂き、衝動を発散させていたところだ。

 

 フォルティマは部屋の正面に鎮座する巨大な鏡を見据える。

 

 鏡に映るのは魔族の中で最も強く、最も美しい"鳥竜族"。

 ……"今まで"の姿の中で、フォルティマが最も気に入っている姿だ。

 

「まったく……。何故あのような女が俺と並ぶ地位に居るのだ。俺の方がずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、ずっと魔王様の事を理解しお慕い申し上げているのに」

 

 そう。それこそが、フォルティマがアリネイラを嫌う最たる理由である。

 長年争ってきた相手だから、というのは嫌う要因のひとつでしかない。

 自分と同等の地位に座するからこそ厭うのだ。

 

 

 

 

 フォルティマは遥か昔から……それこそ、寿命の長い魔族でさえ途方もなく感じる時間の中で魔王を見て来た。

 

 何万年と、長く……永く。

 

 原初の記憶は擦り切れて万全には思い出せないが、魔王の肉体から全ての魔族の祖先が生み出された世界の始まりに、自分は居た。

 最も弱く非力に生まれた失敗作。それが最初だった。

 だが魔王はそんな自分をも愛し子と認め、見放さないでいてくれた。だから非力の身なれど、せめて主から永遠に離れず側近くで仕えようと誓ったのだ。

 

 その執念は魔族の力として結実し、フォルティマは魔王以外で唯一魔族の歴史をつぶさに見て来た存在となった。

 ……何百という転生を繰り返して。

 

 

 魂の流転。それがフォルティマの根源たる力だ。

 

 

 寿命の長い魔族といえど、その肉体はいずれ朽ちる。例外は魔王のみだ。

 だが一度朽ちた後、フォルティマの魂は一定の期間で記憶を有したまま世界の流れを移動し魔王の側へと戻ってくる。

 そして新たに魔族として生まれ、魔王の側へと侍ってきた。

 

 だからこそ魔王が何万年も魔族のために世界の覇権を握らんと、繰り返し戦ってきた姿を知っている。

 魔族も人間も長い歴史の中で滅びと再生を繰り返す中、ただ魔王だけが不変であった。

 倒されはしても一度も死したことはない。何度も何度も何度も、復活を遂げて来た。

 

 

 

 ――――その長きにわたる孤独は、いかほどのものだろうか。

 

 

 

 最弱だった魔族は繰り返す生死の中で経験を得て、魔法の技術のみならば魔王に匹敵するほどとなった。

 魔王の役に立つために。

 

 脆弱だった身体も、転生するごとに強い種族へと変化していった。

 魔王の隣に立つために。

 

 弱かったころを振り払い踏みつぶすように粗暴で粗雑になった性格も、知的であるよう整えてきた。

 魔王から頼りにされるために。

 

 

 

「一緒にするな一緒にするな一緒にするな一緒にするな一緒にするな一緒にするな、お前らなどと。俺こそが魔王様を真に理解している、真に頼られている」

 

 今世でやっと、知識と肉体の力が理想としていたものに近づいた。

 その結果が魔王の側近という立場にフォルティマを置いている。

 

「今度こそ、今度こそだ。魔族が人間どもに代わり世界の覇者となる。そのためならばなんでもしてやろうではないか。忌々しい勇者の育成だろうと、魔王様が必要と判じたのならば」

 

 ぎゃりぎゃりと鋭い牙をすり合わせ、自身を無理やり納得させるようにつぶやく。

 しかしそれは次の瞬間に恍惚とした笑みに変わる。

 

「そして世界を手に入れた暁に……魔王様の隣に立つ者は、この俺こそが相応しい」

 

 

 側近として、ではない。

 永劫にその孤独を埋める、伴侶としてだ。

 それは魂を自在に流転させる自分にしか出来ない役目。

 

 

 魔王は自分が姿を変えてずっとそばに居たことを知らない。

 それを知ってもらうのは、世界を手に入れた後だ。

 

 

 褒めてくれるだろうか。

 愛してくれるだろうか。

 求めてくれるだろうか。

 

 あの絶対的な主が、この自分を。

 

 

 想像するだけで精神の高ぶりが絶頂を迎え、再び全身の鱗が音を奏でた。

 

 

「ああ……嗚呼! 魔王様、魔王様ぁ!! このフォルティマ、御身のためならばどんなことでも致しましょう!! 共に世界を掴みましょう!! 今度こそ勇者に御身を切り裂かせません! 魔王様は俺が守護(まも)ります!! ええ、お守りしてみせましょうとも!! あああああああああああ!! 魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 身もだえた後、ばっと両腕を広げ大仰な台詞と共に魔王の玉座がある方角へ祈るように両膝をつく。

 

 

 

 そして。

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………部屋の入口に立つ、アリネイラと目が合った。

 

 

 

「……………………………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………………………」

 

 両者の間に、しばしの沈黙が横たわる。

 先に口を開いたのはアリネイラだ。

 

「……………………資料、実はもうまとめてあったのよねぇん。だから、言われた通り持ってきてあげたんだけど…………」

 

 半笑いである。

 嘲るでもなく、ただただ微妙な半笑いである。

 そしてさりげなく、最初の立ち位置から一歩引いていた。

 

 フォルティマは何事も無かったかのように立ち上がり、腕を組んで壁に寄り掛かった。

 

「…………フンっ、ならば最初からよこしたまえ」

「だってあなた、からかうと面白いんだものぉ。…………えっと、ここに置いていくわ。…………。なんだか、ごめんなさいね?」

「何故謝った? 今のは何に対する謝罪だ?」

「私、なにも見ていないから」

「だからなにを」

 

 問い詰めようとするフォルティマだったが、部屋に資料らしき巻物(ロール)が投げ込まれると扉は無慈悲に閉ざされた。

 

 

 

「…………フン。魔王様は、俺が守護(まも)る……」

 

 

 どうにも感情の行き場がなくなったフォルティマは、ただ己の使命を明確にすべく呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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