我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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12話 「我は魔王。人間の祭りに参加する」

 ギルドマスターに小僧と共に祭りへ行ってはどうかと勧められてから、あっという間に祭りの日はやってきた。

 

 蒼天の元、太陽に照らされ白く輝くように見えるアルニラム。

 白亜の壁にオレンジや赤の暖色系の屋根が多いこの町は、改めて見るとなかなかに美しい。

 高台から見ると、青い海にそれらの色がよく映える。

 

「わぁ……!」

「ほう」

 

 冒険者ギルドを出て町へ繰り出すと、その賑わいに圧倒される。

 前日まで着々と準備が整っていく様子は目にしていたが、流石に祭りの当日ともなると違うらしい。

 そこかしこに屋台が並び、家屋の間には色とりどりの布が渡され町を華やかに彩っている。

 行き交う人間の数も多く、異国の衣装に身を包んだ商人らしき者共も多く見受けられた。

 旅芸人や吟遊詩人がそこかしこで芸や歌を披露し、耳にも目にも賑わいの波が押し寄せる。

 

 

(ほう! これが人間の祭りか!)

 

 

 ………………………………。???

 我の知っている祭りと全く違うのだが……?

 こんな楽しそうなものが、祭り……?

 我が崇め奉られている我のための魔族の祭りはあんなに退屈なのに……?

 

 ええいっ、空しくなる! これについて考えるのはやめだ。

 

「すごいっ! 僕、こんな大きなお祭り初めてだ……!」

 

 我が地味に衝撃を受けていると、いつもより小奇麗な服に身を包んだユアンが興奮気味にあたりを見回している。

 こ奴なりに張り切って、いつもより念入りに洗濯をして皺をのばしたらしい。

 

 ……それにしても、この様子とこ奴のちびっこさを考えるとはぐれるのは目に見えておるな。

 ならぬ。我はこの祭りを十全に楽しむつもりなのだ。

 いくら育成途中の雛鳥とはいえ、こやつを探して時間を浪費するなどもってのほかである。

 

「ユアン、手を」

「えっ」

 

 返事を聞く前にその手を握る。迷子になられては面倒だからな。

 手を握られたユアンは顔を赤らめて戸惑っておるが、何を今さら。毎晩我に囲われて寝ているくせに。

 手をつないだくらいで照れるなど……やはりこの小僧、ませておるわ。

 

「おねえさん、あのっ」

「さて、行きますよ」

「あら、仲がいいのねぇ。姉弟かしら?」

 

 屋台の女が微笑ましそうに見てくるが、美しい金髪の我と屑鉄色のユアンのどこが姉弟に見えるのか。顔の造詣も我の方が何倍も整っておるだろうが。

 

「いえ、違います。……ところで、それはどんな食べ物ですか?」

 

 女の屋台にはさっそく見たことの無い食物が並んでいた。

 一見、串に肉を刺して焼いただけの単純な料理に見えるが……。肉の中からのぞく、鮮やかな黄色が気になった。

 加えて十分に焼かれたところにハケで塗られた調味料が、じゅわっと音を立てて食欲をくすぐる香りを我の鼻へと運んでくる。

 ……実に興味深い。

 

「これかい? 南国から運んできた果物を使ってるんだけどねぇ。切った果肉に豚の肉を巻いて串焼きにして、甘辛いタレを絡めてあるんだ。美味しいよ~」

「果物に、肉……!?」

「これが意外と合うのさ。タレの甘じょっぱさと果物の甘酸っぱさが癖になるさね」

 

 甘じょっぱいに……甘酸っぱい、だと!?

 人間とは甘い、しょっぱいだけでなく、その両取りの味まで生み出しているのか!? 更には甘いと酸っぱいまで重ねるつもりとは!?

 なんと、この魔王より欲深いではないか。幾重の味をそのひと串の中で奏でる気なのか。

 

(ならばその強欲の化身たる品、我が直々に食してやらねばな……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真珠祭、侮りがたし……」

 

 初手の屋台を皮切りに、絢爛たる祭りの料理たちはことごとく我を虜にした。

 おかげで我が財布は破産寸前である。

 見習い受付嬢の給料はそこまで多くないからな……。この場で我の欲望を満たすには、これまで貯めたものだけでは少なすぎるのだ。

 

「ユアン、君はそれだけでいいのですか?」

 

 そんな我とは対照的に、小僧は最初の屋台で共に買った串焼きのみをちびちびと食している。

 そのような事では勇者級の筋肉など育たぬぞ。

 

「うん。おねえさんが美味しそうに食べてるところ見たら、お腹いっぱいになっちゃった」

「? 目視でお腹はふくれませんよ」

 

 ふんっ、下手な嘘をつきおって。そのような虚偽、この魔王に通用せぬわ。

 

 食堂の手伝いで駄賃を貰っているとはいえ、それは本当に小遣い程度のものだ。思い切り使えるほどには貯まっていなかったのだろう。

 だが息抜きでそれは困る。思い切り羽を伸ばし、今後の学習意欲向上へとつなげてもらわねばならぬのだ。

 

「……しかたがありませんね。わたしのを半分あげましょう」

 

 我が食していた甘味を小僧に恵んでやるべく、つないでいた手を離してから渋々と半分に割る。

 食べかけだが、まあいいだろう。当然大きく割れた方は我が貰うぞ。

 ククク、しかし小麦で作られた薄皮に、果物のはちみつ漬けが挟まったこちらの品もなかなか……。

 

「…………おねえさんは、いつもそうだね」

「はい?」

 

 我がせっかく与えてやろうと差し出した甘味を受け取らぬままに、小僧がまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

「……いつも、僕はもらってばかりだ。住む場所をもらって、着るものも食べるものも、…………寝るときの、あたたかさも、もらって」

 

 ひとつひとつ我のほどこしを述べていくユアン。

 ほう、感心であるな。我としては勇者を育成するための最低限の投資にすぎぬが、こうしてありがたがられるのは気分が良い。もっと我を崇めたたえよ。

 

「僕が知らないことも、たくさんおしえてくれてる。僕、文字のよみかきや計算ができるようになるなんて思わなかった」

「まだまだ"出来る"、と言うには未熟ですよ」

「う、うん。それはそうなんだけど、おねえさんが教えてくれなかったら、ずっとできなかったとおもう。村だと、大人でもできる人少なかったから。……それと、お手伝いのあとでつかれててもね。おねえさんがいっしょに走ってくれるから、勇者になるための、体力つくりもがんばれるの。走るのとかも、おねえさんが僕のためにって、考えてくれたのが嬉しかった。マリウスおじさんに剣をおしえてもらえるのも、おねえさんのおかげだし……あとね、あとね」

 

 な、なんだ? 気分が良いを通り越して気味が悪くなってきたぞ。

 あからさまなる我の持ち上げ。まさか、我の持つもう半分の甘味も共によこせと……!?

 我が気分を良くして全てを与えるとでも思っておるのか。甘いわ!

 

「ユアン。そんな風に褒めてもこれはあげま……」

「だからね。……はい」

「…………?」

「あげる」

 

 照れくさそうに差し出されたのは、真珠の髪飾りだった。

 真珠といっても鈍い輝きの、見るからに安物であるが……。

 

「これを、わたしに?」

「うん。えへへ……。おねえさん、食べ物しか見てないんだもの。僕がとなりで買ってたの、気づかなかったでしょ」

 

 まったく気が付かなんだ。

 

「……まさか、これにお金を使ったんですか?」

「そう。はじめてもらったお金を使うなら、おねえさんになにかあげたかったの。……あ、このお肉は、さきに買っちゃった、けど」

 

 どこか気まずそうに食べかけの串肉と我の顔を交互に見るユアンであったが、なるほどな。それで他のものが買えなかったのか。

 物欲しそうに眺めていたのだから、欲しくないわけもなかろうに。

 

(ほほう。なかなかいじらしい事をしてくれるではないか)

「今はこんなのしか買えないけど……僕が冒険者になって、強くなって、お金をかせげるようになったら! もっときれいなのをあげる! だから……!」

 

 感心するあまりなかなか受け取らぬ我になにを勘違いしたのか、小僧が必死な様子で言い募る。

 そう急くな。

 

「……ありがとうございます。いただきますよ」

「!」

 

 髪飾りを受け取るために、そうあくまで受け取るために両手に持っていた割れた甘味をひとくちで頬張ってから、差し出されたそれを受け取る。

 そしてそのまま、我の美しい髪に安っぽい髪飾りを添えた。

 

 ククク。幼子(おさなご)よ。貴様の献上品、しかと受け取ったぞ。

 いずれ貴様が勇者になった時、魔王に貢物をした勇者として嗤ってやるため永久に保存してやろうではないか。

 今からその時のことを想像すると、笑いがこみ上げてきてしかたがないわ。

 

「あの、えっと。に、にあってる……よ」

「ふふっ、ませたことを言いますね。……似合っているのは当然です。わたしが身につければ、どんな装飾品も一級の輝きとなるのですから」

 

 なにしろ、この体(エリーデル)はこの魔王が分身体にと見い出すほどの美しさであるからな。どんな素晴らしい装飾品も添え物となり、逆にみすぼらしい品には最高級の輝きを与えるのだ。

 

「あははっ。おねえさんって、自分がだいすきなんだね」

 

 小僧はなにがおかしいのかひとしきり笑うと、一瞬迷ったように視線を彷徨わせてから我に手を差し出した。

 

「おや、エスコートでもしてくれるのですか?」

 

 こまっしゃくれた小僧をからかうように言えば、エスコートの意味がわからなかったのか首をかしげられてしまった。

 ふんっ、仕方があるまい。今後も我と出かける気でいるならば、我の付属品に相応しくあるよう行儀や作法も仕込んでやるとするか。

 

 嘆息すると、その手を取り祭りで賑わう広場を指差す。

 

「行きますよ。お金はなくなりましたが、歌や踊りを眺めるのも愉快でしょう」

「! うん!」

 

 嬉しそうに笑ったユアンが、ぎゅっと手を掴んでくる。

 まったく、呑気なものよな。我が貴様をどのような意図を向けているかも知らず。

 ……まあ育成には我への信頼があればあるほどよい。せいぜい懐いてもらうとしようか。

 

 

 

 そう我が無垢なる笑顔を浮かべるユアンと対照的な、邪悪さでもってほくそ笑んでいる時だった。

 

 

 

「……花びら?」

 

 ふいに、白い花びらがふわりと舞い降りてくる。

 それは一枚に留まらず、風に乗って何枚も何枚もどこからか運ばれ……まるで雪のように視界を埋め尽くした。

 

「わっ、わっ、わぁぁ! すごいすごい! きれい……!」

「これもお祭りの演出でしょうか? なかなか洒落たことをしますね」

 

 ……などと一瞬考えたが、肌を刺すような魔力の波動に考えを改める。

 

「うん? …………どこの者だ?」

 

 怪訝に思いつつ、腕を軽く一振りする。

 すると我とユアン周辺の花びらだけが空間を開けるように散った。傍からはつむじ風にでも吹かれたように見えただろう。

 

 

 

 直後、周囲から悲鳴が上がり始める。

 

 

 

「!? え……花びらが、ちょうちょに!?」

「いえ、蛾ですねあれは」

 

 ユアンが言うように、町中に舞い降りていた花弁は白い虫へと姿を変えていた。

 それだけならば悲鳴があがるとて、程度があるだろうが……。

 

「きゃあああぁぁぁぁ!! た、助けて、首に……ッ!」

「おい、お前どうしたんだ!? なんで俺に剣なんて向け……ぎゃぁぁぁッ!!」

「このっ、鬱陶しい。この虫め、さっさと離れ……え゛ゥ!?」

「ひっ! あ、あんた体が……いやぁぁぁ! 来ないで、来ないでよぉぉ!! しっしっ、どっか行け! あ、ああぁぁぁぁッ!!」

 

 花びらが蛾に化けた程度、というには逼迫した声が悲鳴に入り混じる。

 軽くあたりを見回せば、首筋に蛾がとまっている者が何人か。そ奴らは近場に居た人間に武器をむけたり、首を絞めたりと、およそ平常でない様子で混乱を招いていた。

 中には複数の蛾に群がられ、体を食い荒らされている者までいる。

 

 まだ死人は出ていないようだが、それも時間の問題であろう。

 

 

 

 祭りの賑わいはこの一瞬で、悲鳴の連鎖に飲み込まれていた。

 

 

 

「なん、で……! こんな……!」

「あれは雪蛾(せつが)ですね。小さいですが、魔物です」

「魔物!?」

 

 故郷の村の事でも思い出したのか、ユアンの顔が紙のように白くなる。

 が、こ奴は我が勇者に育てるべく見出した者。……ただ震えるだけの子供では無かった。

 

「おねえさん、こっち!」

 

 そう言って我の手を引いたユアンは、祭りの飾り布にはばまれ蛾の舞い降りていない建物の隙間へ走っていく。

 

(ほう、状況判断が出来るようになったか)

 

 以前のように無謀に立ち向かうのではなく、冷静に判断した上での逃げは逃亡ではなく撤退だ。

 場の混沌に呑まれ棒立ちするのでなく、即座に動けた瞬発力もなかなか。

 ククク、どうやら順調に育っておるようだな。

 

(それにしても……)

 

 誰だ? 我が人間生活(暇つぶし)を楽しむため、わざわざ我が魔王軍の影響から遠い地として選んだ場を荒らしておるのは。

 この魔物達は何者かが操っている。それもこの数となると、魔族であることは間違いないが……。

 

(蝶ではなく蛾……。となると、白蛾(はくが)族か)

 

 そう我がこの現状の首謀者に目星をつけた時だ。

 まさに我が想像した姿の者が、町の中央にある一番高い建物の上へと現れた。

 

 

「紳士淑女の皆々様方、お初にお目にかかる! ボクは魔族ラルギーニ!」

(なにやら名乗り始めたな……)

 

 

 わざわざ魔力で声を拡張させ町全体に聞こえるように名乗りを上げたのは、ざっくり表現すると人間のような手足が生えた蛾である。洒落ているつもりなのか、人間の紳士服にむりやり身を包んでいた。

 名に聞き覚えがないため、役職持ちではないだろう。我とて全ての魔族の名を覚えているわけではないからな。

 

「本日は素晴らしいお祭りが開かれていると聞いてね。こうして参じさせていただいた。是非このボクにも食事を楽しませてほしい。……ああ、安心してくれたまえ? ボクの愛し蛾に吸い付かれた者は、生かしてあげよう。生き残りたい者は、その蛾を首につけるといい」

 

 得意げに「死にたくなければ首に蛾をつけろ」といった内容の口上を述べる白蛾族……ラルギーニだったか?

 その者を見てから、我の手を引き走るユアンを見た。

 この突然の事態に色々と思う所はあるが……。

 

 滅びた故郷から命からがら逃げた先の、冒険者共が日和っているような平和な町で新たな生活を歩み始めやっと慣れてきて祭りなんかにまで参加してこれからも頑張ろう! みたいな気分になりかけている時にこの惨状……だと?

 

 

 

("持って"おるな~!)

 

 

 

 我、まだ何も手配しておらぬのにこの運命力である。

 このようなことを経験すれば、ますます魔族に対し……ひいては魔王()への憎悪が増し、復讐心が研磨されるだろう。さすれば小僧が勇者になる可能性が高くなる!

 

 

 

 だが。

 

 

 

「それは、今ではないのだよなぁ……」

 

 

 小僧の育成計画は始まったばかり。試練を手配するのは、まだまだ先のことなのだ。

 

 

 

 

 つまりだ。

 

 

 

 我。これから人間を恐怖させ負の感情を抱かせるという魔族として当然の業務を真面目に行っている部下に「この町は我の遊び場だから帰ってくれる?」と言わねばならないらしい。

 

 ええ……?

 

 

 

 

 

 

 




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現在なるべく早く続きを書く方でカツカツのため反応が遅くなっておりますが、いつも執筆の励みにさせていただいております。
今後もお楽しみいただければ幸いです。
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