「あ、おい! 受付の嬢ちゃんと食堂のガキじゃねぇか。そっち危険だからこっち来い!」
アルニラムを強襲した魔族にどう声をかけるべきか我が思い悩みながら小僧と共に走っていると、ふいに横から呼び止められた。
「あ、皆さん……」
我らを呼び止めたのは、普段冒険者ギルドや酒場でくだを巻きつつ、そこそこの仕事で日銭を稼いでいる中堅冒険者どもだった。
見れば町中を混乱に陥れていた
数人が一般の住民を誘導している様子も見受けられる。
「今な、俺らが討伐で国の常駐軍の連中や自警団が避難誘導してんだ。あっちの奴に冒険者ギルドまで案内してもらえや。冒険者ギルドが避難所になってるからよォ」
「……そうそう。あと、間違ってもあの魔族の言うこと聞いて蛾を体にくっつけるなよ。操られて奴隷にされるだけだぜ」
(おお……)
我はこいつらのことを常々日和った雑魚どもだと考えていたが、思いのほか行動が迅速かつ冷静ではないか。
ラルギーニが操る蛾の特性が「混乱」でなく「隷属」であることも見抜いておるのか。ほほ~う。
「みなさんが、あの魔族も討伐してくれるのですか?」
「まっさか! 俺らじゃ無理無理」
「な。魔族とか、俺初めて見たぜ。やべーってこと以外まだ実感わいてねぇよ」
「でもまあ、あれよ。上位クラスの奴らか、最悪ギルドマスターがなんとかしてくれんだろ。普段あんな酔いどれだけど、あの人過去に単独で魔族の討伐に成功してんだぜ」
「そうそう。だから俺らは雑魚狩りってわけ。あとで報酬が出るだろうし、レベル上げも兼ねてな~。この虫どもだけなら、数が多いだけで倒せなくねーし」
感心した直後、即座に恥ずかしげもなく他力本願を聞かされたが、混乱の最中でこの対応力は、やはり褒めるべきところだろうか。
それにしても、あのギルドマスターは我が眷属をも倒したことがあるのか。やはり油断できぬ男よ。
「あ、これギルマスの指示だからさ。少なくとも冒険者ギルドにたむろしてた連中は全員俺らと同じようなことやってんぜ。あの人の事だから、もう冒険者ギルドも避難所として整ってんだろ」
「だからガキどもは安心して避難しとけなー。ほれ、行け行け」
「そうですか。教えていただいて、ありがとうございます。……ではユアン、わたし達は避難誘導に従いますよ」
「う、うん……」
とりあえずあのラルギーニとやらに接触を図る前に、ユアンを安全な場所にあずけなければ。せっかく育て始めたのだ。こんなところで死なれては困る。
(だがその後はどうするべきか……。うーむ)
ラルギーニに「帰れ」と言うにしても、我がこうして人間のふりをして過ごしているのを知るのは今のところ側近であるフォルティマのみ。
やむをえないとはいえ、知られたくないし話しかけたくないのだがなぁ……。説明も面倒であるし……。
説明を後回しにして取り急ぎ侵略をやめさせるにしても、無力な受付嬢たる我としては人間側に魔族をしばきまわす場面を見られるわけにもいかぬし……。
それと、だ。
こうして魔族が人間領の侵略を行っている所を実際に人間目線で初めて見て、思う事が一つ。
(やはり早急に考えねばならぬよなぁ……。人間を殺させずに侵略を進める方法……)
我が後回しにしていた問題……もとい終活の一部が、目の前に突きつけられていた。
我が行おうとしている終活には、我が死んだ後……残された遺族こと魔族について考える内容も含まれておる。
あれだな。多分話に聞いた終活の内容に当てはめると、生前整理、というやつだな。
なにせ我らは人間などより圧倒的に強大な力を持っておきながら、抗えぬ定めにより栄えることができぬ種族。
……最終的に、人間には勝てないのだ。
だというのにこうして怨みを大量買いしつつ侵略しているのだから、本当に種族として終わっている。おのれ、神々め……。
我が死した後に待っているのは、これまでと変わらぬ魔族領域への魔族の封印……そこからの忌まわしき同族争いであろう。
我不在の間の魔族領域については実際に見たことがないのだが、少ない
我はどうにかして、今回でこの魔王生に華々しい終止符をうちたい。
だが我がここで生前整理を怠れば、魔族は繁栄の芽も出ぬまま……ただ魔族領域に封印され、無残な運命をたどる種族であり続けるのだ。
…………それは、いくら自分が死した後のこととはいえ看過できない問題である。
全ての魔族の祖は、我の肉体より生まれ
つまり魔族は我が子。
我が子に業を背負わせたまま死するなど、跡を濁すにもほどがあるであろう。
それでは完璧な終活とは言えぬ。終活の提唱者である近所のじいさんにも劣るというものよ。
(まあ、面倒ゆえ考えるのを後回しにしておったのだが……)
なにしろ、これを成すのはとにかく難儀なのだ。
不幸中の幸いなのは
……封印という最大の問題が隣り合わせゆえ、本当に不幸中の、と言わざるを得ないが。
だが全魔族が世界征服を成す必要があると思っている原因がここにあるのだから、それが覆るとなると話は違ってくる。
我ら魔族は基礎的な食糧と共に侵略の兵糧を得るため、出来るだけ人間を苦しませる方向で侵略を行っている。
だからこそラルギーニがしているような方法はひどく効率的だ。死に面した恐怖心と、蛾による支配の苦悶で二重に負の感情を集められるからな。
……なのだが、なぁ。
………………。
実を言うと我がここ数か月人間領域で過ごしたところ、気が付いてしまったのだ。…………そこまで人間に恐怖を味わわせなくとも、奴らの日常生活から発生する負の感情で十分我らの食料として足りる事に。
実際我、この体を維持するための魔力をアルニラムで過ごすだけで補給しておるしな。
仮にも魔王の分身体ぞ……? 途中で定期的に本体から補給せねばならぬだろうと考えていた我の驚きたるや。
奴ら人間同士の不仲やらなんやらで、なんだかんだ毎日負の感情なんて発生させまくっておるから……。
うむ……正直、足りる……。多分魔族領域に封印などされなければ、魔族は人間の側で過ごすだけで勝手に食料が供給される……。
これはかなり衝撃的な事実だった……。
だから我らの生態としては、世界征服などしなくとも十分に人間と共存可能なのだ。
まったく、忌々しきことよ。
……ただ共存可能だからといって、ぽんっと侵略をやめれば我が創造主に排除される可能性が高い。そして我の代わりが配置され、この仕組みは続く。
そのため、我が魔王に相応しい華々しい最期を気分よく、後腐れなく迎えるには……。
人間を殺さず(封印されないため極力怨みを買わず)。
人口を減らし(創造主に魔族そのものが不要と判断されないため)。
これだ。
……………………。
(初っ端の「殺さず人口を減らす」からすでに矛盾しておるではないかーーッ!!)
これだから考えるのが嫌だったのだ! こんな面倒くさい問題を常に考えていては暇つぶしを楽しめぬからな!
だがラルギーニの襲撃が、我に否が応でも魔族の今後について突きつけてくる。
クッ、
なにも人間と仲良しこよしになれ、というわけではない。というか、それは魔族の役割的に不可能だろう。
理想は創造主の思惑から外れぬまま……魔族が人類の敵対者であり続け人口の調整を行いつつも、ほどほどの怨みで封印まではされない
難易度高いな???
しかし我はこの矛盾だらけの課題を紐解き、魔族の根底からあり方を変えねばならない。でなければ我が満足して逝けぬからだ。
(だが、そう簡単にサクッと考えられる内容でもないのだよな……)
とにかく、面倒くさいのだ。考えるのを後回しにし続けたのもしかたがない。しかたがないのだ。
だがラルギーニに限らず、我の部下は似たり寄ったりなことをして侵略をしているわけで……うむ……。放っておくと人間側の怨みがどんどん募って封印不可避なわけで……。
うううううう~~~~~~~~む。
「おねえさん、だいじょうぶ? ぐあい、悪い?」
「! いえ、問題ありません」
どうやら思考の海に潜りすぎていたようで、心配そうなユアンの声掛けではっと我に返った。
いかん、いかん。早々に考えねばならぬ事であると思い改めはしたが、今すぐ思いつく簡単な問題でもないのだ。
とにかく今は、ラルギーニである。
「さあユアン、先を急ぎま……」
「おや? おやおやおやぁ~? ボクの話を聞いていなかったのかな? しかもボクの愛し蛾をこんなに潰してくれて……ああ、人間の愚かさが嘆かわしい!」
「ぬおっ」
急に近くから聞こえて来た声に思わず魔王らしからぬ声が出た。
「! ま、魔族……!」
声の主……先ほどまで町の中央の建物に居たはずのラルギーニが、雪蛾を討伐する冒険者たちの集団前に現われたのだ。
「こ、この! あ゛ッ!?」
狼狽えながらも果敢に剣を振るった冒険者が居たが、次の瞬間その腕は宙を舞う。
「腕が、腕がぁぁぁぁッ!」
「テメェッ、よくも!」
「やめとけ! それより逃げるぞ!」
「逃がすとでも?」
うっそりと笑んだ(ように見える)ラルギーニは、ふむとひとつ頷いた。
「ああ、でもお前たち以外にも我が愛し蛾を潰してくれている連中がいるんでしたか? ならば、そうですね。……少々勿体ないですが、外で動いている分だけ先に選別しましょうか」
そう言ってラルギーニは腕を宙に向けて広げ、歌うように詠唱を始める。
するとあたりから雪蛾が無数に集まり、ラルギーニの背後に巨大な翅を形成しはじめた。
さらにはそこに魔力が通い、薄青い光が振動するように蛾の集合体である翅に伝播する。
どうにも一発大きな魔法を放って、先に邪魔者を排除するつもりらしい。
(性急な奴め。さて、どうするか……)
話しかける間もなく即断即決で素早い行動に出たラルギーニに、我も急な判断を迫られた。
今はユアンを連れておるし、周りに多くの人間がいる。我が魔法でいなすにしても、目撃は免れない。
だが放っておけばアルニラムは大きな打撃を被る。そしてそれは、我の受付嬢業に大きな支障をもたらすであろう。
ぐっと、ユアンとつないだ手に力が入る。
(……やむをえぬ、か)
そう、我が判断を下そうとした時だ。
「五節跳略、
淡々とした声が発せられると同時に、赤い雷光が閃き亀裂のように空間を走る。
するとそれを受けて……悲鳴が一つ。
「あ゛ぁぁぎぃィィィィ゛ィィィィィィィッ!?」
ラルギーニである。
見れば奴の背に集まっていた雪蛾が、ことごとく炎に焼かれ燃えていた。
我は満足げに頷くと、突如隣に現われた気配に横目で視線を送る。
そこに居たのは一人の男であった。人間の中ではかなりの高身長の部類に入るであろう、逞しい体躯だ。
赤みの強い葡萄酒のような色にひと房の黄金が入り混じる長髪を、一本の三つ編みにして顔の横に流している。手には魔法使いであることを示す杖が握られていた。
……その男の紫の瞳が、我を見る。
……ククッ、色だけならば見覚えがあるな。
普段は赤い鱗に黄金色の羽毛であるが、そうか。人間になるとこういった配色になるのか。
『良い時に参ったな、フォルティマよ。褒めて遣わす』
『畏れ多きお言葉。……これで、よろしかったでしょうか』
『もちろんだ。この町は我の遊び場ゆえ、荒らされては敵わぬ』
小僧に魔法を教えるため手配した、人間に化けたフォルティマを前に思念で会話する。
そしてそのまま、ひとつの指示を出した。
『お前にはこの後で冒険者登録をしてもらう。丁度よいから、派手に実績を積んでからギルドに来るがよい。……小僧の信頼を得るための、な』
『御意』
ラルギーニには悪いが、ここはひとつ我のために道化となってもらおうか。
『…………あ、一応言っておくが勢い余って殺すでないぞー』