我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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14話 日常の隣に、非情は潜む

 日常の隣には、常に非情な現実が潜んでいる。

 そんなことは自分が一番分かっていたのに、いざ訪れるまでは対処など出来ないものだとマリウスはぎりっと唇を噛んだ。

 

 年に一度の大きな祭の最中、突如ラルギーニと名乗る魔族の襲撃を受けたアルニラム。

 しかしそれに対する冒険者ギルドの対応は実に迅速だった。

 というのも、雪蛾(せつが)の襲来とラルギーニの名乗りを聞いてからこの男……アルニラム冒険者ギルドのギルドマスターであるマリウス・ゴルドーが、即座に指示を出したからである。

 

 魔族の襲来という非常時の中で、マリウスはあくまでもほがらかに声を発した。

 

「みんな~! 魔族はとりあえず無視していいから、蛾の魔物を討伐してくれる~? あ、ギルドからちゃんと報酬は出すからね。お祭りだし、ちょっと色を付けるよぉ。それと冒険者ギルドを避難所にするから、町の人に教えてあげて。でも本格的な誘導は軍の人とか自警団くんたちに任せるから、基本君たちは討伐でヨロシク~」

 

 普段と変わらぬ間延びした声に、冒険者たちは「あれ、実はこれって大した事態じゃないのか?」と思う者と、「あんたほどの人が言うなら……」と納得した者に別れた。

 後者は古参の冒険者であり、マリウスの実績を知る者達である。

 そしてその納得した者から我先にと討伐に出たものだから、結果的にそれに釣られて他の者も「稼ぎ時か!?」と続く形となった。

 

 マリウスはそれを見送り…………冒険者たちが逃げ出さなかったことに、内心で胸をなでおろした。

 

 

 

 ――――魔族とは、災害に等しい。

 

 

 

 その事実を事実として受け止められるのは、実際に魔族との戦いを経験した者のみだろう。

 いくら話に聞いたところで、この辺りでは強い魔物の延長線にあるものが魔族だと勘違いしている冒険者が多い。

 

 否。

 魔族と魔物は別物である。

 

 魔物を使役する魔族は多いが、だからといって同種のものであると判じるのはあまりにも愚かだ。

 魔族領域に最も近い戦いの最前線、プラタナス大陸などでは魔族一人に対し国が軍を動かすこともあるという。もしくは上位冒険者パーティーの投入だ。

 魔族内でもピンキリはあるだろうが、それでも認識そのものが異なる。

 

 現在アルニラムの冒険者ギルドに所属する上位パーティーはクエストで出払っている。

 中堅のパーティーを魔物討伐に焚き付けた手前、魔族は自分が引き受けなければならないだろう。

 

(前の時は、時と運に恵まれすぎてたからねぇ……)

 

 妻と娘の住む村を襲った魔族を単独で討伐したマリウスであるが、そんな自分とて同じことが二度できるとは己惚れていない。

 なにしろ魔族は種族により、特性も弱点も全てが異なるからだ。

 

 更に言うなれば"今"のマリウスとかつて魔族を討伐した時の彼では条件が違う。

 時を止める宝物に長年寿命を支払ってきたことで、わずかな傷が死に至るものとなりかねないからだ。

 

 その事実は確実にマリウスの枷となるだろう。

 もし自分が倒れたらアルニラムは大きな打撃を受け……最悪滅びるのだ。

 責任感は憎しみと怒りで全てを賭して戦えた時と比べ、確実に剣を鈍らせる。

 

 宝物が対価として消費する"寿命"の正確な定義はわからないが、もし健康に天寿を全う出来た場合から引かれるならば……。怪我や病気で、そもそもの寿命を縮めた場合は何処で命が途切れるかわからない。

 

 戦いの最中に寿命が尽きたら最悪である。

 これまではいつ寿命が尽きようが関係ない、むしろ歓迎だとばかりに不摂生を繰り返してきたが、今は駄目だ。

 

(無事でいてくれよ……)

 

 脳裏をよぎるのは、現在ギルド内に住まわせている子供たちの顔。

 

 今回のように唐突な魔族の襲撃など予測はできない。しかしそれでも、内心激しい後悔が襲う。……なぜ行かせてしまったのかと。

 もし自分が祭りに行くことを勧めなければ、あの子達を今、手元で守ってあげられたのに。

 

 だが後悔しても得られるものは何もない。

 今は一刻も早く魔族を討伐し、脅威を取り除くのが先決だ。

 

 

 

「ギルド内は出来るだけ多くの人が入れるように、家具を壁に寄せてね。あと左右の店の人たちに言って場所貸してもらって。ギルドだけじゃ足りないから。そこの君と君は常駐軍と自警団に連絡、情報の共有して連携取って。討伐はうちの子達が引き受けるから、避難誘導優先でって言っておいてちょうだい」

 

 早くしなければと焦る気持ちを持て余しつつ、次々と指示を飛ばしていく。

 そして自分が出すべき指示内容は全て終えただろうと、ギルド内を見回した。

 

「……よし、あとは任せていいかな? これで僕は行っちゃうから、よろしくね〜」

 

 慌ただしく冒険者ギルドを避難所として整えてくれているギルド職員達に、あくまでいつものようにヘラリと笑って声をかける。

 この場で自分は、内心の焦りをおくびにも出してはならないのだ。

 

「大丈夫……です、よね?」

「きっと、大丈夫だわ。あとはギルドマスターに任せましょう」

「そっすね。あーしらは避難してきた人らを受け入れる事だけ考えましょ」

 

 不安そうにする受付嬢たちだが、普段から荒くれぞろいの冒険者相手に対応しているだけあって冷静だ。そのことに安心感を覚える。

 

「マスター。……あの子達のことも、よろしくお願いします」

「もちろん」

「ご武運を」

 自分が拾ってきた女の子に受付嬢の仕事を教え、ずっと面倒を見てくれた彼女が深々と頭を下げたのを見てマリウスは気を引き締めた。

 

 必ず、助けなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、いざ魔族の元へ向かえば。

 そこでは予想だにしない光景が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の男が一方的に魔族を蹂躙している。

 杖を持ち魔法を使っているところから、どうも男は魔法使いであるらしい。

 だがその体は遠目にも恐ろしく鍛え上げられていることが分かり、一瞬判断に迷うほどだ。

 

「……どういう状況?」

「あ、ギルドマスター」

「エリーデルちゃん!? ユアンくんも……よかった、無事で」

 

 呆然とするマリウスに「あ、どうも」とばかりの気軽さで声をかけてきたのは、心配でしょうがなかった受付嬢見習いだ。

 共に出かけたユアンも彼女と手を繋いで無事な様子であり、マリウスはほっと胸をなでおろす。

 

「えっと……。あの彼は?」

「通りすがりの魔法使いさんみたいです」

「通りすがり」

 

 安心するとともに問いかけずにはいられなかったマリウスに、エリーデルはさっくりと返す。

 通りすがりの魔法使い。まあそういう事もあるだろうと思いつつ……内心は「いやいやいや!?」と首を振る。

 

 

(通りすがっていいレベルの人じゃ、なくない!?)

 

 

 マリウスは魔法よりも祝福(スキル)主体の戦い方をするため専門外ではあるが、その様子が異常であることだけは理解できた。

 

 通常魔法を使用する際は詠唱を述べたのち、呪文にて結実し魔法を発動させるのが定石だ。

 詠唱はいわば魔法に対する地図であり道標、もしくは計算式、設計図などにあたる。

 どんな属性で、どんな形で、どの方向に、どれくらいの威力で……と、魔法が発動した際のあり方を決定づける物なのだ。 

 だからこそ大規模で複雑な魔法ほど、長い詠唱を必要とする。

 

 しかし稀に、それらを全て頭の中で組み上げてほぼ呪文のみで発動できる化け物、あるいは賢者と讃えられる者がいる。

 冒険者ギルド全体に属する魔法使いの中でもかなりの上澄みだ。

 

 以前魔法を得意とする友人に聞いたところ、詠唱を省略する行為は頭の中で複数、膨大な桁数の暗算をするに等しいという。

 たいていの場合は詠唱として口に出した方が効率がいいため、いくら発動時間を短縮できるとしても使う者は限られるのだ。

 

 ……そして、そのごくわずかの使用者でも、完全に全ての詠唱を省略出来る者は居ない。

 必ず「いくつ」の詠唱節(えいしょうせつ)を略したのかだけは、呪文の前に口にしなければ安定しないそうだ。

 

 ゆえに、そこを聞けばいくつの詠唱が省略されたのかを知ることができる

 

 

 

 ――――そして、「通りすがりの魔法使い」らしい男だが。

 

 

 

 

「五節跳略、壟断震淵獄(アビスクリエイト)

 

「八節跳略、重潰呼黒(グラビティコール)

 

「六節跳略、暴礫薫棘(タイラントスピア)

 

「九節跳略、紅炎波濤(ブレイズインフィニティ)

 

「十節跳略、絶域朱焔(アブソリュートヴァーミリオン)

 

 

 

 

(おいおい、嘘だろ?)

 

 淡々と呪文を言い放ち、それが澱みなく発現され魔族に確実なダメージを与えている。

 

 呪文が発動する。

 それすなわち、男の頭の中ではその効果が明確に描かれているということだ。

 

 もし少しでも綻びがあれば、呪文はただの言葉の羅列。なんの現象も引き起こすことは出来ない。

 魔法とはそういうものだ。

 

(しかもさっきから当然のように五節以上とは……)

 

 マリウスの記憶する限り、この規格外の魔法使いはアルニラムの冒険者ではない。もしそうなら強烈に記憶されているはずだ。

 

 …………非常に稀なことだが、本当の本当に、極々、稀なことに……。たまに、冒険者ギルドに属さずとも力を磨き上げる異常者がいる。

 もしもこの彼がそれであるなら、絶対にスカウトしようと心に誓いつつ……マリウスは、その一方的な戦いを見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラルギーニは眼前の悪夢そのものとしかいいようのない存在を、現実として受け止めきれないでいた

 

 おかしい。今日はいつものような日常が続いていたはずだ。

 

 自由気ままに船で世界を遊覧し、気まぐれに立ち寄った港で人間達を翻弄し優雅に侵略(食事)をする。それがラルギーニの日常だ。

 しかし何故だろうか。今現在食事どころか反撃する間も与えられず、圧倒的な魔法の物量に翻弄されているのは自分の方だ。

 その非情ともいえる攻撃はラルギーニの体を切り刻み、押し潰し、貫き、燃やし、溶かした。

 意識を保っているのが不思議なくらいである。

 まるで気を失わないギリギリのところで拷問されているような仕打ちだ。

 反撃しようにもこの馬鹿みたいに詠唱省略をしてくる相手の前で、こちらが詠唱を挟む暇は何処にもない。

 

「あ゛っ、あ゛ッ」

 

 無様な濁音が聞こえる。

 ああ、これは自分の声か……と、ラルギーニはどこか遠い場所の音を聞くように認識した。

 

 ――――思えば惨めな魔生だった。

 

 白蛾(はくが)族の中で天才として生まれるも、それは同族の中の話でしかなかった。

 限られた魔力(食事)を奪い合う中で、白蛾族は他の強靭な種族に蹴散らされ、いつも腹がすいていた。

 魔王が復活して魔王軍が編成された時、ラルギーニはその中に属さなかった。魔王は崇拝しているが、これまで自分たちをゴミのように蹴散らしてきた他部族に使われる屈辱を厭ったからである。

 だからこそ人間の船を奪い、同族と会わないままに力を振るえる新天地を求めて旅に出たのだ。

 ラルギーニは自由だった。脆弱な人間は殺すのも操るのも容易い事で、食事に困ることはない。

 

(ボクは弱くなかったんだ!)

 

 魔族の中で埋もれていたラルギーニは人間相手に力を振るう事で、枯渇していた矜持を満たしていった。

 お洒落もした。人間の文化は目に新しく、気に入った服を着て気に入った話し方をした。楽しかった。

 

 嗚呼、我が世の春よ!

 

 

 

 

 

 

 …………などと、これまでの魔生がラルギーニの中で回転絵のように展開されていく。

 

 これをある人間の土地では"走馬灯"と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 が。

 

「おい」

「うぶしュッ」

 

 我が魔生における輝かしい部分だけを切り取って思い返し、朦朧とする意識の中で恍惚の笑みを浮かべていたラルギーニ。

 しかしそんな事も許されないようで、口にあたる部分を恐ろしい握力で掴まれた。

 目の前には自分を追い詰めた、恐ろしい人間の顔。周囲は男の魔法で煉獄のような炎の壁で塞がれている。逃げ場はない。

 

「き、きしゃまきしゃまきしゃま゛」

 

 途端に憎しみが燃え上がり、口から無様ながらも攻撃的な声を発するラルギーニ。

 恐ろしい。だがこのままで済むほど、ラルギーニの自尊心(プライド)は安くない。

 こうなれば呪文にする前の魔力を暴発させて、自身もろともこの男を殺す……!

 

 

 

 そう思っていた時期が、ラルギーニにもありました。

 

 

 

「俺だ。余計な反応はせず、そのまま話を聞け」

 

 そう言った男の顔がぐにゃりと歪み、変化する。

 

「へ、は?」

 

 突然の事に魔力を霧散させてしまったラルギーニは、しかし次の瞬間さらに大きな驚愕の声を発した。

 

「!? ふぉ、フォルティマ様ぁぁぁぁぁァァッ!?」

 

 変化した顔はすぐに人間の顔へと戻ったが、この相手が誰であるか理解するには十分であった。

 

「黙りたまえ。殺しはしないが、四肢くらい吹き飛ばしてもこちらは構わないのだよ」

 

 とりあえず殺されないことに安堵しつつ、まったく安心もできない状況とまさかの相手にラルギーニの混乱は頂点に達した。

 

 

 

 

 魔族フォルティマ。魔王の側近であり魔王軍参謀、鳥竜族の長。

 魔王が復活するまでの期間、魔族間の争いで頭角をあらわにした傑物である。

 

 恐ろしいのはただでさえ強いその強靭かつ暴力的な力を秘めた鳥竜族の体躯に加え、魔法にも長けていることだ。

 

 近接戦闘ではその硬い鱗に阻まれ攻撃が容易に通らない上に、鋭い爪と凶悪な(あぎと)、鞭のようにしなる太い尾によってこの魔族の周囲は致死の領域。

 遠距離戦闘では極大の広範囲魔法により、面で潰される。

 ラルギーニの同胞も魔王不在の期間、幾度となくフォルティマに蹂躙された

 

 

 根源的な恐怖を誘う、時に第二の魔王とも称される暴虐の魔族である。

 ちなみに狂信的な魔王の崇拝者でもあり、「第二の魔王」と褒め言葉のつもりで発した魔族は即座に塵にされた。自分などを魔王と称するなど魔王様に対して不敬である、と。

 

 

 

 何故そんな相手が人間の姿に化け、同じ魔族である自分を痛めつけている?

 なにか知らず逆鱗に触れてしまったのだろうか。

 わけのわからないラルギーニは涙目だった。もう反撃する気力もない。

 

 そんなラルギーニに、フォルティマは冷たい視線を向けたまま言葉を続けた。

 

「いいか? よく聞き給え。このまま俺が目くらましに魔法を放つ。それに乗じて君は逃げろ」

「え、逃げてもいいので!?」

「そう言っている」

 

 思わず喜色に溢れた声を出してしまったが、はて、逃げていいならそもそもなぜ自分はここまでボロ雑巾にされたのか? とラルギーニは首を傾げた。

 だがそれ以上は考えない。この場は命を繋げるだけで幸いなのだ。余計な首をつっこんではいけないことが、世の中にはたくさんある。

 

「か、かしこまりました」

「よし。では歯を食いしばれ」

 

 あれ、やっぱり自分ここで死ぬ?

 そう思ったラルギーニを万雷のごとき電流の嵐が壁となって取り囲み、その中心でフォルティマが肘を曲げ、構える。

 

 そして。

 

 

 

「おぶファぁぁぁぁぁぁッッッ!?」

 

 顎の下からのアッパーカットが、ラルギーニを天高く突き上げた。

 

 

 

 

 その後は這う這うの体で飛行し、どこかの草地に降り立ったところで…………ラルギーニの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 …………………………………………。

 ……………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ時間が経ったことだろうか。

 薄闇の中で微睡む意識が、ひとつの声を拾う。

 

「……よろしいのですか? ラルギーニにあなた様の姿が……はい、……はい。かしこまりました」

「ええ、死んではございません。加減いたしましたので」

「!? そ、そんな、御自らお慈悲を向けずとも! それならばわたくしが回復を……! あ、いえ。はい。申し訳ございません」

「あああああああ!? そんな、そのような者を膝にのせなくとも!? お身体が汚れます!!」

 

 あの恐ろしい魔族が誰かと会話をしている。

 しかし恐怖を刻みつけられたせいか、フォルティマの声しか聞こえない。

 

 そんな満身創痍のラルギーニの体を、暖かい魔力の波動が包む。

 

(ああ、気持ちよい……)

 

 ズタボロに痛めつけられた体が修復されていくのを感じる。高度な回復魔法だ。

 

「う……」

「ほう? 目が覚めたか」

 

 うっすらと意識を取り戻し始めたラルギーニを見下ろしていたのは、美しい人間の少女だった。

 黄金よりも月の光を紡いだような、と例えたくなる繊細な金色の髪に明朝の空を映しとったかのような瞳の色。白く小さな顔に、整った形の眉毛、淡い珊瑚色の唇。

 

 思わず夢心地でそれを見上げていたラルギーニであったが、次の瞬間その夢見心地は消し飛んだ。

 

「いつまで尊き御身の膝に寝そべるなどという愚行を犯している? ……疾くと控え、跪き、地に頭をこすりつけよ」

 

 

 

 

 魔王の側近であるフォルティマが、無慈悲に告げる。

 

 

 

 

 

 

 

「我らが王の御前である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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