魔族ラルギーニの襲撃を受けたアルニラム冒険者ギルドは、翌日から通常通りの営業を始めた。
……といっても、掲示板のクエストは後始末の案件であふれている状態だが。
「おう、嬢ちゃん! 今日は珍しくにこにこしてるじゃねぇか。いっつも愛想がねぇのによ」
受付に来た常連冒険者の言葉に、我は知らず自分の頬が緩んでいたことに気が付く。
「ふふっ、笑顔にもなるというものです。皆さんのおかげで、わたしやアルニラムは救われたのですから。今日という日常を再び迎えられて、嬉しくないわけがありません。……本当に、ありがとうございました」
そう言って頭を下げると、「ま、まあ冒険者として当然のことだし?」「よせやい、この程度おいら達にとっちゃどうってことないぜ」「ふっ、まあ悪い気はしねぇな」などと、声をかけていない冒険者共までがまんざらでもなさそうな反応をする。
ククッ、ちょろい奴らめ。
まあ当然、今口にした内容は世間体を保つ建前であり、我が喜色に笑む本当の理由は別にあるのだが。
それにしてもフォルティマが居なくてよかった。
我としては人間に擬態するための一動作にすぎないが、頭など人間に下げているところを見れば奴が発狂しかねない。
フォルティマは現在、あの戦いっぷりを見ていたギルドマスターから、直々に冒険者にならないかと別室でスカウトを受けておるようだ。
昨日はなんだかんだとバタついておったから今日ギルドに来させたのだが、着た早々に捕まっておったわ。
いやぁ……。
昨日は実に、実りの多い日であったぞ。ククク。
+++++
華やかな祭りから一転、魔族ラルギーニの襲撃で混乱の坩堝と化したアルニラム。
これは翌日以降の祭りは中止であるかなぁ……と残念に思いつつ、我は部下達の戦いを見守っていた。
戦いの内容は……うむ。
討伐するふりをフォルティマに命じたはいいが、傍から見て普通にやりすぎであった。
まあ派手に実績をつめと言ったのは我であるからな……うむ。
ど派手に魔法使いとしての実力を示すのに、これはまったく間違っておらぬ。
……ここは後で責任を持って、我がラルギーニの傷を癒さねばならぬな。
ところで眼前の茶番劇を見ている間、どうも途中から暇になってきた。
(人間を殺さぬままに人口を減らして魔族が人類の敵対者でありつつ封印がされない方法でも考えるか……。生前整理、生前整理、と)
ぬ。……駄目であるな。
改めて考える内容を羅列したら、面倒くささがとんでもないではないか。
しかし考えないわけにもいかぬので、渋々と思考を続行させる。
(ふぅむ……。まずは結果から逆算して考えてみるか)
我がこの場合欲しい結果とは、「魔族が封印されず食料に困らない」というものだ。
では封印されないためには、どうすればよいか?
人間側に魔族から得られる"利点"、あるいは"利益"を用意すればよいのだ。
……と、ここまで考えたはいいが、再び思考の迷路が我の前に立ちはだかる。
魔族から人間に提供できるもので、奴らに利するものとはなんだ?
魔族に襲われない。それこそが人間にとって一番嬉しいことなのだろうが、そうなると我をはじめ、魔族そのものが世界にとって存在価値がなくなってしまう。
そうなった場合、創造主が魔族にどういった沙汰を出すのか。……我一人ならばともかく、子らを巻き込むわけにもいくまい。
(いや、しかし……。あからさまに侵略を辞めなければ、ある程度は見逃されるか?)
何しろ創造主の知識が一部我の中に流れ込んだとはいえ、それで創造主の判断基準など全てがわかるわけではない。
確実に不可とされる
……ふむ。いい案が思いついたら、ひとつずつ見極めていく必要があるな。
そんな風に思考の海に沈んでいると、近くから聞き慣れた声がして意識を現実に向ける。
「……どういう状況?」
「あ、ギルドマスター」
「エリーデルちゃん!? ユアンくんも……よかった、無事で」
どうやら魔族の襲撃にギルドマスター直々に出向いて来たらしい。
まあ上位パーティーの奴らは丁度クエストに出払っているからな。順当か。
ギルドマスターはフォルティマが一方的にラルギーニを攻撃している光景に困惑している様子だが、こ奴が来たことで我の手をぎゅっと握っていたユアンの緊張がわずかにほぐれた。
フォルティマが得体のしれない相手だからか、ずっと我を守ろうと気を張り詰めておったからな……。
知り合いかつ頼れる相手が来て、安堵したのだろう。
(冒険者、か)
ふと、ギルドマスターを見て、なんとはなしに考える。
(冒険者……冒険者証……
我、またもや閃いてしまったかもしれぬ……!
冒険者ギルド。
この組織が世界中で幅を利かせているのは、なにも
冒険者ギルドのみが持つ「冒険者証」と「経験値」という、替えのきかぬ仕組みがあるからだ。
冒険者になると、まず冒険者証が発行される。
その冒険者証は単なる証明書ではなく、複雑な魔法式が組み込まれた神の遺産だ。
冒険者は迷宮攻略や魔物討伐、修練などで冒険者証を通し「経験値」を得て、レベルという数値化された練度を向上させていく。
……それを成してやっと、奴らは魔物や我ら魔族と戦えるだけの力をつけることが出来るのだ。
おそらくこの仕組みが無ければ、冒険者の致死率はもっと上がっているだろう。
そしてこの冒険者証による「経験値」を得て通常の鍛錬をするより何倍も早く強く成長できる仕組みは、国の軍にも共有されている。
冒険者証の製造方法は冒険者ギルドのみが握っているため、どんな大国もギルドには頭が上がらないというわけだ。
そして奴らはレベルの他に、"迷宮"を攻略することで
魔法とは別形態の、我ら魔族にはない力だ。
こう考えると迷宮とは、人間を強くするための修練場でしかないな。
実際そうなのだろう。迷宮もまた、神の遺産とされる建造物なのだから。
ともあれその迷宮だ、迷宮。
冒険者どもは経験値を得てレベルアップをするため、もしくは新たな
まさに「利益」の塊と言える場所が迷宮なのだ。
――――この迷宮という仕組み、我ら魔族でも
そう。例えば……だ。
人間の土地を侵略した後、そこに迷宮を作るのだ。
そして侵略先の住民たちを、何らかの方法で迷宮に閉じ込める。これで殺さず人口を減らす、はクリアだ。
実質的に減っていなくとも、案外誤魔化せるかもしれん。人の形でない姿で保存すればよいからな。
部下達にはわざわざ食料を生み出す家畜を殺してどうするのだ、とかなんとか言っておけば通るだろう。
更にそこから冒険者どもが迷宮攻略をして、成功すれば捕らわれた人間が解放される……というのは、どうだ……!?
うむうむ、いい感じに練られてきたぞ!
つまり奴らにとっての我ら魔族が作る(予定の)迷宮の利点は、攻略すれば救えなかったはずの人間が生きて帰ってくるということだ!
ククククク……はーっはははははははははは! 我ながらなんと邪悪な思い付きよ!
これなら魔族が人類の敵対者でありつつ、封印を免れるという条件もクリアだ!
もし我が居なくなった後にひとつでも迷宮が残っておれば、おいそれと魔族を封印できまい。もし封印すれば魔族諸共迷宮も閉鎖される、という仕組みにしておけば良いのだ。
その中で封印を強行すれば人じ……成功報酬となっている人間どもの属する国やら、人道がどうのと言う連中が黙ってはいないだろう。
ククク。人間の良心を利用してやろう、というわけだ。流石魔王たる我。
攻略という希望を残しておけば「諦める」という選択肢も生まれまい。
なんと、我は親切だな!
(いやいやいや、待て待て。まだ浅い。まだ思い付きの域を出ておらぬ)
それでは結局、我が居なくなった後に全て攻略されてしまえば魔族は封印される。このままでは封印されるまでの期間を延ばすだけだ。
(こう、もう少しお楽しみ仕様の迷宮も設けて……魔族が常に生活の一部として溶け込むような……そして攻略されたとしても魔族の命は保証されて人間だけが解放されるようにすれば……もっと遊戯性を持たせて……)
う~む、考えているだけでは埒が明かなさそうだ。
まず試作品を作らねばならぬなぁ。
そうなると迷宮の主になる魔族を取り急ぎ一人確保せねばならぬが……。
そこまで考えた時、フォルティマに吹き飛ばされるラルギーニが目に入った。
「…………あ」
+++++
……そんなわけで、我の急な思い付きを実行してもらうためにラルギーニを治療がてら迷宮主(仮)にスカウトしたのである。
人間を操る力も持っておるし、おあつらえ向きであろう。人間を迷宮に閉じ込める際、役に立ちそうな能力だ。
ついつい素晴らしい思い付きに浮かれて、この姿をフォルティマ以外にばらしたくないと思っておったのに直接話を持って行ってしまった。
フォルティマからのなんとも言えぬ視線だけが少々気まずかったな……。
迷宮を一から作るための方法はまだ考え付いておらぬゆえ、ラルギーニにはとりあえず既存の迷宮を乗っ取れと言っておいた。
前代未聞ではあるが、まあ出来なくはないであろう。おそらく。多分。
奴は人間の文化にも興味があるようだから、我とは気が合いそうだ。
これから存分に役立ってもらおう。
ともかくそんなきらりと光る素晴らしい思い付きをしてしまったがために、今日の我はすこぶる機嫌が良いのだ。
迷宮作りそのものも楽しみであるしな! さてどんな仕掛けを作ろうか……!
ギルドの記録から漁って参考にでもしてみるか。なにしろ我は受付嬢、資料など見放題である。
しかし模倣するだけでなく、
ああ、なんということだ。我は自分の才能が恐ろしいぞ。ふはは。
この思い付きは我のものゆえ、我が主体で進めねばならぬだろうしな~。
まあ我は案だけ投げて、具体的に詰めていくのはフォルティマに任せれば形になるであろう。
「~♪」
おっと、つい鼻歌まで零れてしまったか。ふはははは。
しかもこれは
……などと、考えている時だ。
「……おは、よう」
勇者候補たる当の本人が、我とは対極のひどい顔で寝坊をしてきおった。