我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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16話 「我は受付嬢。魔王である」

 たどたどしく発されたおそまつな朝のあいさつとその出で立ちに、我の目は自然と細くなる。

 

「おや、遅いお目覚めですね」

「………………」

 

 我の軽い皮肉に、寝坊してきたユアンは棒立ちでこちらを見ている。

 

 目は充血しており、その下には酷い隈。

 乾いた唇に、整えられていないぼさぼさの髪の毛。

 着替えもせず、よれた寝間着のままの格好……と。

 …………およそ、人前に出てきて良い姿ではない。

 少なくとも我の躾では許しておらぬぞ。

 

 外見一つで舐められるのは、魔族も人間も一緒だからな。

 我ら魔族は基本的に服など必要としないため、毛皮や鱗や角といった体の手入れに気を遣うが、人間のそれには服装も含まれる。

 眼前のユアンは全て、及第点からは程遠い。

 

 …………この小僧、昨日の晩から今日の朝まで我にしがみついていたくせに一睡も出来なかったようで、寝付いたのが今朝方であった。

 

 そのまま目覚めぬゆえ、部屋に置いてきたが……。

 

 

 

 

 

 正直なところ、少々失望した。

 

 

 

 

 

 まだ戦う術を持たぬこ奴が、魔物や魔族相手に立ち向かえなかったことは特に問題ではない。

 状況を見極め、我を連れて撤退という選択をとれたことに成長すら感じたくらいである。

 

 だが、その後だ。

 

 魔族に故郷を滅ぼされた憎しみに、今回の事が上乗せされ……更に魔王()へ憎悪を燃やし、それが成長への布石となるものだと考えたのだが……。

 ふたを開けてみれば、怯えた顔で()にしがみつく情けない姿を見せたのだ。

 

(これは少し、甘やかしすぎたのやもしれぬな)

 

 ユアンはまだ子供だ。

 我の庇護下に入った事で、復讐心よりも新しい日常を手に入れた安堵の方が勝ったのだろう。

 しかしその結果がこれでは困る。

 怯えた兎に我の首をとることなど、到底不可能であろうからな。

 

 見い出し、育て始めたばかりゆえ……。そう簡単に別の者に勇者候補を変えたりなどしないが、それでも溜め息や皮肉の一つも出ようというものだ。

 

 

 

 しかし、我はまだユアンという人間を分かっていなかったようである。

 

 

 

「よかった……生きてる……!」

「ぬおっ!?」

 

 どんっと、我の半分程度しかない体が全力で腰に飛びついてきた。

 たまらず後ろに倒れて、尻もちをつくなどという醜態をさらしてしまった。

 くっ! やはりこの体、まだまだ貧弱……!

 

「ゆ、ユアン! なんですか、急に」

「目を覚ましたら、おねえさんが、いなかったから……!」

「寝坊助に付き合っているほど受付嬢は暇ではないのですよ」

「うっ」

「……昨日は大変でしたからね。疲れで逆に眠れなかったのでしょうし、その後で眠りが深くなるのも仕方がありません。まあ? わたしも、誰かさんにしがみつかれていたので、一睡もしていませんけどね? それでも寝坊はしませんでしたけどね?」

 

 まだ縋りつき足りないのかと、冷たい視線で見下ろす。

 ククク、我は睡眠など必要としないが、この程度の皮肉は言わせてもらおうか……!

 甘やかしすぎたならば、その分厳しく躾け直せばよいだけのこ……

 

「あう……。……ごめんなさい。でもっ、……あの白い蛾に、おねえさんがまた、つれて行かれちゃうんじゃないかって思って……! 眠っちゃいけないって、僕が、まもらなきゃって」

 

 …………ん?

 はて、白い蛾……"また"連れて行かれて……?

 

 …………。

 !!

 

「あ─……」

 

 そういえば昨日。ラルギ─ニとフォルティマに合流するため、ユアンを冒険者ギルドに送った後で一度離れたのだった。

 部下達に指示を出して部屋に戻った時、何処に行っていたのかと、かなりしつこく聞かれたのだ。

 面倒だったゆえ「雪蛾の残りに操られたけど冒険者に助けてもらって今帰ってきた」とか適当を言ったような……。

 

 迷宮のことで頭がいっぱいだったからな。

 他に理由を考えるのが面倒で、つい……。

 

 ぬっ。……という事は。

 

「……眠らなかったのは、私を守ろうと……。一晩中、見張っていたから、なのですか?」

「……ん。寝ちゃった、けど」

 

 寝てしまった事が後ろめたいのか、返事なのか微妙な浅い頷きを返すユアン。

 ……ぬぅ、我としたことが早計であったか。

 

 

 ユアンは怯えて我にしがみついていたのではなかった。

 寝起きで酷い顔をしていたのも、守りたい相手が側に見当たらなかったからだ。

 

 昨日とて敵わぬ相手だと判断するや、自分一人で逃げずに我の手を引いて生きるために撤退した。

 魔族に襲われ窮地に陥るアルニラムを見て、滅びた故郷を思い出さないはずがないにも関わらず……。すくんで動けなくなることもなく、だ。

 

 

 こ奴は、臆病者ではない。

 

 

 自分のためでなく、他人のために心を配り行動する。……これを勇者の資質といわずして、なんと言おう。

 かつて我の前に立ちはだかった勇者も、自分はいくら傷つこうとも構わず向かって来るくせに、仲間が傷つけられた時は何倍も痛そうな顔をし何倍もの力を見せたからな。

 

 なるほど、我が思う以上にユアンには勇者としての資質が備わって……あるいは、育まれているようだ。

 

 

 

 我は腰に抱き着いたままの、ユアンのぼさぼさ頭に手を置いた。

 

「……わたしの勇者様は、泣き虫ですね」

 

 我が勝手に抱いていた失望をわざわざ説明して謝罪するのも変なので、いつの間にか鼻水と涙を垂れ流してぐしぐし泣いておる小僧をからかう事で手打ちとした。

 ふんっ。気概だけは立派だが、そのようにすぐ泣くようでは勇者への道は遠いぞ、小僧。

 

 

「わははっ! 朝から青くせぇもん見せてくれるなぁ!」

「おいおい、ユ─坊。女を守りたいってんなら、そんなぐちゃぐちゃな顔じゃかっこつかねぇぞ~!」

「ひゅ─っ! ちゃっかり押し倒してやがる。こいつぁ将来勇者じゃなくて相当なスケベになるぜ。ぎゃははっ」

 

 すぐに周りから飛んできた冷やかしに、ユアンは顔を真っ赤にして我から離れた。

 これらだから下品な冒険者共は……。少しは見直したというのに、子供相手にまですぐこれである。

 まあこれも食堂で働くユアンが、冒険者どもにある意味で可愛がられているからこそのからかいだが。

 

「子供相手になに言ってんだい! 微笑ましいじゃないか」

 

 ユアンを一番に可愛がっている食堂の長が麺棒で野次を飛ばしていた冒険者共を楽器のようにぽこぽこと叩いていくのを見つつ、我は無様な体勢から起き上がりスカ─トの埃をはらった。

 

「……さて、寝坊助で泣き虫のユアンくん? 顔を洗ってきなさい。そして着替えて、いつもの通り食堂でお手伝いです。……その後で、一緒に食事をしましょう。今日は目玉焼きがいいです」

「……! うん!」

 

 

 しっかり食し、しっかり寝て、しっかり学び、しっかり我を楽しませ……いずれ、我を倒す勇者と成るのだぞ、小僧。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、そこのガ……子供」

 

 ユアンが涙をぬぐい、身支度のために部屋へ戻ろうとした時である。

 何処からかにゅっと伸びて来た大きな手が、その小さな頭部を鷲摑みにした。

 

「わ!? え、わっ、えっ! ぼ、僕……ですか?」

 

 無遠慮に頭を掴まれたにも関わらず律儀に聞き返すユアンに、その者はひどく冷たい声で、見下すように言葉を続ける。

 

「この場で他に子供がいるのかね? ずいぶんと愚鈍だな」

「ぐどん? あ……具だくさんうどんですか? ごめんなさい、今日のメニュ─にはなくて……日がわりだから、明日なら……」

「うどん? なんだねそれは。それより貴様、淑女の腰にしがみつくとは恥を知れそして貴様には魔法の才能があるから俺が直々に弟子にとってやろう光栄に思いたまえ」

 

 ────下手か!!

 

 思わず声に出かけたぞ。

 何をやっておるのだ…………フォルティマめ。

 

 そう。突然割り込んできたのは、別室で冒険者としてスカウトを受けていたはずのフォルティマであった。

 まだ人間に化けた姿は見慣れぬが、無事に魔族とバレないまま、冒険者登録が出来たらしい。

 

 それにしても……。

 

(二つの内容を早口かつ続けて言うでないわ。小僧がキョトンという顔をしておるだろうが)

 

 頭部を掴み高圧的な話し方で一方的に罵倒と押しつけがましく弟子にしてやると言い放つ。おそらく初対面で最悪の印象を叩きだすのに足る行動である。

 幸いなのは突然のことすぎて、ユアンがフォルティマに悪印象を抱く以前に混乱していることだ。

 

 ……しかたがあるまい。

 部下の尻ぬぐいをするのも、魔王の務めである。

 

「……魔法使い様! 昨日は助けてくださり、ありがとうございました。あなた様が素晴らしい魔法で魔族を倒してくださったおかげで、アルニラムは救われましたわ。感謝します」

 

 腕の前で手を組み、可能な限り高い声で、目を煌めかせて頬を紅潮させて。

 ……以前、上位冒険者パーティーの剣士が町の女に言い寄られていた。その時の女の様子を限りなく再現した、我による熱演である。

 

 これでフォルティマが態度の修正をして、ユアンに「町を救ってくれたすごい魔法使い」だと思われてくれれば、何も問題は……。

 

「!!!!!! とんでもございませ……とんでもないですよ、美しいお嬢さん。わたくしは人として、然るべきことをしたまで」

(変わり過ぎだ馬鹿者!!)

 

 思わず内心頭をかかえた。

 

 フォルティマは我の演技を受けて掴んでいたユアンの頭部を「ぺいっ」と捨てるように放したかと思えば、我の前に跪き我の片手をとって口付けた上に我以上にきらきらしい笑顔を向けてきおった。

 

 我に対し敬う言葉遣いを改め、「人として」などとしゃあしゃあと口にした事は褒めよう。

 だが、その他については全てが駄目ではないか……? 流石に我でも分かるぞ……?

 

 おかしい……。この男は頼れる我の側近、魔王軍の参謀のはずなのだが……。

 今の知能指数がそれに値するものなのか、甚だ怪しいような……。

 

 

「! おねえさんに、さわるな!」

「ッ! ……クソガキ、度胸だけは大したものだな?」

(!?)

 

 これをどう修正したものか頭を悩ませていると、我の手を握ったままのフォルティマの手をユアンが近くの机に置いてあったトレイで叩き落しおった。

 

(お、おぁ……)

 

 ユアンがこれまでに見たこと無いような種類の険しい顔で、フォルティマを見ておるのだが……?

 そして口付けられた我の手をものすごい勢いで拭いておる。

 

 

 おかしい。

 我の計画では、派手な高位魔法とそれによる魔族討伐(偽)で華々しく冒険者デビューしたフォルティマにユアンは憧れを抱き、誘われるがままに弟子入りをして勇者への道をまた一歩進むはずが……。

 

 

「わぁ!? は、はなせー! はなせよぉ!」

「うるさい!! 貴様は大人しく俺に弟子入りをしろ!!」

「ちょっ」

 

 フォルティマの奴、今度はユアンの首根っこを掴んで持ち上げ始めたのだが? 猫か?

 

「だ、だれがおまえみたいな、へんたいなんかに!」

「へ、変態だと? この俺が?」

「おんなの人に、かってにキスするのは、へんたいだ!」

「ほう……達者な口だな。いいだろう、目上に対する言葉遣いというものも、存分に仕込んでやろうではないか。まずは師匠とでも言ってみろ」

「やだ! やだぁぁぁぁぁぁッ! 僕の、師匠は、マリウスおじさんだもんっ!」

 

「………………」

 

 く、ククククク。

 この魔王を一瞬でここまで悩ませるとは、ククク。やるではないか。ククククク。

 ゆ、愉快であるぞ? あ、ああ。愉快だとも。

 

 

 しかしこれ、どうすれば良いのだ……?

 

 

 

 

「へんたいのでしになんて、ぜったいならないもんんんんッ! ばぁぁぁぁぁぁぁッか!!」

 

 

 

 

 先ほどまで殊勝な態度だったユアンは見る影もなく、幼子の全力の叫びを耳にしつつ……我は珍しく、途方に暮れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────五年後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユアン。冒険に必要なものは揃えましたか? 不備が無いか確かめたいので、荷物を見せて下さい」

「いいよ、別に。もう子供じゃないんだから」

「子供でしょう」

「もう冒険者になれる年になったよ! 自分の事も、自分でできる」

「そんな事を言って、今朝は寝坊してきたではありませんか。大事な冒険者登録の日だというのに」

「それはっ! 馬鹿の方の師匠が夜遅くまで馬鹿みたいな課題出すから……!」

「言い訳をするのは、子供の証拠では?」

「言い訳じゃないし。ただの事実だし」

「…………。それとですね、襟元が乱れていますし髪も梳かしていませんね? 顔にも汚れが残っています。身を清めなかったのですか。そんなみすぼらしい有様で冒険者登録とは……。何事も最初が肝心なのですよ。ほら、整えますからこちらに……」

「い、いいってば! もう、本当に! いつまでも子ども扱いしないでよ、エリーデル!」

 

 ああ言えばこう言う。

 注意するごとに、ひとつもふたつもいい応えをしてきよる……!

 

 

 五年前、我は選択を誤ったのかもしれぬ。

 フォルティマに師事させたからなのか、たった五年でこのように捻くれて、生意気に育ちおったわ。

 苦労してなだめてやっと弟子入りさせたというのに……。

 

 我の事をおねえさん、おねえさんと慕って親鳥を追いかける小鳥のように後をついてきたのに、今では呼び捨てである。

 どうしてこうなってしまったのだ。

 

「……ユアンには、もうわたしは必要ないということですか。わかりました。これからはただの冒険者と受付嬢ですね」

 

 どこか腹立たしく思っている自分がどうも居心地悪く、ならばと思って突き放す。

 これで良いのだ。もともと冒険者になるまでは死なないよう、そして勇者になるための基礎能力を鍛えさせるために面倒を見ておったにすぎぬ。

 今後は当初の予定通り、こ奴に我特製のクエストを選んでやるだけでよい。ただの受付嬢として……ただの! 受付嬢としてな。

 

 …………フンッ。

 

 

 

 しかしいざ我が突き放すと、ユアンは焦ったように言い縋ってきた。

 

「べ、別に! そんな意味で言ってるわけじゃないんだからねッ! もう子供扱いされたくないだけっていうか、これからはエリーデルにも俺の事をもっと頼りにしてほしいっていうか……! 料理だけじゃなくて……」

 

 ……ほう?

 

「……へぇ? 言う事だけは立派ですね。ですが自分の身だしなみも整えられないで、人に頼りにされるとでも? わたし、教えてきましたよね。見た目を整えるのはそれもまた武装である、舐められないために必要である、と」

「うっ……」

 

 ふふんっ。やはりまだ子供であるな。簡単に言いくるめられおった。

 

 我は素直に身だしなみを整え始めたユアンを見て、気分よく濡らした布巾でその顔をむちゃくちゃにぬぐってやった。気分は汚れた駄犬を拭く飼い主である。

 

 我に気を揉ませたのだ。この程度、我慢してもらおうか!

 …………。いや、別に揉んでおらんが。揉んでおらんがな。

 

 

 

 

「思春期ねぇ……甘酸っぱいねぇ……」

「青春だねぇ……。おじさん、ちょっとさみしいねぇ……」

 

 そんな我らのやりとりを見て、食堂の長とギルドマスタ─が何やら言っておった。

 ししゅんきに、せいしゅん? まだまだ我の知らぬ人間の言葉は多いようだ。

 

 

 今後も受付嬢として、人間の世界を知りながら終活を楽しもうではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 我は受付嬢。魔王である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。これにて一章を締めさせていただき、二章へ続きます。
その前におまけをなにか挟んだり挟まなかったりするかもしれません。

感想、評価、お気に入り、誤字報告などいつもありがとうございます。執筆の励みにさせていただいております。
今後もお楽しみいただけましたら幸いです。
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