我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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2話 「我は魔王。終活を知る」

 人間領域に足を踏み入れてから、早一か月。

 我は現在、冒険者ギルドにて受付嬢という仕事をしている。

 文字通り受付で冒険者相手に手続きをする仕事だ。

 

 この冒険者ギルドだが、元々はこの我……魔王を倒すための人員を鍛えるために発足した組織らしい。

 

 魔王という超常の存在に打ち勝つために、魔王が現れると人間たちは身内での争いをやめて団結する他ない。

 だが人間の不思議なところで、どうも「国」という枷があると種族の危機といえど完全なる結束は難しいらしい。これには人間を束ねたい神々も頭を痛めただろうな。

 

 そこで新たに国という領域を超えた組織が求められた。それが冒険者ギルドだ。

 

 ……と、先輩に借りた「冒険者ギルドの成り立ちガイド」に書いてあった。

 ちなみに発足当初は違う組織名だったようだが、人員がなかなか集まらず名称を変えたというしょっぱい歴史もあるようだ。笑止。

 

 分布は幅広く、国に属さないこの組織は世界中のあらゆる場所に点在する。

 それが許されるだけの権限が、この組織にはあるようだ。

 

 組織を束ねるのは「神人(かむびと)」なる神の天啓を受けた存在らしいが……。想像するに、我と同様に神の【駒】であろう。

 人間に投げっぱなしにすると誰が頂点に立つかもめるから、天啓という荒業で仕立て上げたのだろうな。

 やれ、我らが創造主は人の管理に苦労しているようだ。

 

 

 そして我を打ち倒す「勇者」となりうる存在は、高確率でこの組織から発生する。

 稀に例外こそあるが、冒険者ギルドは意図された機能を果たしている、といえよう。

 

 

 神の遺産とされる迷宮を攻略したり、魔物や魔族を倒すことによって冒険者は"経験値"を得て個としての力が磨かれる。

 その最たる者が「勇者」。勇敢なる者、と称される特異なる人間。

 力と運命力を兼ねそろえたその存在は、幾度となく我の喉笛を切り裂いてきた。

 自我(バグ)を得た今にして思えば単独……良くてパーティーという少人数で我に挑んでくる事に呆れるが、実際それに何回も敗北してきたわけだからぐうのねも出ない。

 

 我はこの勇者がいつ現れるか分からぬから、暇つぶしで人間領域に紛れ込んでいる。

 

 ……しかしこれはこれで楽しいが、いまいち目的というか目標が無く有意義さに欠けるのだよなぁ……。

 暇つぶしに対して目標を設けるのもどうかと思うが、なにかこう、生活にメリハリが欲しい。

 我は魔王。強欲なのだ。

 

 

 そんなことを考えていた、ある日のこと。

 我は観察対象であった人間の一人から、ある考え方、言葉を知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受付嬢の朝は早い。

 ……いや、冒険者ギルドに住み込みで働いている我が、暇を持て余して早々に出勤しているだけなのだが。

 本体は相変わらず玉座の間にふんぞり返っているだけで、やることが無いのだ。

 

 いつもは冒険者どもで賑わっているギルド内も、早朝だけは静寂に包まれている。

 ギルドには酒場兼食堂も併設されているため夜遅くまで入りびたる者も居るが、深夜を過ぎれば酔いつぶれていようが吐いていようが放り出されるのだ。

 下手に許容すると金のない冒険者が雨風しのぐ宿代わりにして収拾がつかないらしく、この辺は徹底している。

 

 手始めに入り口付近を箒で掃いてから、受付周りの台を濡らして固く絞った布で拭いていく。

 先輩が「業務時間内だと忙しいし、冒険者が邪魔で細かい所まで掃除出来ないのよね」と嘆いていたのでな。これが我の朝の日課だ。

 どうもアルニラム冒険者ギルドは、ギルドマスターの推薦があったとはいえ幼い見た目の我を採用する程度には人手不足であるようなのでな。

 

 ククク。人間よ、せいぜい我に感謝するがよい。

 掃除など魔王の仕事ではないが、これもまた怪しまれず人間社会に溶け込むための一手であるのだ。

 

 ………………。

 ……………………あと、あれだ。

 布一枚、箒一本で場が清められていく様はなかなかに愉快、爽快だったのでな……。うむ……。

 我は魔力の吐息(ブレス)で一掃する他に掃除する方法を初めて知ったのだが……雑務のくせにこれほど楽しいとは……。

 

 クッ、人間どもめ。

 まだ過ごした日々は少ないが、この魔王以上に暇をつぶす手段には長けているようだな!

 煩わしいほどに手のかかるその生態そのものが暇をつぶす要因となっているとは!

 羨ま……憎い奴らよ!

 

 今後も要観察、である。

 そしてその快楽、全てこの魔王が奪ってくれるわ。

 

 

 

 

 

 

「あらぁ~。エリーデルちゃん、今日も早いのね! おはよう~」

「おはようございます」

 

 黙々と掃除を進め受付周りがあらかた終わった後、ついでに食堂のテーブルを拭いていると一人の女が出勤してくる。食堂兼酒場の店主を務めている者だ。

 顔にきざまれた皺を見るに人間の中でも年配であることが窺えるが、その活力は大したもの。

 朝から晩まで食堂の人員の先頭に立ち、荒くれの多い冒険者を相手に豪放磊落な振る舞いで食事や酒をふるまっているのだ。

 

「はい、どうぞ。今日も働き者のあんたにご褒美だよ! ふふふっ。他の子には内緒だからね?」

「ありがとうございます!!」

 

 おっと、つい大きな声が出てしまったな。魔王としたことが。

 

 ククク……。なんとこの女、毎朝自主的に我に供物をよこすのだ。

 どうもギルドに居候する天涯孤独な身の上(嘘)と幼い見た目(詐欺)な我を気にかけているようだな。

 いくら創造主が寵愛する種とはいえ、我にとって人間など興味本位の暇つぶしで観察している羽虫にすぎない。

 ……が、この者やギルドマスター、先輩などはそこそこ見所のある益虫だ。我に利をもたらすからな。

 

 ほほう、今日は鹿肉のシチューか。この細い体は朝方冷えるからな。身体が温まりそうでよいではないか。

 掃除の手を止めて拭いたばかりのテーブルの前に座ると、よく煮込まれ味がしみたそれを木の匙で口に運ぶ。

 うむ。野趣あふれる噛み応えのある肉と、それ独特の臭みを抑えるための葡萄酒や香草の組み合わせがなんとも味わい深く、美味い。

 うむうむ、しっかりと温められているな。こういったところで手を抜かないのはよい心がけだ。あっつ。

 

「おいひぃ……」

「あっははは! 昨日の余り物で悪いけど、あんたはいっつも美味しそうに食べてくれるから嬉しいよ!」

「美味しいものを美味しく食べるのは簡単ですから。あなたの技量が素晴らしいのです」

「あら~! エリーデルちゃん、相変わらず褒め上手だね。褒めても何も出ないよ…………と言いたいところだけど、なんとここにおやつ用に持ってきた木の実の焼き菓子が」

「いただきます」

「まだあげるとは言ってないんだけどね。……嘘、嘘。そんなしょぼくれた顔しないでおくれよ。ちゃんとあげるから。あんた小さいし細いんだから、いっぱい食べな」

 

 この魔王を翻弄するとは、なかなかに茶目っ気のあるご婦人である。

 

 ククク、しかしこうも簡単に追加の供物が手に入るとは甘いな……。

 人間とはどうも褒めるとその相手に甘くなる性質をもっているようだ、と学んでからはついついこの魔王の手のひらで踊らせてしまう。実に愉快。

 

 それにしても分身体を作った時に人間としての機能や五感、臓器などにまでこだわったのは誠に正解であったな。おかげで人間の味覚を知れた。

 今ではこの暇つぶしの中で最大の娯楽となっている。

 我、良い仕事をしたぞ。流石は我。

 

 しかしながら、人間め……。

 いつもこのようなものを食しているとはなんと贅沢な……。

 

 我本体ほどの巨体ともなると、味覚を感じられるほどの食料がまず稀有なのだ。口寂しい時などたまに竜種(ドラゴン)巨人(ギガンテス)を焼いてかじる程度である。

 だから人間の姫など生贄に捧げられても食いでがないのだよな……。別にこちらが求めたわけでもないのに、人間は魔王の心をわかっていない。

 基本的に我を始め魔族は魔力そのものが糧となるゆえに生命活動になんら支障は無いが、どうしても魔王たる本体だと食を楽しむという概念は消失する。

 まったく。魔王など損な生物でしかないわ。

 このご婦人の方が、よほど楽しく有意義な生を過ごしているといえるだろうよ。

 

 

 そこまで考えて、ふと気になり問いかけた。

 

 

「……あなたは何故、そんなに風に……楽しそうに、生きられるのですか?」

「なんだい、藪から棒に」

 

 我ながら唐突な問いだったがゆえに驚かれたが、雑談好きの女はすぐ話しに乗ってきた。

 

「ああ……そういえばエリーデルちゃん、記憶喪失なんだっけ? そりゃ、色々不安もあるわよねぇ。そこで楽しく生きるコツをこのあたしに聞きたいってわけかい」

 

 なにやら勝手に解釈して納得しているな。都合がいいから頷いておこう。

 

「はい。あなたはどんなに忙しくても、妙な輩に迷惑をかけられても、いつも楽しそうなので」

 

 我も受付嬢の仕事を楽しんでいるが、それは新鮮だからだ。

 

 基本的に人間は働くことを厭うはず、と神から流れ込んだ知識に入っていた。

 そんな中でこのご婦人は非常に楽しそうにその腕を振るい、荒くれ者相手に料理を提供している。

 我はこの暇つぶしを、出来るならもっと充実させたい。その手がかりをもしこの者が持っているならば、是非教授願いたいものだ。

 

「あっはっは! 楽しそうに見えてるかい? それは結構だ。人から見てそうなら、あたしは結構いい人生を送れているんだねぇ」

 

 ひとしきり笑った女であったが、次いで覗かせたのはどこか困ったような顔だった。

 

「でも若いあんたの参考になるかねぇ……。あたしの場合はさ、ある意味で終活なもんだから」

「しゅうかつ?」

 

 む? 聞いたことの無い単語が出て来たな。

 

「そっ。人生を満足に"終える"ための"活動"のことさ。近所のじいさんからの受け売りなんだけどね」

「…………!!」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、我の体に衝撃が走った。

 

 

「これでも色々山あり谷ありな人生だったんだよ? でもなんだかんだこの年まで無事に生きられて、子供や孫までいる。だったらあとは、死ぬときに満足な人生だった! って思える生き方をしたいじゃないか。だから小さい事に目くじら立てないで、楽しんだ方が勝ちってね」

 

 そう言って再び笑った彼女に対し、我は姿勢を正し"聞き"の体勢に入った。

 

 

「そのお話、もう少し詳しく」

 

 

 

 

 

 

 

 

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