我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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19話 定例会議と魔族の迷宮

 マリウスは久しぶりに覚える筋肉痛と、いつもの酒による酩酊によりふらつきながら一人ギルドの地下を訪れていた。

 この場所はマリウスのみが持つマスターキーが無ければ踏み入れられない、冒険者ギルドの深部。

 ある程度の規模を誇るギルドならば、地下とは限らないがこうした場所は必ず存在する。

 

(いてて……。あの人は本当に魔法使いなのかねぇ……)

 

 思い出すのは昨日のこと。

 

 この筋肉痛は特に重労働をしたとか、凄まじい戦いを繰り広げたとかではなく……。

 一人の魔法使いを、羽交い絞めにし続けたことからくるものだった。

 

 

 

 

 

 

 昨日は五年間この冒険者ギルドで育ち、働いてきた少年が念願かなってやっと冒険者登録できるめでたい日だった。

 

 冒険者はけして楽な仕事ではない。死ぬこともある。

 

 だからこそ手放しで喜ぶべきことではないのだが、マリウスは幼いころから甘えも見せず、懸命に修行を重ねてきた少年……ユアンの努力を知っている。

 弟子と師匠と言い切るには教えた時間は少ないし、最低限のことしか指導してやれなかった。

 しかしそれでも、努力家の弟子の門出を……師であるマリウスは喜ぶべきなのだろう。

 

 

 思いがけず、別の門出まで一緒に果たしてしまったのは予想外であったが。

 

 いや、本当に。

 

 

(けっこん……けっこん……結婚かぁ……)

 

 なんと十歳になったばかりの少年ユアンは、冒険者登録をする前にギルドの受付嬢……エリーデルに、結婚を申し込んだのだ。

 

 アルニラムに来た頃、ボロボロに弱っていた彼を保護したエリーデル。

 幼いユアンが彼女に憧れを抱き、小さな恋心を育てていたのは傍目にも明らかだった。

 そのため冒険者ギルドの職員一同や古参冒険者は、可愛らしい恋の行方を温かく見守っていたのだが……。

 

 あそこまで思い切りよく、告白どころか求婚までするとは思わなかった。若さってすごい。

 マリウスにしても「いずれはこの子達が結ばれるといいなぁ」などと、ほんのり親心で見ていた。

 が、冒険が始まる前にまさかの急展開である。

 

(しかも、エリーデルちゃんがそれを受けるとは)

 

 予想外だったのは、ユアンに求婚されたエリーデルの反応だった。

 

 あまりにあっさりと「いいですよ」と了承したので、その場にいた者の半数は「可愛い弟分の気持ちを無下にできなかっただけだろう」と……本気ではないと受け取った。

 しかし。

 

 

 エリーデルは、おそらく本気である。

 

 

 本気なだけに、「魔王を倒して勇者になったら」という、ユアンが提示した条件も本気で受け取っているだろう。

 ゆえに、妥協は一切無い。

 ユアンが本当にその条件を達成できるまで、情にほだされて実際に結婚する事はあり得ない。

 あの子はそういう子である。

 

 口に出したら有言実行であることは、たった五年で受付嬢としてのプロ資格を"全て"取得した行動力が証明していた。

 

「ユアンくん、色々な意味で大変だよなぁ……これから……」

 

 今でこそ人生薔薇色一色だろう。憧れのお姉さんが婚約者になったのだから。

 が、この先は薔薇色は薔薇色でも花ではなく蔓の方……茨の道だ。

 

 更にいえばその道には無視できない障害物が存在する。

 マリウスの筋肉痛の原因だ。

 

 

『馬ァ鹿め!! お前ごときに魔王さ……その条件が達成出るものか! エリーデルさんの慈悲深さ故のことわり文句であることもわからないのかね!?』

 

 

 この大っ変、……大人げない台詞を恥ずかしげもなく言い放ったのは、非常に、恥ずかしい事ながら。……アルニラムにおいて最高クラスの実力を誇る、冒険者であり魔法使いである。

 

 ユアンがエリーデルに求婚した途端に掴みかかろうとしていたので、反射的に止めに入ったら、その強靭な肉体の圧で振り払われそうだった。

 

 瞬時に肉体を強化する祝福(スキル)を使用した自分の判断は、なかなかのものだったと思う。

 普通の人間相手ならばよくて骨折、下手をしたら四肢をもいでしまうほどの力を使ってしまったのに、それでもあの男は抑えるのが精いっぱいだったのだから。過剰どころか適切な判断だった。

 しかもマリウスには筋肉痛、というおまけつきである。

 

 ギルドマスターをも務める戦士職のマリウス相手にこれだ。

 本当に魔法使いか? と、疑いたくもなろうというものだ。

 

 

 ……その男、魔法使いフォルシスを冒険者にスカウトしたことを、マリウスは現在とても後悔している。

 

 

 冒険者ギルドの「経験値蓄積機構(レベルアップシステム)」を使わないままに、あそこまでの使い手へと至った化け物もとい優秀な魔法使いであるフォルシス。彼は野に置いておくにはもったいなさすぎる人材だ。

 だがそれ以上に娘のように可愛がっているエリーデルに妙に執着するわ、肝心の冒険者としての仕事はしてくれないわ……と。

 

 完全に持て余しているのが現状である。

 

 唯一いい所といえば、ユアンに魔法の手ほどきをしてくれているところだろうか。

 それ以外は全て謎の男だ。

 幾度か素性を調べようとさぐりを入れてみたが、どれも空振りに終わっている。

 

 それが恋路の障害として立ちはだかるのだから、ユアンが不憫で仕方がない。

 エリーデルに至っては、本人が軽くあしらっているようなのであまり心配はしていないのだが。

 

 

 

 

 

(今日もシュラク様に色々言われるんだろうなぁ……。あーあ。やだやだ。馬鹿みたいに便利なはずなのに、今ばかりは迷宮宝物(アーティファクト)が嫌になるねぇ……)

 

 神の奇跡が具現化したものとも、古代魔法文明の遺産であるとも言われている、現代の魔導技術では再現不可能な宝物。

 それらは主に迷宮より持ち帰られるため、迷宮宝物(アーティファクト)と呼ばれている。

 以前マリウスが所持していた空間の時間を停止させる宝物も、そのひとつだ。

 

 そしてこのギルド深部にはギルドマスターのみが使用を許可されている迷宮宝物のひとつ、魔導通信鏡(まどうつうしんきょう)が設置されている。

 

 マリウスはまるで貴婦人の鏡台のように優美な装飾がされた鏡の前に座ると、ため息とともに発動の文言を唱えた。

 

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはなぁに?」

『秩序であります』

 

 鏡が無機質な音で答える。

 

 この発動文句どうにかならんかなぁと思いつつ、マリウスはやや背筋を伸ばして鏡を見た。

 鏡面に光の波紋が広がったかと思うと、くたびれた中年男性の像が消え……荘厳な広間を映し出す。

 広間はぐるりと楕円の鏡たちに囲まれており、そこには自分と同じく「ギルドマスター」である者達の顔が映し出されていた。

 

 その中心に置かれた豪奢な椅子に座すのは、銀糸と金糸で無数の魔法文字が刺繍された法衣を身に着けた、白髪の子供。

 女児とも男児とも見える中性的な容姿は、どこか浮世離れしていた。

 その銀色の瞳が……マリウスを捉える。

 

 

 

「遅い! マリウス、減給」

 

 

 

 その幻想的な見た目から発せられたのは、無慈悲な一喝であった。

 

「一分も遅れてませんよ!?」

「馬鹿者が。時間前行動が当たり前なのだから、定刻を過ぎておれば何秒であろうが何分であろうが遅刻じゃ」

 

 ぎゅっと眉根を寄せて睨まれれば、マリウスは肩をすぼめて「はい……」と返事するほかない。

 初めて会った時からまったく変わらない見た目の子供……否、子供のような見た目をした尖り耳の老人が、マリウスはとにかく苦手であった。

 

 

 

 

 神人(かむびと)シュラク。

 世界全ての冒険者ギルドの頂点に立つ、ロードマスターである。

 

 

 

 

「ああ、やだねぇ……この酔いどれは。ところであんたん所の魔法使いは仕事したかい?」

「ええと、あはは……。はい、一応」

 

 この場合における魔法使いとは、ただ一人の事を指し示す。

 マリウスは曖昧な笑みと共に頷いたが、それを鋭い視線が射貫いた。

 

「内容は」

「ぼ、冒険者証継続保持のための依頼はなんとか……って感じ、ですかねぇ」

「最低限じゃないか。もう一段階減給」

「そんなぁ!?」

「そんなぁ、じゃないよ! "ロード級"魔法使いを遊ばせてる時点でギルドマスター失格なんだから当り前さね!」

 

 ぴしゃりと叱られてしまい、鏡越しだというのに肩がすくむ。

 

 冒険者は二年ごとに冒険者証の更新が行われ、更新の際にひとつも依頼をこなしていないと冒険者証が剥奪され冒険者登録も抹消されるのだ。

 件の魔法使いフォルシスは更新ごとにマリウスが説得して依頼をさせているのだが、これが一苦労である。

 どうもあの魔法使いはエリーデル以外の者を全員見下しているようなところがあり、それはギルドマスターであるマリウスとて例外ではない。

 

(やっぱりスカウト、早まったかなぁ……)

「だいたいあんたはねぇ……」

 

 嘆息し、諦念の中でマリウスは粛々と上司からの小言を受け続けるのだった。

 

 

 

 それから、三十分後。

 

 

 

「はぁ……。ま、あんたにだけ構っていても時間がもったいないね。さっさと始めようか」

 

 それならもう少し早く切り上げてほしい。だがそれを口に出すと何倍にもなって返ってくるので、マリウスはぐったりとしながらも愛想笑いで場を濁した。

 

 シュラクがマリウスから視線を外し他の魔導通信鏡を見回す中……マリウスに同情の視線がいくつか集まる。

 このギルドマスター達による定例会議は月に一度行われているのだが、そのたびにマリウスはシュラクから小言をもらっているのだ。

 

 同情だけでなく助けてほしい、と思いつつ、マリウスは思考を切り替えてこの貴重な情報交換の場に耳を傾ける。

 

 遠く離れた地域とのやりとりを、馬車や船で何週間や何カ月もかけて手紙で届けるのでなく、一瞬で行うことが出来る。

 魔導通信鏡全体への魔力供給と発動権限はシュラクのみが握っているため自由にやりとりができるわけではないが、それでもこんな機会は滅多にない。

 普段しまりのないマリウスが、珍しくギルドマスターの顔になる程度には得難い時間なのだ。

 

 

 

 

 しばし、くどくどとした小言で満たされていた広間に静寂が広がり……その厳粛な空気の中、シュラクが口を開く。

 

「ここ数年で魔族の攻め方が一変したのは、みんなご存知の通りだね」

 

 その言葉に、鏡越しでギルドマスター達が頷く。

 

 攻め方の一変。

 それは単純に戦略が変わっただけでなく……「形」そのものが変化したのだ。

 

「"始まりの迷宮主"……魔族ラルギーニが迷宮を乗っ取った事に始まり、魔族は迷宮を解析し、迷宮を新たに作り出す技術を編み出した」

 

 ラルギーニの名に、マリウスはピクリと反応する。

 五年前アルニラムを襲った魔族ラルギーニ。それは当時、魔法使いフォルシスの猛攻にて倒されたものと考えられていた。

 しかし襲撃から数年後に、マリウスは思いがけない場面でその名を再び聞くこととなった。

 

 なんとこれまで魔族が無視し続けて来た神の遺産……迷宮を、魔族が乗っ取り迷宮主となったのである。

 その魔族の名が、ラルギーニ。

 白い蛾のような魔族という特徴を聞いても、それは例の魔族に違いないようだった。

 

 その事については後始末に追われてちゃんと討伐確認をしなかったマリウスも悪いので、フォルシスを責めることは出来ない。

 魔族を撃退してアルニラムを救ってくれただけで、本来は十分なのだから。

 

 まあ……その事を報告した際も、散々シュラクに小言の嵐を浴びせられたのだが。

 これが二年ほど前の出来事。

 

 

 そして、更にその一年後。

 今度はなんと……魔族は自分達で迷宮を作り始めたのである。

 

 

 

「悔しい事に我らでは迷宮を再現する事など不可能……つまり、単純な力のみならず魔導技術においても魔族は人族を上回ったということじゃ。やれ、魔王め。これまで力一辺倒であったくせに、ここにきて妙な知恵をつけおったわ」

 

 忌々しそうに顔を歪めるシュラク。

 

 それもそのはずだ。

 迷宮は存在そのものが迷宮宝物(アーティファクト)のようなものであり、その構造の解明と再現は不可能とされていた。

 それを魔族はたった一年でやってのけたのである。

 

「ここ一年……ハイクラスのパーティーに伏魔迷宮を探らせてきたわけだが、今日は既存情報と新規情報のまとめとおさらいってわけさね。小僧どもに、小娘ども。耳かっぽじって、よくお聞き」

 

 神秘的な見た目なのにどうも口が悪いんだよなぁという感想を各自抱きつつ、ギルドマスター達は深く頷いた。

 

 

 

「ひとつ。既存の迷宮と同じなのはラルギーニに乗っ取られた迷宮のみ。この迷宮については侵入はほぼ不可能じゃ。封印の術が施されておる。……そして、奴らが新たに生み出した迷宮は、"町や村そのもの"を迷宮の基礎としている。だから構造は階層状でなく平面状だね。こちらについては自分らの腹に招く気満々のようで、出入りは自由だよ」

 

 通常、迷宮は地上から入り地下へと潜っていくものだ。

 各階層は螺旋状の階段で繋がれている。

 しかし魔族たちはそれとは異なる形で迷宮を作り出した。

 

 現在は既存の迷宮と区別をつけるため、神の遺産たる迷宮は螺神迷宮(ダンジョン)、魔族の作った迷宮は伏魔迷宮(ラビリンス)と呼称されている。

 

 

「いくつか見て回らせたが、空間は拡張されているものの形はそのまんまさ。地理が分かるだけにやり易いようでいて、分かるからこそ惑わされる。迷宮の最深部にあたる部分がどこだかわかりゃしないよ」

 

 これがどうにも厄介だ。

 元の地域の地理さえ把握していればマッピングをする手間こそ省けるが、各階層で迷っても基本的に地下を目指せばいい螺神迷宮と違って、最奥部が何処だか分からないのである。

 

 

 

「ふたつ。魔族に襲われ、迷宮とされた地域の人間は全て生きている。それ自体は幸いなことだがね……」

 

 これについてはかつて魔族に家族を奪われたマリウスとしても喜ばしいことである。

 だが。

 

「悪趣味なことに、人の形を奪われている。形状については迷宮主となった魔族の好み次第のようじゃ。液体だったり固形物だったりするが……それらは迷宮に設置された宝箱から回収可能。神聖魔法による解呪で人の姿を取り戻せることは確認済みであるが、もし戻す前に欠損させたら、まあ……言わずとも分かるな」

 

 含みを持たせたその言葉に、幾人かが震えた。

 襲われた地域の人々は助けることが出来る。だがその難易度は非常に高いといえよう。

 罠や魔物がひしめく迷宮から、無傷で持ち帰らねばならないのだから。

 

「そして迷宮を完全に攻略し、迷宮主である魔族を倒せば地域そのものと住民全てが解放され伏魔迷宮は崩壊する。もともとの町や村に戻るんだ。しかしねぇ」

 

 そこでシュラクは三本の指をたてる。

 

「みっつ。迷宮主である魔族は、倒しても死亡しない。迷宮を形作る心臓部の役目を果たしているからか、迷宮内での力は本来のものよりかなり弱体化しているようだがね……完全に倒すには、迷宮の外で戦う必要がある」

 

 これが最も厄介だ。

 もし魔族を倒して地域と人を奪還できても、魔族が生きていれば再度迷宮化される可能性がある。悪辣ないたちごっこだ。

 

 これらの情報は実際にいくつか伏魔迷宮を攻略したからこそ得られたものだが……。

 対応できるからといって、楽観など出来ようはずもない。

 

 

「まったく、不気味なもんさ」

 

 

 迷宮の発現と共に直接の武力衝突はなりを潜めた。魔族との戦いで命を落とす者は減り、侵略された地域も迷宮さえ攻略すれば全てを取り戻せる。

 だが、とにかく不気味だ。

 あらゆる利益と不利益を考えた所で、どうも噛み合わないような別の意図を感じてしょうがない。

 

 ともかく、だ。

 底知れない動きを見せ始めた魔王と魔族に対し、人間側は後手に回っているのが現状なのである。

 

 シュラクは手に持った杖の柄を広間の地面に打ち付けると、ギルドマスター達を見回した。

 

「まっ、思慮深さは必要だが直接動いて未知を既知に変えてこそ冒険者さね。各所属の冒険者が少しでも新しい情報を掴んだら、まとめてこの会議で報告しておくれ。……それとだね。今後、伏魔迷宮の攻略を正式に冒険者ギルドのクエストに追加する。同時にこれまで戦いの最前線であったプラタナス大陸より、高位冒険者達を他大陸に派遣することも考えておるでな。皆の者、より一層気を引き締めてかかるがよい」

 

 シュラクの言葉を聞きながら、マリウスは昨日冒険者になったばかりの少年へ思いをはせる。

 

(ユアンくん、大変な時期に冒険者になったなぁ……)

 

 現在はおそらく長い歴史において、魔族と人間の戦いが変わる過渡期にあたる。

 マリウスは未来ある若者がどうにか生き残れるよう、祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

「あ、そうそうマリウス。あんたん所は一番平和な地域だからね。冒険者候補を育てるために"始まりの町アルニラム"として売り出すから、忙しくなるだろうがひよっこ共の面倒をよくみるんだよ」

「はい!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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