我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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20話 「我は魔王。未来の勇者(仮)が婚約者である」

 ギィっと軋む扉を開けば、我の予想通り未だ寝台の上でふくらんだ布団がすよすよと寝息を発しながら上下している。

 

「ユアン。ユアン。……朝ですよ」

「ん~……あとちょっと……」

 

 そんな情けない事を言いながら枕に突っ伏す小僧の癖毛を、思い切り引っ張ってやりたくなった。

 

 こ奴……ユアンが我に求婚などするから、昨日は昔から我らを知る冒険者達やギルド職員が盛り上がり、ちょっとした宴のような事態となってしまったのだ。

 食堂酒場の閉店ぎりぎりまで捕まっていたユアンは、現在この有様である。

 

 なんとか冒険者登録だけはさせたが、それでもクエストを紹介するまでには至らなかった。

 今日こそは我の受付に来てもらうぞ。

 二日連続で寝坊などしている場合か。これで未来の勇者など笑わせるわ!

 

「今。起きなさい。……調子に乗せられて夜更かしするからです。まさかお酒まで飲ませられていないでしょうね。今日のお寝坊はフォルシスさんを言い訳に出来ませんよ?」

「でも今日はおやすみ……」

「昨日から君は冒険者でしょう。冒険者に定期休みはありません」

「…………。…………!!」

 

 我の言葉に布団を跳ねのけ、バネ仕掛けの人形のように飛び起きた小僧の姿は実に滑稽であった。

 

「え、エリーデル!? なんで俺の部屋に……」

「別に良いでしょう? わたし達は"婚約者"なのですから」

 

 からかうように言えば、ユアンの顔が熟れたリンゴのように赤くなる。

 ませていても、初心は初心よな。昨日の大胆さは何処へ行ったのだ。

 

「それはっ! そう、なんだけど……!」

 

 ユアンが成長し別々に眠るようになってからは、勝手に部屋へ入ると怒られていた。

 だが昨日結んだ関係性を持ち出したところ、口ごもって反論してこない。

 愉快である。

 

 

 

 昨日の事だ。

 この小僧……ユアンと魔王たる我は、なんと将来を約束した婚約者となった。

 よりにもよって冒険者デビュー当日に求婚してくるのだから、度胸だけはすでになかなかのものといえよう。

 

 まあ小僧が自分から結婚の条件として提示した「魔王を倒して勇者になったら」が達成できた場合、我はこの世におらぬのだがな。

 

 こんなもの、小僧を成長させるための戯言にすぎぬ。

 嘘をついたつもりも無いが、条件が達成された場合は結果的に我がこの世にいないというだけなのだ。

 そう。だから嘘ではないのだ。ククククク。

 

 

 それにしても、よもやユアンがエリーデル()を好いておったとはな。

 最近小生意気になったと思っておったが、それも照れ隠しというやつだったのであろう。

 更にはこの魔王に結婚を申し込むなどという、我の正体を知らぬとはいえ大胆かつ愉快なことをしてくれた。

 どうしたものかと一瞬思考が止まったが……直後に我の明晰な頭脳は、是と答えをはじき出した。

 

 様々な欲を持ち複雑怪奇な心を持ち合わせるとはいえ、人間とて動物。

 最も原始的な欲求は「生存」と「繁栄」であろう。すなわち子孫を残す事だ。

 それを根幹とするであろう恋愛感情というものは、人間の欲の中でも特に強い。

 

 ……魔王()への憎しみと、エリーデル()への想い。

 負と正の欲求がかけ合わさった時、それはユアンをどう成長させるのか? ……大変興味深い。

 

 歴代の勇者どもを見る限り、人間とは気持ちに大きく左右されて成長するようだからな。

 それの振れ幅が大きければ大きいほど、ユアンは勇者に近づくであろう。

 

 つまりユアンの気持ちを受け入れることは、我にとって利益しかないのだ。

 フォルティマは主たる我が人間の小僧などを婚約者に据えるなど、思惑があるとはいえ許しがたかったようでずいぶん騒がしくしていたが……。

 多少の目に余る行動は許そう。あれも我への忠誠心ゆえであろうからな。

 

 

 それにしても、婚約者の正体が魔王であると分かった時、ユアンがどんな表情をするか今から大変楽しみである。

 ククク。いったい我にどんな甘露を味わわせてくれるのであろうなぁ……。

 我に最後の晩餐を提供してくれるのが勇者というのも、なかなか趣が深くて良いではないか。

 これは是非ともユアンには勇者として成長し、魔王()の元までたどり着いてほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

────ユアンよ。平和な顔で照れておるが、お前の目の前に居るのは魔王なのだぞ。

 

 

 

 

 

 せいぜい想い人に受け入れられたと、今だけでも幸せな気持ちを味わうがよい。

 幸福であればあるほど、それが叩き落された時の負の感情は美味となるのだからな。

 

(う~む。今の我、最高に魔王しておるかもしれん)

 

 己の悪辣ぶりに思わず悦に入っていると、ユアンは顔だけそっぽをむき横目で我に視線を送ってきた。

 フハハハハ。顔を背けようが、耳まで真っ赤であるぞ。

 

「……エリーデルは、いつもと変わらないね」

「ふむ。変わらない、とは?」

「俺はこんなにドキドキしてるのに、エリーデルは照れもしない。……本当に、俺の言った事の意味、わかってる?」

「ええ。もちろんわかっていますとも」

「……本当にぃ……?」

 

 ものすごいジト目で見てくるのだがこの婚約者。

 それが未来の花嫁へ向ける視線か?

 

 ぬぅ……。昨日我がユアンの求婚を受けたことを冗談だと思っている者が多かったようだが、まさか告白してきた本人まで我の気持ちを疑っておるとは。

 咄嗟の事だったとはいえ、あっさり受け入れすぎたのやもしれぬな。

 

 しかし、いつまでもぐだぐだしていられるのも困る。

 ここは話を切り替えるか。

 

「そんなことより、今日からはちゃんとクエストを受けるつもりなのでしょう? 昨日は結局登録だけでしたからね。おすすめをもういくつか考えているので、どんどん聞いてくださいね」

「そんなことよりって言った!? ねえ、今そんなことよりって言った!?」

(うわ面倒くさいことを言いだしおった)

 

 ここで我の演技力を発揮して恋する乙女を演出してやってもいいが、こやつともそこそこ長い付き合い。

 見抜かれる可能性があるし、そうなると余計に面倒くさそうだ。

 となると、嘘はつかぬ方がよいだろうな。

 

 ……だとすれば。

 

「ねえ、エリーで……えぅッ!?」

 

 何か言いかけたユアンを突き飛ばし、顔の横の壁にドンッと手をつく。

 まだ我より背の低いユアンにそれをすると半ば覆いかぶさる様な形になるため、なかなかの威圧感となるだろう。

 こういう時は勢いで押し切った方が良いのだ。ユアン自身も押しに弱い性格であるしな。

 ククク。付き合いが長いという事は、我とてユアンの事を良く知っている……ということなのだ。

  

「わたしは君の求婚を受け入れました。つまり、この話にはすでに結論が出ているわけです。なので今優先すべきは、ユアンがこれから冒険者になって、魔王を倒し、勇者になるためなにをするか。……そのためのクエストの方が、優先度が高いと思いませんか? 。なので、先ほどのお話については、"そんなこと"、なのです。いいですか?」

「そ、それは……」

 

 まだ納得がいっていないようだな。

 ならばもう一押ししておくか。

 

「そんなにわたしを疑わしく思うのなら、もっと自分に自信をつけることですね。自分がわたしの恋人にふさわしくないと思うから、不安になるのです。これはユアンの問題ですよ」

「!!」

 

 これは効いたようで、ユアンが口をつぐんだ。

 よし! 先輩たちとの雑談ですいぶんと学んだからな! 我に口で勝てると思うなよ小僧!

 

 まあ、我は現在モテにモテているモテ期な美少女受付嬢であるからして?

 そんな我の婚約者ともなれば、今の小僧は明らかに不釣り合い。不安に思うのも分かろうというものよ。

 ……しかしこれで意気消沈して、逆にやる気をそいでしまったら元も子もないな。

 やれやれ、仕方のない勇者の卵だ。

 

「……そうですね。もしわたしが君を受け入れたことに理由が欲しいなら……。ユアンの料理なら一生食べていてもいいな、と思ったからでしょうか」

「俺の……料理?」

「ええ。わたしの好みを考えて作ってくれる、ユアンの料理が一番おいしいですから。……料理長には内緒ですよ?」

 

 これは紛れもなく我の本音である。

 何事も真実を交えた方が、説得力は増すのでな。

 こ奴の料理は年々磨きがかかっている上に、ユアンはそれを日々我の好みに調整していった。これは非常に得難きものだ。

 

 もし勇者になれないならば、我の為だけに料理を作り続ける人材として側に置いてやっても良い。

 その場合はもちろん結婚の話は無しだがな。

 

 

「……作ってくれますか?」

 

 視線で圧をかけながらそう問えば、ユアンは相変わらず真っ赤な顔で叫ぶように答えた。

 

「~~~~~~! いくらでも作るよ! それこそ、一生分! ……もうっ! エリーデルのそういうとこズルい!」

「は? ズルい? なにを言っているのですか。人がこうして素直に……」

 

 この魔王たる我がやる気を出してやろうと、わざわざ言葉を選んでやったというのになんだその言い草は。

 やはりこやつ、生意気になりおったわ。

 

「素直だから質が悪いの! ごめんね! 疑って!」

 

 怒りながら謝るという器用な事をしおる。こ奴、情緒大丈夫か?

 勇者たるもの泰然自若とだな……いや、まだユアンは勇者ではないが。

 それでも勇者を目指す者として、もう少しどっしりと構えられるようになってほしいものだ。

 

 ……ふむ。

 せっかくだ。「恋人が出来たらやってみて」と先輩に教わった小技でも試してみるか。

 些末なことで動揺しないようにという、我からの試練だ。

 

「……では、受付で待っていますよ? 勇者の卵さん」

 

 そう言いながら人差し指を唇につけ、その指で完全に油断しているユアンの唇にふれた。

 

「!!!!」

「今度は食堂の手伝いはせず、まっすぐ来てくださいね?」

 

 言葉を失って口をパクパクさせているユアンを残し、我はギルドに出勤をするべく小僧の部屋を後にした。

 

 直接口付けたわけでもあるまいに、あの情けない動揺っぷり。……ませているくせに軟弱な。

 

 我ら魔族の中には奸計を得意とする者もいる。あの様子では簡単に引っかかり、つまらぬ最期を迎えそうだ。

 

 

 

 ……仕方がない。

 また先輩に色々と教えてもらい、定期的に我が直々に鍛えてやるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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