我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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23話 魔王迷宮

 かつてアルニラムを襲った魔族を、たった一人で圧倒した魔法の師。

 あとからもう一人の師であるギルドマスターに話を聞けば、彼は世界屈指と言っても過言ではない実力なのだそうだ。

 ……それこそ、これまで世界を救ってきた勇者の仲間である賢人にも引けをとらないような。

 

 伝え聞くに魔王の側近には魔法を意のままに操る、時に第二の魔王とも称される恐ろしい魔族がいるらしい。

 その魔族や魔王の魔法に勇者が対抗できたのは、勇者本人のみの力にあらず。その影には必ず仲間の魔法使いの力があったとか。

 

 ……現代に勇者が現れた場合、師フォルシスはその仲間として選ばれてもおかしくない力の持ち主なのだろう。

 

 

 

 そんな人がなぜ、有りもしない魔法の才能を自分に見出し弟子になどしたのか。

 ユアンには未だわからない。

 

 

 

 フォルシスは実力は高いが人間性は尊敬できず、自分のことを嫌っていることがありありと伝わってくる。そのためわずかな修行の時間を共に過ごすのも居心地が悪かった。

 それが今回はパーティーを組んでの遠出である。

 手配してくれたエリーデルには悪いが、気まずいなんてものではない。

 

 道中でも会話らしい会話など無く、声をかけられるとすれば魔物との戦闘で手厳しいダメ出しが入るくらいだ。

 

 そんな師、フォルシスと目的地であるラケルタに到着してから……間も無くだった。

 

 

 

 ラケルタが迷宮に呑まれたのは。

 

 

 伏魔迷宮(ラビリンス)という、冒険者ギルドが新たに名称を定めた魔族の作り出した迷宮。

 それが町や村を元にして作り出されることは、冒険者ギルドで最新の情報として共有されていたので存在は知っていた。

 しかしアルニラム周辺はつい最近冒険者ギルド本部に冒険者の卵を育む「はじまりの町」と認定される程度には平和で、件の迷宮も近くには無かった。

 

 伏魔迷宮は攻略すれば、侵略された町や村の人々を助けることができるらしい。

 それを聞いていずれ必ず挑むつもりでいたが、既存の迷宮と区別をつけるための正式名称が決められたのすら最近。

 はっきりと意識するには、まだその存在は遠いものだった。

 

 だからこそ、まさか町が迷宮化する瞬間を……その中で体験することになるなど、思いもしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 初めにガシャンっと、ガラスが壊れるような音がした。

 同時に視界の中で景色が砕け、一瞬の暗転。

 その後でこれまで目に映るものを構成していた色彩が全て、洪水のように押し寄せてくる。

 最後にそれらは質量を得て、パズルのように組み上げられていった。

 

 後に出来た光景はラケルタの面影を残しながらも、人が住むことに違和感しか抱けない、異質な空間である。

 

 

 

 これがユアンの目にした、土地の迷宮化であった。

 

 

 

 困惑する間も無く行われた侵食。

 それは町の形を歪に変質させ、空は牙のように尖鋭な岩が並ぶ天井に蓋をされている。

 まるで大きな魔物の口に放り込まれたようだと、ユアンは寒気を覚えた。

 

 次いであたりに響き渡ったのは、町の人々の悲鳴だ。

 見ればどこから現れたのか知れない巨大なスライムに、住民たちは体を取り込まれている。

 

「な!?」

 

 困惑が勝りながらも、急いでスライムを切り裂き阻止しようとする。が、その数は異常なほど。

 自分と同じく対応しようとしている、おそらく冒険者や自警団なども見受けられるが……とても対応しきれていない。

 

 普通ならばこれほど大きなスライムの個体は群の主。

 一度に相手にするにしても、ただの野良なら限度があるというのに……それが今は町の住民と同じくらいの数が出現している。

 

 切り裂いた際の質感も違う。

 

 スライムといえばこの辺りに生息する種類はだいたい弱く、初心者冒険者の練習台になる程度の強さだ。

 剣で切り裂く際も水分の多い野菜を切るようにさくっと刃が沈み、容易に討伐できるのだが……。

 

「ぎっ!! おっ……もいなぁ、コイツ!!」

 

 このスライムはねっとりとした粘り気と、ぎっしりと身の詰まった密度の高さ併せ持っている。

 それらに剣を沈め切り裂くために振り切ることを繰り返すと、予想以上に体力を奪われた。

 身を守りながら一人を助ける間に、五人は飲み込まれていく。

 その歯がゆさと状況そのものがもたらす異常さに、ユアンの心に焦燥が募った。

 

 

「なんなんだよ、いったい……! 師匠! 見てないであんたも何かしたらどうなんです!?」

「無駄だ」

 

 自分がこれだけ必死に戦っているというのに、自分より遥かに強い力を持つ師匠は壁に背を預けて優雅に周囲を眺めている。

 さらには無駄とまで言われ、ユアンの頭に血が上った。

 

「何が無駄なんですか!! このままだとみんな飲み込まれて……!」

「お前は本当に愚かだな。相手の性質を理解する事もせず無闇に剣を振るうなど」

「性質……!?」

「これは普通の魔物ではないのだよ。迷宮の魔法式だ」

 

 面倒くさそうに述べた師の言葉に息を呑む。

 

「魔物では……ない……? それに、迷宮って!! 師匠、今起こっている事が何か分かるんですか!?」

「…………。アア、モチロンダ。至高の魔法使いたるこの俺に分からぬことなどないとも」

 

 やや棒読みだったことが気になったが、本人が言うように彼は高い実力を有する魔法使いだ。

 自分とは見えているものが違うのだろうと、ユアンは納得した。

 

「現在このラケルタは魔族に迷宮化されている。この様子だと、もとから住民だった者は町の一部と見做されて逃れられないだろう。助けるだけ無駄だ」

「そんな! でも……!」

「助けるだけの余裕が、貴様にあるのかね? すでに息切れしているようだが」

 

 はんっと鼻で笑われたことに屈辱を覚えるが、フォルシスが言う事も事実である。

 言い返すことが出来ず、口からは言葉にならなかった空気が吐きだされた。

 

「どうせ死にはしない。宝箱に収まるだけなのだから、放っておきたまえ」

「…………」

 

 分かっている。ここが話に聞く魔族の作り出す迷宮ならば、侵略された土地の人間は生きたまま迷宮の宝として配置されるだろう。

 

(けど、それは本当に……!? 本当にみんな、無事なのか!?)

 

 全ての迷宮がそうであるという保証は、何処にあるというのか。

 もし自分が今助けなければ、捕らわれて人々はスライムの中で窒息死するのではないか。

 

 いくら実力のある師と調査を行ったギルドの情報とはいえ、実際に目にしている光景を前に、ユアンはどうしても信じることが出来なかった。

 

 

 脳裏をよぎるのは、戦う事の出来なかった過去の自分と、滅びゆく故郷の光景。

 

 

「……嫌だ! 放っておくなんて、出来ない!!」

「チッ。物わかりの悪いガキだ」

 

 なおも剣を振るうユアンに舌打ちするフォルシスだったが、ふいに目を見開く。

 

「……かしこまりました」

「?」

 

 フォルシスは何やら小さな声でつぶやくと、不機嫌な顔から打って変わってニンマリとした笑みを作った。

 それはフォルシスが幾度となくユアンに無理難題を押し付けた時の笑みと酷似しており、思わず身構える。

 

「そうか、そうか。そんなに町の者を助けたいか? ならば良い事を提案してやろう」

 

 嫌な予感しかしないが、このままではきりがない事も理解はしている。

 ユアンはしばしの逡巡の後……嫌々ながら、頷いた。

 

 

 

「まどろっこしく対処に当たるくらいなら、元凶を倒せばよいのだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮の元凶。

 それすなわち、迷宮の心臓部の役割を果たしている迷宮主たる魔族の事だ。

 

 魔族を倒せば迷宮は崩壊し、捕らわれた人々を助けることが出来る。

 

 本当にスライムに取り込まれた人たちは生きているのか。

 その心配を前に場を離れ難く感じていたユアンだったが、そうこうしている間に奮闘も空しく……全ての住民はスライムに取り込まれ、更にそれらは地面に溶けるようにして消えてしまった。

 よって住民を助けたいユアンとしては、師の提案に乗らざるを得ない。

 

 ユアンと同じくスライムと戦っていた冒険者や自警団も、「迷宮主を倒す」目的の者と「この場を離れて立て直しを図る」者に別れたようだった。

 前者は少数派であったが、この突然の状況の中で自分達と目的を同じくする人間が居るのは心強い。

 

 しかし……師と共に迷宮を進むうちに、その数は段々と減っていった。

 

 引き返したのか、迷ったのか。……考えたくは無いが、迷宮に徘徊する魔物や仕掛けられた罠によって倒れてしまったのか。

 

 定かではない中、ユアンは迷いなく進んでいくフォルシスについていくだけで精いっぱいだった。

 

 まるで道が分かっているかのように進むフォルシスに若干の違和感を覚えたユアンだったが、魔物や罠への対応で問うほどの余裕もない。

 正面からそれらを蹴散らしていくフォルシスのおかげで数こそ減っているが、それでも冒険者になりたてのユアンが進むには厳しい迷宮だった。

 

 だがその分、先ほどのスライムとの戦闘も含めて、レベルがあり得ない早さで上昇している。

 冒険者証は腕に刻まれた紋様に収納されているためすぐに確認できないが、それを通して自身の体に"経験値"が流れ込んできているのがハッキリと自覚できた。

 

 …………その急激なレベルアップがもたらす高揚感と、実力だけは信頼している師の存在がユアンを錯覚させた。

 

 

 

 大丈夫。

 この迷宮を作った魔族は今日の内に倒されて、ここはもとの町に戻るのだ……と。そう考えてしまった。

 

 それが非常に甘い楽観視であったと、すぐに思い知らされるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、暴虐の化身であった。

 

 

 

「う……あ……っ」

 

 視界にその全てを収める事すらままならない、山のような巨体。

 フォルシスの体をゴミのように弾いて壁にめり込ませたものが、たった二本の指であると知って体の底が冷たくなった。

 

「カハッ」

「し、ししょ……ッ」

 

 かろうじて師に駆け寄るために動いた体も、フォルシスの体から噴水のようにあふれ出した血を頭から浴びて固まった。

 

『待ッ、過剰演出が過ぎ……っ。ゴホン。いや、まあ良い……』

 

 ぞろりと鋭い牙が並ぶ顎が開き、何事か音が漏れ出る。

 が、巨大な音過ぎてユアンの耳には声ではなく恐ろしい咆哮のように轟いた。

 耳がキィンっと痛む。

 

 すくんで動けなくなった体で、ひとつひとつの部位を把握することで見えて来た相手の姿。

 獅子の顔に山羊の角、筋繊維がむき出しとなった異形の四本腕に、昆虫のような装甲に覆われた蛇のような下半身、鳥類を思わせる六枚の翼。

 

 自分の村を滅ぼした魔族とも、アルニラムを襲った魔族ラルギーニとも違う。

 これに比べれば奴らなど、まるで赤子のようにすら思えた。

 

(これも……魔族、なのか……?)

 

 恐ろしさを通り越し現実味が湧かない中、突如としてユアンの体を衝撃が襲った。

 地面を跳ねるようにして転げて、なにかにぶつかってからようやく停止する。

 どこの部位で攻撃されたのかすら把握できないままに、打撲と裂傷が体に刻まれていた。

 腕も嫌な方に曲がっている。

 

「あ、ああああああああああああああ!!!!?」

 

 声を出す元気が残っていたのは幸いかもしれないなと、痛みに叫ぶ自分とは別の、どこか冷静な思考が俯瞰する。

 けど、それだけだ。

 ……反撃の目途など、立てられるはずもない。

 

 これだけ強大な存在が居ながらも、この空間はひどく静かだ。

 自分の浅い呼吸が、やけに大きく感じる。

 

(ああ……ここまで、なのかな……)

 

 じわじわと諦念が心を侵食してくる。

 

 五年間、自分では頑張った方だと思う。

 しかしそれは主観でしかなく、自分など今より子供だったあのころと何も変わっていなかったのかもしれない。

 

 ……そう静かに絶望して、瞼を閉じようとした時だった。

 

 きらりと、視界の中で何かが光る。

 それは冒険者になった日に、想い人がくれた魔除け(アミュレット)

 彼女の瞳の色に似た結晶が、ユアンの心を揺さぶり火を灯した。

 

(エリーデル……)

 

 ずっと好きだった。

 ずっと憧れていた。

 

 そんな人がユアンの気持ちを受け入れてくれて、ユアンが本当に勇者になれると信じてくれている。

 

 ……だというのに、何故自分は「無理だ」と、諦めようとした?

 

「くっ……っそォォォォォォッ!!」

 

 痛む体を無理やり動かすためにあげた声は実に無様で、しかし腹の底には熱いものが滾っている。

 どんなに無謀でも、この体が動かなくなって意識がなくなるまで諦めない。

 そう、今決めた。

 

「でぁぁぁぁぁあああああッ!!」

 

 いつもの数十倍重く感じる片手剣を、折れた利き腕とは逆側で振りかぶる。

 この恐ろしい魔族にはユアンの剣など針のようなものだろう。

 それでも針は、刺されればチクリと痛いのだ。何もできないままに倒れるより、よほどましである。

 

 ……その時、ユアンの剣がわずかに赤銅色の輝きを帯びた。

 

 

 

 

 しかしその刃が魔族へとどく前に、ユアンの頭の中に厳めしい"声"が響き渡る。

 

 

 

 

【人間の幼子よ……この魔王に刃を向けるとは、その意気やよし。我直々に褒めて遣わそう】

「!?」

 

 魔族の口から轟いていた音とは違う、はっきり言葉として認識できるそれ。

 師に聞いたことがある。口を開かなくても相手に意志を伝えられる、念話というものがあると。

 

(いやそれより……"魔王"!?)

 

 確かにこの魔族は今、自らを"魔王"であると名乗った。

 

 見上げてみれば、確かにその威容は魔王であることに説得力がある。

 しかしそれでも困惑が勝るのは、極北の地に座すという魔王が、迷宮化されたとはいえ、こんな初心者冒険者であるユアンが訪れるような場所に居るからだ。

 歴代の勇者は苦難の旅路を経て、魔王城へたどり着いたと記録に残っている。

 ……それが何故?

 

【ククククク……。驚いているようだな。良かろう、我に歯向かったその勇気を認め、我自ら教えてくれようぞ】

 

 ユアンが困惑して動きを止めていると、なにやら問いかけもしていないのに勝手に魔王(仮)が話し出した。

 

【我が築いたこのラケルタの迷宮は、最奥のみ我の居城へと繋がっておる。……周りを見るがよい】

 

 言われるがままにこれまで見回す余裕のなかった周囲に目を向ければ、そこは確かにこれまで進んできた迷宮とは雰囲気が異なる。

 

 暗く湿った石造りの巨大な広間。

 やたらと上等そうな赤い敷布が長くひかれており、左右は無造作に置かれた宝や、人間なのか魔物なのかも分からない躯で満たされていた。

 窓の外では雷が幾度も閃いており、雷鳴が耳を突く。

 

 

 

 ゴクリと、生唾を飲み込む。

 

 

 

(ここが……魔王城?)

 

 目の前の相手が本当に魔王であるならば、それは事実なのだろう。

 ……魔王を倒すために、いつかは仲間を見つけて挑むはずだった。しかしそれは未熟な今ではない。

 もっと鍛えて、勇者に相応しい実力を身に着けてからだと考えていたのに。

 

 現実とは何故こうも理不尽なのだろうか。

 

(……いや。世界が理不尽なことなんて、分かり切っていたじゃないか)

 

 

 

 それこそ家族と故郷を失った、あの日から。

 

 

 

「……!」

『あ……なにやら決意を固めた顔をしておる……。いやこれ以上はさすがに死んでしまうのだが……』

 

 わんわんと耳に響く、聞き取れない魔王の声音に体がぐらつきそうになるが足を踏ん張って持ちこたえた。

 すると今度は念話が飛んでくる。

 

【……ククククク。まあ、そう急くでない。……さて、この迷宮であるが迷宮主は魔王たる我である。人間の間でもすでに周知の事であると思うが、我ら魔族は新たに迷宮を作り出す魔法式を生み出した。その術を我が愛しい眷属に下賜するだけもつまらぬと、こうして我自らも迷宮を生み出した、というわけだ。矮小な身で我に楯突く人間の事を我なりに気に入っておる。ゆえに、より多くの人間に我へ挑む権利をやるべく、我へ直通の便利な道を用意してやったのだ。フハハハハハハ! 存分に我が迷宮を楽しんでもらいたいものよ。……ああ、引き返せばもとの迷宮へ戻ることが可能だぞ? 戻れれば、であるが】

「………………」

 

 話など通じなさそうな見た目をしているくせに、どうも魔王とは存外話し好きのようだ。

 

(聞いてもいないのに勝手にべらべら喋ってくる……)

 

 依然として危機的な状況は変わらないが、一方的に話されていることで先ほどよりは思考する余裕が出てくる。

 

 ……そして湧いてきたのは、意外にも恐怖でなく怒りだった。

 意気揚々と思念でこの迷宮について語る魔王。

 その力と容貌を恐ろしく思う気持ちは変わらないが、ユアンが抱いた怒りはそれを容易に上回る。

 

(楽しむ……だって? 馬鹿にしているのか!!)

 

 魔王にとって人間の領域を侵略する行為は、遊びに過ぎないのだと言われた気がした。

 自分の故郷を含め、これまで魔族のせいでどれほどの人間が苦しんだと思っている。

 この迷宮の素材となったラケルタの人々も、どんな気持ちで迷宮に取り込まれていったと……!

 

 

 憤りを募らせるユアンであったが、残念ながら現状の打開策は思いつかない。

 

 そんな中。視界の隅で、自分以外に動く者を見つけた。

 

「!!」

 

 考えるよりもまず、体が動いた。駆け寄り、その体を支える。

 

「師匠!!」

「フン……クソはつけないのか? クソガキ」

「じゃあお望み通り言ってやりますよクソ師匠!! ……そんな口が利けるって事は、思ったより元気そうですね」

「いや、流石は魔王さ……魔王だ。この俺が手も足も出ず虫けらに等しい。一撃もらえたことすら光栄に思えるぞ。まあ魔族が神とも崇める王であるから当然なのだがなんと素晴らしい完璧なる姿と力なのかまさに至高」

「頭打ってるんですね?」

 

 どこか恍惚とした表情でベラベラと魔王を称えるような言葉を並べるフォルシスに、ユアンはこれは頼れないと見切りをつけた。

 そしてぎゅっとエリーデルにもらったアミュレットを握ると……意を決してフォルシスの巨体の下に体を滑り込ませ、持ち上げる。

 

「!? 貴様、なにをす……」

「放って逃げるわけにもいかないでしょう! 大人しく背負われててください!!」

 

 片腕が折れている上に全身傷だらけで、自分の何倍かの大きさであるフォルシスを背負うのは苦だ。

 しかし自分がこうして逃げなければ、正気を失っているらしい師はここで死んでしまうだろう。

 

 

 

 ……嫌いな人物ではあるが、見捨てて逃げるほどユアンの情は薄くなかった。

 

 

 

【ほう。我から逃げられるとでも?】

 

 魔王の問いかけに言葉が詰まる。それでもユアンは魔王に背を向け、魔王城から迷宮に繋がる道へ駆け出した。

 

 魔王が言うように、逃げられないかもしれない。

 それくらいだったらさっきの勢いで切りかかり、ほんの少しでも一矢報いた方が後悔なく死ねたかもしれない。

 

 だとしても、"生き延びる"道を選ぶなら、わずかな可能性にかけて逃げるのみだ。

 

 この怒りを育てて強くなり、いずれここへ戻ってくるために。

 

「ふん……。最初から最後まで愚かだったな、貴様は」

「なんと……でも、言ってっ、ください! というか、最後って、なんですか! 俺はここで死ぬ気は、ありません、よ!!」

 

 息切れしつつも言葉を返すのは、この勢いを途切れさせないためだ。

 少しでも気を抜けば、きっと膝から崩れ落ちて動けなくなってしまう。

 

「最後は最後だ。これで貴様とは二度と会う事は無いだろうからな、クソガキ」

「なにを言って……。!? えっ」

 

 突如としてユアンの体が、燃え盛る炎のように輝きだす。

 それが師の魔法であることは、これまで彼の魔法を身近で見て指導されてきたユアンには理解できた。

 ただそれが、どういったものかまで分からない。……初めて見る魔法だ。

 

「せいぜい無様に惨めにあがくがいいさ。ではな、ユアン」

 

 清々したとばかりの笑顔で、血まみれの師匠は魔法を完成させる。

 

 

 

 

 

 

「二十節跳略、異空跳躍(ディメンションゲート)

 

 

 

 

 

 

 赤い光に視界を焼かれ思わず目を瞑る。

 そして次にユアンが目を開くと、そこは迷宮と化したラケルタを望む丘の上だった。

 

 ……自分の他に、人影は見当たらない。

 

 

 

 

「はじめて名前呼ぶのがこんな時って……笑えないですよ」

 

 

 

 

 その後しばらく、丘の上に慟哭が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

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