ラケルタで我の魔王迷宮に訪れたあの日から、ユアンはこれまで以上に勇者へ至るための決意を固めたようだった。
それ自体は我の目論見通りであり、大変喜ばしいことなのだが……。
「ユアン、今日は一緒に食事でもどうですか?」
「ごめん。今は一つでも多くのクエストを受けたいんだ。紹介頼める?」
「…………。わかりました」
ストイックになりすぎて、我の誘いを断る始末とはどういうことだ。
我は婚約者ぞ? お前は我が好きなのだろう。なれば我が共に過ごそうと提案したならば、喜んでそれを受けるべきではないか? そして我のための供物を料理するのも当然のことであろう。
だというのに我はここ数か月、まともに小僧の作る料理を食しておらぬ。
遺憾である。
おのれ……この魔王の心に一抹の曇りを与えるなどと、生意気な。
それがどれほどの偉業であるかも分からぬであろうが、せいぜいその料理の腕を誇るがよいわ。……フンっ。
そんな小僧にクエストを紹介して見送った後。休憩をとっていると、今日も何処か疲れた様子のギルドマスターが声をかけて来た。
酒精が抜けている様子はなさそうだが、それでも酔いよりも疲労の方が目立って見える。
先輩が育児のため休暇に入ってからしばらくはのびのびとサボっていたが、今は自主的に仕事せざるを得ない状況らしい。
それでも自分の忙しさより、気に掛けるのはもう一人の師を失った弟子の事のようだ。
「ユアンくん、相変わらず根を詰めているねぇ……。……やっぱりエリーデルちゃんの説得でも、パーティーを組む気はなさそうかい?」
「ええ。頑固です」
「そっか……。フォルシスくんのことがあったとはいえ、流石に心配だよ」
そう。ユアンは現在、パーティーを組まずに単独での活動をしている。
低ランクの内はパーティーを組むことがほぼ義務であると説明したはずだが、どうもフォルティマ……フォルシスを失ってからというもの、仲間をもつことが怖くなったようだ。
自分に仲間を守れるだけの力が無いうちは、パーティーなど組めないとでも考えているのであろうか。
馬鹿者め。
一人の突出した力を持つ者が仲間を守りながら戦うのがパーティーか? 否。互いの欠点を補い合い、力を高めるのがパーティーだ。
歴代の勇者とて、一人で我に挑んでくる者はほとんどおらなんだぞ。……いや、極々まれに馬鹿みたいな強さを一人で有しておる馬鹿みたいな勇者もおったが……。まあユアンがそ奴らのようになれるかといえば、その可能性は限りなく低い。
と、ともあれだ。それぞれ違う力を持った者達が組むからこそ、厄介なのだ。
勇者を目指すなら仲間もまた必須アイテムみたいなものであると、この魔王が断言しよう。特にユアンのような、元々の才が凡人である者にとってはな。
ユアンよ。お前が今するべきは単独で己を鍛える事だけではなく、真に勇者と成った時に連携をとれる仲間を探す事だ。
……そこまで考えておいてなんだが、これは魔王たる我が心配する内容ではなくないか?
いや、我は勇者育成ゲームのプレイヤーなのだ。育成する勇者のアイテムを気にかけることはなんらおかしい事ではない。
(ふむ。下手にレベルを上げてやったのが裏目に出たか……)
現在ユアンのソロ活動が成り立っているのは、それが"出来てしまう"からだ。
我の迷宮にて大量の経験値をその身に取り込ませた結果、これまで磨いてきた技術に体が追い付きユアンは短期間で見違えるように強くなった。
現在のクラスは未だ
レベルは二十二に達しており、冒険者としての実績をあと少し積めば
その成長こそは望ましい。我の喉元に剣を突きつける勇者への道を着実に歩んでおる。
……だが、いかんせん
強くなったとはいえ、歴代勇者にはまだかすりもしない実力。このまま成長しても、せいぜいが「中堅実力者」止まりであろう。
だからこそ、その不足を補う
まあ、最初からそんな運命の仲間と出会う事も稀であろう。
ともかくまずは仲間を持つという感覚に慣れさせたい。でなければ出会いもへったくれもないであろうよ。
それとなく酒場で管を巻いてるいつもの中堅冒険者どもにユアンをパーティーに誘ってほしいと頼んでもみたが、すでにフラれたと肩をすくめられてしまった。
幼いころから食堂で働きつつ懸命に冒険者、勇者を目指していたユアンを周りも気にかけてい入るのだが、とにかく本人が頑固だ。
単独行動をしていればおのずと痛い目をみることも多くなるが、むしろ毎回ボロボロで帰ってくるくせにこりぬのである。
まあボロボロなのは、我がユアンの受けたクエストランクに見合わぬ強敵を派遣しているからなのだが。
(さてはて、どうしたものか……)
試練を与えるだけなら簡単なのだが、仲間となると我としては門外漢である。
魔王たる我には部下はいても、対等の仲間などいないのだからな。
そのようにして、目論見通りに事が運んでいるはずだというのに、妙に納得のいかない日々を過ごしている中だった。
アルニラム冒険者ギルドに、冒険者階級の中で最も上位とされる
現在、我が作りし魔王迷宮がある元ラケルタに最も近い冒険者ギルドのある町はアルニラムである。
……といっても、正確には「近くにある中で最も交通の便が良く規模が大きい」のがアルニラム冒険者ギルドだ。
もう少し規模が小さい冒険者ギルドの支部ならば、アルニラムより近い位置で他にも存在する。
しかし装備をそろえる面でも遠方より訪れる面でも港町であるアルニラムは便利なため、大抵の者は周辺の支部でなくここを利用するだろう。
陸路での交易中心地であったラケルタが潰れたため、その傾向はより顕著だ。
そのため「魔王迷宮」目当ての冒険者も、大抵ここを利用する。
これまではそれもせいぜいが
「うううぅぅ……。アルニラムにいる内は
そう言って情けなくカウンターに突っ伏しているのは、アルニラム冒険者ギルドが最高権力者であるはずのギルドマスター、マリウス・ゴルドーである。
我の休憩時に顔を出したり、こうして愚痴……というより泣き言を話しにカウンターへ来たりと、忙しい割に時間を作れているようなのでやはりこの男はやる気さえ出せば有能なのだろう。
先輩が居た時は今のように絡んでくるギルドマスターを「邪魔」と判じてさっさとどけていたのだが、現在ギルド内にはギルドマスターに対して甘い対応をする者しかいない。
立場を気にして遠慮するのでなく「甘い」対応であるあたり、酔いどれで仕事も積極的には行わないながらも、親しみを込めて慕われている男でもあるのだなぁと実感する。
そしてめそめそとした空気を纏い項垂れているこの男なのだが、どうも原因は書簡にて
「同じ
そう。
このアルニラムのギルドマスターは、
我も改めてギルドマスターの冒険者としての階級を知った時は驚いたものだ。
しかし我の言葉に、ギルドマスター・マリウスは眉尻を下げる。
「僕の階級はシュラク様に無理やり上げられたようなものなんだよぉ~! ギルドマスターの責任から逃げるなよ? っていう脅しなの、コレ! だから実力とか見合ってないの。前線で常に魔族と戦ってるような子達に比べたら全然だよ……」
駄々をこねる子供のようにめそめそしているギルドマスターを見ると、実力が見合ってないという発言に説得力はある。
だがシュラク……冒険者ギルドの元締めである
これは逆にもう少し実力を有しているが、本人が嫌がったために一段階下の等級に留めたくらいに分析しておいても良い気はするのだがな。
我なりに世話になっているこの男を買っているため、それくらいの強さは有しておいてもらいたいものだ。
ククククク。お前も我の迷宮へ、いつでも挑んでもらって良いのだぞ?
現在はユアンがフォルティマに案内された時以上に迷宮の魔物やギミックに凝ったものを取り入れているため、実力者の挑戦はいつでも受付中なのだ。
ユアンの成長具合を見つつ、再度我の迷宮に挑戦する時用に色々調整もしたいのでな。
そうであるから、今話しに出ている星の冒険者パーティーも歓迎だ。どうせ目的は我の迷宮と、その奥に座す我本体であろう。
それにしても。
「……ギルドマスターの実力の真偽はともかくとして、星の方々というのはそんなに緊張する手合いなのですか?」
星の階級を持つ冒険者は、そのほとんどを我ら魔族との戦いの最前線であるプラタナス大陸の冒険者ギルドに籍を置いている。
我が侵略の方針を迷宮という形に変えたために、現在では別の地域にも派遣されているらしいが……それでもアルニラムに来るのはこれが初めてゆえ、珍しい。
ギルドマスターの様子を見るに、ハイランクを笠に着たいけ好かない者が多いのか、それとも厳格で厳しい者が多いのか……。
そんな我の問いに、ギルドマスターは視線を泳がせた。
「えっと……うん。全員が全員、僕が嫌が……緊張するような人ばっかりってわけじゃないんだけどねぇ……今回来る人たちは少し特別っていうか……うん……」
歯切れの悪いギルドマスターの言葉に、周囲の冒険者たちも興味深そうに耳を傾けている。
基本的に面倒見がよく、人当たりのいい男だ。こうも対人関係で嫌がる姿は珍しいのだろう。
「……その中でもすっごく特殊なパーティーっていうかね……うん」
「面倒くさいのでスパッと教えてくださいませんか? それとギルドマスターが邪魔で業務が滞っていますので、そろそろカウンターからどいてください」
「エリーデルちゃん、先輩に似て来たねぇ!? ううっ、ちょっとお話するくらいいいじゃない……おじさん癒しが欲しいんだよ……」
中年男性がしくしくと泣くふりをしないでほしい。
やれ、本当に爪を隠すのが上手い男よ……。この様子では他の
「それで、わざわざ書簡でこちらに来ることを伝えて来た
重ねて問うと、ギルドマスターはしょぼくれた顔を更に酸っぱい葡萄でも口にしたように歪めた。
「亡国の王族がリーダーを務める、その親衛隊で固められたパーティーなんだよねぇ……。うう……! 元とはいえ、王族と接するためのマナーなんて僕は身に着けていないよぉぉ」
そう言って再びカウンターに突っ伏したギルドマスターを先輩を真似て横にどけつつ、ふむ、と頷く。
(ほう、王族か。我としては実力があれば人間の身分などはどうでもよいが……。一応、頭の隅に留めておこう)
などと、軽く考えていた翌日の事であった。
「母上!?」
「は?」
魔王たる我を軽く混乱させる単語を、真正面からぶつけられる事となった。