それは冒険者という括りに当てはめるには、あまりにも荘厳な出立ちの集団であった。
まず目を引くのは、細やかな意匠の施された白銀の甲冑を纏う少年だ。
堂々と歩く彼が翻すマントは、黒に金糸の刺繍、真紅の裏地。
まるで王のような風格を発する少年に、自然と人々は道を開ける。
その彼を囲うのは、黒鉄の鎧で身を固めた騎士達だ。
総勢十人に満たないにも関わらず一糸乱れぬ隊列は、規律を重んじる軍を想起させる。
その印象は荒くれ者が多い冒険者とはかけ離れたものであるが、彼らの有する資格は冒険者の最高峰。
クエストから帰還したばかりのユアンもまた、他の人間同様、その姿に目を奪われていた。
(あれが、
冒険者の頂に居る者達を実際に目にしたユアンは、ごくり、と唾をのむ。
師であるマリウスもまた星を有する冒険者であるが、気さくな彼とはまったく違った空気感だ。
アルニラムに帰るなり知り合いの噂好きな冒険者につかまったと思えば、聞かされた話は今朝方アルニラムの港に着いたばかりだという
手を引かれるままにこれから冒険者ギルドへ向かう所だという彼らを見に来たが、野次馬で出来た人垣にまず驚き、そして実際にそのパーティーを見て納得した。
もし彼らが
そしてユアンは、無意識に自身の体を見下ろした。
少し前まで新品だった一張羅はとうに擦り切れ、落ち切らなかった血の跡や魔物の体液で出来たシミが点々としている。
大事な婚約者であるエリーデルには散々身だしなみには気を遣えと言われているが、髪はバサバサで肌も泥やら何やらで汚れている有様だ。
いつもアルニラムに戻ってきた後は宿屋で湯を借りて、身なりを整えてからエリーデルに会いに行くようにしているが……それでも今の自分は「みすぼらしい」見た目なのだろう。
クエストを単独でこなす無茶をしているため仕方のない事ではあるが、どうにもエリーデルとの約束を破って、さらにはそれを誤魔化しているようでばつが悪かった。
顔を上げ、再度
中央に居る少年は、ユアンより少し年上だろうか。
まずその年齢で
金糸の髪に空のように青い瞳の少年は、まるで絵本の世界から抜け出て来た王子様のようだ。
(エリーデルの隣には、きっとあんな人が似合うんだろうな……)
そんなことを一瞬でも考えてしまい、ユアンは慌てて首を横に振る。
エリーデルは自分を選んでくれたのだ。それを自分で否定するのは、彼女への冒涜である。
ここ最近、疲れがたまっているからかすぐ後ろ向きな思考になってしまう。
そんな事ではいけないと、せめて今の自分が目標にすべきハイクラスの冒険者を目に焼き付けようとユアンは再度彼らに目を向けた。
そして、あることに気が付く。
「え……?」
華やかな少年に目を引かれていたが、その後ろに少年に負けないほど派手な見た目の人物が控えるようにして付き従っていた。
金色交じりの炎のような赤い長髪を後ろになでつけ、薄青の鋭い眼光を更に怜悧に際立たせる銀縁眼鏡をかけた長身の男。
黒いローブを身に纏い大きな杖を持つ姿はいかにも魔法使いといった様子であるが、服の地味な色合いは顔から上の派手さをより際立たせている。
なぜ最初に注目しなかったのか不思議なくらいだが、それだけ少年の放つ風格が群を抜いているのだろう。
……そして一度見たら忘れられない特徴的な容姿を、ユアンもまた覚えていた。
『君みたいな汚いガキを連れて歩けませんね』
真っ先に思い出した台詞はけして良いものではなかったが、それでも……彼が居たから、ユアンは今こうして生きている。
『ここは比較的平和だから、助けてもらいなさい』
そう言い残して去って行った後姿。あの珍しく派手な髪色を、見間違えるはずがない。
「ッ!! あの!!」
「な、おい!? どうしたんだよゆー坊!」
ユアンをここに連れてきてくれた冒険者が驚いていたが、構っていられないとばかりにユアンは人ごみをかき分けて
「……? 君は?」
すぐさま少年を守るように黒鉄の騎士たちが動いたが、それを制して金髪の少年が問いかけてくる。
そしてユアンの視線が自分ではなく、魔法使いに向いている事に気が付いたのか後ろを振り返った。
「ゼノビア。そこの彼はお前に用があるようだが、知り合いか?」
「はて……」
首を傾げる赤髪の魔法使いに、ユアンは幾度かつっかえたあとにようやく言葉を絞り出した。
「ご、五年前!! クルスス村で、助けてもらった、者、です!! あの時は、ありがとう、ございました!!」
気の利いた言葉は出てこなかったが、なんとか一番言いたいことだけ叫ぶように口にした。
そう。忘れもしない五年前……燃え盛る故郷の村からユアンを救い出し、アルニラムまで転移魔法で送り届けてくれたのはこの男性だ。
ユアンの言葉に一瞬目を細めた魔法使いだったが……一拍置いて、「ああ」と声を出した。
「あの時の子供ですか。大きくなりましたね」
「は、はい! あの、俺も……」
「しかし、みすぼらしさは変わらないようで。汚い姿で我が主の前に立たないでもらえます?」
俺も冒険者になりました、……などと言葉を続ける前にさらっと暴言を吐かれて、それはユアンの心に深く突き刺さる。
記憶に残る言葉で少々引っかかる所があれど、命を助けてくれた恩人である。その相手から先ほどまで自分でも気にしていたことを指摘され、思わず崩れ落ちそうになった。
その魔法使いの言葉に、金髪の少年が眉を顰める。
「お前はまたそういうことを……。聞いた様子だと、助けた相手なのだろう? 恩人にいきなりそんなことを言われたら、不憫ではないか」
「そうですか? 自分は正直者なので、見たままに言葉を述べただけなのですが」
おそらく魔法使いが主と呼ぶのはこの少年のはずだが、その主に
短いやり取りしかしていないが、ずいぶんといい性格をしているようだ。
ユアンは自身の魔法の師を思い出し、つい「魔法使いというのはひねくれた性格の者しかいないのだろうか」などと偏見を抱く。
少なくともユアンが知る限り、高位の魔法使いはみんな捻くれている。
「すまないな。こいつは口が悪いんだ」
「い、いえ。本当の事では、ありますし……」
「ほら、本人が認めていますよ」
「そういう問題ではない。……連れが本当にすまない」
呆れたように半眼で魔法使いを見ながら重ねて謝罪をしてきた少年に、ユアンは見た目だけではなく性格もいい人なのだろうな、と好感を覚えた。
けしてそこの魔法使いのように"イイ"性格、という意味ではない。
立派な身なりで冒険者としてだけでなく家柄の良さも伺えるのに、薄汚れたユアンに仲間の無礼を謝罪できる人間性なのだ、この少年は。
「……進路を邪魔してすみませんでした。ひとことお礼が言えて、よかったです」
ともあれ恩人に礼が言えたのだ。これ以上引き留めるのも悪いだろうと、ユアンはそっと身を引いた。
本当ならば言葉以外のお礼もしたいところだが、この"ゼノビア"と呼ばれた魔法使いの様子を見るに下手なものでは断られそうだ。そのうえでどんな辛辣な言葉が飛んでくるともわからない。
(あの人たちがアルニラムに滞在している間に、何か用意できれば良いんだけど……)
そう考えていたユアンだったが、すぐにそれどころではなくなる事態となった。
「あらユアンくん、おかえり。……さっそくなんだけどさ。貴方の婚約者、顔が良くて元王族らしいハイクラス冒険者に食事に誘われてついていったわよ。ほら、今話題になってる
「へ?」
「おせっかいだけど、一応報告しておくわね。がんばっ」
ゼノビアにみすぼらしい、汚いと言われたことを気にして久しぶりに衣装を新調し身だしなみを整えたユアン。
その彼を冒険者ギルドで待っていたのは、可愛い婚約者ではなく聞き捨てならない無情な報告であった。
冒険者ギルドを飛び出したユアンは、手あたり次第に道行く人にエリーデルの居場所を尋ねた。
幸いなことに"件の集団"は目立つため、どこの店に居るか突き止めるのは容易だった。
しかし居場所が分かったからといって安心はできない。
冒険者ギルドを出てからというもの、ユアンの心はずっと不安に揺れていた。
(あれ、最後にエリーデルとゆっくり過ごしたのって、いつだっけ……?)
師であるフォルシスを失ってからというもの、早く強くならなければとエリーデルの誘いを断ってまでクエストに没頭してきた。
仲間を作れ、パーティーを組めという彼女の忠告さえも無視をして。
こんなもの、呆れられて当然だ。愛想をつかされても当然だ。
そこにもしあの実力もあり人格に優れた王子様のような少年が彼女を見初めて誘いをかけたのなら、ついていくのも…………当然だ。
ただでさえ彼女に釣り合わないのに、自分はさんざん不義理を働いたのだから。
(だけど……!)
焦燥のままに目的の店につくと、深呼吸をして扉をくぐる。
店の者に訊ねなくとも、客の視線が向かう先ですぐに彼女たちの居場所が知れた。
絹のような金糸の髪に、暁色の瞳をした美しい少女。
同じく輝かしい金色の髪に、空色の瞳をした端正な顔立ちの少年。
向き合う姿はユアンが想像した通りお似合いで、どことなく雰囲気も馴染んでみえる。
みすぼらしく、未だ幼いユアンが彼女の隣に並ぶよりも、ずっと。
フォルシスに嫉妬していた時とは違った敗北感が、じわじわと胸の内を圧迫するようだった。
「私……あなたは…………………の……つまり…………エリーデル…………ないかと…………祖父が………………を見てこうおっしゃって…………似て…………」
会話はよく聞こえないが、エリーデルは興味深そうに話を聞いているようだ。
なんと声をかけよう。
自分なんかが割り込んでいいのだろうか。
いったいどんな顔で?
せっかく見つけたというのに、いざ彼らを目の前にするとぐるぐると後ろ向きな考えが巡り、足が動かない。
しかし。
「どうだろうか。私は是非とも、貴方を妻に迎えたい」
唯一、はっきりと耳に届いた言葉。
それを聞いて、ユアンは弾かれたように駆けだした。
「エリーデルは、俺のお嫁さんになる人だよ!!」
テーブルの横から掻っ攫うようにエリーデルを抱き寄せて、叫んだ言葉に迷いは無かった。
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