今日はいつにも増して冒険者ギルドが騒がしい。
……というのも、すでに本日
気が早い者は彼らが到着する港まで赴いているらしいが、他の冒険者どもはギルドで待てばそのうちくるだろうと……依頼もそっちのけで、いつも以上に無駄にたむろしている。
野次馬根性だけは立派な奴らよ。
そのため人の数こそいつもより多いが、受付カウンターを利用する者は少ない。
だが時間を潰すために食堂を利用する者は普段より多いようで、そちらはいつも以上に忙しそうだ。
皆、滅多に会う事の出来ない
見ればこのアルニラムにて今まで最高階級だった
その中には我にいつもしつこく求愛してくる連中も混じっているが、今日ばかりは食堂で談笑しながらも真剣な表情で入り口を窺っていた。
自分達より高位の実力者。
我の魔王迷宮が近くに出来たこともあって、奴らもこれまで通りに冒険者活動は出来ないだろうと気を引き締め、更なる向上を目指すべく星の冒険者を目に焼き付けたいのだろう。
意外と、勤勉な事だ。
(ふむ……。しかし、我としても良い機会であるな。ユアンがまず目指すべきところを把握できるというのは)
何しろ我の中で強き人間の基準と言えば、これまで我に挑んできた勇者や勇者パーティーという人類の最高峰が真っ先に挙げられる。
もちろんユアンにはそこを目指してもらうつもりだが、何事にも段階を踏むという事が必要だ。
たとえば我が受付嬢としての資格を取得する前に見習い期間を経たり、ギルドの階級であったり、な。
これは弱き人間の中で過ごす中で得ることが知見である。
そして我がユアンを勇者たりえる強者に育て上げるためには、試練を与える我自身が踏むべき段階を把握しておく必要があるのだ。
これまで受付嬢をしている事で冒険者どものレベルや
だが、
ギルドマスターについては実力を実際に目にしてことはあれど、ステータスとして知りえる機会は無かったからな。
ククククク。せいぜい星級の実力がどんなものか、眺めさせてもらおうではないか。
もし我のカウンターを利用しなくとも、あとで他の受付嬢かギルドマスターにでも尋ねればよいわ。
……などと、画策していたのが少し前。
「母上!?」
「は?」
現在。
運よく我の受付を利用した階級星の冒険者に、思いもしていなかった事を言われ出鼻をくじかれておった。
そしてその更に後。
「すまない、改めて謝罪をさせほしい。うら若き乙女に突然、母などと……。大変失礼した」
「いえ、お気になさらず。こうして謝罪の誠意を見せていただいておりますし」
奇妙なことを口走った星の冒険者と、アルニラムで最も高級な食事店でテーブルを挟み向かい合っていた。
ちなみに、こ奴のおごりである。
どうしてそんなことになったかと言えば、ことの顛末はこうだ。
冒険者ギルドでその煌びやかな見た目と、強者の覇気ともいうべき存在感で注目を集めていた
我を含めた受付嬢は「出来れば僕が直接迎えたいんだけど、仮にもギルドマスターで同階級の僕がいちパーティーに下手に出るような真似をするとシュ……上の人が煩いんだよね。だから一応手順を踏んでもらおうって事で、受付で僕に会わせて~って尋ねられたら呼んでもらっていいかな? 緊張するかもだけど、よろしくねぇ」とギルドマスターから話を通されていた。
そのため受付嬢全体としても朝からそわそわとした様子だったが、どうやら件の集団は入り口から丁度正面。我の受付を選んだようで、まっすぐこちらに向かってきた。
ふむ……。
なるほど、見た目の華やかさだけでなく身のこなしに隙が無い。
これならばいつ不意打ちをされても、それなりに対応が出来るだろうな。
などと観察しつつ、「ようこそ、アルニラム冒険者ギルドへ」から始まるお決まりの台詞で迎えようとした我の声をさえぎっての「母上」発言である。
直後に自分の発言を顧みて「あ、いや! 違っ、すまないっ、そんなつもりは!」と狼狽え始めた発言者は黎明の鏡のリーダーだ。
まだ少年と言ってもいい年齢であり、丁度
我としては「はあ……」と曖昧な声を出すほかなく、目の前の
強者の雰囲気からの年相応の未熟っぷりが漏れ出ておって、愉快だったからな。発言の内容はともかくとして。
しかし狼狽えたのもつかの間。
小童ははたと停止し、我の顔を食い入るように見つめて来た。
そして。
「…………急に取り乱して、申し訳ない。恥ずかしいところを見せた。詫びと言っては何だが、もうすぐ昼時だ。差し支えなければ、是非食事をご馳走させてほしい」
勝手に狼狽しておいてなにが詫びなのかわからぬが、まあそれは食事に誘う口実だろう。
ふと視線を感じて視線を横に向ければ、隣の受付嬢が何やら客側から見えないカウンター下で「行け!」とばかりに手を動かしている。
完全に面白がっている表情だ。
(ふむ……)
少し考えたが、本日は受付嬢の仕事も暇だし同僚も行けと言っている。
ならば……。
……好奇心に負け、こうして食事の誘いを受けて現在に至る。
いつもならば食事の誘いなど断るのだがな。よもや「母」と呼ばれては気になりすぎるであろう。
この魔王の気を引くとは、なかなかのものよ。
ともあれ、おごりならば遠慮する必要もなかろうと、メニューから好き勝手に注文をする。先に「好きに注文してくれて構わない」と言われておるしな。
席についているのは我と小童のみであり、他の黎明の鏡パーティーメンバーは護衛のように(実際にそうなのだろう)控えておるが、我の注文っぷりを見て少々顔を引きつらせていた。
ふん、好きに注文せよと申した方が悪いのだ。
我はその言葉通り好きに注文しておるまでよ。
「……よく食べるのだな」
「ええ、食事は好きですよ」
護衛どもと違って、小童の方は単純に感心しておるようだ。
そして我の注文が終わった事を確認すると、姿勢を正した。
「色々と、突然の事ですまない。母と呼んだり、詫びと言って断りにくいだろう中で食事に誘ったり……」
「あなた、謝罪してばかりですね。構いませんよ? 嫌でしたら断りますので」
「そ、そうか。そう言ってもらえると、助かる」
ほっとしたように胸をなでおろす小童を眺めつつ、我は本題に入ることとした。
出来れば食事が来る前にすませたいからな。
「ところで、何故私を母と? 気になりすぎてついてきてしまいました」
「ああ、それで来てくれたのか。……驚いただろう」
「ええ。いつこんな大きな息子が出来たのかと」
淡々と述べれば、何がおかしかったのか小童は「ははっ」と笑って相好を崩した。
周囲の護衛がやや驚いた雰囲気を見せたので、このように笑うのは少ないのだろうか。
無表情なわけでも仏頂面なわけでもなく、柔和な雰囲気で人当たりは良いように見えたが。
「さて、どこから話そうか。……しかしその前に名乗らせてもらっていいだろうか。私は無礼にも、食事に誘った
「そういえば、聞いていませんね」
「私の名はエルンスト・リアン・トリフェローラ。冒険者パーティー、黎明の鏡でリーダーを務めている」
「エルンストさんですか。わたしはエリーデル、と申します。……おや、少し名前の音が似ておりますね。皆さん王族の血筋のハイクラス冒険者として噂されていたのでパーティー名は存じておりましたが、リーダーさんのお名前は知りませんでした。どうぞ、お見知りおきを」
「!」
我の名前を聞いた時、小童……エルンストは驚愕したように目を見開き「やはり」と小さく呟いた。
「? わたしの名前に、なにか」
「ああ。……顔立ちに、瞳の色を見てほぼ確信に近かったが……その名を聞いて確定した」
「確定……」
ぼんやりと答えつつ、改めて小童の顔を眺めた。
母上発言の方に意識が向いておったが……瞳の色は青いものの、髪色と顔立ちにどうも既視感がある。
そう、例えば毎日鏡で見ているような。
「尋ねたいことがある。あなたの家族……ご両親や、祖母は? 出身地は何処だろうか」
身を乗り出して問うてくるエルンストに、内心「ああ~……」と納得しつつエリーデルの"設定"を口にする。
「分かりません。私は五年前に、記憶を失って一人で居るところをアルニラムのギルドマスターに保護していただいた身なので。昔の事や親族のことは、何も」
「なんと……! そんなことが」
エルンストは何やら痛ましそうに顔を歪め、しばらく逡巡したあと……ゆっくりと口を開いた。
「私は、おそらくあなたの家族の事を知っている。いや、家族ではなく……血筋、系譜と言うべきか」
(う~む……。これは、決まりだな)
人間の生息地は魔族より遥かに広いというのに、よもやこんな事があろうとは。
食堂の主がよく「世間って意外と狭いのよ~」と言っていたが、こういうことか。
「エリーデル。……あなたは、私の
「…………」
はっきりと述べた声には確信がこもっておるが………………はとこ? おおおば?
待て、人間の親族関係の名称など簡単なものしか把握しておらぬぞ。
"はとこ"と"おおおば"とはどんな立ち位置の者だ……!?
しかし我が何か答える前に、小童は我の様子を出自そのものに対する反応だと思ったようだ。
「困惑するのも無理はない。だが私が思うに、あなたはかつて魔族への"生贄"にされた祖父の姉……つまり私の大伯母である、エリーデル・リアネス・トリフェローラの孫だろう」
孫どころか本人である。
骨のみであるが。
(しかし、なるほど。血筋の関係性は把握した)
「祖父が存命の時に、事あるごとに自分の娘である母を見てこうおっしゃっていた。「ああ、お前は本当に姉上とよく似ている」……と」
(ぬう……。やはり、この体の肉親であったか。名前も全て合致しておるし)
この体の記憶にあった、エリーデルの幼い弟。それがこの小童の祖父なのだろう。
「あなたを見た時は驚いた。なにしろ顔立ちは本当に私の母とうり二つ……思わず母上などと呼んでしまった」
「はぁ……。そうなのですか。しかし、似ているだけで親族であると考えるのは早計では? 名前だって偶然かもしれない。……聞けば、そのわたしそっくりの方は生贄にされたとのことですし」
すぐに受け入れては変だからな。当然の疑問を述べておこう。
ふふん、我も人間の腹芸がよく身についたものだ。流石は我。
「確証なら有る。その瞳だ」
「瞳?」
つい確かめるように目元を触る。
「そうだ。……私が元王族である、という事は知っているのだったな。ならばそのあたりは割愛する。……祖父と大伯母は実の姉弟だったが、王家の血筋を色濃く受け継いでいたのは姉である大伯母。今は……もう無いが、我らの祖国トリフェローラの王族は暁の女神に加護を受けた血筋でな。その証が、夜が明ける時の空に似た瞳の色なのだ。その色はあなたが思っている以上に稀有なもの。偶然の、他人の空似と考える方が無理というものだよ」
そこでいったん区切ると、エルンストは俯き、忌まわしそうに眉根を寄せた。
「大伯母を生贄などに捧げて以降は、女神に見放されたのかその色を受け継ぐ子は生まれなくなったがな。当然だ。……だから滅びるのだ」
「エルンスト様」
吐き捨てるような言葉に、それまで無言で控えていた護衛の一人が諫めるように名前を呼ぶ。
それにはっとしたように目を見開き顔をあげると、取り繕うように咳払いをする小童。
ほほう? 興味深い話であるが、まあ聞いたところで内容が内容だけにはぐらかされるだろうな。
ここは流してやろう。クククっ、我に感謝するがいい。
「私を血縁だとおっしゃる理由は分かりました」
「いきなりこんなことを言われて実感も湧かないだろう。しかしあなたは間違いなく私の遠縁だ。おそらく生贄にされ、亡くなったと思われていた大伯母はどうにかして生き延び、血を繋いでいたのだろう。……こんなに嬉しいことは無い。姉上や兄上がいなくなった今、直系などもう私しか居ないものと……!」
今度は感極まったように震える小童だが、我としては「母上」発言の謎が解消された今すでに小童への興味は薄れていた。
今は運ばれてくる料理が待ち遠しいだけである。
「それはよかったですね。ところでエルンストさんは料理の注文はよろしいのですか? わたしが注文したものはわたしが全て食べてしまいますけれど……」
「え? ああ……ん?」
何を言われたのか分からない、とばかりの顔で我を見るエルンスト。
自分と同じように感動に打ち震えるとでも思っていたのだろうか。
もしくは亡国とはいえ王族の血筋ということに驚かないのか、などか?
……うむ。記憶喪失の所にその情報を聞かされたのならば、大げさに驚くべきだったか。料理に気をやりすぎてぬかったわ。
ここは適当に誤魔化そう。
「あー……料理に専念したいので一応聞いておきますが、血縁だと分かった所であなたはわたしにどうしてほしいのですか? 王族といっても、国はもう無いのでしょう。エルンストさんもこうして冒険者をしているわけですし」
どうにも護衛どもからの視線が痛いな。本当の事であろうが。
「……そうだな。出会ってすぐに言うべきことではないと思うが、あなたが大伯母の孫であるとなれば、私はあなたに請うべき願いがある」
そう前置くと、エルンストは胸に手を当て身を乗り出した。
「エリーデル。私は魔王を倒したのち、トリフェローラを再興するつもりだ。……そしてその時、隣にはあなたに居てもらいたく思う」
さらっと述べられた「魔王を倒したのち」という言葉に、思わず内心ほくそ笑む。
どうやらこの小童、この
ほう、ほう。良いな。これは自分にはそれが出来ると確信している目だ。
冒険者としての階級も顧みるに、おそらく世間では勇者候補として期待されておるのだろう。
我としては勇者候補を自ら育ててはいるが、我を倒す勇者の可能性を持つ者が多いに越したことは無い。
我が求めるのは暇つぶしと、華々しく散る最期であるからな。
そして滅びた国を再興する、という目的から我に求める物もなにか見えたわ。
「どうだろうか。私は是非とも、貴方を妻に迎えたい」
なるほどな。
この小童の瞳を空で表現するならば、太陽が真上に登った時分の蒼穹。夜明けの色とは程遠い。
滅びた国を立て直すつもりならば、正当な王家の血筋を証明する分かり易い目印は便利だろう。
どうもややこしいことになってきたが……まあ、それに関しての答えはシンプルだ。
「いえ、わたしには」
言いかけた所で腰に強い力が加わり、視界がぶれる。
気づいた時は未だ細く頼りなくも、確実に筋力をつけていることが窺える腕に抱きすくめられていた。
「エリーデルは、俺のお嫁さんになる人だよ!!」
おお、婚約者殿。良いタイミングで帰って来たではないか。
お待たせいたしました。徐々に続きを書いております。