我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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29話 会談と密談

 アルニラム冒険者ギルド、応接室。

 派手さこそないが、こげ茶を土台に緑と淡いクリーム色でまとめられた内装は来訪者を落ち着かせる作りとなっている。

 

 そんな応接室の中。

 部屋の主でありギルドマスターであるマリウス・ゴルドーは、少々戸惑いがちに来客である少年に声をかけた。

 

「大丈夫かい? お腹痛かったりする? それとも長旅で疲れたのかな。美味しいお菓子あるよ。食べる?」

 

 その戸惑いというのは、彼が直前まで感じていた「元王族に対する」緊張ではない。

 組んだ手に額を乗せ項垂れる少年に対する、純粋な心配からくるものである。

 

「……お心遣い、感謝します」

 

 少年こと"黎明の鏡"リーダーであるエルンストは、ギルドマスターの前でこんな体たらくではいけないと背筋を伸ばした。

 だがどうしても先ほどの出来事が頭をよぎり、肩を落とさざるを得ない。

 

 

 偶然見つけた貴重な血縁。人格もエルンストにとって好ましいものだった。

 今思えば少々前のめりに過ぎたエルンストの推測や求婚を、断られこそしたものの冷静に受け止めてくれていた。

 婚約者だと名乗る少年が現れた時に驚きはしたが、ならば少年より自分を選んでもらえるよう努力しようと考えた。

 

 

 ……そのような当たり前のように正面突破する思考にしか至らなかったのが、エルンストという真面目な少年であるのだが……。

 

 

「……さしつかえなければ、何があったのか聞いてもいいかな? ほら、人に話すと楽になるってこともあるし~。身近な人には話せなくても、僕みたいなよく知らない人間にならこぼせる愚痴ってのもさ……ほら、ない? あはは……。……。あ、いやいや。無理には聞かないけどね? おじさんのおせっかいだから」

 

 気遣いつつも、途中で応接室に居るのが自分達だけではないと思い出したのか言葉を濁すマリウス。

 エルンストの背後と部屋の入り口には、黎明の鏡パーティーメンバーがずらりと並んでいた。

 黎明の鏡は総勢十五名と、冒険者のパーティー構成としてはかなり多い方だ。

 平均的なパーティー人数から考えると、約三倍から五倍である。

 更には「冒険者仲間」というより、元親衛隊であり王族の護衛という意識が強い彼らからの圧は、相手にとって居心地の悪いものだろう。

 対峙するマリウスが単身のため、なおさらだ。

 

 しかし重くため息を吐きだしたエルンストは、この優しい男の言葉に甘えることとした。

 この行き場のない気持ちを吐き出さなければ、まともに目的の話も出来そうにない。

 

「…………ようやく見つけた運命ともいえる女性に求婚したのですが、部下が暴言に次ぐ暴言を投げかけ彼女と言い争いになり、おそらく私の好感度も地に堕ちました。部下を御せなかった我が身を恥じるばかりです」

「えっ、かわいそっ! ……って、ごめんね。つい」

 

 思わずといった風に飛び出たマリウスの反応に、素直な人だなと少し笑った。

 

「いえ、こちらこそ初対面の方にこんな話をして申し訳ない」

「いいよ、いいよ。それは気にしないで。こっちが聞いたんだし」

 

 こちらも思った以上に素直に言葉が出てしまったのは、気さくなマリウスの雰囲気がなせるものだろうか。

 

 しかし相手がどんな人間であれ、やはりこんな弱音を吐くなど自分らしくないと頭痛を覚える。

 それもこれもあいつのせいだと、エルンストは一人の男を横目で睨みつけた。

 話題に出てもエルンストに睨まれても、男……赤髪の魔法使いゼノビアはしれっと澄まし顔をしている。

 

 ……これまでもゼノビアによって様々なトラブルを体験したが、その中でも今回のものは特大だ。

 師として尊敬しているが、それとこれとは別である。

 そろそろ殴ってもいいだろうか。

 

(いや、それは駄目だろうエルンスト。暴力で部下を諫めるなど野蛮な。いずれ王となろう者が行うべきことではない。……私が未熟だったのだ)

 

 初手でゼノビアとあそこまで真正面から言い合える相手もなかなかいないため、思わずもう一人の少年と共に圧倒されてしまったが……。それにより、介入が遅れたのも良くなかった。

 

 部下の責任は上司の責任。

 そう、だからここは我慢を……。

 

「大丈夫? 手が痛そうだから、ほら。ちょっと緩めた方がいいよ? それとこれあげる」

「あ、ありがとう。……ゴホンッ! か、感謝する」

 

 思わず子供の時のような口調で返してしまい、慌てて言いなおした。

 どうも無意識に拳を握りしめていたらしい。血が出そうなほど爪の食い込んでいた手に菓子を握らさせて、初めて気が付いた。

 

「えっと……。その部下って、君がさっきから睨んでるそこの彼、かな。ねえそこの人、ちゃんと謝った? 駄目だよ。こういう真面目そうな子を我慢させちゃ」

(子……)

 

 エルンストの様子を見かねたのか、ついにはギルドマスターがゼノビアに声をかける。

 感情を隠せない自分を、エルンストは再び恥じた。

 久しくされていなかった子ども扱いに頬が熱い。

 

「謝る……? ええ、出すぎた真似をしましたと、我が主にはしっかり謝罪させていただきましたよ」

「ねえ、今首を傾げてたけど本当に謝った? ねえ。あとそれって相手の人には謝ってなさそうに聞こえるんだけど……」

「そんなことより本題へ入らなくてよいのですか? 我々も暇ではないのですが」

「話をするどころじゃないくらい君の主が落ち込んでるのをそんなこと扱いはよくないなぁ!? よくないよ!?」

 

 他人に対して満遍なく尊大で無礼であるのが、このゼノビアという魔法使いである。

 案の定ギルドマスターに対しても遠慮というものが無い。

 ……彼の過去を知るエルンストとしては最初こそ境遇に同情しその態度も許容していたが、これまで行ってきた尻ぬぐいを思い返すと胃が痛い。

 

 やはり拳を振るうべきでは? と、エルンストは緩めた手のひらを再び握ろうとした時だ。

 その手に握らされていた菓子が粉々になる前に、重く鈍い音と「ゴフッ」というくぐもった声が室内に響く。

 パーティーメンバーの一人……黎明の鏡、副リーダー兼親衛隊隊長が、無言のままにゼノビアのわき腹へ肘鉄をめり込ませたのである。

 

 ちなみに先ほどの事態を同じ方法で収束させたのも彼だ。

 

『暴力も時には言語たりえます。特にあのゼノビア(クソ)のような者には』

 

 そう言って普段から自分に変わりゼノビアを粛清してくれる隊長。

 彼に感謝しつつ、エルンストは本来ここへ来た目的を果たすべく背筋を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼もだえてるけど、いいの?」

「ええ。"そんなことより"、我々がアルニラムに来た理由ですが……魔王迷宮の情報を伺いたい。共有されたものはすでに把握しているので、より仔細なものを」

「そして、いずれは攻略に?」

「もちろん」

 

 深く頷き、是を示す。

 

 ……本来ならば危険な海を越え、たどり着いた魔族の大陸を敵中進み、やっとたどり着くのが魔王城だ。

 更には魔王城そのものの攻略すらスキップできる、魔王への直結通路が魔王迷宮だ。

 

「此度蘇った魔王は随分と人間を舐めている様子。だが……好奇です。危険が伴うといえど、魔王討伐を考えるならば使わぬ手はないでしょう」

 

 この考え自体が、有力な冒険者を迷宮へ誘い殺す罠かもしれないが、ならばそれをなぎ倒せるほどの強さと対策をすればいいだけのこと。

 しかし最初の行動を起こすにしても、まずは情報が必要だ。

 

「そこで、実際に魔王城へ行き生還したという冒険者の話を聞きたいと考えています」

 

 それを聞いたマリウスは、少し困ったように眉尻を下げる。

 

「う~ん……。その彼、ちょうど今日クエストから帰ってきたところだったんだけどねぇ。どうもその後に飛び出して行っちゃったみたいで」

「飛び出し……? 何か火急の用事でも?」

「又聞きしただけだから、そこはなんとも。でもアルニラムには居るだろうし、待っていればそのうちギルドに来ると思うよ」

「そうですか。では直接話を聞く前に、貴方が知りうる情報を聞かせてもらっても?」

「いいよぉ。なんでも聞いて」

 

 朗らかに笑うギルドマスターを見て、己の醜態を見せたことは話を聞く目的としては悪手ではなかったなと胸を撫でおろす。

 マリウスは初対面時に明らかに緊張した面持ちであったが、今では気さくなものだ。

 

 そしてギルドマスター・マリウスから話を聞くにつれ……エルンストは驚きに目を見開いた。

 

「その帰還者は迷宮を引き返したわけでなく、転移魔法でこの大陸まで戻ってきた……と?」

「うん。まあ、驚くよねぇ……。魔法に詳しくない僕でも、それがすごいことだってわかるよ」

「すごい、で済ませられる事ではありませんよ」

「わ!?」

 

 突如、ぬるっと横から割って入ってきたのは先ほどまで床に転がっていたゼノビアだ。

 

「……色々思う所はあるだろうが、彼は魔法の専門家だ。話に入ることを許可してもらえるだろうか」

「エルンストくんがいいならいいけど……」

 

 エルンストとマリウスがお互い微妙な顔をしつつも頷くと、ゼノビアは乱れた金髪交じりの赤髪を整え口を開いた。

 

「そのフォルシスという魔法使い、今聞いた話が事実であるならばこのゼノビアと同等の使い手と見て良いでしょう。弟子を逃がして本人が死亡とは……惜しい人材を亡くしましたね」

「まだ亡くなった確証はないからね!?」

「おっと、それは失礼。では話を続けますが」

 

 申し訳程度の謝罪にマリウスが眉を顰めるが、ゼノビアは構ったものかと饒舌だ。

 その後ろではひそかに拳を握った副リーダーが待機している。

 

「転移魔法は移動距離の他、自対象か他対象かによって難易度が変わってきます。難易度が高いのは他対象。自分は自身と他者、同時対象の転移をできますが、それでも数人が限界です。自分たちが面倒にも転移を使わず旅するのには、このあたりの理由が関係していますね。そもそも転移先には術者が生身で赴いてマーキングしなければいけませんし、この魔法は何かと制限が多いのです」

 

 ふむ、とマリウスはひとつ頷く。

 ……このゼノビアという魔法使い、性格に難はあるが説明は分かり易い。

 そして改めてフォルシスは強大な力を持つ魔法使いであったのだと実感する。

 

「当然、移動する距離が遠くなれば遠くなるほど難易度は上がるのですが……。聞いた話が事実なら、その男は魔王の居城がある極北の地よりラケルタまで弟子を転移させた。死に際の底力だけでどうこうなるようなものではないので、確かな実力を備えていたのでしょうね。お会いできないのが残念です」

「お前がそこまで絶賛するのは珍しいな……」

「魔法は知識の共有だとお教えしているでしょう? ……自分ほどになるとまず新たな知識をもたらす人材というのが貴重なのですよ。その男には可能性があった、というだけです」

 

 ゼノビアは心底残念そうにため息を吐くと、眼鏡の奥の怜悧な瞳を薄くした。

 

「……ともあれ、転移の魔法とはそう簡単にどこでも何人でも使える便利なしろものでは無いという事です。帰還者は本当に運が良かったと言えるでしょう」

「そう、なんだね……。これは本人にもちゃんと聞かせないと。君の師匠は、やはり凄い人なんだって。今はまだ逆に落ち込ませそうだから、言えないけども」

 

 その言い方から察するに、帰還者は師を失い傷心の様子。それでもクエストに出ている所を見るに、蹲って泣き寝入りするような者ではなさそうだ。

 

 

 

 

 ふと、ゼノビアが意味深に口の端を持ち上げる。

 

「エルンスト様。今後もアルニラムを拠点とする以上世話になるのですし、転移魔法のついでにあの話をしても?」

「止めても話すんだろう。……構わない。もとより協力は仰ぐつもりだ」

 

 え、まだ何か続くの? ……そう言わんばかりのマリウスに、赤髪の魔法使いは秘密の話をするように人差し指を口元へあてた。

 同時に応接室を包むように、音声を遮断する魔法が展開される。

 

「準備が整い次第、自分は単身で魔王迷宮にもぐります」

「!? 何を言ってるんだい。そんな……」

「無謀……だと? 魔王に直接挑むならばそうでしょう。しかし自分の目的は違いますし、他の人間がいれば逆に邪魔なのです。……あくまで魔族の領域に侵入する事こそが目的。……フフッ、"魔族殲滅"の下準備ですよ」

 

 

 

 魔族殲滅。

 

 

 

 あまりにも軽く述べられたその言葉は、"魔王討伐"以上に現実味の無い響きを伴っているだろう。

 だがゼノビアもエルンストも、それを「実現できる」ものとして認識している。

 

 その雰囲気に気圧されたのか、マリウスがつばを飲み込む音が聞こえた。

 

「魔王が勇者に倒されても、いつかは復活し魔族は解き放たれ混乱は繰り返す。馬鹿らしいと思いませんか?」

「それは……」

 

 ────思う。

 

 そうマリウスが考えたことを、揺れた瞳を視認したエルンストは確信した。

 彼の過去も洗ってある。魔族への恨みは強いはずだ。

 

「結界のおかげで世界は魔族の脅威から解放されますが、それは未来に不吉の種を残す事でもある。実際、今は過去の不始末を受け取った未来です。自分はそこに終止符を打ちたいのですよ」

 

 魔王が討伐されると魔族の大陸は聖なる結界で隔離される。

 人間は自分が生きている内は平和なのだから……と、勇者に感謝をして、大きな歴史の中で見れば束の間である平和を慈しむしかないのだ。

 いずれ再び魔王が復活すると、知りながらも。

 

 それが当然だった。

 しかしこのゼノビアという男は、それを良しとしない。

 

「あ…っと。え、いきなり、何? 色々と飛躍しすぎでしょ~。確かに君らは僕みたいなのと違って強いんだろうけど。でも魔王討伐ですら困難なのに、さすがにそれは絵空事……」

 

 言いかけて、マリウスは口を噤む。

 それはゼノビアから感じる気配が異質なものに変わっているからだろう。

 ゼノビアは現在、存在感の"擬態"を完全に解いている。

 

 "ゼノビアの正体"を知りつつも、エルンストもその底知れない威圧感にわずか震えた。

 だが右手に嵌められた契約の指輪をなぞり、自身を鼓舞する。

 

 彼のおかげでここまで強くなれた。

 だが自分は彼の弟子であると同時に、主人である。

 悠然と構えていなければならない。

 

「転移にはマーキングが必要、と申し上げたでしょう? ……自分の目的は、それですよ。都合よく用意された敵地への直結路を使い、魔族領各所に転移の印を施す。なぁに、直接魔王の前に出るといっても、あのデカブツの目を欺くことくらい簡単なものです。魔王城屋内の地図も把握しています。すぐに済ませて帰ってきますよ」

「あの、なにかとんでもない事を言ってません?」

「自分にとってはとんでもなくも、なんともありませんので。一度は辿った道、倒した敵なのですから。……当時は転移魔法など使えませんでしたから、マーキングは残せませんでしたが」

「辿った? 倒した? 当時? …………。え、エルンストくぅん」

 

 訳の分からない話を滔々とされて、助けを求めるようにマリウスがエルンストを名を呼ぶ。

 が、エルンストは止めずゼノビアも止まらない。

 

「そして我が主が魔王討伐を果たすと同時に……転移の力を用いて魔族を地上から消します。結界で隔離される前に、ね。詳細はまたのちほど」

 

 歌うように述べられた机上の空論。しかしこれは実現させなければならない。

 そのためにも協力者が多く必要だ。

 

 エルンストはゼノビアの絵空事に根拠を付与するため、マリウスの手を固く握り秘された事実を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「マリウス殿。彼は迷宮の奥底で眠っていた、生きた迷宮宝物(アーティファクト)ともいえる存在。……ゼノビアは、過去の勇者なのです」

 

 

 

 

 

 燃えるような金色交じりの赤髪の中、薄氷のごとき瞳をうっそり細めて男は嗤う。

 

 

 

 

「魔族という忌々しい種族そのものの根を断ちましょう。二度と勇者など生まれぬように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして音の遮断された壁の向こうにて、高位魔法により盗み聞きをしていた受付嬢が一人。

 

(んんん? あんな勇者……いたか? あの見た目の派手さなら、まず忘れるはずがないのだが。しかも妙に親近感がわくようなことを言いよるわ。我が子ともいうべき魔族を殲滅されるのは困るが、勇者だの魔王だの無くなればいいというのには同意するぞ。面倒よな。わかるわかる)

 

 ギルドに戻るなり同僚から「あなたをナンパした人、今ギルドマスターと話してるわよ」と、ニヤニヤ笑いで客人用の茶が乗ったトレイを渡されたのがつい先ほど。

 よもやこのような話を聞くことになるとは。

 妙に高度な魔法が巡らされているからと興味本位だったが、思わぬ収穫である。

 

(ククククク。いやしかし、面白い。となれば、これは"魔王に育てられた勇者候補"と"勇者に育てられた勇者候補"の対決というわけか)

 

 

 

 

 怪しく微笑む受付嬢(魔王)……エリーデルは、満面の笑みで応接室をノックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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