「……と、いうことがありまして。食事をした後、もどって午後の業務にあたっていました。以上です」
「そんなに大きな出来事があったのにあっさりさんだねぇ!? 事務的! 事務的過ぎるよエリーデルちゃん!」
「そう言われましても……」
現在我はパーティー黎明の鏡らと会談が終わったギルドマスターに呼び出され、もろもろの説明を求められていた。
その内容とは、主に
我としては特に長々と説明する内容でもなく、的確に要所をまとめて話したつもりであったが……。
「顔色が悪いですね。どうされました?」
「ああ……うん。おじさん、色々な話を立て続けに聞いてちょっと疲れたかも……。胃が痛いからしばらくお酒控えようかな~、なんて。あはは」
「………………? ………………! ………………。そんなに、ですか」
「ずいぶん間を溜めて驚いたね!? あれ、僕ってそんなに驚かれるほど飲んだくれてた?」
「何を今さら」
この男が酒を控えると言い出すなど、よほどである。
色々な話、の中にはゼノビアから提案された「魔族殲滅」の話も含まれているであろうから、主な原因はそれであろうな。
我のせいではあるまい。うむ。
しかしギルドマスターは青い顔をしながらも、どこかほっとしたような笑みを浮かべた。
「でも、そっか……。実際の家族でないにしても、エリーデルちゃんの親戚が見つかったんだね。王族ってのは、まあ。びっくりしたけど……よかった」
「"元"王族、らしいですけども」
「だとしても、おじさんびっくりだよ。……そっかー。さすがに王族は盲点……伝手なんかないし、見つからないわけだ……」
思わず、といった風にこぼれ出た「見つからない」という言葉に、本人は気づいていないようだ。やはり相当疲れているのだろう。
先輩がこっそり教えてくれたことなのだが、どうもこ奴はひそかに
自分が拾ったのだからと、責任感を覚えての事だろうが……やれ、お人好しな事だ。
「しかもトリフェローラだもんね。単純に、すごく遠い。別大陸だし」
「滅びたらしいですね」
「エリーデルちゃんはもっと自分の実家に興味持とう? 全体的にすごく他人事だよ?」
そう言われても他人事であるからな。体は本人だが。
しかし記憶喪失の少女がとる態度としては、よろしくなかったやもしれぬ。
今さら大げさに取り繕っても不自然であるが、一応それっぽい事を言っておくか。
「それが知れたからといって、わたしの生活に変化はありませんから。なので、興味を持とうにも難しいというか」
「え?」
「え?」
互いに顔を見合わせた。
……いったい今、何を驚かれたのだ?
「…………えっと、もしかしてエリーデルちゃんは、このままうちで受付嬢続けてくれる気でいたりする?」
「そのつもりですけど……」
何を当然のことを。
我はこのアルニラムを拠点とするために、わざわざ近所のラケルタに迷宮まで作ったのだぞ。
その労力をふいにするはずがあるまい。
「王族の親戚が現れて、しかも求婚までされてるのに?」
「ですから国は滅びていますし、求婚されてもわたしにはユアンがいるので」
「おじさん、エリーデルちゃんのそういうぶれない所好きだよ。よかったねぇユアンくん……」
「どうも?」
「でも、もうちょっと王族であるという事を深く考えた方がいいかもね。それがたとえ、滅びた国のだとしても。……むしろ滅びてるからこそ、言い方は悪いけど希少度が上がってるっていうか……。エリーデルちゃんが今のままでよくても、向こうさん的には放っておけない存在だと思うよ」
「そういうものですか」
「そういうものだよ」
真剣な顔で頷かれてしまった。
普段がしまりのないへべれけ顔のこ奴が真顔だと妙な気分だな……。
ふむ……しかし、そうだな。
この五年で人間と人間の文化に触れ、書物などから得た情報も含め我は知識を深めて来た。
だが、そこにはどうしても"経験"が伴わない部分が出てくる。
我の明晰な頭脳は得た情報を分析し想像することは可能だが、所詮は想像。
エルンストらが国の再建時に、正当な王家の証たる身体的特徴を持つエリーデルを欲しがるのは理解できる。
が、具体的にそれが奴らの行動にどうつながるのかまでは、実際に行われたエルンストの求婚以外いまいち判然としない。
こういった事に関しては、他者から見解を得た方が圧倒的に早いであろう。
「そういうもの、についてご説明頂いても?」
「ん~……僕も自信を持って言えるわけじゃないけど……。きっと彼らはエリーデルちゃんを安全なところで保護したいと思うよ。少なくとも魔王の迷宮が近くにある町で、一般人として仕事させとくってのは、したくないんじゃないかなぁ」
「ですがエルンストさん達はハイクラスとはいえ冒険者でしょう。安全なところといっても、国を失った彼らは根無し草なのでは?」
「いや、黎明の鏡にはちゃんとした拠点と後ろ盾があるよ。でもって、それは国です。城です。王族です」
「…………?」
「トリフェローラは滅んだけど、トリフェローラの貴族が嫁いだ国が彼らを支援してるんだよ」
「ああ、なるほど」
人間、数が多いだけになかなかにしぶとい。
直系はエルンストのみだとしても、他にも亡国の血を継ぐ者はいるわけか。
「だからエリーデルちゃんがエルンストくんと結婚しない、受付嬢を続けるって言い張っても、ちょっと面倒なことにはなるかなって」
「それは困りますね……」
下手に王族の体など使ったばかりに面倒な……。
勇者育成ゲームを行っている途中のため、今さら体を変えるわけにもいかぬしな。
だがここで我の魔王的直感が冴えわたる。
(その国、侵略してしまえばいいのでは……?)
要は保護できる安全な場所で無くしてしまえばいいわけだ。
なんだ、簡単な事であったな。
まあ勇者候補を抱える国だ。そう簡単に侵略……迷宮で覆う事も出来ぬだろうが、誰ぞ向かわせて一触即発の緊張状態を作り出せば十分であろうよ。
あとでフォルティマに、人間を殺さず、しかし圧倒的なプレッシャーを与えられる器用そうな者を派遣させておこう。
「あの、その国の名前は……」
そして我がエルンストらを支援する国の名をギルドマスターから聞き出そうとした時であった。
甲高く耳障りな鐘の音が、耳をつんざいた。
「!! この音は……!」
わざわざ不快さを掻き立て無視できない不協和音に整えられたその鐘の音は、アルニラム全体に危機が迫った時に鳴らされる物だ。
これは魔族ラルギーニの襲撃以降、冒険者ギルド本部より予算がおりて設置されたものである。
ギルドマスターは疲弊した様子から一変、すぐさま酒精も疲れも感じさせない動きで中央受付に向かった。
我もアルニラム冒険者ギルド受付嬢としての顔で後に続いた。
まあ、警鐘の原因我なのだが。
(ようやく来たか)
何食わぬ顔で窓の外を見れば、上空には先んじて現れたであろう飛翔可能な魔物の群れが旋回していた。
まんまと我の魔力に"つられて"きおったようだな。
我がしたことといえば簡単だ。
普段は抑えている魔王としての魔力を、アルニラム周辺に香らせた。……それだけである。
非常に微量であるため人間などには感知できぬであろうが、魔物は別だ。
魔物は強い魔力を持つ魔族に惹かれる性質があるからな。もとよりこの魔物達はラケルタの魔王迷宮周辺に沸いておった者どもであるため、我本人の魔力に引き寄せられぬはずがない。
普段は挑戦者が迷宮に挑む前に魔物で疲弊されては困るため、迷宮に引き入れて迷宮魔物に変えるか、魔王城まで連れ込み我の
本日は急遽、
その数たるやなかなかのものであるし、我の魔力に惹かれ集まった魔物であるため強さもこの辺りの魔物より格段に上である。
その目的は
更には勇者育成ゲームのための
始めはここまでする気はなかったのだが、せっかく我の育てる勇者候補にライバルが出来たのだしな。
これくらいは、むしろした方が良いだろう。良き成長の機会だ。
(さて……どう対応する?)
ほくそ笑む我の視界の端で一瞬、螺鈿細工のような光が煌めく。
そのすぐ後、幾多の光の矢が上空に乱舞し、今にもアルニラムに下降しようとしていた鳥の魔物を数十体貫いた。
更には魔物が地に落ちる前に、燃え盛る炎の球が飛来する。
火球は肉も骨も焼き尽くし、死体は消し炭となって空に舞った。
(早いな)
肉眼では豆粒のようにしか見えない遠方の屋根の上を魔眼で見通せば、そこには矢をつがえた黎明の鏡のメンバーが二名ほど。
更には別の場所では赤髪の魔法使いゼノビアが杖を構えていた。魔物を焼き尽くした火球はこやつだな。
個々の実力も然ることながら、瞬時に遠方の仲間と淀みなく連携して見せた姿はなかなかだ。
エルンストの姿は今のところ見えないが……その近くには今、ユアンがいる。
(ククククク、ひよっこどもよ。我の整えた舞台でせいぜい踊り、舞うがよいわ)
アルニラムを魔物の群れが襲い始めてから、しばしの時が経過した。
上がってくるのは討伐報告がほとんどで、今のところ大きな被害報告はない。
だがそろそろ地上の魔物もアルニラムに到達するころだ。
どれ……。適当に理由をでっち上げて、どさくさにまぎれて我も街に出るか。
現在黎明の鏡らに加え、奴らを見たがったアルニラムのハイクラスパーティーは町に留まっている。
そのためあまり被害が出ることは無いはずだが、万が一、我が普段使っている店などが壊れると困るのだ。
ゆえに、ある程度の討ちもらしはこの魔王自ら処理してくれよう。
フハハハハハ! 人間ども、我に感謝するがよい。
ユアンとエルンストの様子も確認できるしな。やはりギルド内部からだけでは、業務と並行しつつ全ての把握は難しい。
さて、我直々にその行動が勇者へ至るに足りえるか目定めてくれようぞ。
そう考え意気揚々と、我が冒険者ギルドから外に踏み出した時だ。
「エリーデル!!」
(おお、近くまで来ていたのか。フハハハハ! 探す手間がはぶけ……)
少し離れた位置から血相を変えたユアンが走ってくるのが見えたのもつかの間。
「エリーデル、上ーーーー!」
首の後ろを掴まれるような感覚の後、我の体は浮遊した。
「おい!! 受付嬢がドラゴンに攫われたぞーーーーーー!!」
そんな声を遠くに聞きつつ、我は空高く舞い上がったのだった。
…………。
んん?