我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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4話 「我は魔王。魔王からは逃げられないのだ」

 勇者になって魔王をやっつけるため、冒険者になりたい。

 そう主張した子供は、我に年齢制限を突きつけられた直後に周りの冒険者達に笑われた。

 子供が口にしたこともあるだろうが……もとが魔王を倒す人材育成の組織であるくせに、いざ勇者になりたい、魔王を倒したいなどと口にすれば笑い者か。程度が低くて呆れるな。

 この辺を見るに、アルニラムの平均的な冒険者どもの質は知れる。

 少なくともあの中に、我を倒す勇者となりうる人間は居ないだろうよ。

 

「…………!!」

「あ、ちょっと、君」

 

 子供は顔を真っ赤にして跳ね起きると、止める間もなく外へ飛び出していった。

 引き留めようとした我の手が空しく宙を掴み、あたりには子供を嘲笑う哄笑、もしくはボロボロだった子供の姿に憐れを誘われた者どもの囁き声が満ちている。

 

 ……ふむ。

 

「先輩、少しぬけてもよろしいですか?」

「! ええ、いいわよ。いってらっしゃい」

 

 我の言葉に何やら訳知り顔になった先輩が頷き、「控室にお菓子とお茶を用意しておくわね」などと言ってきたが……まあ良いだろう。善性の強い先輩はなにやら勘違いしているようだが、我にとって都合が悪くなければ何でもよい。

 

 自身の受付カウンターに「休止中」と書かれた板を立てかけると、我は子供を追って外に出た。

 

 

 

 

 

 

 小僧、覚えておくがいい。

 魔王からは逃げられないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ッ! ぜぇ……ッ、ぜぇ……! くッ、あの子供っ、やるでは、ないか……!」

 

 子供は随分と足が速いらしく、追う我を瞬く間に引き離し町を出て外の森まで駆けていった。

 ……別に我が遅いわけではない。この「エリーデル」の体がのろまで、体力が無いだけだ。

 クッ、改めて思うが人間とはなんと脆弱であることか! 初めてこの身体で走ってみたが、この我に息切れをおこさせるなど……!

 なんたる屈辱。下手にエリーデル本人の再現をしたばかりにこのような無様を晒している。ぬかったわ。

 そのうちこの身体も鍛えねばならぬな……!

 

 クックック。しかし目視で見失おうとも、あの子供の気配を追う事など容易い。我は魔王だからな。

 

 我は肩で息をしつつ、子供を魔力探知で追って森の中を進んでいた。

 この森はよく薬草などの採集クエストが発注される豊かな森で、動物も魔物も多い。

 あの子供、威勢のわりにずいぶんと弱っていた。下手をすれば遭遇するのが動物でも魔物でも死ぬぞ。

 冗談ではない。せっかく我が……。

 

「おぶっ!?」

 

 内心で不満をたらたらこぼしつつ汗をぬぐっていた時だ。

 真横の深い茂みから、不意に何かが飛び出してきて我の体を押し倒した。

 な、なんだいきなり! この魔王が変な声を出してしまったではないか!!

 

【グルルルルルルル】

「……ふんっ、犬畜生か」

 

 鋭い爪を立て我の体を地面に縫い留めていたのは、生臭い息を吐きだす狼型の魔物であった。

 確かこの森の中では中級に位置する討伐対象だな。小僧の気配を追う事に集中しすぎて気づかなんだわ。

 

「ほう、我を喰らおうというのか? 面白い」

 

 卑しくも我の上に涎を垂らす魔物にうっすらと笑みを浮かべる。

 この身体は我本体のような(フィジカル)は無いが、魔力は充填してあるのだ。

 我を食おうと粋がっている魔物の首を落とす事など容易い。それとも丸焼きか? 氷漬けか?

 魔物は我が眷属である魔族とは別物。大目に見てやる必要もない。

 

「この我に土をつけたのだ。どれ、魔王自ら手を下す栄誉にあずからせてや……」

「おねえさん、あぶない!!」

 

 我が手を下さんとした、その時だ。

 幼い声と共に小さな体が魔物につっこみ……あえなく吹っ飛ばされた。

 

「あぐゥッ」

 

 地面に背中を打ち付けたのは小さき者、我が探していた子供だった。

 もとからボロ雑巾のようだった見た目が地面をころころと転がり、余計にボロ雑巾みが増す。

 だが子供は涙目になりながらもすぐに起き上がって、近くにあった木の枝をひっつかみ不格好に構えた。

 …………おい、まさかそれで戦う気か?

 

「危ないのは君です。すぐに逃げなさい」

 

 その貧相な装備で自分の何倍も大きな魔物に立ち向かう勇敢さは評価するが、裏を返せばただの向こう見ずな蛮勇である。

 それに見られていては我が力を行使できぬであろう。一応、無力な小娘として人間社会に溶け込んでおるのだぞ?

 さっさと逃げてくれればこのような犬畜生など秒殺だ、秒殺。

 

 しかし子供は我の呼びかけに反し、ぶんぶんと首を横に振る。

 

「……にげない! おねえさんは、僕がたすける!」

「気持ちは嬉しいですが、君では無理ですよ。誰か呼んできてくれますか?」

 

 困ったものだと思いつつ、別の行動を促す。が、子供は体を震わせながらも魔物から目をそらさなかった。

 

「やだ! 僕は、もう、にげない! 今度こそ、にげたくない!!」

(むう……。これは魔物に別の何かを見て、我に誰かを重ねておるな……?)

 

 頑ななその様子にざっくりと予想をつける。

 この子供、どこのゴミ捨て場からやってきたのかと言わんばかりの姿であった。おそらく冒険者ギルドに来る前、何かあったに違いない。

 

 まあ今はそのような事はどうでもいいのだが。

 それよりも子供をどうやって引かせるべきか……。

 

(どれ、先に子供を気絶させてからこの犬畜生の排除を……)

 

 そう考えた時だった。

 急に体を押さえつけていた重みが無くなったと思えば、「キャインッ」という情けない獣の悲鳴。

 

「エリーデルちゃん、だいじょうぶ~?」

「……ギルドマスター、仕事は良いんですか?」

「まず聞くのそこ!? エリーデルちゃん、先輩に似てきちゃったのかな!?」

 

 聞き慣れた声に顔を上げれば、脚を振り上げた体勢の我が冒険者ギルドのギルドマスター。

 どうやら彼が魔物を蹴り飛ばしたらしく、狼魔物は近くの木に体を打ち付けてぐったりしていた。あの様子では骨でも折れているのだろうな。

 武器を使うまでもなく一蹴するか。……調子は軽いが、やはりこの男はなかなかに強いようだ。

 

「君もへいき~? ……あらら。泥だらけじゃない」

 

 木の棒を構えたまま震えていた子供は、危機が去ったと分かるやへたりと座り込んだ。

 気勢は大したものだったが、実のところ怖くて仕方なかったのだろう。

 

「……よごれてるのは、もとからだし、へいき……」

 

 余裕もないだろうに律儀に答えた子供を前に、わざわざ来てくれたらしいギルドマスターに目くばせする。

 

「……とりあえず、冒険者ギルドにいらっしゃいな」

 

 酒気を帯びた赤ら顔でへにゃりと笑う男に、子供は力なく頷いた。

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドに戻った後、少し迷った末に子供をギルド内にある我の自室へと連れて来た。

 ちなみにギルドマスターはお菓子とお茶を持ってきてくれた先輩に「仕事がまだ終わってないですよ」と連行されていった。

 

 件の子供はといえば、椅子に座りながらぎゅっと下履きを握り込み、俯いて体を震わせている。荒い息遣いを見るに、どうも泣いているようだ。

 今さらながら恐怖が襲ってきた様子である。

 

「君はなぜ勇者に……いえ、魔王を倒したいのですか?」

 

 震えが納まってきたところで、ひとつ問う。

 

「…………魔王のせいで、僕の家族と村が、なくなっちゃった、から。魔王なんていなければ……! うう……!」

 

 ふむ、そうだろうとは思っていたが動機は復讐か。

 まあ我は存在するだけで在来の魔物が凶悪化するし、部下は着々と人間領を侵略しているしな。さもありなん。

 

「なぜ、君がやろうと? いずれ勇者様が現れるのに」

「そんなの、まってられないよ! 僕を笑うような、魔王をやっつける気もない大人たちなんかに、まかせられない!」

 

 うむ、我もそう思う。

 

 現在我が率いる魔族の世界侵略は、緩やかだが確実に行われている。

 なぜ緩やかかといえば、単純に魔族の全体数が少ない人材不足。おそらくこれも神の調整だな。

 だからこそこの町のように侵略地から遠い場所には脅威が伝わりにくく、冒険者共もあのような生ぬるい考えで日々の糧を得るために依頼をこなす連中が多いのだろうが……。

 

 きっといつか、他の誰かがやってくれる。そんな風に考えているのだろう。

 だが我はそのいつか、を待つには暇を持て余しすぎているのだ。

 

 ……ん?

 

「君はどこから来たのですか?」

 

 そう。この辺りは魔族の侵略地からは遠く、滅びた村など我が最初の出発地点に選んだ廃村くらいだ。その廃村も滅びたのは数十年前だろうという有様だった。

 子供は焼け焦げボロボロに破れた服を纏っており、髪も思わず屑鉄に例えたくなるチリチリボサボサな様相だ。みすぼらしい。

 侵略し滅ぼされた村から命からがら逃げて来たとしても、この様子で踏破できる範囲に滅ぼされた村などないはずだが……。

 

「…………クルスス村」

「クルスス村、ですか。……少なくともわたしは知らない村ですね。ここから遠いのでしょうか」

「……わかんない。助けてくれた人が、てんい魔法っていうので、連れてきてくれたから……」

「ほう」

 

 思わず感嘆の声がこぼれてしまった。

 転移魔法は適性が無ければ使えないため、使い手が非常に少ないのだ。

 実を言うと我も使えないので、人間領域には転移魔法が使える部下に送ってもらった。

 

「その助けてくれた人は、今どこに?」

「えっと……「ここはひかくてき平和だから、たすけてもらいなさい」って言って……どこか、行っちゃった……」

 

 むう、そうか。興味があっただけに残念だ。

 それにしても助けるだけ助けて置き去りにするとは、そこまで面倒見の良い人間ではないようだな。

 

 それにしても……この子供。

 故郷と家族を失い、見知らぬ土地で置き去りにされたというのに失意することも誰かに助けを求めることも無く、真っ先に冒険者ギルドを訪ねて魔王を倒すと吠えるとは……ふむふむふむ。

 

 

 

 正直言って、素晴らしい人材である。

 

 

 

 先ほどまで我は勇者とは我の墓と同義なのでは? と考えていた。

 そして終活には死後、自らが入る墓を用意する活動もまた含まれる。

 これら二つを繋げると……我にとっての墓の用意とは、それすなわち……。

 

 

 

 

 勇者をこの魔王自らの手で育て上げる事だ!!

 

 

 

 

(そう! そうではないか! 勇者がいつ現れるのか分からずやきもきするくらいなら、自ら育てればよいのだ!!)

 

 これは暇つぶしの遊戯とあわよくば勇者待ちの退屈な時間を短縮できるいいとこ取りができるのではないか!?

 なんという冴えたひらめきだ。流石は我。

 

 

 ちらり、と子供を見やる。

 

 

 魔王()を倒したい動機とやる気は十分。

 若いゆえに成長性もある。

 無謀ながらも()を守るため魔物に立ち向かった姿は実に勇敢。

 故郷と家族を失い自分に余裕もないくせに、冒険者になろうとした実行力も良い。

 

 現在、我の目の前には極上の勇者候補が存在した。

 ククク、魔王たる我は強運なのだ。

 

 

 

 

 

 

 素直にこちらの質問に答えつつも、子供に先ほどまでの威勢はない。

 冒険者になれない事実と、魔物によって己の無力さを突きつけられた事が効いているのだろう。

 

 しかし、そんな事では困るぞ小僧。

 

「そういえば、言い忘れていましたね。先ほどは助けてくれてありがとうございました」

「たすけて……ないもん」

「ですが、助けようとしてくれた。それだけで十分、わたしは嬉しかった。立派でしたよ。……ところで、何故森に?」

「魔物をたおせば、冒険者になれるとおもった……から」

「実績を積もうとしたのですね。素晴らしい行動力です」

 

 未だ慣れず動かしにくい表情筋の口角を無理やり持ち上げて笑みを作る。

 先輩が「笑顔は対人関係の基本」と言っていたからな。有象無象の冒険者共にはわざわざ作ってやる気は起きぬが、"良い関係"を作りたい相手ならば話は別だ。

 

 子供の前に立つと、我は片手を差し出す。

 

「…………」

「この手を取るかどうかは、君が自分で決めてください」

 

 そう前置くと、我は憐れな試金石に"道"を提示する。

 

 

 

「わたしが、君を勇者にします」

 

 

 

 さあ、この手を取るがいい未来の勇者よ。

 この魔王自らが、貴様を我が喉元に(いざな)ってくれようぞ。

 

 

 

 

 

 

 

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