我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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5話 「我は魔王。勇者育成ゲームを思いつく」

 ピリリとした体と精神が繋がる独特の感覚の後、わずかに体を震わせてからうっすらと目を開ける。

 

 眼前には豪奢な作りの広間が赤い絨毯と共に遠い入口へと伸びており、左右は宝物と我に挑んだ生物の成れの果てが埋めていた。

 窓の外は昼夜問わず暗い曇天の中、紫電が迸り雷鳴が轟いている。

 

 ここは魔王城……玉座の間。

 我の自室も兼ねているため、基本的に我はいつでもここにいる。

 

 現在は人間が活動していない時間帯のため、分身体(エリーデル)を休止させ本体であるこちらへ意識を戻しているのだ。

 ……といってもギルドで受付嬢を始めてからは、暇つぶ……人間の学習を夜通しするため、本体は留守にしっぱなしであったが。部下には「瞑想」と言ってあるので、特に不審がられてはいないだろう。

 今晩からは"小僧"が同じ部屋で眠るため起きているわけにもいかず、久しぶりに本体へ意識を戻したのだ。

 

 

「…………」

 

 七日ぶりの玉座の間。…………改めて目にすると、私室というには寛げない空間である。

 広すぎて落ち着かぬし、全体的に暗くてじめじめしているのがそこそこ不快だ。

 本来の我にすれば特に気にならない明度、湿度なのだが分身体(エリーデル)の感覚がまだ残っているらしい。

 そしてひとつ気になると、他の事も気になりだしてしまう。

 外の雷がうるさいしチカチカ光るのが鬱陶しい。宝物は多いが家具がほぼ無い……などなど。

 

 

 なんだこれは。

 魔王の私室がここまでお粗末で良いものなのか?

 せめて"魔王"という仕事の場である玉座と、プライベートな空間は分けるべきだったのでは……?

 何故我はこれまで気にしていなかったのだろう。

 

 

 先ほどまで分身体が身を沈めていた寝台は、簡素ながら心地よかった。全体重を投げ出せるのが素晴らしい。家具も部屋に備え付けの質素な物しかなかったが、簡素故に機能美に優れていた。

 しかし、この魔王たる本体はどうだ。

 寝台の一つもなくゴツくて刺々しい玉座に座りっぱなしの我、あまりにも惨めでは……。

 黄金の玉座は大小様々な宝石と魔石で飾り立てられているが、その輝きが滑稽にすら見える。

 いや、魔王たる我の体は疲労などせぬため寝台など必要ないのだが……。

 

(あと、なんかこう……。汚くはないが、散らかっているというか……雑然としているな……?)

 

 そわっと、魔王に相応しい巨体の奥が妙な感覚でざわついた。

 献上された宝物やら骨やらよくわからないものが、棚も何もなく投げ出されている。落ち着かない。

 最近朝の清掃や業務時間内に資料の整理などを行っていたからか、どうも気になって仕方がないのだ。

 

(やることもないし、片付けるか……)

 

 またひとつ、この魔王という役割が与えていた価値観に塩辛さを覚えてしまった。せめて手の届く範囲くらいは整えてわずかばかりの満足感を得るとしよう……。

 そう思い、のっそりと体を玉座から持ち上げようとした時だった。

 

「!! お目覚めですか、魔王様」

『!』

 

 誰も居ないと思っていたのに声をかけられ、思わず肩が跳ねそうになる……のを押さえて、ゆったりと玉座の背もたれに体をあずけた。

 本体であるこの巨体はそんな些細な動作であってもズズゥン……と重々しい音が響く。

 そしてひと呼吸おいてから、眼下に視線を向けた。

 

『フォルティマか……』

「!!!!!! 御身に名を呼んでいただけるとは、有りがたき幸せ……!」

 

 我の眼前では一人の魔族が膝を付き頭を垂れている。我の側近兼魔族参謀を務める、フォルティマという魔族だ。

 この体だとこやつの大きさにはすぐ気づけぬのだよなぁ。

 フォルティマは人のように直立できる二足歩行の体に鳥と竜の特徴を持つ鳥竜族(ちょうりゅうぞく)という魔族だが、その大きさは平均的な人間のせいぜい二倍程度。我にしてみれば小さき者である。 

 

 それにしてもやたらと感動したような声を出されてしまったが……我はそんなに部下の名前を呼んだことが無かっただろうか?

 そう首を傾げていると、フォルティマが神妙な声色で問いかけてきた。

 

「魔王様御自ら動かれようとするとは……! まさか、勇者が現れたのですか?」

(いや、部屋の片づけをしようと思って……とは言えぬな)

 

 更に言うならば「その勇者を我自身が育て始めたぞ」とも言えない。

 

 

 

 

 そう。

 我は本日より、終活の一環として勇者育成ゲームを始めたのだ。

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

「おねえさんが、僕を勇者に……?」

 

 『わたしが、君を勇者にします』と告げた我に、喜びよりも戸惑いが勝っている様子の子供。

 我は急いては事を仕損じるとひと呼吸おき、言葉を選ぶ。

 

「ええ。……といっても、直接鍛えてあげたりすることは出来ませんが」

 

 なにしろ我は単なる受付嬢であるからな。

 

 我の素晴らしい思い付きで勇者を育成することを決めたはいいが、一発で成功するとも思っていない。そのため優先度は人間の生活を送ることの方が上である。我の大事な暇つぶしであるからな。

 ゆえに簡単に魔王たる力をひけらかして、直接小僧の師匠になってやる気など毛頭ない。

 

 ……が。"魔王ゆえ"に、直接鍛えなくとも受付嬢という立場を利用して出来ることはあるのだ。ククククク。

 

 たった今考え付いた思い付きを自分でも確認するように、我はひとつひとつ言葉として形にしていく。

 

「君が冒険者になれる年になったら、私が責任を持って君が強くなれるためのクエストを選んであげましょう」

「強くなるための……?」

「ええ。受付嬢はですね、冒険者の方の要望に沿っておすすめのクエストを紹介するのもお仕事なんですよ」

 

 まあ先輩がやっているところを見ただけで、我はまだ紹介とやらをしたことがないのだが……まあ、そのうち教えてくれるだろう。

 何しろこの冒険者ギルドは人手不足であるからな!

 

 

 我が考える勇者育成計画……というと大仰だな。これは素晴らしいとはいえ生まれたばかりの思い付き、児戯のようなもの。勇者育成ゲームとでも名付けるか。

 ともあれ、その勇者育成ゲームの概要は「受付嬢として経験値に合ったクエストを紹介しつつ、実際はそのクエスト先に魔王として試練となる魔物や魔族を派遣して無理やり鍛えてやろう!」というものである。

 

 まさに遊戯(ゲーム)に相応しい内容と言えよう。

 強制的に格上の相手と戦わせつつ、死なない微妙な匙加減の見極めが必要となってくるからな。

 さらにはクエストの中に我を倒すためのヒントやら何やらを盛り込んだりして工夫をこらしてだな……我の弱点とかよく効く武器の情報とか……。

 

(ふむ、面白そうだ! 我ながら良い思い付きをしたものだな!)

 

 我は自分の冴えた考えににやけそうになりつつも、遊戯の要となる子供を見る。

 最初は戸惑いが勝っていたが……次第に考え込むように顔を俯かせていく。

 

(確か五歳、だったな)

 

 どうも冒険者ギルドというもの、年齢については一定の安全圏(セーフティライン)を設けているようだ。それが十歳という線引きである。

 幼い身で冒険者の資格を得られるとなると、それを悪用しようという大人の人間も出てくるらしくてな……。

 まったく、一概に人間といえど質はピンキリである。それだけ数が多い、という事なのだろうが。

 

 そういうわけで、この子供が冒険者になれるまでにはあと五年の月日が必要である。

 ゲームをするならばすぐに育成可能な年齢の冒険者を見繕えばよいだろうが、こういうものは難易度が高い方が面白いのだ。

 我が閃きを得た直後に我の前で勇者になりたいと述べた運命力は素晴らしいが、現状こやつはただのやせ細った子供に過ぎないからな。

 それをどう勇者に仕立て上げるか、考えながら過ごすのもよい暇つぶしというものよ。

 

 我は暇つぶしの天才かもしれない。

 

 

 

 

「僕……ほんとうに、勇者になれる……? 魔王を、やっつけられる……?」

 

 子供の答えを聞く前に今後のこ奴の教育方針について考えていると、おずおずといった様子でこちらを見上げてくる幼い顔。そこには勢いで突っ走っていた先ほどまでと違い、不安が色濃く表れていた。

 ここではっきり「なれる」と言ってやっても良いが……。断言とは時に説得力より胡散臭さが勝るものだ。会ったばかりの相手ならば、なおさらな。

 

「絶対ではありません。ですが君が一人で頑張るより、可能性は生まれると思っていただいて結構ですよ」

 

 こ奴が勇者として大成する可能性は現状ではゼロに等しい。

 だが少なくとも魔王本人が攻略の道筋を立ててやろうと申しておるのだ。まったくの無ではない。というかもしそうだったら我のプレイングに問題があることになるだろうが。

 

「知っていますか? 一人より、二人の方が強いんです」

 

 そう言いながら人差し指で小僧の鼻先をつつき、優し気に笑みを浮かべた。

 子供の頬がほんのりと朱色の染まる。

 ククク……。我がお前の憎む魔王とも知らず、呑気なものよ。我ながらなんという邪悪。流石我。流石魔王。

 

(ふむ。この身体の記憶も、なかなか役に立つな)

 

 我のエリーデルとしての話し方や、こういった振る舞いは素体(エリーデル)から読み取った本人の記憶を参考にしている。

 どうやらこの娘には丁度この小僧くらい年の離れた弟がいたようだったからな。それらの経験をもとに甘言を囁き、子供の心を篭絡するなど容易い事よ。

 もとより心は弱り切っておるだろうし、その隙間に我の言葉は容易に滑り込むだろう。

 

 しかし子供は熱を振り払うように顔を左右にふると、我を揺れる瞳で見つめてくる。

 

「なんで、そんなふうにしてくれるの? おねえさんとは、会ったばかりなのに」

(むっ。ええい、面倒くさい。さっさと頷けばよいものを)

 

 好意に理由づけしなければ納得せんのか。子供のくせに疑り深い奴よ。

 我としては「ゲームの駒にしたいから」以外の理由はないが、まさかそれを口にするわけにもいかぬ。

 さて、なんと言おうか……。

 

「…………。わたしには、ここで働く前の記憶がありません」

 

 それを聞いて、小僧の雰囲気が変わる。

 

「……なにも覚えてないってこと?」

「はい」

「おとうさんとか、おかあさんとか……家族のことも?」

「ええ。そんな時、ここのギルドマスター……先ほどのおじさんに拾われたんです。おじさんはお礼を申し出る私に、こう言いました。「もしも恩を感じてくれるなら、そのお礼はいつか、他の誰かに同じようにしてあげてくれたらいいよぉ。世の中、そういうもんだから」……と」

 

 言葉には真実を織り交ぜると説得力が増す。

 そのため、実際にギルドマスターから言われたそれがちょうどよかった。

 

 見ず知らずの相手の身元引受人となり、我に仕事を与えたギルドマスター。それは親切以上に何か意図を含んでのものだと考えるのが至極当然だ。

 ゆえに我は先手を打って、後々恩義を着せられないように何が礼になるのか探りをいれたのだが……返ってきたのは小僧に述べた内容である。

 

 こちらとしては肩透かしをくらった気分であるが、この場で小僧を助ける理由としてはうってつけであった。

 下手に魔族の我がでっちあげた嘘の理由を考えるより、人間の流儀に則った方が適切であろうからな。

 

「だからわたしは、自分が助けてもらったように君を助けたいと思いました。"世の中そういうもん"、らしいので」

 

 ちらりと、窺うように子供の顔を見る。

 

「……理由がこれでは、不十分ですか?」

 

 しばらくの沈黙の後、子供はふるふると首を横に振った。

 

「……おとうさんも、おかあさんも、同じこと、言ってた。誰かにしんせつにしてもらったら、こんどは自分が誰かにしんせつにしてあげなさいって」

 

――――……よし! 落ちたな。

 

 我は密かに拳を握ると、我の提案を受け入れる体勢になった子供の煤けた屑鉄色の髪を撫でた。

 

「わたしはエリーデル、といいます。君の名前は?」

「……ユアン」

「ではユアンくん。とりあえず、君はここに住みなさい」

「え!?」

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 ……といった経緯があり、現在勇者の卵は我が手中である。

 下手に放置して野垂れ死なれても連絡が取れなくなるのも困るため、とりあえず我が手元に置くこととした。

 

 我が自室として与えられているのはギルド内の元・ギルドマスターの仮眠部屋であり、そう広くはないが子供一人住まわせる程度は出来るであろう。

 居候の身で更に居候を招き入れる行為は当然最初は反対されるものだと思ったが、元々ここのギルドの者どもは我の身の上(嘘)に同情的だ。

 自分が助けてもらった分、今度は自分が~という、小僧に説明した内容で許可を求めれば意外とあっさり許諾された。ギルドマスターの男は何故か泣いていた。

 

 その分小僧にかかる費用や世話は我が責任を持たねばならぬが、もとより育成ゲームのつもりなのだ。そういった手間もまた遊興の一環である。

 

(さてはて、しかしいざ手のひらに雛を乗せてはみたが、どう育てていくべきか……)

 

 そこまで考えて、足元に跪く腹心を見てふと思いつく。

 

 

 

 うむ、こ奴にも手伝わせるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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