我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

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7話 おねえさんは、ほっとけない

「ん……」

 

 鳥の鳴き声とわずかに顔へかかる朝の光に、深い眠りから呼び覚まされ身じろぐ。

 しかし体温で温まった布団と……それ以上に温かい人肌が心地よく、目覚めは遠のくばかりだ。

 微睡む時間は思考を甘い蜜のように溶かし、ユアンに錯覚をおこさせる。

 

 ここは自分の家で、この人肌は父か母だ。

 父ならもっと硬い身体だから、この柔らかさは母だろう。

 そう考えて甘えるようにすり寄り、胸元に顔を埋める。

 

(ああ……きもちいい……)

 

 心からの安心を得て、微睡みから再び深い眠りに引き返そうとする。

 

 

 

 

 しかし、夢とは覚めるものだ。

 

 

 

 

「おはようございます」

「…………。…………? …………。…………!! わっ、わあああぁ!?」

 

 鈴が転がるような声と共に、至近距離からこちらを覗き込む朝焼け色の瞳。陶器の人形を思わせるしみひとつない肌……美しい顔。

 母の瞳は自分と同じ夕焼け色で、肌は日々の畑作業で日に焼けていた。自分はそれが大好きで、目が合うとお互い「おはよう」と言いながら抱き合うのが朝の日課だった。

 

 だからこれは、母ではない。

 それがわかると同時に、一気に目覚めて跳ね起きた。

 

「ご、ごめんなさい! おかあさんと、まちがえて……!」

「? 別に謝られるようなことはされていませんから、気にしなくて結構ですよ。疲れていたのでしょう。よく眠れば、多少寝ぼけることもあります」

 

 そう気にしたふうでもなくベッドから身を起こしたのは、このベッドと部屋の主である少女だ。

 自分よりは年上だが、彼女もまた子供と言われる年齢である。

 しかしあどけなさの残る顔立ちに浮かべる表情は大人びていて、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。

 

「あの……う……おは、おはよう……ござい、ます」

 

 覚め切らない頭でとにかく挨拶だけでも返さなければと、しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。

 少女はそれを眺めた後、すいっと指で部屋の中心を指差す。

 そこには何か物を置けばすぐ埋まってしまいそうな面積の簡素な机。今は水差しと洗面器、布が一枚置かれていた。

 

「はい、おはようございます。まずそこの水で顔でも洗ってください。ああ、喉が渇いていたら飲んでもいいですよ。カップは棚にしまってあるので、必要なら言ってくださいね」

「あ、ありがとう」

「その後は食事にしましょう。服は今日買いに行くので、もう少し我慢してください」

「はい……」

 

 つらつらと予定の述べていく少女に、言われるがままに頷く。

 そして自分の体を見下ろせば、確かに昨日のままの服装だ。

 焼き焦げた臭いが鼻を突き、同時に昨日の記憶が蘇る。すると喉の奥からつんっとして、せり上げてくるものがあった。

 

(!! だ、だめ……! せっかく、やさしくしてくれたのに、きらわれ、ちゃう)

 

 口を押えてなんとか胃に押し戻そうとする。

 今ここで吐いてしまえば、この優しい少女も「汚い」と言って自分を突き放すかもしれない。そんな考えが過った。

 それは自分をあの燃え盛る村から助けてくれた相手が、別れる前に鼻で笑って「君みたいな汚いガキを連れて歩けませんね」と言捨てていったことから想起した可能性。

 助けてくれた相手でも、その手は容易く離されるのだ。

 

 

 自分は全てを失った。

 その中でわずかに手に入れた……否、与えられた救いの手。それをこんな失態で失いたくないと、ぎゅっと喉に力を入れる。

 

 だがそれは逆効果だったようだ。

 

「あう、え゛っ、おえェ……ッ!」

 

 抑えようとした反動か、それは一気に喉を駆けあがり口から吐き出された。

 体を折り曲げて荒い息と共にえずく。口の中が酸い。

 ……そして目の前の、少女の衣服が自分の吐瀉物で汚れてしまったのを見たユアンは情けなさと苦しさで涙が出た。

 

「ごめっ、ごめんなさ……ッ」

「ああ~……。んんっ、えーと……こういう時は……」

 

 焼けるように熱い喉から絞り出したかすれ声で、なんとか謝罪しなければと焦るユアン。

 しかし少女は少し考えたあと、汚れた衣服を気にする風でもなく……ゆっくりと、ユアンの背をさすった。

 

「これでいいですかね? それとも病気ですか? うーん……医者となると流石にお給料の前借りでしょうか……相場が分かりませんが……」

「ち、ちがっ! だいじょうぶ、びょうきじゃないよ。ただ、きもちわるくなった、だけ」

 

 自然と医者などという金のかかることを口にする少女を慌てて止める。

 確かに気持ち悪いが、それは病気とは違うことくらいユアンにも分かったからだ。

 

「そうですか。では落ち着いたら口をゆすぎましょうね」

「う、うん。…………。!?」

 

 あくまで淡々としている少女にどう謝っていいか分からなくなったユアンだったが、次の瞬間……悲しさと苦しさと混乱で埋まっていた思考が驚愕で塗りつぶされる。

 

 

 それは少女が思い切りよく着ていた服を脱いだからだ。

 

 

「おねえさん!? 女の子が、男の子の前でおようふくぬいじゃ、だめなんだよ!?」

 

 幼いながらいっぱしに育ってきている羞恥心がそんな事を言わせるが、少女はと言えば面食らったように目をぱちくりさせている。

 

「……驚いた。その年でもう、そういった感覚があるのですか。ませているんですねぇ」

 

 そう言って面白そうにユアンを眺めた後、しかし少女は着替えの手を止めない。

 

「ですが、これからこの狭い部屋で一緒に暮らすんです。いちいちそんな事を言われても面倒なので、慣れてください」

「~~~~!」

 

 白い肌が見えた所でたまらず顔を手で覆ったユアンに対し、少女……エリーデルは「シーツにかからなくて幸運でした」と呑気な様子だ。

 

(このひと、よくわからない……)

 

 自分に手を差し伸べ、勇者にしてくれると未来への希望をくれた。

 だから優しい人……なのだろう。けれど、どこか妙に噛み合わないものを感じる。

 

 昨日も疲れ果てて疑問を感じる間もなく勧められたベッドに倒れ込んだが、そこは普通に彼女のものであったようで、普通に汚れた自分と至近距離で一緒に寝ていた。

 ……シーツがゲロで汚れなかったことを喜ぶなら、なぜ煤けて汚れたユアンのことはベッドに入れたのか。

 

 困惑しつつ、とりあえず言われた通りに口をゆすぐことにしたユアン。

 そんな彼の状態が整ったのを確認すると、着替えを終えたエリーデルが今度は部屋の扉を指差した。

 

「もういいですか? では隣の宿直室で食事にしましょう。調理場を好きに使っていいと言われているので、わたしが作ります」

「え……あ、うん」

 

 吐いたばかりの相手に平然と食事にしようと誘ってくるのもどうなのだろう。そう思いつつ、腹は素直に鳴いている。

 気持ち悪さは残るものの、ユアンはその誘いに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねえさん!?」

「はい?」

 

 そして落ち着く間もなく、少女の料理風景に悲鳴をあげることとなる。

 

 目をまん丸に見開いたユアンにエリーデルは小首を傾げつつ……片手で殻ごと粉砕した卵を、素手で「ぐわしっぐわしっ」とかき混ぜている。

 更には牛の乳らしきものを水っぽくなるまで「だっぽんだっぽん」と投入し、調味料と思わしきものを「ざっぱざっぱ」と放り込んでいた。

 仕上げとばかりにそれを鉄のフライパンへ豪快に流し込み、恐ろしい火力で焼き上げ……止める間もないほどあっという間に、水っぽいぐずぐずの"炭"が完成したのである。

 

「さあ、オムレツの完成ですよ。食べましょう」

「うそでしょ!?」

 

 炭をオムレツと言い張ったエリーデル。少なくとも幼いユアンの目にも、今しがた行われた行為は料理でなく食材への冒涜であることが理解できた。

 家では毎朝卵を提供してくれる鶏の世話はユアンの役割であったが、もしその大事な卵をこのような使われ方をしたら怒り心頭である。

 

「? うそ、とは?」

「僕が知ってるオムレツじゃない!」

「あ~。君が言っているのは巻くオムレツのことですね? 作り方を教えてくれた方が、それはまだ難しいだろうからとフライパンの型のまま焼く作り方を教えてくれたんですよ。具を入れてもいいそうですが、あいにくと今は無いのでこれで我慢してください」

 

 そういう問題ではない。

 

「卵を割って混ぜて、牛の乳と調味料と混ぜて焼き上げる。簡単ですが、奥が深い料理です。何度か作っていますが、教えてくださった方と同じように出来たことは一度もありません。それでも味はまあまあですよ」

「まあまあ……?」

 

 この食べなくても舌の上が地獄になること確定の物体が、まあまあの味……?

 顔を青くするユアンに皿に盛りつけた炭を提供すると、エリーデルはさっさと自分だけ食べ始めた。

 咀嚼音は「じゃりッ! じゃりッ!」である。

 

「ふむ……。どう細かく粉砕すれば、あのように滑らかな舌触り、美しい黄金の見た目になるのか……。牛の乳は成長によいと聞きますし、入れれば入れるだけ美味しいはず。まだ足りなかったでしょうか? それか調味料の分量か……。これくらいの塩辛さも好みですが、これだと溶けずに残ってしまうようですね。ふふ……本当に奥が深い。まあこれも歯ごたえがあって悪くはないですね」

 

 何やら自分で評価をし出した。

 反省点を顧みている様子だが、総合的に「悪くはない」と判断しているあたり使われた食材に口があったら「思いあがるな!!」と叫んでいる事だろう。

 

「………………」

 

 嫌な汗がユアンの額を伝う。

 

(食べなきゃ……いけない、よね)

 

 恩義ある相手が手ずから用意してくれた料理。先ほども迷惑をかけたばかりである。食べないなどという不義理は出来ない。

 だが食材の嘆き声がしてくるような物体、果たして食べても平気なのだろうか。

 

(そうだ、魔法! きっとおねえさんは魔法を使えるんだ! だからきっと、こんな見た目でもおいしいのかも……! おねえさん、食べてもへいきそうにしているし)

 

 希望的観測。

 ……純真さと相手への信頼によって、ユアンは判断を誤った。

 

 

 

 

 

 その後、物体を口にしたユアンは塩っ辛さと口の中を刺す殻の残骸と炭の食感に床を転げまわり再び吐くこととなる。

 

 

 

 

 

 

「おねえさん。たまご料理にはね、カラはいれないの。全部いっしょにまぜるわけじゃないの。どんなにまぜてもカラはとけないの。牛乳も、しおこしょうも、入れすぎなの。おいしくないし、もったいないでしょ。火もね、強すぎだよ。だからね、うまくできないの。わかった?」

「なんと……! ユアン、君は天才ですか?」

「おねえさん……」

 

 ひとつひとつ、自分でわかる限りの失敗の原因を述べていくユアンにエリーデルは本気で感動しているようだった。

 

 吐いた後、どうしてああなったのかと問い詰めたユアンに対し「教わった通りに作った」と供述……ユアンは二度目の「うそでしょ!?」を口にした。

 表面上は確かに「卵を割って調味料を混ぜて焼く」という工程をなぞっているが、その中身があまりにも常識が無さ過ぎた。

 少なくとも普通の人間ならば途中で「これはヤバい」と気づくはずである。幼いユアンでさえ気づいたのだから。

 その後も辛抱強く話を聞いた結果、どうもエリーデルは「美味しい」と感じる範囲が恐ろしく広いようだった。が、それが「まともに」美味しくなるならそれに越したことはないらしい。

 ユアンの指摘をうけて作り直した物体は少なくとも黄色くなり、味付けや焼き加減はまだまだであるものの、少なくともユアンでも食える仕上がりとなっていた。

 同じ過ちを繰り返すことはないらしいと、ユアンはこれからの食生活を思い本気で胸をなでおろした。

 

 

 

 

 自分に手を差し伸べてくれた、優しいおねえさん。

 

 吐いて服を汚しても、怒らなかった優しいおねえさん。

 

 …………でもどこか、妙にズレたものを感じる不思議なおねえさん。

 

 

 

(なにもおぼえてないって、言ってたな……)

 

 その影響だろうか。

 冒険者ギルドの受付に立っていた姿は、大人と並んでも違和感がないほどちゃんとして見えた。周りからも信頼されていそうだった。

 ……なのに料理としてお出しされたものは炭である。

 

 助けられているのはこちらの方だ。

 なのにこの頼りになるような、ならないような不安感、放っておけなささは何だろうか。

 

 ユアンは首をひねりつつ……ひとつ「よし!」と力強く拳を握った。

 

(たすけてもらう分、僕にできることでおねえさんをたすけよう!)

 

 

 

 それが今できる精一杯の恩返しだろうと、ユアン少年は決意を固めるのであった。

 

 

 

 後日、エリーデルの先輩だという受付嬢がユアンの話を聞いて「あの子、覚えは良いけど本当に常識抜けてるところあるから変だと思ったらガンガンつっこんであげてね。あと私にも教えてね。絶対よ! ああもう……! ちゃんと生活できてるのかと思ったらこれよ。やっぱりギルド内とはいえ子供二人で生活なんて……いえでもエリーデルちゃんは一度教えたらちゃんと覚えるし……ああもうっ」と嘆いていたのでユアンの感覚はあたっていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

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