我は魔王。受付嬢である   作:丸焼きどらごん

8 / 36
8話 暗天裂く霹靂

「おねえさん、見てて。僕がみほんをみせてあげる」

「まさか、その動き……! 巻くオムレツを、作れるようになったというのですか……!? おおおおおお! ま、巻かれていく! 卵が絹のように輝いていく!!」

「その子、筋がいいよ。よかったら今度から食堂を手伝わないかい? もちろんお駄賃は出すからさ」

 

 珍しく早めの出勤をしてくると、どうにも開店前の食堂が賑やかだ。

 覗いてみれば、少し前に自分が保護した女の子と、更にその女の子が保護した男の子がなにやら食堂の長たるおばちゃんの前でわちゃわちゃしている。どうやら男の子が料理をしているようだ。

 その姿を見る女の子は目を輝かせており、非常に微笑ましい光景となっている。

 

(エリーデルちゃんに、ユアンくん)

 

 邪魔をしないように、そっと心の中で二人の名を呼ぶ。

 

 

 

 女の子……エリーデルは記憶喪失だ。

 それはさして不思議な事では無かった。それほど心に衝撃を受けたのだろうと、思うに足る状況だったのだから。

 

 しかしそんな身の上だというのに、エリーデルは逞しく、義理堅かった。

 

 保護する上の名目としてギルドの仕事を与えたらすぐに見習い業務を覚え、朝も早くから出勤して掃除などしてくれている。いい子だ。

 それだけでも十分だというのに、彼女は「何をすれば助けてもらったお礼になるのか」と……そう、身元引受人となった自分に問うてきた。

 自分は「もしも恩を感じてくれるなら、そのお礼はいつか、他の誰かに同じようにしてあげてくれたらいいよぉ。世の中、そういうもんだから」と答えたのだが……まさかもまさか。エリーデルはすぐにそれを実行してみせた。

 拾われて一か月もしないうちに、記憶喪失の少女が更に幼い子供の面倒を見ると言い出したのである。それがユアンだ。

 少々戸惑いはしたが、自分の言葉がそんなに彼女に響いてくれていたのかと、冒険者ギルド、ギルドマスター……マリウス・ゴルドーは、ちょっと泣いた。

 

 ギルドの施設内とはいえ幼子の二人暮らしに不安を覚えていたものの、二人の様子を見る限り、仲良く過ごしているようである。

 

 

 

 マリウスは幼い少年少女を見守りつつ……ふと。少女を拾った時の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリウスは荒廃し、人影が消えて久しい寒村で雪を踏みしめていた。

 

 しんしんと降り積もる白い影は増えも減りもせず、一定の積雪を保っている。

 "外"では温かな薫風が初夏を告げ、山々は翠巒(すいらん)に彩られているというのに……ここは真逆。

 十年と少し。この場はかつての冬の景色のまま、外界から切り離された時間を繰り返していた。

 

 マリウスはほとんど崩落した村の家屋の中、比較的形を保っている家に入る。

 手にしているのは淡い色で構成された、瑞々しい花束と花冠だ。

 

「久しぶり。ああ……今日も君は綺麗で、君は可愛いな」

 

 寝室の中、横たわる人影がふたつ。大人と子供だ。

 一人はマリウスの妻で、一人はマリウスの娘だった。

 眠るように横たわる彼女たちの周りは、凍り付いた花で幾重にも飾られている。

 花の(しとね)を形作るのは、マリウスの十数年にわたる弔いだった。

 新たに添えられた花々も、この村の"時"に触れると同時に、ひび割れるような音と共に凍り付く。

 

「終わりにしなきゃなぁ……本当は埋めてやらなきゃいけないのになぁ……ごめんなぁ……」

 

 二度と開くことの無い瞼に唇を落としながら、マリウスは何度も妻と娘に謝った。

 

 

 

 この村は過去に魔族と凶暴化した魔物の襲撃で滅んでからずっと、マリウスの魔法で時を刻むことを辞めていた。

 他の村人は全て墓へ埋葬したが、妻と娘だけは体を縫合し化粧をして、生きているように装わせ……こうして何年も通い続けている。

 

 それはマリウスの弱さだ。

 もう言葉を交わすことも、ぬくもりを感じることも出来ないのに、二度とその(おもて)を見れなくなることを恐れている。

 

 

 

 

 今日もまた別れを告げる決心がつかないまま、マリウスは家を後にした。

 

 家族を奪われた憎しみで、魔物を従えていた魔族を単身討伐したこの男。過ぎた年月の中で一介の冒険者から「ギルドマスター」という地位に上り詰めていたが、その地位がもたらす金銭は全て忘却を促すための酒へと消えている。

 どうせ使い道のない金であるし、酒でも飲まねば生きられないからだ。

 妻も娘も、きっとマリウスが後を追う事は望まないだろう。それがわかるからこそ生き続けているが、とてもしらふでは過ごしていけない。

 

 酒を抜くのは、この村へ戻るときのみである。

 

「ああ……意外と俺も、しぶといねぇ。あと何年もつんだ? この魔法」

 

 時を止める魔法。普通でないその効果をもたらしているのは、マリウスが過去に迷宮で見つけた宝物の力だ。

 代償は「使用者の時間」。すなわち寿命である。

 数年も使えば自分の寿命などとっくに尽きて、あの世の家族に言い訳のたつ死因を得られると思っていたのだが……今のところ、その気配はない。

 

 魔法の使用で命が尽きるか、自分で終止符をうつか。

 

 その選択肢に揺れながら、今日も惨めにマリウスは村を去ろうとした。

 村を出る境界線で、再びしらふを失うために強い酒をあおる。

 

 今日からまた死ぬに死ねない、この村のように色彩の欠けた日々が始まるのだと考えると、どうしようもなく憂鬱だった。

 

 

 

 

 

 しかし、今日という日はいつもと違った。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 雪雲に覆われた薄暗い空を裂くように、鮮烈な光が霹靂(へきれき)のごとく閃いたのだ。

 

 

 

 まるで暁に輝く明星のような、紫と紅の煌めきを纏いながら一直線に天から落ちてくる金色の光。

 

 それが時を止めた世界を、一瞬だけ鮮やかに彩った。

 

 

 

「なん……だってんだ……」

 

 マリウスは喘ぐように声を吐き出すと、足を一歩踏み出した。

 重い。靴に鉛を詰め込んだようだ。しかし二歩目、三歩目と歩を進めるごとにそれは軽くなり、気づけば一目散に光が落ちた先へと走っていた。

 体を動かすのは、何かがこの色を失った世界を、自分を、変えてくれるのではないかという身勝手な期待。

 

「…………ッ」

 

 白い息を荒く吐きだし、膝に手をつく。

 光は村の中心に落ちたはずだが……と周囲を見回すが、その痕跡はすっかり消えてしまっている。

 落胆が心に影を差す。酒を飲んだせいで幻でも見たのだろうかと。

 

 ……が、次の瞬間。

 耳を裂くような獣の咆哮に、マリウスは再び走り出した。

 

(俺以外はこの村に入れないはずなんだ。魔物も、人間も……! さっきのは、魔物が侵入した光だってのか!? いや……魔族!? 獣の声は、配下の魔物か!?)

 

 時を止める魔法は結界の役割も果たす。それを破るとすれば、マリウスが持つ宝物の魔力を上回るナニカだろう。

 マリウスはそれが魔族だと思った。この村を襲った魔族はマリウスが倒したが、同格か……それ以上の。

 

 

 自分から全てを奪った魔族。

 それがこの静寂を壊すことは、何よりも耐え難い。

 

 

 マリウスは期待から反転し憎悪へと変わった心の内をかかえ、駆けた。

 そんな中、景色に再び変化が生まれる。

 

「!? 馬鹿な……!」

 

 まるで氷にひずみが入り割れゆくように、目に見える風景に亀裂が走り崩壊していく。

 ポロポロと崩れ六花が舞うがごとく、止まった時間が動き出す。

 

(部分破壊に留まらず、結界の完全破壊!? そんなことが……!)

 

 そして。

 信じられない気持ちでそれを見るマリウスに止めを刺すように、懐に抱えていた宝物が……砕けた。

 

「な、えっ!? そんな……! なんっ、何で……ッ!! やめろ……やめてくれ!!」

 

 悲鳴のような声で誰ともなく懇願するが、魔法の力を失った空間は静寂の冬を置き去りに初夏の空気に包まれた。

 

 時を止める魔法が破られた。

 その事実にマリウスは思わず膝から崩れ落ちそうになったが……遠方に見えた光景に、目を見開いた。

 

 

 廃村のボロボロな家屋を踏み倒し、悠然と長い首をもたげたのは竜種(ドラゴン)だった。

 ぞろぞろと凶悪な牙の並ぶ(あぎと)を開き、喉の奥から咆哮と共に焔を放つ巨体。鱗一枚一枚が強力な魔力を帯びて虹色の魔力光で輝いている。瞳の色は金色だ。

 

超位竜種(アークドラゴン)……!?」

 

 どう見てもこの周辺にいるような個体では無く、瞬時にそれが結界を崩壊させた主であると察した。

 単独で戦うべきではない、高難易度の討伐対象。……そう冒険者ギルドマスターとしての経験が囁くが、踵を返すべき足を縫い留めるものがあった。

 

 

 

 少女だ。

 

 

 

 未だ残る雪を踏みしめて、ドラゴンの正面に少女が立っている。

 …………鼓動を止める前の娘と、同じくらいの年齢だろうか。

 

 

 それを見た瞬間、脳裏を駆け巡ったのは魔物の牙から守れなかった家族の幻影。

 

 

「ぁあああああああああああッ!!」

 

 

 気づけば剣を引き抜き、ドラゴンの首を落としていた。

 自分がどういった動きをしたのか、その一瞬の記憶がない。しかし冒険者の中でも上位の地位をもつとはいえ、普段では考えられない力を発揮したことだけは理解した。

 

 

 ――――同時に、自分を数十年前の冬に縛り付けていた楔が綻んだことも。

 

 

 救えなかった事実は変わらない。

 しかし無様に生にしがみついた結果、この場所でひとつの命を救えたのなら……この命にも、意味はあったのではないだろうか。

 

 仮初の冬は砕け散り、雪原は野花の咲く緑の絨毯へ衣替えする。

 

 その中心できょとんとした顔でこちらを見てくる少女。

 ふわりと広がる淡い金の髪に、夜明けの空を思わせる暁色の瞳だ。

 一糸まとわぬ姿で立つ姿や、この「ドラゴンが破壊するまで」結界に覆われていた場所にいる事実が訳ありなことを否応にもつきつけてくる。……おそらく、あのドラゴンに攫われてきたのだろう。

 

「お嬢ちゃん、無事かい?」

 

 マリウスは少女に安否を尋ねる。

 我ながら泣き笑いのような、変な声だと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな回想を終えて、マリウスは改めて仲睦まじく料理をしている子供たちを見る。先日まで険しさと憔悴しか感じられなかったユアンの表情は、自然と笑顔に崩れていた。

 

「もう、おねえさんったら。そんなにたくさん口にいれなくてもいいのに」

 

 ユアンが作ったらしいオムレツをリスのように頬を膨らませて頬張るエリーデルを見て、マリウスも思わず吹き出した。

 ……住んでいた村を魔族に滅ぼされたとあって、ユアンのことは他人事に思えない。その彼がこうして短い期間で笑顔を取り戻したことに、ひそかに胸をなでおろす。それを成したのは、自分が拾った少女だ。

 

 生きているような、死んでいるような人生だった。

 しかしそれでも生きた結果がこの光景なら、どうも自分が死ぬべき時はまだ先のようだ。

 

 

 

 

「みんな、おっはよー! ユアンく~ん。それ、俺にも作って~」

 

 思わず感慨にふけってしまった気分を振り払うように、いつものおどけた酔っ払い調子で子供たちに挨拶する。

 するとマリウスに気が付いたエリーデルが、「あ」ともののついでのように、ひどくあっさりそれを口にした。

 

「ギルドマスター、サボってる時って暇ですよね? よかったらユアンに武術を教えてあげてほしいのですけれど」

「サボってる前提で話されると俺泣いちゃうなっ」

 

 

 

 

 

 

 




主人公が拾われた時のギルドマスター視点の捕捉話でした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。