小僧……ユアンと共に生活を初めて、早くも数日が経過した。
最初は寝台が狭くなるなと考えていたが、小僧はまだまだ小さな体ゆえにその心配は無かった。むしろちょうどいい湯たんぽ(という道具があるらしい)となって、我の体を温める大役を担っておる。
本人はいっちょ前に恥ずかしがっているが、これも寝台を提供している対価だ。大人しく我が
そしてこの小僧なのだが……意外にも、勇者の前に料理人として才能を発揮した。
これだけでも我が手を差し伸べてやった価値はあるといえよう。
基本的に我の食事は使用を許されている調理場にて自分で作るか、食堂の長からの献上品か、外へ買いに出るかの三択。
給与の関係と自身の好奇心を満たすために、外食よりも自分で作ることが多かったが……なかなか食堂の長たるご婦人のようにはいかず、首をひねっていた。
だというのに、小僧め。
少し食堂の長に見てもらいながら作り方を教わるだけで、この我の腕前を容易く抜いていきおったわ。
初めて食事を共にした時、小僧は自分で料理を作れないくせに我の作ったものに意見し改善してみせた。どうやらその才能、張りぼてではなかったようだな……!
まあ、我とて? 直接ご婦人に指導を受ければ同じように出来たが?
ただ作り方を口頭で教わった際に「簡単」だと言われた手前、上手くできぬから手取り足取り教えてくれなどと言うのは魔王としての矜持が許さなかっただけで……出来たが? あのように直接目視してもらいコツを教われば、我だって。
…………。
ともあれ小僧の申し出もあり、今後は交代で食事を作る決め事となった。
小僧は食堂の長に誘われるがまま食堂で下働きをすることとなり、毎日他の料理人から色んな料理の作り方を教わってくる。ずいぶんと可愛がられているようだな。
料理の腕を抜かれたことは悔しくあるが、我は魔王……王なのだ。小僧に関しては専属料理人を得たようなもの、と思えばよい。
ククククク。せいぜい我のために、その腕をふるってもらおうか。
しかし小僧を手中に収めた本来の目的は、勇者にすることだ。
ゆえに、そちらに関しても抜かりはない。
少し前、いつものごとく酒精を漂わせたギルドマスターがフラフラ食堂に顔を出したので、ものは試しにとユアンの指導を頼んでみた。
魔法に関しては折を見てフォルティマに一任するつもりだが、剣術や体術は人間に任せた方が良いだろうからな。
なにしろ魔族は同じ魔族内でも部族ごとに体の構造が様々であり、とてもではないが人間の指導には向かない。
ならばせっかく実力がわかっていて、暇そうにしている(サボっている)者が身近にいるのだし、使わない手はないとギルドマスターに声をかけたのだ。
腐ってもギルドマスター。サボりの常習犯とはいえ、仕事が忙しい事は知っている。
ゆえにダメ元ではあったが……「え~? いいよぉ」と、非常に軽く了承されてしまった。
どうにもあの男、我に甘い。都合がいいため問題ないが、普段からギルドマスターのサボりを嘆いている先輩の手前、頼んでおきながら少々申し訳なくなってしまったぞ。この魔王が。
流石に毎日ではないが……それでも実力者から直接指導を受けられるのだ。冒険者になるまでの期間における下準備としては、十分であろう。
これで勇者育成ゲームの序盤環境は整った。
あとは小僧が成長し冒険者になったら、我が"魔王"として裏で手回しをした特別なクエストを"受付嬢"として紹介してやるのみである。
ククククク。せいぜい今は平和な食堂手伝い小僧兼我の専属料理人として、しばしの安寧を楽しむがよい。
冒険者になった後は、そのように過ごさせるつもりはないゆえな。
だが愉悦にほくそ笑む中、思わぬ誤算が発覚した。
………………………………我の方に。
「え、クエストの紹介業務? エリーデルちゃん、やりたいの?」
「はい、是非。なので、やり方を教えてもらえないでしょうか」
さて、人間の時間などあっという間だ。
小僧に極上のクエストを紹介してやるため、我も早々に先輩から紹介業務について教えてもらい肩慣らしをせねばな……と、張り切り勇んで先輩に掛け合ったのだが。
「……あ~……ごめんね。まだ説明してなかったっけ。あのね、紹介業務は見習いのあなたにはまだ無理なのよ」
「確かにまだやり方を知りませんが、これまでのように覚えて……」
「うん、エリーデルちゃんが優秀なのは知ってる。でもね、これって資格の話なのよね……制度としての」
「資格?」
肩慣らしでなく肩透かしをくらった気持ちで聞き返すと、先輩は頬に手を当てて考え込む。
資格……ふむ。冒険者ギルドは利用者の冒険者共が荒くれぞろいの割に、組織としての制度はなかなか細かく唸らされるものがある。これはいち受付嬢としてだけではなく、魔王としてもよく聞くべきことやもしれぬな。
これらの積み重ねが、勇者を生むのかもしれないのだから。
「えーと……そうね。いい機会だし、ついでに説明しちゃいましょうか」
そう言うと、先輩は他の受付嬢に集まるよう声をかける。現在は受付対応も落ち着いている時間のため、彼女らは「なになに、楽しい話?」といった様子ですぐに集まってきた。どうも人間の女というのは雑談が好きらしい。
ちなみに一番初めに仕事を教えてくれたため先輩の事を"先輩"と呼んでいるが、アルニラム冒険者ギルドに属する受付嬢は他に三人いる。
その三人が集まったのを確認すると、先輩は「今からエリーデルちゃんに受付嬢の資格について話しまーす」とだけ前置きをし、話し始めた。
「受付嬢の基本業務は、エリーデルちゃんもやっているように冒険者の人が掲示板からもってきた依頼書とその人の冒険者クラスを照らし合わせて受注処理をすることよ。でもね、もう少し踏み込んだ業務ってなると分担が出てくるの。で、その分担ごとに資格が必要なわけよ。資格を取るための試験を受けて、一定の能力があると判断されないといけないわ」
「分担……ですか」
「ええ。まずエリーデルちゃんは今、
先輩が他の先輩たちを端から手でしめすと、それぞれ心得たとばかりに頷いた。
「あたしは
「私は
「あーしは
聞きなれない称号に戸惑うが、とりあえずなるほど、と頷いておく。
ふぅむ……。受付嬢とひと言で言っても、単純に「見習い」と「一人前」の二種類ではないのだな。ふぅむ……資格か……。
「それぞれ責任と、専門的な知識が必要になるからね~。何年か前に本部が資格制を導入したのよ。だから見習い以降は、この三資格のうちどれかを取得してやっと一人前の冒険者ギルド受付嬢ってわけ」
「なるほど……。ん? そういえば先輩は、どの資格をお持ちなのですか?」
問いを口にしてから「いや、紹介を行っていたのだから
「全部よ」
「全部?」
聞き返すと、他の受付嬢が代わりに口を開く。
先輩の肩を抱き、その声色は我がことのように自慢げだ。
「彼女、すごいのよ~。普通ね、二つ以上の資格を持つ人って稀なの。それを三つもこの若さで取得したんだから、才女よ才女!」
「もうっ、照れるわね。……でも、とりたくてとったわけじゃないわ。仕方ないじゃない。普通この規模のギルド支部なら最低でもそれぞれ二人以上資格者が必要なのに、正職員が見習いのエリーデルちゃんを入れても五人しかいないんだもの。一人くらい全部の業務をこなせる人間がいないと、まわらないわ」
「そう言って、実際に資格取れちゃうのがすごいんだけどね」
「ねー」
「も~。ふふっ。褒めても仕事は今以上に手伝わないわよー?」
そう言いつつまんざらでもない様子であるし、先輩は面倒見がいいのだ。おそらく周りが困っていたら普通に手を貸すのだろうな。
「……っとまあ、そんなわけで見習いの内は紹介業務は出来ないの。でもいい機会だから、それぞれの専門業務については後で詳しく教えてあげるわね。エリーデルちゃんは
「だね~。まっ、見習い期間は三年あるしゆっくり考えなよ~」
「…………。! 三年……ですか!?」
「そだよー。最低でも見習いは三年続けないと、資格試験は受けられないの。あーしは一昨年まで見習いしてて、去年試験受けたんだ~。すごくない? 一発合格したんよ」
なんということだ……。ではそれまで見習いとして足踏みせねばならぬということか。
ぬぅ……。我にとって三年など瞬く間であるが、やはり肩透かし感がぬぐえんな。
……いやしかし、時間があるならばそれはそれで出来る事はある。
「……わたしも、全部の資格をとります」
「え!? いやいや、無理しないでいいよ~。仕事しながら勉強するの、結構大変だし」
フッ。心配は無用。
なにしろ我は魔王であるからな。それしき容易き事よ。
どうせ得られるものがあるならば、それは"全て"であるべきだ。
……だが、まあ。何事にも建前は必要か。
「全部です。そうしたら先輩、少しはお仕事が減りますよね? 先輩には色々と、お世話になっているので……」
「!! え、もしかして私のため!? え、え、みんな! この子やっぱりすっごくいい子じゃない!? えー!?」
クク……ククククク…………わーっはははははははは! 愉快愉快。人間め、この魔王の手のひらでよく踊ってくれるものよ。
…………。おい、踊るのは良いが全員で我の頭を撫でまわすのはやめろ。不敬であるぞ。このっ、ポケットに菓子を詰めるな。どうせなら手によこせ潰れてしまうだろうが菓子が!!
ま、まあともかくだ。
勇者育成ゲームのためにも、小僧が冒険者になる前に……我が一足先に高みへ昇らねばならないようだな。
我の終活は、まだまだ始まったばかりである。
今後も楽しませてもらおうか、人間どもよ!