アークエンジェルの居住スペースでキラは毛布を被って蹲っていた。出撃要請を断ったのはいいものの、その心は未だ澱んだままだ。理由は解っている。ミラベルを1人で出撃させてしまったせいだ。同年代の少女に艦を守るという重責を丸投げしておいてふんぞり返れるほど、キラの精神は図太くなかったのだ。
ストライクに乗るよう頼むマリューの顔を思い出す。彼女だって大事な機体をこんな子どもに託すのは本意じゃなかったはずだ。しかし、思いだけで打破できるほど現実は甘くない。だからプライドを捨てでも頼み込んだマリューは立派な大人だ。
ミラベルだってそうだ。逃げようと思えばいつでもできた。キラ達なんて見捨てて、ザフトに機体ごと投降すれば少なくとも命は助かっていただろう。それでも投げ出さず戦う姿にマリューと同じ強い信念を感じた。
そんな2人をキラは心の中で‶卑怯″と罵った。彼女達がどんな思いでキラ達とアークエンジェルを守ろうとしているのか、考えもしないで。
(でも、しょうがないじゃないか…)
戦争が嫌でヘリオポリスに来たのに、それが原因で戦わされるなんて本末転倒だ。そして何より、ザフト側にはアスランがいる。親友と殺し合う可能性がある以上、キラに‶戦う″という選択肢は無い。
戦っても戦わなくても、結局キラは苦しむ事になった。
「おいっ! あっちのモニターで外の様子が見られるぜ!!」
トールの言葉に顔を上げる。
戦況が気になる避難民が我先にとモニター前に集まる中、自然とキラも足を運んでいた。戦いたいわけじゃない。ただ、己を苛む罪悪感が少しでも軽くなればという独善的な思いからだ。
(僕は、どうしたらいいんだろう…)
ひょっとしたら見守る資格すら無いのかもしれない。けれども、見守る責任があるのかもしれない。甘い言葉で誘惑する自分と、厳しい言葉で激励する自分。心の葛藤に耐えながら、キラは最後尾でミラベルの戦いを見つめていた。
◇
「ええい。またか!」
‶イージス″のコクピット内でアスランが毒づく。機体強奪の際に再会した
数の差を生かして囲い込むアスラン達だったが、敵はそれを逆手に取っていた。
「オロール、もっと離れろ! 撃てない!!」
『分かっている! だけど、コイツ速いんだよ!』
ビームライフルは強力だ。戦艦の主砲に匹敵するその威力は撃てば機体を容易く貫通し、コロニーに大打撃を与えるだろう。それ故に、迂闊に撃っていいものではない。しかし、PS装甲には有効な数少ない武装なので今回イージスに装備させた。僚機のジンもD装備という火力重視の武装で身を固めている。
盤石の布陣だったのだ。
少なくともストライクに対しては。
だがアスラン達の予想は外れ、出撃したのは2枚羽のみ。温存しているのかストライクが出てくる気配が無い。クルーゼから警戒するよう言われた2枚羽のスピードにアスラン達は翻弄されていた。
更に悪いことに、作戦前に仲間のミゲルが
『アスラン!? 助けッ…』
モタついている間に2枚羽のライフルが火を吹き、またジンが爆散する。D装備は強力な分、重く巨大で被弾面積が大きい。それがノロノロ飛んでいれば絶好の的だ。しかも敵はご丁寧にビームの集束率をわざと甘くしている。そうすることでビームは拡散しやすくなり、まるで散弾銃のように広範囲に飛ばせるようになっていた。その代わりに射程距離は短くなったが、コロニーを傷つけないという戦いをするなら最適の戦い方だ。
「これじゃあ、俺達の方が獲物みたいじゃないか。クソッ!」
攻守が逆転し、仲間が落とされていく事に怒りが湧き上がる。キラの存在を確認するにはまず2枚羽をなんとかしなければならない。そう考えたアスランは敵目掛けて突貫する。2枚羽を相手にするには近接戦しかないと思ったからだ。向こうもそれを感じたのか、まるで逃げるかのように距離を空ける。
「2枚羽は俺が引きつける! その間に‶足つき″を落としてくれ!!」
アスランの指示で残りのジンが敵アークエンジェルに向かう。援護無しで戦艦の砲火を潜り抜けるのは難しいだろうが、仲間の腕を信じるしかない。
「落ちろ!!」
感情の赴くままライフルを乱射する。しかし、後ろに目でも付いているのか掠りもしない。無線から聞こえる仲間の怒声や悲鳴。火の手が上がる親友と仲間のいる敵艦。様々な要素がアスランから普段の冷静さを奪っていった。
だからだろう。敵の狙いに気づけなかったのは。
2枚羽が急上昇してこちらに銃口を向ける。後に聞いた話だが、それはつい先刻クルーゼが2枚羽を追い詰めた戦法だった。
「ッ!? うぉおお!!」
無我夢中でイージスをMAに変形させて急加速させる。そしてギリギリのところで敵のビームを躱した。安堵するのも束の間、アスランは再び驚愕する。2枚羽はアスランを放置して、足つきの方へと飛び去ったのだ。
そこで漸くアスランは敵の真の狙いに気づく。
向こうもイージスを脅威と見ていたのだ。だから艦から引き剥がす為に敢えて囮になったのだ。アスランと同じく自分が戻るまで仲間なら耐え抜くと信じていたから。
「み、みんな…」
まんまと掌の上で踊らされた代償は大きかった。戻ってきた2枚羽に混乱した仲間が次々と落とされていく。アスランは自分の判断ミスが招いた結果を茫然と見ることしか出来なかった。
『アスラン、何をしている!? 早く逃げろ! お前は隊長にこの事を伝えるんだ!!』
「ま…マシュー!?」
唯一生き残っていた仲間のマシューがD装備をパージし、重斬刀を片手に2枚羽に特攻する。
『生きてさえいればチャンスはある! 頼…』
それがマシューの最後の言葉だった。MAに変形させて急速離脱するイージスの中、アスランは頬を悔し涙に濡らしながら帰還した。
◇
「揺れが落ち着いた。終わったのか?」
アークエンジェルの牢屋の中でミゲルは独り呟く。先程までの揺れと爆音が嘘の様に今は静かだ。艦内の喧噪からして恐らく自軍は撤退したのだろう。そしてそれはまたミゲルは仲間を失った事を意味していた。
(今度は誰だ。誰が死んだ…)
「よお、元気してる?」
そんなミゲルを嘲笑うかのように
「なんだよクソガキ。殺されてぇのか?」
「愛想がないなぁ。私も今日からここでお世話になるんだ。お隣さんだから仲良くしよう」
ハァと驚くミゲルを余所にミラベルは隣の牢屋に入っていく。彼女を連れてきた連合兵に視線を向けると、彼も苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「彼女は身元不明の不審者でね。
「嘘つけ! 厄介者は一か所に集めた方が監視しやすいって魂胆だろ! 見え見えなんだよ!」
必死の訴えも軽く流されてしまい、改めてミゲルはミラベルと2人っきりになった。
「おい、さっきの戦闘お前も出たんだろ? 何人殺した?」
「そんなものイチイチ数えてないよ。そっちこそ今まで殺した人間の数を覚えているのか?」
ミラベルの返しにグウの音も出ないミゲルは荒々しくベッドに横になる。仲間を殺した事を糾弾できるほど、自分が綺麗な身ではない事を思い出したからだ。
『黄昏の魔弾』――数多くの連合兵を葬ったからこそ得られたミゲルに付けられた異名。誇らしかったそれが今では重く圧し掛かる。やり切れない思いを抱えながら毛布を被った。とりあえず今は頭を冷やしたい。
「ただ…倒した敵は全てジンだったな」
「…そうか」
彼女の話が真実ならば同期はほぼ全滅だろう。今なら夢の中で彼らに会えるかもしれない。そう期待しながら、ミゲルの意識は闇の中へと落ちていった。
ミラベル「どうしてキラ君はすぐ曇るの?」
作者「彼が主人公だからです」
なかなか話が進まなくて申し訳ありません。次回から宇宙編です。