ここまで書けたのは初めてかもしれません。これも楽しみにしている皆様のおかげです。ありがとうございます。
(どうして私はここにいるんだろう)
ヘリオポリスを無事に出港したアークエンジェル。そのMSハンガー内の百式の中でミラベルは一人黄昏ていた。
グースカ寝ていたところを叩き起こされ、引き摺られるように機体整備へと駆り出されてしまったのだ。さっきから寝ぼけ
(いやね、分かるよ。人手不足だから休んでんじゃねーよって。でもさ、敵は粗方やっつけたじゃん。すぐに新手が来るはずないじゃん。向こうもこれ以上損害出したくないから普通は慎重になるだろ? だから今だけなのよ。グッスリ眠れるのは…)
頭では理解していても、体はやはり休息を求めるのだ。足りない頭をフル回転させてもぎ取った戦果なのに更なる戦果を期待する周囲に少し辟易し、キーボードを叩く指も粗々しくなる。
「はぁ、いかんいかん。こういう時こそ
とりあえず、この時間を利用して百式のデータ抽出に成功した。残す問題はこの機体をどう処分するかだ。このまま本国に持ち帰る事も考えたが、状況が悪い。原作通りならアークエンジェルの最終目的地は地球連合軍統合最司令部のある『アラスカ基地』。あそこまで行くと今度は違った意味でミラベルは脱出が困難になる。自分の素性を明かさない事を前提とするなら、どこかで皆とは別れなければならない。
(でもマリューさんとの約束もあるんだよね。投げ出すのも嫌だなぁ)
公務と私事で自分が揺れているのが分かる。なんでもこなそうという欲深さはナチュラルだろうがコーディネイターだろうが変わらないらしい。
「…うん?」
思考のループに嵌っていたミラベルの目があるものを捉える。それは今しがたその未来を考えていた者達の中でも最重要の人物――キラ・ヤマトの姿だった。
民間人の彼が向かい合わせに立つストライクの中で作業を行っている。戦闘を放棄していたはずの身で何故と思ったら自然と体は動いていた。
無重力に身を任せ、百式からストライクまで一足飛びに跳び越える。
「…ミラベルさん!? 何してるんですか?」
「やあ、キラ君。しばらくぶり」
コクピットの縁にしがみ付く姿に軽く引かれるのも構わず、えいやと懸垂の要領で這い上がった。
「まだちゃんと御礼言ってなかったろ。百式のOS書換えてくれてありがとう。おかげで無事に帰って来れたよ」
「いえ…大したことないです」
笑顔のミラベルとは逆に顔が曇るキラ。それに心当たりがあるミラベルは問う。
「こんなところでどうしたんだ。戦いたくないって聞いたけど?」
キラは何も答えず、顔を背けて再び作業に戻る。回答を拒否する姿勢は年齢相応の生意気さだ。それを微笑ましいと思う己の歪みを感じながら、ミラベルは尚も話を進めていく。
「よし、当ててあげよう。戦わなかったせいで友達の傍に居づらくなった。どう?」
高速でプログラミングしていたキラの手がほんの僅かに速度を落とす。
「それとも軍人の誰かから発破かけられたかな? 女の子が戦ってるのにそれでも男か、とか…」
次々と出てくるミラベルの推論にキラの肩が震え出す。
「戦っても戦わなくても苦しい。そうだ、戦ってるフリをしていよう。それなら周りも自分も誤魔化す事ができる。違うかい?」
「あなたは…どうして戦えるんです。死ぬかもしれないのに、どうして…」
爆発しそうになる感情を必死で堪えているのだろう。搾り出すような声でキラが思いを吐露した。
「教えてあげない。戦う理由なんて自分で見つけなよ。そうじゃないと、きっと後悔するぞ」
ミラベルの解答にキラは顔を顰める。このまま突っぱねても良かったが、ほんの少しだけ心を見せてくれた彼に先人として語る事にした。
「なぁ、キラ君は人を殺すのに正当な理由ってあると思うかい?」
思わぬ質問に面食らうキラだが、慎重に言葉を選んで答える。
「…無いと思います。強いて言えば自己防衛の時とかですか?」
「ふむ、私的には
「そんな!? 限度っていうものがあります!」
「怒りや悲しみは理性のタガを外す引き金になるのさ。それが軽いのか重いのかは個人差があるけどね。例えば、地球連合とザフト。今この2つの陣営が殺し合っているけど、正当性があるのは果たしてどっちだろう?」
言われてキラは手を止めて沈黙する。
自己防衛で戦っている方はどちらか――改めてこの戦争の発端について考えたからだ。
最初のコーディネイターであるジョージ・グレン。彼の告白で生まれた人種差別問題。しかし、最初の頃は混乱はあれど、死者が出るほど酷くはなかった。それこそ戦争をするほどには。
(あれ? そういえば、なんで戦ってるんだっけ)
キラは歴史の授業で学んだ人類の軌跡を辿る。
「地球連合が…ナチュラルが‶血のバレンタイン”を引き起こしたから戦争が始まったんだと思います。だから悪いのは…」
早々と結論を出そうとするキラに対し、慌ててミラベルが待ったをかける。
「ユニウスセブンのあれか。間違いじゃないんだろうけど、もう少し掘り下げてほしいかな。う~ん、コーディネイターの拠点のプラント。あれができた経緯とか知ってる?」
「ええと、確かジョージ・グレンの発案で建造されたんですよね」
「そうそう。地球連合の前身だった大西洋連邦、アジア共和国、ユーラシア連邦が主にお金を出しあってね。そして出来上がったのは良いけど彼らは大きな壁にぶち当たった。そのプラントを運用できるのはコーディネイターでなければならないという点だ」
意図した訳ではないとはいえ、コーディネイターは自分専用の宇宙コロニーを手に入れた形になった。彼らにとってナチュラルの手が届かないプラントはまさしく楽園だっただろう。優秀な彼らはその才能を存分に発揮し、ナチュラル側の後押しもあってプラントは拡大を続ける。
『プラントで作れないものはない』とまで言われるまでに。
「でも理事国は食料、特に穀物の生産だけは厳しく禁じた。これは何故だろう?」
「コーディネイターがナチュラルを必要としなくなる。そんな事態になるのを避けたかったんだと思います」
どれほど優れた種族だろうと生きる為に食事は欠かせない。何もない宇宙空間において食料や水の確保は必須課題だ。言い換えれば地球に住むナチュラルがコーディネイターに対して優位に立てる絶好の機会だったのだろう。首輪を着けるならここしかないと。
しかし公式記録では地球からの輸入率は100%。誰が見てもこれはやり過ぎだと思うだろう。これでは両者の溝が深まるばかりだ。
「あと時期も悪かったね。そんなピリピリした世界でS2型インフルエンザが流行してしまった」
キラが頷く。同時期に従来のワクチンが通用しない新型インフルエンザが地球全土を襲う。多くの死者を出したその病魔から人類を救ったのはコーディネイターだった。プラントのフェブラリウス市がワクチンの開発に成功し、地球へ輸出したおかげでこのパンデミックは僅か1年で収束した。
「まだ小さかったから僕は覚えていませんけど、父さんが言ってました。死んだ人が多すぎてお墓にすら入れない人がいたって。世界を救ったコーディネイターはもっと評価されるべきだって。みんな、そう思うはずだったんです…」
「でも、そうはならなかった」
何故かコーディネイターの中で感染者がいなかった事、発生の前年にジョージ・グレンが暗殺された事も重なり、あれはコーディネイターの化学兵器だったのではないかという噂が流れていった。その結果、反コーディネイター感情が高まり、コーディネイターもナチュラルに見切りをつけてプラントへの移住希望が加速する事態となる。
「キラ君もあれはコーディネイターの自作自演だって考えているかい?」
その仮説をキラは首を横に振って否定する。
「いいえ。そんな便利なものがあるなら、とっくにこの戦争で使われています」
その解答にミラベルは笑みを深め、いよいよ佳境へと話を進める。
「そして時は流れ、プラントの地球へのエネルギー・工業製品供給地化が進んでいった。プラント建造に出資した理事国家はその恩恵にあずかり強大化。理事会はプラントに重いノルマを課すようになる。しかし、プラントはエネルギー生産部門をブルーコスモスというテロ組織に襲撃されてしまう。プラントのエネルギー供給量は大幅に低下した。プラント市民の生活が困窮するほどにね。やむなく一時的な輸出停止を申し入れるが、理事国側はこれを拒否した」
「え? な、なんでですか!?」
「さあ? コーディネイターへの嫉妬、プラントが生む利益、首輪を緩めるという恐怖、理由は幾らでもある。あるいは全部かも。とにかく、さすがにこりゃやってられないとプラント側もサボタージュしたんだが、これに対して理事国はMA艦隊でプラントを威嚇。この頃にプラント内で独立運動が急激に活発化して『自由条約黄道同盟:
講座を終えたミラベルは深々と頭を下げた。そしてポカンとするキラを余所にコクピットから出ていこうとする。
「あの!? なんでそんな事を僕に話したんです? 僕にどうしろっていうんですか!?」
「私はただ、キミに他人に言われるがまま戦場に出て欲しくないだけさ。なるべく私の感情を省いて話したつもりだけど、どう感じた?」
「…正直言って、地球連合の締め付けが酷過ぎると感じました。ここまでされたらザフトが反抗するのは僕でも分かります。この戦争を引き起こしたのは…」
「はい、ストップ。それ以上は言葉にしない事。どこで誰が聞いてるか分からないんだ。発言には気をつけるように。まぁ、今のキラ君の立場は微妙だけど、見方を変えたら意外と悪くないと思うよ」
怪訝とするキラに構わず、ミラベルは自身の考えを語る。
「キミはコーディネイターとナチュラル、2つの視点を手に入れたんだ。みんな自分の感情と立場を優先する中、これは貴重な体験だよ。ひょっとしたら、この戦争を終わらせる手段が見つかるかもね」
今でこそコーディネイターとは遺伝子調整された者と捉えられているが、本来は母なる地球と広大な宇宙の架け橋となる者を指す。
これを唱えたジョージ・グレンをロマンチストだと揶揄する者がいるが、ミラベルは嫌いじゃない。
(そんな彼が望んだコーディネイターに、キミはなれるかな)
現在まだ種でしかない未熟な少年。その未来がどのようなものになるのか想像しながら、ミラベルは百式へと戻っていった。
◇
一方その頃、ザフトのナスカ級高速駆逐『ヴェサリウス』のブリッジではクルーゼが副官のアデス艦長と今後の方針について話し合っていた。
「足付きにはまんまと逃げられてしまいましたな。いかがいたしますか? 一度ガモフと合流すべきと思いますが…」
「それには及ばん。行き先は見当がつく。おそらく『アルテミス』に向かうだろう」
「
先の戦闘で部隊を壊滅させた足付きの行動は素早かった。なんと正面口からヘリオポリスを脱出し、ヴェサリウスの前を堂々と横切っていったのだ。搭載していたジンを全て失った身では艦砲射撃しかできない。しかし、逃げの一手を打つ者に命中させるのは至難の業。更に帰還したアスランの話では、まだ向こうには無損耗のストライクが控えている。
悪戯につついてはこちらの被害が増す――そう考えたクルーゼは敢えて見逃したのだ。
「それもあるが、奪われたMSの情報を伝えたいのだろう。ザフトを倒すはずの兵器が、自分達を殺しにくるなど笑い話にもならんがな」
屈辱を味わわされた分、向こうにも味わってもらう。薄笑みを浮かべながら、クルーゼが指示を出す。
「ガモフに伝えろ! 追いつく必要も、攻撃の必要もない! ただし、後ろに張り付いて足付きに圧をかけろとな!」
さぁ、狩りを始めよう。
仮面に隠された双眸が星海の彼方へと消えた白亜の天使を見据えていた。
◇
L5宙域に広がる砂時計を思わせる宇宙コロニーの集合群『プラント』。その首都アプリリウス市のとある邸宅で壮年の男が一人、晩酌を嗜んでいた。
「今夜はこれで最後にしておくか」
未成年の時はああはなるまいと酔い潰れる大人達を見ていたものだが、いつの間にか自分も仲間入りしてしまった。時の流れは残酷だと、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインはしみじみと思う。
今日の会議も徹底抗戦の強行派が議場内を支配していた。シーゲルを含めた穏健派が宥めてはいるものの、議員達の反応を見る限り終戦は当分先だろう。思い出すだけで溜息が漏れる。
ザフトの完全自治権の獲得。それを得たいのはシーゲルも賛成だ。だが、武力によって強引に手にしたところで、いつか破綻するのは目に見えている。やられたらやり返す。古来より、人間が行なってきた業だ。だからこそ、シーゲルはコーディネイターの社会的地位を確立しようとしているのだが状況は芳しくない。
理由は分かっている。何もかも劣っているナチュラルに、何故上位種の我らが譲歩しなくてはならないのか、という選民思想があるからだ。
理事国も莫大な資金で建造したプラントを私物化した身でふざけるな、と主張している。
平行線を辿る両者がぶつかる事になった事件――血のバレンタイン。
エネルギー困窮に苦しむ市民の姿に耐えかねて作ったのが農業用コロニー『ユニウスセブン』だった。それを反逆の意思有りと考えた理事国は見せしめの為に戦術核ミサイルを撃ち込んだ。
死者数24万3721人。
あれを機に溜まりに溜まった不満が爆発し、こちらも核を地球に撃ち込もうとする者達を必死に止めたのは記憶に新しい。民衆の怒りを鎮める為、何よりプラントの力を知ら示す為、こちらも報復行動に出なくてはならなかった。
そうして実施されたのがオペレーション・ウロボロスだ。地表に
「あれで…終わると思ったんだがな…」
シーゲルは淋しく笑う。
敵の最大兵器を封じ、尚且つ原子力に依存していた彼らにエネルギー不足が如何に辛いかを思い知らせる事ができた。プラント民は怒りを鎮め、強行派も溜飲を下げてくれた事にシーゲルは胸を撫で下ろした。
ただし餓死・凍死した者が続出したせいで死者は10億人を超える。ユニウスセブンを凌ぐ大惨事を引き起こしたとして、シーゲルは世間から厳しく非難されてしまう。
これに対して理事国はやはりコーディネイターは危険だと徹底抗戦の姿勢を見せるようになった。
ならどうすれば良かったんだろう。
あのままテロに怯えながら理事国のノルマをこなしていれば良かったのか? 市民が苦しみ、死んでいくのをただ耐えろと? いつ訪れるか分からないナチュラルの心変わりを、指を咥えて待てと?
そんな事できる訳がない。
人はそう簡単には変われない。
あのジョージ・グレンですら、嫉妬の凶弾からは逃れられなかったのだから。
「偽善者、か…」
ある週刊誌に掲載されていた自分の記事を思い出す。『シーゲル・クラインは地球にもプラントにも良い顔をする。彼は自国を守る気がない偽善者だ』と痛烈に批判していた。
「じゃあ教えてくれ。この仕組みの深さを破壊する方法を…」
才能、地位、財産、知恵、あらゆる面で人は上下を、序列を作ってきた。持つ者は持たざる者から称賛されると同時に妬まれる。光と闇は表裏一体なのだ。
「人類全てが平等に生きていく事はできない。心がある限り、人は闇を抱えているんだ」
シーゲルに向かい合う形で置かれた写真立て。そこには亡き妻が穏やかな笑みを浮かべている。月光のように優しく他者の心を癒す女性で、そんなところにシーゲルは惹かれた。彼女が存命ならば、少しは違った道を見つけられただろうか。
ありもしない仮定に自嘲しながら、シーゲルはグラスを傾けるのだった。
じわじわとお気に入り登録者数が増えている事に喜んでいます。これからも私の作品を楽しんでいただけたら幸いです。