大学生探偵福来あざみ 作:あざジャス派の猫
高橋さんを追いかけて慌てて外に出た私たちだが、谷にかけられた吊橋が落とされているのを見て足を止める。
ロープが繋いであった柱には何度も斬りつけられた跡があり、どう考えても自然に落ちたはずがなかった。
「あっ、あいつだ! これもあの男が!」
「いい加減にして! 何が包帯男よ! バカバカしい!
森で女の子を襲ったのも! 電話線を切ったのも! 皆が怖がるのを見て楽しむため!
これ以上、私たちが怯えていると、その人の思うつぼだわ!」
怯える高橋さんを、チカコさんが一蹴する。
確かに、彼女の言っていることは一見すると筋が通っているように思えた。
(でも、本当にそうなの?)
眼鏡をかけて傷のついた柱を観察すると、斧を持った包帯男らしき影が実体化していた。
チカコさんの主張に間違いはなさそうだが、念視は推理の補助で、現実は異なる見え方をしている場合もある。
何より相手の声や音は聞こえないし、細かい部分までは謎だった。
「あざみお姉さん、何かわかった?」
「うーん、まだ情報が足りてないかも」
皆と一緒に別荘に戻った私は、服のポケットから手帳をだす。
今回の人物関係や事件の詳細を記載していく。
「ちょっと、コナン君!
駄目でしょ! あざみさんに迷惑かけちゃ!」
蘭さんがコナン君を連れて、皆と一緒に自室に戻ろうとした。
だが彼は、年相応の子供らしく駄々をこねている。
どうにも埒が明かずに困っているようなので、私は助け舟を出す。
「じゃあ広間に行きましょうか。今は少人数で居るほうが、危険ですし」
「えっ、でも──」
「大丈夫ですよ。コナン君は、迷惑かけたりしないよね?」
「うん! ちゃんと大人しくしてる!」
蘭さんは迷っていたが、結局三人で広間に移動する。
もし本当に狙われているなら、大人数で居たほうが安全なはずだ。
その後は皆で夕食をいただく前に、椅子に座ってお茶を飲む。
そして両手で頬を押さえ、落ち着いて考える。
「一度状況を整理しよう」
何故かコナン君がジーッとこっちを見てくるが、言いつけ通り大人しくしているようだ。
「ねえねえ、あざみお姉さん。何してるのー?」
「こら! コナン君! 邪魔しちゃ駄目でしょ!
ごめんなさい! あざみさん!」
「あはは、大丈夫。気にしてませんよ」
ここが名探偵コナンの漫画を元にした世界なら、彼は主人公で難事件を次々に解決していく。
なので私の推理なんてお見通しだろうが、にっこりと微笑みかけて丁寧に説明する。
「手帳に人物関係や事件の詳細を記載して、状況を整理してるの。
でもまだ情報が足りないし、包帯男が外部犯の可能性もあるから──」
包帯男はこの場の誰とも無関係な、外部犯の可能性もある。
しかしまだ断言はできないので、一つずつ事実を明らかにしていく。
コナン君は興味津々といった表情を浮かべて、片時も視線を外さずに私の説明に耳を傾けている。
何だか期待されすぎてプレッシャーがかけられているが、気にしても仕方がない。
「まずこの事件でもっとも重要なのは、包帯男の存在だね。
彼は一体何処から来て、何を目的にしているのか。
チカコさんの言うように、ただの愉快犯なのか、それとも──」
普段は心の中で状況整理をするのだが、今回はコナン君の期待に答えて一語一句を口にしていく。
すると彼も待ってましたとばかりに、聞いてはいないけど元気いっぱいに答える。
「最初は吊橋の上で見かけて、別荘のほうに逃げていったよ!」
「そう、以降はしばらく現れなかったけど。
高橋さんの証言もあるし、包帯男が何処かに潜んでいるのかも」
まだ絞り込めていないが、包帯男は何度も目撃されている。
確実に存在しているのは間違いない。
「次に気になるのは、蘭さんの命を狙ったこと。
愉快犯なら、斧を持って目の前に現れるだけで十分なはず。
なのに包帯男は、それだけでは済まさなかった」
蘭さんを殺そうとした理由については、現時点では良くわかっていない。
ただの偶然や勢いでやった可能性もあるが、私は何か引っかかるものを感じた。
「包帯男は私たちの目の前に姿を見せて、そのまま逃走。
さらに森で蘭さんを襲い、そのあと吊橋を落としてる。
ロープが結ばれていた柱に、狂人のような切り傷の痕跡まで残っていた」
こうして状況を整理すると、どうにも行動がチグハグに思える。
まるでチカコさんが言っていたように、自分はここにいるぞと周囲にアピールする愉快犯のようだ。
私は落ち着いて深呼吸し、両手を頬に当てて目を閉じて考える。
「うん、包帯男が近くに潜んで、今も様子を伺っているのは間違いない。
単独行動は控えたほうがいいかも」
ここまで考えたところで、ちょうど夕食の時間になる。
他のメンバーも続々と集まってきたので、推理は一旦打ち切ることにしたのだった。
一難去ってまた一難で、これから食事が始まるかと思いきや、高橋さんの悲鳴のあとに一階の窓に包帯男が現れる。
おまけにチカコさんを攫って、夜の闇に隠れてしまう。
コナン君が一番に飛び出して、続けて皆が後を追う。
ただし女性たちは鍵をかけて別荘に待機のようで、私も例外ではない。
しかし、ただ待っているのも暇なので、眼鏡をかけて周囲を注意深く観察する。
そこで二階の窓の外に包帯男の影を見つけ、一瞬驚きで顔が強張った。
だが無駄に場数を踏んでいるので、あまり慣れたくはないがグロテスクな死体を見ても、一般人とは違ってすぐに落ち着きを取り戻す。
(こんなところで一体何を? もしかして、屋敷に入ろうとしてる?)
だが、それにしては様子が変だ。
屋敷ではなく、転落防止柵に向かって何かをしているように見える。
気になったので階段を登って周囲を見回し、誰も居ないことを確認した。
続いておっかなびっくりで外に出て、影に近づいていく。
「二本の溝?」
何か重い物でも、細いワイヤーで吊るしたかのようだ。
木製の柵に、跡がくっきり残っている。
「そう言えば確か、高橋さんが立ってたのも──」
ベランダに出た彼の悲鳴で、私たちは包帯男に気づいたのだ。
そのあとは攫われたチカコさんを追って飛び出していき、まだ戻ってきていない。
「うん、落ち着いて考えてみよう」
他にも何かないかと探すと、別のベランダにも包帯男の影と二本の溝を見つけた。
恐らく両側にピアノ線を結んで、片方を切ったのだと考えるが、まだ推測の域だ。
取りあえず調査を終えた私は、中に入ってしっかり鍵をかける。
そして手帳を取り出して当時の状況を書き加えながら、自分が感じた違和感について考えていく。
「確か包帯男は、チカコさんを攫って一階の窓を右から左に横切ったんだよね」
そこまでは言葉にすると不自然ではなくても、私はやはり妙だと思った。
「足音が全くしなかったんだよね。
まるで紐で吊るされた人形が、空中を横切ったように見えた」
二階から一階に降りた私は、今度は懐中電灯で窓の外を照らす。
雨が降って地面がぬかるんでいるからか、足跡が多く残されている。
「私の予想通りなら──」
足跡は包帯男を追いかけていった皆の分しか残っていない。
チカコさんを攫って一階の窓に姿を見せるまでの痕跡が、全く見当たらないのだ。
「やっぱりアレは、宙に吊るされて移動してたんだ。
うん、きっとそう」
だがそれならブランコのように空中を移動するトリックを、一番近くに居た高橋さんが気づかないはずがない。
彼が冷静ではなかったことも考えられるけど、その可能性は限りなく低い。
「高橋さん以外、あのトリックを実行するのは不可能」
あまり考えたくはないが、チカコさんを殺害したのは高橋さんの可能性が高くなった。
ただ人間を吊るしてスムーズに移動するのは、非常に難易度が高く普通は無理である。
なので考え方を変えて包帯男は人形か何かで、チカコさんの一部ならどうかと推理していく。
「でも肝心の証拠品は二階のベランダにはなかったし、一体何処にあるんだろう?」
私は一度広間に戻ってお茶を淹れて、椅子に座って飲みながら考える。
「そう言えば、もう一箇所気になる所が」
二階のベランダを念視で調査したが、何の痕跡も残ってない場所にも包帯男が立っていた。
何かを隠しているようにも見えたけど、証拠品は見つかっていない。
「あの場所と状況的に、隠せるとは思えないけど。……もしかして!」
もし高橋さんが私の推理通りなら、証拠品の隠蔽も可能だ。
そして蘭さんが狙われる理由も予想がつく。
あとは皆の前で答え合わせをするだけだと考えていると、何やら玄関が騒がしくなってきたので、私もそっちに移動するのだった。
どうやらチカコさんが殺されてしまったらしい。
推理が間に合わずに殺人事件が起きたことに罪悪感を覚えるが、今は気を落としている場合ではない。
これ以上の悲劇が起きる前に、速やかに事件を解決するのだ。
私は大声を出して、この場の全員に呼びかける。
「ええと、皆さん! 悪いですが、少しだけ推理に付き合ってください!」
「あざみちゃん! 包帯男が見つかったの!?」
「それはこれからわかります!」
自分でも、推理が合っているかわからない。答え合わせをしたかった。
幸い皆は私のワガママに付き合ってくれるらしく、深呼吸をして静かに呟く。
なお別に両手を合わせて目を閉じて、例のアレを呼び出して解体したりはしない。
「それでは、今回の事件を一つずつ明らかにしていきます」
普通に目を開けて、調査でわかった事実を改めて発言していく。
「何度も目撃された包帯男。
彼はチカコさんを殺して、さらに蘭さんも狙っていました。
そして今も、私たちの近くに身を潜めているのは間違いありません」
それを明らかにするのが私の役目だ。
「その正体や目的は、既に判明しています」
私は二階のベランダで見つけたピアノ線らしき跡を皆に説明してから、一拍置いて続きを話す。
「包帯男の空気人形にチカコさんの頭部を固定して、あえて私たちに目撃させたんです」
「にっ、人形!?」
「その証拠にベランダにピアノ線の跡が残っていたし、包帯男の足音はしなかった。
地面の足跡も皆さんの分だけしか残っておらず、空中を移動したとしか思えません」
皆が驚いた顔をしている中で、高橋さんは冷や汗をかいていた。
なので私は彼をじっと見つめて、はっきりと告げる。
「このトリックが可能なのは、あのとき二階に居た高橋さんだけです」
「はっ、ははは! あざみちゃん! 勘弁してよ!
じゃあ僕は、引き上げた死体をどうしたって言うの!」
高橋さんは笑って誤魔化しつつ、その後は皆と一緒に森に行ってバラバラの死体を見つけたことを話す。
つまりピアノ線も空気人形も、証拠品は何も見つかってないことを指摘したのだ。
「あのとき、僕死体なんか持ってなかったよね?」
一緒に行った男の人たちも彼の発言に同意した。
だが私は、黙って首を振る。
「確かに死体を誰にも気づかれずに運ぶのは、難しいでしょう。
でも、首だけならどうですか?」
空気人形のトリックも、同じように首だけを固定したのだ。
そうすれば証拠品を持ち運んだり隠すのは、簡単になる。
「ばっ、馬鹿馬鹿しい! 何で僕がチカコを殺さなきゃいけないんだよ!
それに蘭ちゃんまで! そっ……それに──」
キレて大声で反論する高橋さんだったが、後半になると声が小さくなる。
「それに? どうして言わないんですか? 動かぬ証拠がありますよね?
包帯男と高橋さんとでは、体型が全然違うのですから」
私の発言で図星を突かれたのか、高橋さんは言葉に詰まって動揺する。
他の皆は彼を気遣い、どうして言わないのかと優しく尋ねていた。
しかし答えられないようなので、代わりに自分が説明する。
「高橋さんは、私に聞き返されるのが怖くて、言えなかったんです。
貴方、本当に太っているんですか……って」
高橋さんの顔色が悪くなり、驚愕の表情で固まってしまう。
「もし私の推理通りなら、高橋さんは元々太っていません。
だから、首を入れて運ぶことができたんです」
ここまで言えば、皆も誰が犯人かわかったようだ。
蘭さんは間違って扉を開けたときに、高橋さんの裸を見てしまった。
なので、太ってないことを思い出される前に、口封じしようとしたことまで説明する。
私はそこで、大きく息を吐いた。
その後、高橋さんはアツコさんの自殺や、チカコさんが盗作していたことを話してくれたが、自殺しようとしたのは困った。
慌てた私が説得したら止めてくれたけど、こういう殺人事件は割と珍しくないので本当に勘弁して欲しい。
そう思っても連敗記録更新中だ。
本当にこの世界は治安が悪いなと、溜息を吐きながら心底そう思ったのだった。