大学生探偵福来あざみ 作:あざジャス派の猫
家族がホームズ・フリークツアーに応募して、何の因果か見事に当選してしまう。
私がたまに探偵の真似事をするので、そういうのが好きだと思って気を利かせたらしい。
確かに好きか嫌いかと言えば好きなほうで、何冊か読んだことはある。
だが別にホームズフリークではないし、広く浅くのライトオタクだ。
サプライズで驚いたし、両親の気遣いは嬉しい。
だが中途半端な私が参加しても、ツアー参加者たちの不興を買ってしまう。
なので電話で連絡を入れて辞退しようとしたら、逆にぜひツアーに参加して欲しいと熱心にお願いされる。
自分は押しに弱いというか、迷惑をかけたのだ。
断りきれずに承諾し、私はホームズ・フリークツアーに参加するのだった。
当日はオーナーが車で迎えに来てくれて、私は一足早く現地に到着する。
他の人が来るまで個室でのんびりとくつろいでいると、ペンション従業員の岩井さんがわざわざ呼びに来てくれた。
お礼を言って、私も大広間に向かう。
オーナーの金谷さんが楽しそうに自己紹介をしているのを眺めながら、今回のツアーに集まった人たちを観察する。
そこでどういう偶然か知り合いを見つけて、向こうもこちらに気づいて挨拶をしてくれた。
「こんにちは! あざみさん!」
「わあい! あざみお姉さんだー!」
「こんにちは。蘭さん、コナンさん。ええと、そちらの方は?」
もう一人のちょび髭の中年男性に顔を向けると、彼はコホンと咳払いをして身なりを正して口を開く。
「自分は毛利小五郎と言います。お美しいお嬢さん」
「はっ、はぁ、毛利さんですか。私は福来あざみと言います」
「んんっ? 福来……あざみ、さん? もしかして、あの大学生探偵の?」
やはり噂が広まっているようで、私はあまりの過大評価に恥ずかしくなる。
そもそも彼は覚えていないかも知れないが、正体を隠した自分と月影島で会っていた。
だが福来あざみとしては初対面なので、少し顔を赤くしながら静かに頷く。
「そういう毛利さんは、眠りの小五郎さんですよね?
お噂は聞き及んでいます」
「いやぁ! 世界的な名探偵にそう言ってもらえると、何だか照れますなあ!
わはははっ!」
私に褒められて嬉しいのか、毛利さんは大笑いしている。
蘭さんとコナン君は呆れているが、小っ恥ずかしい過去の探偵話でなくなった。
なので、取りあえずは良しとしておく。
その間にもオーナーの話は進んでいるようだ。
集まった人たちが、私たちを見ていることに気づく。
「本当に厳選したのかね!
シャーロックのシャの字も知らない、ド素人が混じっているようだが!」
確かに私は読書をするが、広く浅くでホームズも数冊読んだだけだ。
全部で何冊出ているかは知らないし、ほんの一握りしか触れていなければ、シャの字も知らないと馬鹿にされても反論はできない。
なので私はどうにも困った表情を浮かべ、おずおずと手を挙げる。
「あのー、やっぱり私、帰ったほうが良くないですか?
ホームズも何冊か読んではいますけど、皆さんほど詳しくはないですし」
「やっぱ、俺も帰るわ」
毛利さんも心当たりがあったようで、これ幸いと私と一緒に帰ろうとする。
「まままっ! 待ってください! 福来さん! 毛利さん!」
だがそこで、オーナーが慌てて引き止める。
続いて、汗をかきながらも私たちを皆の前で堂々と紹介していく。
「皆さん! 今日この方々をお招きしたのは他でもない!
実はこの方々、我らがホームズと肩を並べる名探偵!」
「毛利小五郎さんでしょう? 知ってますよ。
テレビや新聞で何度か、お顔を拝見しましたから」
流石は眠りの小五郎だ。
私もテレビのニュースで見たことがあるので、有名人には違いない。
「確かに優れた頭脳をお持ちのようだが、シャーロックと肩を並べるなんて、とんでもない」
「そうそう、実際に勝負すれば、貴方なんてホームズの足元にも及ばないわよ」
しかし、酷い言われようである。
私の評価はまだ出ていないが、きっと似たり寄ったりだ。そのぐらい聞かなくてもわかる。
人知れずフェードアウトしようと少しずつ距離を取った。
横では毛利さんにゲンコツされたコナン君が、痛そうに頭を押さえている。
そして蘭さんが気遣いながら発した名前に反応して、彼はたちまち人気者になったようだ。
確かにコナン・ドイルはシャーロックホームズの原作者だし、注目を浴びるのもわかる。
私は壁際に佇んでその光景を微笑ましく眺めていると、褐色の服部平次君が自己紹介をした。
どうやら彼は工藤新一君と因縁があるようで、ライバル視しているらしい。
(まあ、私には関係ないね)
自分はオーナーに頼まれて、ツアーに参加しているだけだ。
毛利さんのように、特定の場面で講演をするためだけに居る。
ホームズの初版本にも興味もないし、千問の答案用紙に記入する気もなかった。
それでも不正防止に携帯電話を預けないといけないようだ。
時間潰しができないのが面倒だが、ツアー旅行に来たと思えば気楽かも知れない。
「姉ちゃんのことは知っとるで」
私が我関せずと壁際で佇んでいると、服部君が元気いっぱいに話しかけてくる。
「ひと呼んで! 大学生探偵! 平成のミス・マープルや!」
彼が大声で私の呼称を口にしたせいで、再び注目を浴びてしまう。
しかもその視線は、お世辞にも好意的ではない。
「あのー、服部君。ここでミス・マープルは不味いんじゃない?」
「せやった! うっかりしとったわ!
まっまあ、そのぐらい有名な名探偵ってことや! どや! 合ってるやろ!」
別に毛利さんのようにテレビやニュースに出なくても、何処からか漏れた噂が広まっている。
しかし、ミス・マープルはない。
過大評価なのはもちろん、褒め言葉でも原作はお婆さんだ。
「私から名乗ったことは一度もないけど。そう呼ばれていることは知っています」
「やっぱりな! せや! あとでサイン貰えへんか? 和葉がファンなんや!」
「申し訳ありませんが、サインはしてないです」
「噂通りってことか! しゃーない、諦めるわ! 無理言って、すまんかったな!」
服部君は残念そうな顔をしていたが、大人しく諦めてくれた。
私は臨時で探偵のアルバイトをすることはあっても、本職ではない。
ついでに、ファンサービスもしていなかった。
それにサインは際限がなくて面倒なので、基本的に断っている。
だが何故かネットに出回っていたりコレクターが所有していたりするが、それらは全部偽物だと公式発言を求められたりもした。
「いえ、こちらこそ断ってすみません。
服部君も、気にしなくていいよ」
とにかく今は別のやるべきことがあるので、気持ちを切り替える。
オーナーに講演と言われても、急だったし話のネタは考えていない。
だが、やらないわけにもいかなかった。
取りあえず私は早めに個室に籠もって、手帳を開いて考えを整理していく。
明日は何を話したものかと、頭を悩ませるのだった。