トレーナー君が欲しいシンボリルドルフ VS サブトレ時代のトレーナー君の相棒スピードシンボリ VS ダークライ   作:St. One is Stoned

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ウマ娘世界で「せん馬」って何の言葉に置き換えられてるんでしょうか。

「せん馬のせいで母国のレースに出られずジャパンカップに出た馬」とかも実在するわけで、
「史実で言うせん馬に相当する概念」は存在すると思うんですよね。


羨んだものは案外みんな持っていると、少女は知った

 はっきり言って、私の体調は劣悪だった。体力は回復しきっていないし、腹痛もする。プレッシャーのせいか寝付きが悪くなり、毛並みも幾分悪くなった。実際中一週というのは無茶苦茶である。これでも菊花賞は最終直線で意図的に抑えたから、多分負荷は並よりかなり抑えている筈なのである。それでこれだから、我ながら相当な無理を押し通したものだ。

 それでも、止まるわけにはいかない。常に安定した横綱相撲の走り。それを本田は大層褒めていたが、シンボリルドルフは内心不満を抱いていた。

「これでは、走りで夢を見せられる筈もないか」

 トイレの個室で、シンボリルドルフは独り言ちた。腹は痛いが、痛み止めは服用してある。全部出せばすっきりするような問題でもないから、あとはどうしようもない話だった。

 ある詩人は、ミスターシービーを叙情詩と評した。実際、昨年の菊花賞の走りは()()だった。合理性と欧米主義の徒ゆえに、見事と評することは出来なかったが、それでも私は心を奪われていた。

 内心を正直に言えば、最強は己と自負している。同時に、ミスターシービーの走りには些かの無理があるとも考えている。聞けば彼女はある意味堅物で、どうにも納得できないことをそのままにしておけない性質らしい。あの追い込みはその心根と現実の折り合いの産物らしいので、一概に全否定はできない。しかし逆に言うと、己の才能を精神で狭めているのだから、良いことではない。

 私が上で、アイツは下。悪い言い方をすれば、昨年の菊花賞の頃の私には、そういう思いがあった。

 それでも、感動した。

 それは、才能かもしれない。気性かもしれない。努力かもしれない。ミスターシービーというウマ娘を、シンボリルドルフは殆ど知らない。知っているのは見目と世代、戦績と戦い方、後は伝え聞いた真偽不明の噂だけ。だから何故心奪われたのか、私は全く理解できていない。

 ただ、羨んではいる。彼女なら、マリキータを救えたのではないか? ──私と違って。

 トウカイローマンは言ってくれた。シンボリルドルフの走りにも、夢を見る者は居ると。

 しかし、私はそこに一つの誤りがあると思っている。それは、彼女たちは走りに夢を見ているのではない。勝利、無敗、三冠、最強──彼女たちは、私が走りによって作り上げた「結果」に夢を見ているのだ。

 それは目標にはなる。理想にはなる。しかし、希望にはなれない。

 綺羅びやかな結果は、これから挑戦を始める者にとって、最も心の支えになる。しかし一度でも躓いた途端、それは呪いになる。結果に夢を見る者は、自身も同様に結果を出せなければ自己を肯定できない。何故なら、己が過程を見ていないのだから。

 ミスターシービーは確かに夢を見せた。そこには三冠という結果も確かに含まれている。しかし、では仮にミスターシービーが私のような横綱相撲をやって勝って、観客は同じような感動を受けただろうか? そんな訳はない。彼女は型破りだからミスターシービーなんだ。彼女には走り方という「過程」がある。

 それが、羨ましい。

 勿論、別にミスターシービーになりたいわけではない。ただ、彼女の持つ「感動させる走り」が欲しかった。

 しかし、それは今のところ手に入っていない。私が潰したマリキータを、私は救えていない。

 なら、せめて私を慕ってくれている、心優しい者たちの夢は、壊してはいけない。もし壊せば、私はマリキータの一件で何も学んでいないということだ。マリキータの犠牲を、無駄にしたということだ。

 ミスターシービーは過程で夢を見せた。だから、たとえ躓いても、転んでも、立ち止まっても、愛される。では、私は?

 私は結果で夢を見せている。それは結果が崩れ去れば、夢も終わることを意味する。負ければ、最強でなくなれば、彼女たちの夢は壊れる。マリキータと同じように、また私は誰かの夢を壊す。

 だから、勝たなくては。そうでなければ、私は──

「思い上がった、途轍もない大悪だ」

 そんな奴が恵まれた境遇で、のうのうと、順風満帆に生きている。不条理だ。因果応報の対極だ。何より、それを私は絶対に許容できない。

「どれだけ退屈な走りだろうと、強ければ──勝ち続けさえすれば、結果に夢は見られる筈だ」

 例え、走りという過程で、何も為せなかったとしても。

 

 

 1枠1番、前走の天皇賞・秋で休養のブランクを感じさせない豪脚を見せた、1番人気ミスターシービー。

 

 2枠2番、ドイツ・イタリアのG1を既に制し、昨年度のジャパンカップでは3着と好走したアメリカの実力派、5番人気エスプリデュノール。

 

 3枠3番、桜花賞1着、オークス2着、エリザベス女王杯でも3着と、今年のティアラ路線で活躍した13番人気ダイアナソロン。

 

 3枠4番、事情*1により母国イギリスのクラシックでは走れていないが、裏街道で11戦9勝、しかも2回の負けも掲示板は外さず、G1ウマ娘にも勝っている、2番人気ベッドタイム。

 

 4枠5番、主にイタリアで活躍するほか、二週間前に日本のレースを既に経験済みと、用意周到なイギリス生まれ、9番人気ウェルノール。

 

 4枠6番、逃げを得意戦法としながらも後方からのレースも可能、日本の有力ウマ娘を現地でチェックする用心深さも兼ね備える、イギリス生まれの6番人気ウイン*2

 

 5枠7番、アメリカG1マンノウォーステークスを連覇している、伸ばし棒の表記揺れがある3番人気マジェスティーズプリンス*3

 

 5枠8番、とある農夫をトレーナーに持ち、唯一ニュージーランドのウェリントンカップとオーストラリアのメルボルンカップの双方を制した、11番人気キーウイ*4*5*6

 

 6枠9番、名前は「皇帝の星」を意味する、ドイツに産まれ母国ドイツのG1を制した14番人気カイザーシュテルン。

 

 6枠10番、宝塚記念でG1を制し、毎日王冠でミスターシービーを降すも、天皇賞(秋)は5着と本番に弱い10番人気カツラギエース。

 

 7枠11番、母国オーストラリアのみならず、フランス・ドイツ・アメリカなどを転戦した、7番人気ストロベリーロード。

 

 7枠12番、史上初の無敗三冠を達成し、目下8連勝中と好調だが、体調を心配され若干評価を落としている4番人気シンボリルドルフ。

 

 8枠13番、ティアラ路線のウマ娘で、妹にカナダ生まれのアスコットナイトを持つ、12番人気バウンディングアウェイ。

 

 8枠14番、オーストラリアで活躍しており、たまにバウンディングアウェイと名前をごっちゃにされる、8番人気バウンティーホーク*7

 

 以上14名、錚々たる面子が一同に介した。常日頃日本人は、海外より来たる歴々のいかめしさを、嘆きをもって受け入れるところだが、今年ばかりはそうではない。

 これまで、ジャパンカップで勝った日本のウマ娘は居ない。それどころか第一回に至っては、事前登録段階の有力者は次々回避、実際に勝ったのはメアジードーツという、毛並みの悪い*8ティアラ路線のアメリカウマ娘だった*9*10。注釈の通り事情があったとはいえ、あの負け戦に日本人は大層落胆した。日本のウマ娘は今後数十年は海外の後塵を拝し続けるに違いない──そういう一種の悲観主義が日本の関係者を席巻していた。

 それが変化したのは昨年である。

 この年、三冠を獲得したミスターシービーであったが、ジャパンカップは出走回避。これは国内外から批判を受けたのだが、そんな中、「我こそ最強なり」と海外勢に果敢に挑んだウマ娘が居た。名はキョウエイプロミス。

 ここで彼女は、自信の競争能力を犠牲にする走りを見せる。もとより脚部不安を抱える彼女にとって、先のレースは完全に限界を超えていた。レース直後はまともに歩くこともできず、他者の助けを借りたと記録にある。その代わりに得たものは、2位入着。しかも、海外勢の1位とはタイム差なし。数十センチのアタマ差まで詰め寄った。これを評して、彼女はその年の最優秀シニアウマ娘の栄誉を授かった。

 そして今年は、前年の三冠ウマ娘ミスターシービーと、今年の三冠ウマ娘にして、史上初の無敗三冠ウマ娘シンボリルドルフが出走する。これは日本勢にとって歴代随一のチャンスであり、同時に日本史上初の三冠ウマ娘対決でもあった。

 ミスターシービーか、シンボリルドルフか。その日、日本は湧いていた。

 

 

「ジャパンカップのスタート地点はホームストレッチの半ばのため、スタート直後の先行争いはスタンドの大歓声を受けながら行うことになる。プレッシャーに耐えうる強いメンタルがないと、この位置取りで大きく失敗してしまいやすい」

「どうした急に」

「ホームストレッチを抜けると、向こう正面でも坂、最終直線でも坂、と上り下りが複数回続く。それに耐えうるスタミナも求められる。坂が終わった後、ガス欠の状態で最後の平坦300メートルを争うキレの良さも必要だ」

「つまり、どれだけどれだけ多様な能力を持っているかが鍵ってことだな」

「ああ。要求される内容が多いだけに、このレースで逃げ切ることは容易ではない。逃げは初めから終わりまでミスができないからな」

「どうした長いぞ」

「ただでさえ今日の盛り上がりは半端じゃない。そこにミスできないというプレッシャーが加われば、許されざるミスを犯す可能性は何倍にも上がる」

「となると、ミスターシービーはけっこう有利かもしれないな」

 流石ジャパンカップ、彼らの入れ込み具合も格別である。いつもより多めに時間を回しております、という具合である。

 人気の上ではミスターシービーが1番人気だが、当然ながらこれは必ずしも信用できる数字ではない。ジャパンカップは日本のレースで、観客の大半は日本人である。日本のウマ娘が高めに評価されるのも、海外のウマ娘への分析が日本のウマ娘へのものより大雑把なのもさもありなん。

 分増しに大きくなる歓声は、果たしてそれを承知しているのだろうか。恐らくしているだろう。期待にせよ、恐怖にせよ、どちらか一方だけではここまでのフラストレーションは溜まらない。二つが一緒くたになって制御できなくなった感情の行き先を、観客は歓声に求めている。

 だから、その声は時間が迫るにつれて雪だるま式に大きくなる。

「……流石に煩いね」

 スピードシンボリが呟いた。現在彼女らのいる場所はそこそこの防音室なのだが、ウマ娘によってはそれを超えて苦痛を感じることもある。

「耳カバー使うか?」

 シリウスシンボリを挟んだ先にいる本田がそう言った。本田は鞄に手を突っ込み、シリウスシンボリは一歩引いて邪魔にならないようにする。

「ああ……そうしようかな」

 スピードシンボリが、本田の手渡した耳カバーを付ける。緑色のそれは、余り使われることこそないが、常に本田が持ち歩いているものである。

 ちなみに、シンボリルドルフとスピードシンボリは耳の大きさが違う。

「……シリウスは大丈夫なのかい?」

 耳カバーを付け終わったスピードシンボリが、シリウスシンボリに言った。表情は幾らか和らいだが、未だ陰りが残っている。まだ煩いか、と本田は判断した。

「でかい音はそこまで苦手でもないさ。ここなら遮音もされてるしな」

「耳栓がないと眠れないのに?」

 スピードシンボリはあどけない驚きと疑問の表情で聞いた。

「……寝るときは雑音が邪魔ってだけで、別に音自体が苦手なわけじゃねェ……。そうじゃなきゃ自家用操縦士*11なんて取ろうとしねェよ」

「それもそうだね。……」

 三秒ほど、スピードシンボリの表情には逡巡が浮かんでいた。そしてそれが終わった後も、その表情に意を決したという様子が伺えなかった。都合の良い逃げ道を見つけたのだろう。

「このレース、率直に言って、シンボリルドルフは勝てると思うかい?」

「やれと言われたから、やれるだけはやってみたが……流石に腕が足りている気がしない」

「彼女が無理をしたからであって、君の能力に問題はないと思うがね」

「だとしたら、本来ならそれを止めるなりするべきだろう」

 スピードシンボリは本田の態度に若干不満を持った。それを抑えられたのは、彼女の経験と、シリウスシンボリに要因がある。

「アイツが突っ走ったのはアイツの責任だろ」

 シリウスシンボリが厳しい意見を言った。スピードシンボリも、それには内心同意している。

「教育ってのは育てるものなんだよ」

 とはいえ本田としては、それは責任放棄の背任行為にしか思えなかった。本田はそれなりに善良な人間である。少なくとも、間違った道に進もうとしている者を放っておけるタイプではない。スピードシンボリはそれに助けられた経験があるので、内心の思いを口に出すのは憚られた。

「まあ、そこは良いだろう。ミスターシービーはどう見るんだい?」

 よってスピードシンボリは話題を転換することにした。

「彼女のトレーナーをやっている訳じゃないから断定はできないが……記者会見でも足回りを気にしてる感触があった。多分爪がどっかに不安を抱えている。それがどれくらい蝕んでいるか次第だな」

 結局、出たとこ勝負の域を出なかった。そもそも絶対的に海外勢の情報が足りていないのだ。

「ただ、少なくとも掲示板には行けると思うがね」

 幸いなことにシンボリルドルフとミスターシービーの戦法は殆ど正反対だ。先行・好位差しのシンボリルドルフと、追い込み・捲りのミスターシービーなら、広い展開を見ることができる。どちらかはある程度活躍するだろう。

 逆に言うと、そうとしか言えぬほど、未だ日本と海外には隔絶した差があった。

「……来るよ」

 首を伸ばしてゲートを見やったスピードシンボリが言った。最後のバウンティーホークがゲートに収まったのだ。

 そして、数瞬。

『スタートしました』

 機械音がして、ゲートが開いた。

 

 

 『さあスタンド前のポジション争いですが……カツラギエース行きました。カツラギエースがまず先手を取りました』

 先頭に立ったのは、カツラギエースであった。彼女は比較的前めのレースをやるが、これは少し拙速に思える。掛かったか、とシンボリルドルフは判断した。さもありなん、彼女は前々走の毎日王冠にて、レコードまでコンマ3秒の好走でミスターシービーに先着した。しかし前走の天皇賞(秋)では、本番のプレッシャーか本領を発揮できずに5着だった。奴は本番に弱い。ましてこのジャパンカップという一大レースで掛かるのも、ありうる話であった。

 勿論、シンボリルドルフがここまで分析できたのは同じ日本のウマ娘だからである。では海外勢は彼女をマークしたのかというとそうではない。そもそもジャパンカップは要求される能力が多岐に渡り逃げが難しい。それに卓越した者は、身体を見れば大雑把な距離適性は分かる。例えばストロベリーロードは「カツラギエースは2000まで」と判断していたと後に語る。これはカツラギエースのトレーナーも同様の意見であるから、その観察眼は正しかったと言える。

 そういうわけでカツラギエースが逃げを打ったが、後続は下手に続かず得意位置を目指す動きを見せた。カツラギエースから2バ身空いて、2番手はウイン。その後は内から3番手エスプリデュノール、外から4番手バウンティーホークと続く。

 視点を中団に移すと、5番手は内側を走る2番人気ベッドタイム。その外側には好位差しを狙う6番手シンボリルドルフ。その後ろには3番人気マジェスティーズプリンスが位置取っている。

 未だ見つからない1番人気のミスターシービーを探すと、彼女は例によって最後方に居た。先頭カツラギエースが向こう正面に入る頃には、先頭とシンガリの差はおよそ15から20バ身にまで開いていた。とはいえ、これはミスターシービーは遅いのではない。

 先頭に話を戻すと、カツラギエースと2番手ウインの差は10バ身程度まで開いていた。カツラギエースは大逃げを打ち、後続は控えて終盤に備える姿勢である。

 この時、カツラギエースは別に遮二無二走ってはいない。むしろゆったりと余裕を持って走っており、序盤のペースはそこまで速くない。それに合わせて後続も控えるので、全体的に落ち着きのあるレース展開である。

 カツラギエースが第3コーナーを前にして、後続は以前変わらずウイン、エスプリデュノール、バウンティーホーク、ベッドタイム、シンボリルドルフと続いていた。その後ろにはマジェスティーズプリンスやストロベリーロードが差無く並ぶ。

 ここでミスターシービーがエンジンを掛けた。丁度、カツラギエースが第3コーナーの坂を下りだしたあたりからである。後方2番手のダイアナソロンとの差を、3バ身2バ身と詰めてゆく。

 カツラギエースは尚も変わらず先頭で、後続は相も変わらず慎重である。先頭が残り1000mを切って、未だカツラギエースと2番手ウインの間には10バ身の開きがある。それどころか第4コーナーを回る頃には、その差は15バ身まで開いていた。

『カツラギエースポツンと飛ばします、15馬身とリードを開きました。ぐんぐん伸びてゆきます。玉砕的にカツラギエース飛ばします』

 実況にも幾らか驚きの声が混じっている。とはいえ、未だ後続に焦りの色は浮かばない。

 というのも、第4コーナーを回って、正念場の最終直線。ここには距離にして200mほどの上りがある。ぶっ通しで逃げてきたところにこれだから、カツラギエースのスタミナは間違いなくここで尽き、バ群に沈む。後続は、それに合わせてギアを上げる。

 現に、第4コーナーを曲がり切って坂に入った頃には、バテて沈んだカツラギエースと、ギアを上げて来た2番手との差は3バ身まで縮んでいた。

『カツラギエースの逃げが鈍った。カツラギエース鈍った。さあ差が詰まる差が詰まってきた』

 ここから先は実況にとっても正念場である。何せただでさえ言いにくい海外勢の名前を連呼しなくてはならないのだ。自然と声が引き締まる。

『ウインが来た、ウイン、ウインが来た』

 まず抜けたのはウインである。しかし彼女も後続と数バ身開くくらいのペースでぶっ通しだったから、スタミナが不足していたようで、代わりにベッドタイムが上がってくる。シンボリルドルフは出遅れた。ミスターシービーは未だ中団とかなり後ろにいる。ダイアナソロンもまた然り。無茶をやったカツラギエースは明らかに衰えている。

『内からベッドタイム、ベッドタイム』

 観客席の間に絶望の色が浮かぶ。もとよりダイアナソロンは距離適性に不安を抱え、シンボリルドルフは体調を崩していた。ミスターシービーは位置取りを誤って未だ中団、プレッシャーにやられたカツラギエースは後先考えられず掛かっていた。

 最早、これまでか。

 やはり日本は歴史が浅かった。実力が足りなかった。幾ら数値の上では挑める程度のものを得たところで、中身は明らかに違う。数値に出ない精神性や経験は、やはり隔絶し越え難い壁がきっちりと敷かれている。明治において日本が海外に追いつくのに数十年を要したように、この現在においてもまた、海外に追いつくには数十年掛かるのが必定か。人々は、諦めていた。

 しかし、それは誤りである。

 カツラギエースは精神面の貧弱さから、才能はありながらも本番に弱い。それは巷の評判だが、当の本人も、また彼女のトレーナーも、それは承知していた。

 よって彼らは一計を案ずる。まず、耳カバーに分厚い革を入れて歓声を遮断。更に髪型をいじって横の観客席を視覚的にもシャットアウト。更には襟の立て具合やベルトの締め具合なども調節し、とことんリラックスして、思いのままに走れるようにした。

 それを知らない他のウマ娘は、カツラギエースをいずれ沈むと見なしマークしなかった。そのため先頭と2番手には大きな差ができながらも、全体としてペースは遅く、カツラギエースはスタミナを残す余裕があった。

 話は変わるが、逃げとは序盤から体力を大きく消耗するため、終盤にはしばしばガス欠を起こす。それに対して差し・追い込みといった後方からのレースは、序盤に後方でゆっくり走れるため、終盤でもスタミナを残せる。それ故に、逃げのリードをひっくり返せるのだ。

 ならば、もし。レース全体のペースが遅かったら? 追い込みがゆっくり走るように、逃げもゆっくり走ることができたら? 最終直線の逃げウマ娘に、充分な余力があったら?

 ()()()()()()()()()()使()()()()()()()()──!

「も いっぱあああああつッ!!」

 最終直線で、しかし、カツラギエースは衰えない。

『カツラギエース粘っている! カツラギエース粘っている!』

 ベッドタイムが迫る。シンボリルドルフが追う。更にマジェスティーズプリンスが縋る。しかし、カツラギエースが沈まない。

 外側からベッドタイム。その更に外からシンボリルドルフ。マジェスティーズプリンスが離される。

 ベッドタイムとシンボリルドルフが並ぶ。カツラギエースは沈まない。

 ベッドタイムとシンボリルドルフ、二名がもつれて追いすがる。追いすがる。しかし、カツラギエースは潰れない。

 そのまま、カツラギエースが最初にゴール板を通り抜けた。最早精根使い果たした表情で、膝に手をついて今にも倒れ込みそうである。しかし、彼女は笑っていた。笑って、こう言った。 

「してやったり!」

 膝を曲げながらも、カツラギエースはそう叫んだ。

 

*1
史実ではせん馬

*2
史実ではせん馬

*3
表記はJRAのものに準ずる

*4
表記はJRAのものに準する

*5
史実ではせん馬

*6
史実ではニュージーランド国営放送で映画化されたり、オーストラリアの機関車の愛称になったりしている

*7
史実ではせん馬

*8
史実では「冬毛が多い」。冬毛は新陳代謝が落ちた証拠で競争能力に劣るとも、個体差や生育環境の問題が大きく当てにならないとも言われるが、少なくとも見栄えは悪いので事前の人気は落ちる。

*9
とはいえ、当時のメアジードーツの調子はすこぶる良かったし、何より一番人気のザベリワンに肉薄するほどの実力もあった

*10
同時に、サクラシンゲキの逃げのせいでハイペースになったとか、ホウヨウボーイがスタート前にゲートに激突し前歯を折ったとか(ホウヨウボーイは牝馬が苦手という説があるとか)、日本勢に色々不運が重なった上での負けということは補足しておく

*11
趣味で航空機を乗り回す免許。事業に使ったり、パイロットが二人必要な機体を操縦したりはできない




ミスターシービーとタメを張れるドラマチックな馬、カツラギエース
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