トレーナー君が欲しいシンボリルドルフ VS サブトレ時代のトレーナー君の相棒スピードシンボリ VS ダークライ   作:St. One is Stoned

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流石にまだ元ネタの解説が必要なほど時間が経ってないよね……?

家政婦は見た!(1983〜2008年)

( д) ゚ ゚


1勝バは見た!

11月4日

 ルドルフが皐月賞を勝った。このままではいけないと私は奮起した。

 ルドルフがダービーを勝った。どうしようもない私は焦り続けていた。

 ルドルフが菊花賞を勝った。もはや彼女と顔を合わせることすら出来なかった。

 そして、今、私の心は非道く落ち着いている。ルドルフが、ジャパンカップで負けた。

 シンボリルドルフは優しい。しかしどこまでも自分で背負いすぎてしまう。誰かが、それを支えなくてはならない。誰かが、シンボリルドルフを追いかけ続けなくてはならない。誰かが──

 それなのに。

 ルドルフがあそこまで追い詰められたのは、間違いなく私のせいだ。私が追い込んで、私が負かせた。我ながら酷い女である。そして、シンボリルドルフが破れたことに、どうしようもなく歓喜している、どうしようもない私が、ここに居た。

 近頃は、悪夢も見ない。去年の末から、たまに見ていた夢。

 ルドルフが皐月賞を勝って一本指を掲げる姿を、関係者席で見る私。ダービーを勝って二本指を掲げる姿を、観客席から見る私。菊花賞を勝つ姿を、テレビの中継で見る私。そのあともルドルフはどんどん勝ち続けて、そのあとも私はどんどん遠ざかっていく。録画とか、スポーツニュースとか、噂話とか、そういう風に少しずつルドルフに傾けるウェイトが軽くなっていく。

 それでもシンボリルドルフは勝ち続けて、レースを引退してからはずっと働き続けて、それをニュースの特集や雑誌のインタビューで眺める。へえ、世の中には凄い方も居るんだなあ、なんて、伝記でも読むみたいに尊敬する。そのうち明日の天気とか、芸能人の結婚とかのほうが気になって、尊敬していた筈の存在は、もう忘れている。

 そしてある日、新聞の見出しにこう載っている。「シンボリルドルフ意識不明。回復は絶望的」

 そこまで行って、やっと私は後悔して、でもどうしようもなくて、それで目が覚める。寝たら、もう一度初めからこれが始まる。そんな夢。私の罪をまざまざと告げる夢。

 そんな夢も、近頃はめっきり見なくなった。間違いなく、彼女は追い詰められているのに。体は嫌がっていても、心は正直だった。

 そんな自分が嫌いで、でも裏腹に私の体調は回復しつつあった。

 そのせいで、どうにもむしゃくしゃしていた。

 

 

 天才が仮に幸運なものだとすれば、私は間違いなく天才ではなかった。

 地元では負け無しの脚があった。それは中央でも充分に通用した。だが、そこにはシンボリルドルフが居た。

 今年から、短距離路線の整備が行われた。だから私は菊花賞を回避し、短距離のスワンステークスに挑んだ。だが、そこにはニホンピロウイナー*1が居た。

 何か私に幸運が回ってくれば、その分不幸がやって来る。そして往々にして、やって来る不幸には利子がついている。

 私はスワンステークスで故障を起こした。この先、どれほど回復するのかは未知数。ただ少なくとも全盛期には遠く及ばないと、医者は太鼓判を押してくれた。 

 反逆者、挑戦者、冒険者。結局私は天才に挑む勇気ある一名の少女に過ぎなかった。数あるうちの一。勇者や主人公のように勝つことも、好敵手として天才と肩を並べることも、ついぞ天は認めてくれなかった。

 実のところ、もうシンボリルドルフへの嫉妬の念はない。未だ嫌いではあるが、同時に諦めもついた。或いは、勝てそうもない相手には挑まないようなねじ曲がった根性になってしまったのか。

「……後者だろうな」

 現に私は未だレースへの執着を残している。何処かの誰かが「やらずに後悔するより、やって後悔する方が良い」と言ったが、私はやらずに後悔する道を選んだ。それだけの話だ。やった後悔は重いが一瞬で、やらない後悔は一生つきまとう。ただし挑戦の結果が必ず失敗だとした場合、やらなければ夢を見ることだけはできる。眺めることはできる。

 要するにチャレンジ精神を失った私は、しかし理屈に合わないことに、執着心だけはいっちょ前にある。それと、思い上がりが育んだ高すぎるプライド。

 そのせいだろう。今の私は、自分より強い者からは目を逸らし、弱い者だけを見て見下す。お手本のようなゲス野郎に落ちぶれている。

 そんな生活で精神がまともになる筈がない。私は苛立っていた。

 

 

 私。天才と言われながらも、自分の荒さを抑えきれず、クラシック級でのデビュー、9戦未勝利と無様を晒したウマ娘。

 だけど、私はその日ご機嫌だった。なけなしの自慢の白髪(はくはつ)*2が、心地よい秋風に揺れる。何故なら、昨日ついに、念願の初勝利を達成したのだ! 京都レース場、4R。だいぶ前から障害に転向して、必死に食らいついていた。その甲斐があった!

 はっきり言ってデビュー前に思い描いていたほどの成績は残せていないが、それでも、私にも、ほんの少しだけど才能があった! 幼少期は天才と呼ばれ、中央ではずっと無才と呼ばれた私にとって、この勝利はとても大きかった。

 今日は、最高の日だ。天気は良いし、花が咲いている。小鳥たちは囀っている。

 いい気になって歩いていた私は、とあるウマ娘を見かけた。

 マリキータ。圧倒的な才能でティアラを期待されながらも、ジュニア級の内から度重なる不運によって、躓いてしまったウマ娘。

 いつもの私なら嫉妬していたが、今日は違う、何せ今日は最高の日だ。心にも余裕がある。これまでとは一線を画す精神的余裕のもと歩いていた私は、情けない僻みを見せずに、スマートにすれ違うことができた。

 それを見た天の神様は、試練を与えてきた。また別の、とあるウマ娘と私はすれ違った。

 ビゼンニシキ。地方から来ながら、弥生賞・皐月賞でシンボリルドルフと互角に闘い、得意距離ならば同世代を完全に圧倒していたウマ娘。

 いつもの私なら以下略。神も仏もまるで私を理解できていないものである。尤も、それほどまでに昨日と今日では気の持ちようが違うということなのだが。

 今の私は、昨日までの私とは違う。才能の有無を、実力の上下を、実績の多寡を、真正面から見届けられる強さを持ったザ・ニュー私!!! なのである。

 だから、そんな私が、あれほど怒るには、相当なことがあったのである。

 物陰から、やけにこわばった声がした。訝しんで寄ってみると、そこには二名のウマ娘が居た。

「久しぶりですね、ビゼンニシキ」

「……マリキータか」

 マリキータと、ビゼンニシキ。偶然にも、どちらもさっきすれ違った同世代のウマ娘。そして、物陰からそれを覗く、浅ましい私より、遥かに上のウマ娘。

「どうしたのです? 嫌に暗い顔をしておりますが」

 その言葉には隠しようのない害意があった。その目は侮蔑が見え、口元は怒りで冷めきっていた。

 これに怒るのは真っ当だが、しかしビゼンニシキも健全ではなかった。

「お前……そう言えば、リハビリは順調そうじゃないか。流石だなあ」

 その目は下卑て細い。口元は嫉みがある。意地の悪いほくそ笑みのなかに確かな怒りがある。

「もうあんなことはできません。貴方ほど大舞台に立つことも、ついぞできないでしょう」

 ほんの一瞬、マリキータの貌が怒りに染まった。そしてすぐ、嫌味な微笑みに変わった。

 それを受けたビゼンニシキの表情も、険悪になる。

「ああ、そう」

「それで貴方はどうしたのです? 礼儀くらいご存知でしょう?」

「なに、今後の身の振り方を考えていてね。どうにも勝ちきれていないところに今回の怪我だ。すっぱり諦めようかという気持ちになる」

「それは勿体ない。酸いも甘いも噛み分けられるくらいには、貴方は勝っているでしょう」

 少しずつ、両者の表情から笑みが消えていった。代わりに、どす黒い苛立ちが目口に浮かんでいた。強くなるにはプライドが要るし、そういう連中の怒りは深い。正直なところ、私は怖かった。それでも私が動かなかったのは、恐怖を上回る苛立ちがあったからだ。

「それでも、シンボリルドルフには勝てなかった。君と違って、ここから続けられるほどの才能もない」

「心にもないことを。走りには充分な素質が貴方にはあるでしょう」

 マリキータも、ビゼンニシキも、少なくとも輝いていた一瞬があった。確かにシンボリルドルフやミスターシービーに比べれば、その輝きは短かった。またカツラギエースを筆頭とした目の眩む閃光を手にしたとも言い難かった。それを悔しがる気持ちは、分かる。

「そうでもないさ。それに真正面から負けるというのは、予想以上に心を痛めつけるものだよ。己の驕りをまざまざと感じるんだ」

「やらない後悔よりやった後悔と言いますわ。何もなさずにやめることは、己の不徳を痛感させてきます」

 たとえどれだけ恵まれていても、それに満足していては、成長はない。永遠の2着や3着が己を卑下することは、確かにそれより下の順位の者、或いは土俵にすら立てなかった者にとって傲慢に映る。しかし、それで悔しがれるから、その者たちは強いのだ。

「言い訳の余地があるのは、楽なことだよ」

「真面目にやったという言い訳が、貴方にはあります」

 だから、彼女達が思い悩むのはよく分かる。それをやっかむ者もいるが、少なくとも私はそれを悪いと思わない。結局、負けたのが悪いのだ。

「真面目とか、不真面目とか、そういう問題じゃないんだ。真面目にやってもうまくいかないことはあるし、それは結局才能の問題なんだよ。マリキータ、君の希望のようにね」

「才能があるとすれば、それは貴方のほうでしょう。ビゼンニシキ、貴方の実績のように」

 ──ただ、それでも、一つ思うことがある。

「いい加減に、しろよ」

 私はたまらず物陰を出た。

「あら、貴方は?」

 先に反応したのはマリキータのほうだ。遅れて、ビゼンニシキもこちらを向く。

「悪趣味な私のことなら、シルバータイセイという名前だよ。昨日初めてトゥインクル・シリーズで勝ったんだ」

「それはお目出度う。……それで、いい加減にしろ、とは?」

 ビゼンニシキが聞いてきた。その声には明確に苛立ちが込められている。その威圧感は末恐ろしい。でも、怯むな。言ってやる。

「不幸自慢がウザいってんだよ」

 俄に、相対する二名の雰囲気が変わる。苛立ちから、敵愾心。

「悔しがるのは結構だし、下を見ないのも自由だ。私達にそれをどうこう言う権利はない。負けたのが悪いんだ」

 そうだ。劣等感を抱くのは、良い。

「でも自分がこの世で一番不幸せだとか、そういうのは違うでしょ。……下を見ないのは好きにすれば良い。でもさ、周りを見ないで不幸に酔ってんじゃねえよ。だったら、私達はどうなるんだよ。お前たちみたいに歴史の隅にも名前の残らない私達はさ」

「それは……」

「なんで謝るんだよ。お前らのどっちかがこの世で一番不幸なんだろ? だったら謝る必要なんかないじゃんか」

「……当人の境遇が何であれ、罪に応じた謝罪が必要なのは道理だ」

「ああそう。だったらお前らの驕りだとか不徳だとか、そういうのも謝るのか? 期待を裏切ったのか約束を破ったのか知らないけど、お前らは謝ってきたのかよ」

「……」

「どうせ不幸だから、事情があったから許してくださいってんだろ? 許してやるよ。お前らは私達みたいな一勝組より、未勝利組より、とても不幸なんだろ?」

 どちらも、返答はない。 ただ表情は変わっている。なんで怒られてるんだよ──そんな不満の顔を浮かべている。苛々する。

「勝手にしなよ。弱いやつイジメる趣味はないからさ。だから、さっさと消えろよ」

 そして、二度と私の前に顔を出さないでくれ。

*1
マイルの皇帝

*2
白髪(しらが)じゃない。──私注




シルバータイセイ
 得意なこと:蹄鉄に詳しい
 苦手なこと:失望されること

史実では、実はシンザンの孫
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