トレーナー君が欲しいシンボリルドルフ VS サブトレ時代のトレーナー君の相棒スピードシンボリ VS ダークライ   作:St. One is Stoned

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やっとシンボリルドルフから大きめの矢印が出てくれた……

先は長い


彼は大切な存在だと、彼女は識った

 何故こんなものを書いているのかというと、今日のことを絶対に忘れないようにするためだ。

 この間、私は初めて負けた。それも、ジャパンカップという大舞台で。しかも、体調を万全にできなかった己の責任で。

 その理由は、私が気負い過ぎていたからである。正直なところ、今もそれが完璧に抜け去っているとは言えない。だが、だからこそ、今日のことを忘れず、己を戒めるために、この文を書くのだ。

 それは、昼間のことである。

 

 私は、マリキータの一件から何一つ成長できていない。

 ジャパンカップで負けて以来、私は心に影を落としていた。私は最強ではなくなった。私は私を好いてくれている子らの夢を壊した。それは許されざることだ。勝者には責任がある。縄付きには義務がある。それを、私は──

 どうしようもなく自分が許せなかった。周囲は温かな心配を私に向けてくれていた。それが苦痛だった。やめろ、やめてくれ、私はそんなたいそうなものじゃないんだ。私はやってはいけないことをやった。

 しかし内心の絶叫とは裏腹に、家が叩き込んだ所作は、周囲の声に適切な対応をしていた。他者に好かれる振る舞いをしているようで憎らしかったが、ただそのおかげで、私は「助けてほしい」と誰にも言わずに済んだ。心優しい彼彼女らは、私が助けを求めればきっと助けてくれる。私の罪に拘らず。その声はきっと優しく、その場所はきっと暖かなものとなるだろう。私が居てはいけないほどに。お前はそんなやつじゃない。周囲に好かれることも、暖かな場所に住むことも、やってはいけない。

 内心と行動の乖離が、大きくなってきた。

 本田は私にこう言った。

「ジャパンカップは私のミスだ。どちらかに絞るべきだったし、絞らないならもっと負担を抑えるべきだった」

 そうじゃない。両方に出ると決めたのは私だ。だから私が悪いんだ。君じゃない。

「今後は暫く休養をとって……それから、どうするか」

「決まっている。有マ記念だ」

 私の言うことを聞かない私は、彼の望む通りの答えを言った。カツラギエースは有マ記念で引退を表明している。お礼ができるのはそこだけだ。

 もし、有マ記念でカツラギエースを破れば、夢は護れるだろうか? 作り直せるだろうか? 取り繕えるだろうか? ……いや、無理だ。それでは最強ではない。私はミスターシービーでも、カツラギエースでもない。

「有マ記念にはミスターシービーも出てくる。多分、このあたりがライバルだ」

 だが、ここで有マ記念を逃げれば、彼女達の夢を壊すどころか、眼前の彼すら裏切ることになる。奇妙な話だが、本田は未だ私を裏切っていない。それがトレーナーの仕事だからなのか、はたまた彼がお人好しだからなのかは分からないが、少なくとも、まだ壊れきっていないものがある。

 せめて、せめて二度と負けたくない。もう二度と、誰かを裏切りたくない。

 そう、思っていたのだが。

「だが、今のお前では有マ記念は勝てない」

 何故。彼は既に私を見限っていたのか? 罪から目を背けたくて、私の眼が狂ったのか? だとしたら、果たして私はどれほど浅ましい存在なのだろうか。そんな私が、眼前の彼を縛っていたと考えると、吐き気がする。

 私は、自分で思っていた以上に多くの罪を犯したのか。

「セントライト記念から疑念はあったが、ジャパンカップで確信に変わった。本来なら、もっとずっと前に気付かねばならなかったのだが」

 ああ、やめてくれ。それ以上何も言わないでくれ。

 何と浅ましいことか。己の罪を認めろ。さあ、その先を早く言え。

 やめろ。やめるな。

 言うな。言え。

 たが、その言葉は全くの予想外の内容で。

「お前は……何を恐れている?」

「負けることさ」

 私の外面を取り繕う部分が間に合った。最も浅ましく許されざるべき内心を、悟られずに包み隠せたと思った。

 しかし、本田は既に確信していた。

「そうかもしれない。だが、それは何故だ? その理由を知りたい」

「やめてくれ」

「それはひょっとして、菊花賞から中一周でジャパンカップに挑んだ理由と、同じなのではないか?」

「頼む。やめてくれ」

()は、何を恐れている? 今、この瞬間に」

「やめてくれ。言ってはいけない。それは浅ましいことなんだよ。楽になってはいけないんだよ」

 だって君は、あの醜態を晒しても私を想う君は、必ず私を赦すだろう。

「君が途方も無い物を背負っているのは知っている。私には、その一部を肩代わりする権利すらもないのかい?」

「違うんだ。夢なら一緒に背負う。だがこれは私のものなんだ。私の罪なんだ」

「君が走りや他の何かで、何らかの罪を犯したとしたら、それを防げなかった私にも、同じ罪はある筈だ」

「違う! 君は悪くない。悪いのは私だ」

「違う。悪いのは君だけじゃない。悪いのは私もだ」

「違う」

「違う」

 その言葉は暖かで、もたれかかって眠ってしまいたく、まるで春の日の大樹のようだった。私は許されざることだと知りながらも、そこに行きたかった。私の声は酷く震えていた。

「話すんだ、シンボリルドルフ。話せば楽になるとは言わない。世の中には、話したせいで相手を巻き込んでもっと辛くなることだって幾らでもある。ただ、私が、君と共に背負いたいだけだ」

 裏腹に、その声には一切の揺るぎがなく。

 私は、ついに決壊した。

「マリキータの……夢を壊した。私は、マリキータを傷つけた。彼女にどうしようもないトラウマを負わせた。なのに私を想う者は沢山いた。そんな私を、大勢が好いてくれていた。だから、裏切りたくなかった。みんな、みんな、強い私が──」

「それは違う」

 とても強い声で、私の言葉を打ち切った。

「みんな、単に君が好きなんだ。レースの結果じゃない。将来の期待でもない。毅く、賢く、気高く、そして何より優しい君という性格を好きになったんだ。曲がりなりにも、君とは長い付き合いだ。はっきり言っておくと、幼少期のウマ娘を見て、才能を推し量るなんてこと、私はできやしない。ただ、その子の心のあり様なら分かる。君は、昔から変わらず、ほんとうに優しいウマ娘だ」

「だが!? 私に夢を見ている者たちは? 彼らは私の走りを見ているんだ。それも結果を。私はそれを裏切れない、裏切ってはいけない。だって、裏切ったら……」

「君は今、カツラギエースという稀代の名ウマ娘の引き立て役だ。カツラギエースが太陽だとすれば、君は今(ルナ)にあたる。そういう意味では、今現在君は輝いていない」

 そう言うと本田は、一枚の紙きれを手渡してきた。そこには、三様の文字で、こう書かれていた。

『がんばれ、シンボリルドルフさん!!!』

 その下には、この手紙を書いた者の名前があって。

「テイオー……」

 そこには、トウカイテイオーの名前もあった。

「君にはこれまで積み上げてきた走りがある。それを見てきた私達は、あんな些細なことじゃ、君への信頼は揺るがない」

「だとしても、私は……」

「さっき言った通り、君は今、自分で光らない衛星だ。だが、星と違って、我々は、月と太陽を代わりばんこにやることができる。……有マ記念で勝て、シンボリルドルフ。勝って、自分で輝いて、そして──」

 ──カツラギエースもミスターシービーも、引き立て役にしてしまえ。

 

『年の暮れ、12月23日、中山。一年を締めくるる有マ記念の出走まで、あと僅かです。1番人気はシンボリルドルフ。ジャパンカップで1着のカツラギエースは3番人気。これはどう見ますか、松田さん』

『そうですね……やはり不調で3着に入ったシンボリルドルフの才能を、大勢が評価しているのだと思います。トレーナーの本田氏も、本日の調子は万全と公言しておりますからね』

『なるほど……やはりシンボリルドルフは強いというわけですか。確かにここからでも、気迫のようなものが見えます。続く2番人気はミスターシービー。事前のファン投票では1位の彼女、こちらも調子は万全とチームはコメントしており……』

 

 年の暮れ、中山。ここで今日行われる有マ記念は、いろいろな意味で一年の締めくくりに相応しいレースとされる。その一端は、コースにある。

 有マ記念は内回りコースを使うのだが、微妙に足りない距離を補うため、最初ほんのちょっと外回りコースを走る。この辺り直線かというとそうではなくて微かにカーブしており、しかしその後のまともなカーブと曲がり具合に歴然たる差がある。このややこしさと、カーブが多いゆえの位置取りの重要さから、先頭争いがコーナーを回って観客席前まで続くことがあるのだが、こちらに意識を割き過ぎると今度は高低差2.2mの急坂が襲いかかる……と、コースがごちゃっとしており、紛れが多い。多様なウマ娘にチャンスがある。またコーナーを何度も回る必要があり、外を回り続けると距離をロスし続けることになる。だが、ずっと内にいると勝負どころで前が詰まるリスクがある。安全策として外を回すか、内を突くか、ウマ娘の小回りとトレーナーの戦術も求められる。

 と、そういう意味でもお祭り的なレースであるこのレース。国内の実力者が集う文字通りの最強決定戦であるのだが、これを必ずしも額面通り受け取って良いとは限らない。

 昨年、ミスターシービーは足指の問題からジャパンカップに出なかった。同様に彼女は昨年、有マ記念にも出なかった。

 ミスターシービーの前の三冠ウマ娘であるシンザンは、菊花賞の疲労から有マ記念を回避した。

 初代三冠ウマ娘セントライトの頃には、まだ有マ記念がなかった。

 そういうわけで、三冠ウマ娘がクラシック級のうちに有マ記念に出走する、というのは、シンボリルドルフが史上初である。そして当然ながら、ミスターシービーとシンボリルドルフ、二名の三冠ウマ娘が出走するのも史上初である。今年の有マ記念は、例年以上に盛り上がっていた。

「およそ一ヶ月前、俺はこう言った」

 控室にて、本田が言った。

「お前では有マ記念を勝てないと──それは君の精神に問題があったからだ」

 故に、それを克服したお前に、負けはない。本田はあくまでも冷静にそう告げた。

 別にそんなことを言われたところで、何の保証があるわけでもない。しかしながら、その厳しくも暖かい声音や、理知と慈愛の両立した鋭い眼、活力や将来を感じさせるグリーンのネクタイを見ると、シンボリルドルフは理由もわからぬ安心感を抱いていた。それは大先輩スピードシンボリに感じる気風や風格によく似ていた。

 根拠はないが、自信はある。シンボリルドルフはそのような思考をただの驕りとしか思っていなかったが、今こうして実際にそう思ってみると、中々どうして侮れないものである。自信というより、確信。確信というより、安心。そういう暖かさを感じていた。

『シンボリルドルフさん、宜しいでしょうか』

「ええ──今、出ます」

 私は、勝てる。シンボリルドルフは、謙遜も忌憚もなく、心からそう思った。

 

 

『先行争いですが、各ウマ娘機を伺いますが、外目からすーっと、カツラギエースが行きます』

 レースの展開は、ジャパンカップをなぞるように、カツラギエースが大逃げを打った。勝負服とおそろいに改修した耳カバーを引っ提げて、カツラギエースがぐんぐん走る。

 内からスズマッハが体を合わせようとするが、カツラギエースはこれを、さらなる加速で引き離す。後続との距離1バ身、2バ身、3バ身……

 スズマッハの後ろにはトウショウペガサスが居り、その後ろ1バ身差には4番手のシンボリルドルフが居る。

 視点をぐーんと後ろに回すと、ミスターシービーはいつもより前目の9番手。今回の有マ記念は11名立てなので、後ろにウマ娘を2名おいている計算になる。最後方から一気に仕掛けるミスターシービーとしては、らしくない。間違いなく、カツラギエースの大逃げを警戒してのものである。

 同様に、シンボリルドルフも早目に位置取る。具体的にはスタンド前で軽く仕掛け、スズマッハとトウショウペガサスを抜いて2番手に立つ。好き勝手にカツラギエースが逃げれば、間違いなく奴が勝つ。シンボリルドルフはカツラギエースを徹底マークする腹積もりだ。カツラギエースとシンボリルドルフの距離、およそ4馬身。

 スタンド前からコーナーを回り、向こう正面。この半ばほどで、ミスターシービーが仕掛けた。ミスターシービーがその位置を上に上げていく。これによって中団が後ろの方から押し上げられていく。

 対してシンボリルドルフもカツラギエースと距離を詰めていく。3コーナーにして、カツラギエースとシンボリルドルフの距離、なんと半バ身。尚もカツラギエース懸命に逃げるが、生憎ここまで詰められた逃げウマ娘は脆い。シンボリルドルフに引っ張り上げられたバ群が、雪崩れた山脈のようにカツラギエースを飲み込まんとす。

 ここでミスターシービーに不運が起こった。といっても、これをシンボリルドルフがどれほど想定していたかは定かでない。というのも、シンボリルドルフに引っ張られて、その後ろで固まったウマ娘が壁となり、中団後方ミスターシービーは3コーナーから4コーナーにかけて、前を塞がれてしまったのだ。ミスターシービーを封じ込めたことはシンボリルドルフの戦いを大きく助けたが、これをどれほど想定していたかは分からない。何せミスターシービーが位置取りを違えていれば成立しなかったのだから。

 ともかく、3から4コーナーにかけて不利を背負ったミスターシービーと対照に、シンボリルドルフはこの間盤石の体勢であった。4コーナーを回って、最終直線。

 ここでシンボリルドルフが一気に仕掛ける。一気に、シンボリルドルフはカツラギエースを抜き去って先頭に立つ。同様にミスターシービーもバ群を抜け出したが、ロングスパートを得意とするミスターシービーが、全開で走るには遅すぎた。

 カツラギエース懸命に追う。ミスターシービーも内から一気。しかし、それら全て、シンボリルドルフは跳ね除けた。

 そして、シンボリルドルフは1着でゴールイン。タイムは2分32秒8。当時の有マ記念のレコードタイムであった。

 シンボリルドルフは、四本の指を掲げた。

 

 

「お疲れ様、シンボリルドルフ」

 本田がペットボトルを手渡しながら言った。シンボリルドルフの首には、さっき本田が渡したタオルがある。

「ウイニングライブも、頑張ってこい」

「ああ……久しぶりに、心から笑って踊れそうだ」

 こうもライブが待ち遠しかったのは、いつぶりだろうか。いや、生まれて初めての体験かもしれない。

 心から勝ちたい相手に勝てたからだろうか。ずっとあった胸のつかえがとれたからであろうか。それとも……自分のいっとう輝いている姿をほんとうに見せたい相手ができたからか。

 今、良く分かる。

 彼は──本田祐二は私にとってとても大切な存在だ。それは私にないものを彼が持っているからでもあり、彼が常に私を見つめ導いてくれる存在だからでもあり……

 そして、恥ずかしながら私は彼のことを好いているということでもある。

 それが恋愛的なものか、それとも親愛・友愛的なものか判別するすべは、今の私にはない。いや、きっと、一生かかっても本当に分かる時は来ないのだ。

 ただ、一つ言えることがある。

 彼は、大切な存在だ。私は、そう識った。




あの不利で3着と考えると、もし道を塞がれなかったら、ミスターシービーはもっと上の順位だったかもしれません。
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