トレーナー君が欲しいシンボリルドルフ VS サブトレ時代のトレーナー君の相棒スピードシンボリ VS ダークライ 作:St. One is Stoned
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海外遠征を目前に、シンボリルドルフは怪我をした。7月末までスケジュールが開くので、6月頭の宝塚記念に出走するはずだったのだが、その直前で怪我をした。用語では跛行という状態で、要するに脚を引きずって歩くくらいにはその怪我は重かった。
これを受けシンボリルドルフの海外遠征はまたもや取り止めとなる。シリウスシンボリは全くもって怪我していないので、彼女が単独で海外へ飛ぶことに相成った。その間シンボリルドルフは療養していた。それだけ、今回の怪我は重かった。シンボリルドルフは夏一杯を休養に充てることになった。
しかし、それでは済まなかった。
その後の回復ぶりは芳しくなく、巷では引退も囁かれた。7月には、正式に引退を宣言するコメントも発表された。
ここまで本田ら関係者を悩ませたのは、謎の筋肉痛である。少なくとも、シンボリルドルフはその痛みを「筋肉痛」と形容している。しかしただの筋肉痛と捉えることはできない。余りにもその「筋肉痛」は長引いた。肋骨骨折の痛みは筋肉痛と殆ど変わらないこともあるように*1、筋肉痛と同じ痛みなら放っておけば良いというものではない。第一、筋肉痛で走るというのはコンディションに相当な不利を負う。
シンザンと並ぶ五冠を達成しながら、全くの不運でそれを超えられないというのは、まるで呪いのようだった。シンザンを超えろ、当時のURAのスローガンが、肩に重くのしかかっていた。
休養中は、当然ながらトレーニングがない。しかしこれもまた当然だが、授業はある。クラスメイトがめいめいトレーニングに散っていくのを見るのは、中々に堪えた。
その日は生徒会の仕事もなく、かといってトレーニングなどあろう筈もなく。例によって図書館で怪我にまつわる資料を探そうと、嘆息してから席を立った。その時、声をかけられた。
「待ってくれ」
それはサクラトウコウであった。ハーディービジョン、ロングハヤブサとともにジュニア級3強と称えられたウマ娘。身長は170cmほどで、髪は鹿毛。クラシック級にて、春を怪我で棒に振って以来、どうにも勝ちきれていない。今年の1月にまたもや故障し、現在休養中である。
「君に、会わせたい奴が居るんだ。付いてきてくれないか」
別に断る理由もないので、大人しく従った。シンボリルドルフは念の為脚に包帯を巻いている。よって通常ならば相手の配慮を求めることになるが、今回はサクラトウコウも同様なので、その必要はなかった。
サクラトウコウが向かったのはとあるチームルームである。そこには他に2名のウマ娘が居た。
片方はハーディービジョン。150cm少しと、ここ4名のなかでは一番小柄。髪色は鹿毛。ジュニア級では好走したが、クラシック級の2月に、氷で足を滑らせて以来レースには出ていない。とはいえ才能はシンボリルドルフにも比肩するやも知れず、陣営は復帰に全力を尽くしている。
もう片方はロングハヤブサ。身長170cm強。ジュニア級では1着4回・2着1回と好走したが、クラシックを秋まで休養。以降、菊花賞経てからは中距離路線を転戦したが、今年の6月に故障。再度休養に入っている。
サクラトウコウも含めれば、ジュニア3強が一同に介したことになる。同時に、彼女達とシンボリルドルフは、何れも脚に問題を抱えており、全員が全員脚に包帯を巻いているという、めでたくもない共通項も存在する。
しかし、会わせたい者? 正直なところ、シンボリルドルフは要領を得ていない。先述の通り彼女達はクラシック級の春を完全に棒に振った。サクラトウコウとロングハヤブサは菊花賞で顔を合わせたきり、ハーディービジョンに至ってはこれまで一切同じレースを走ったことはない。そして彼女らが持て囃されていた頃、シンボリルドルフは現在ほど評価されていなかった。シンボリルドルフは仮想敵として注目していたが、向こうはそうではない。面識に乏しいのが実情である。
「会わせたい奴、というのは彼女達のことかい?」
「ああ、そうだ」
「それで、一体何の用事なんだ?」
シンボリルドルフは微かに警戒を滲ませながら言った。彼女達を信用していないわけではないが、目的も分からず連れてこられた異常、疑念を抱くのは当然である。
「別におかしな話じゃないよ。君が考えているような厄介事でも、同じくない。ただ、君を助けたいだけだ」
代表してハーディービジョンが告げた。胡散臭い口調であった。
ええ、とシンボリルドルフは腑に落ちない返事をした。意図が読めず、裏の意味を探っている。
「能く分からないが……取り敢えず、理由を聞こうか」
「ハーディーの言った通りやで、思っとるような大層な理由はない。ただあんたがここで終わってほしくないだけや」
ロングハヤブサがそう告げた。当然ながら要領を得ず、ハーディービジョンが引き継ぐ。
「要は、君には頑張ってほしいってことだ。他がどう思っているかは知らないが、少なくとも私達は、君を誇りに思っているんだよ」
「それは嬉しいね。涙が出そうだ」
「信じておくれよ。いや、ほんとうに。君は私達の世代屈指の実力者だ。歴史を遡っても殆ど類を見ない。そんな同期の星に活躍して欲しいのが、おかしなことかい?」
「信用しにくいな」
「……真面目な話、君のことは誇りに思っている。確かに、君ととことん対照的な自分に劣等感を抱かないとは言わない。それでも、君の残した結果は、強さは、心から尊べるし、誇れるものだ。たとえ借り物と謗られようともね」
ハーディービジョンは苦笑して締めくくった。シンボリルドルフの眼が、嘘ではないと告げていた。
「……具体的に、何をしてくれるというんだ?」
「邪魔をする気はない。ただ、私達は君よりだいぶ怪我の経験がある。おかげで怪我に関する知識だけは、いっちょ前につけているんだ。それで、君を支えたい」
その声音に、嘘があるとは思えなかった。
「ひとりよりもふたりが良い。この名句はこう続く。『共に労苦すれば、その報いは良い』ってね」
それは海外かぶれのシンボリ家をからかったものなのだろうか。シンボリルドルフはとてもそう思えなかった。ハーディービジョンは胡散臭く、口下手だが、下劣な存在ではないと信用していた。
「……トレーナーに話してみる。それ次第だ。確約はできない」
「構わないよ。君自身は、私達を信用してくれたんだろう?」
共に労苦すれば、その報いは良い。その言葉は、更にこう続く。
倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。
倒れても起こしてくれる友のない者は不幸だ。
シンボリルドルフを想い助ける者は、確かにいる。シンボリルドルフは、そういう意味で幸福であった。
そして得てして、それを得られないものも居る。
■
季節は飛んで9月中旬、シンボリルドルフは、とあるウマ娘と向かい合っていた。シンボリルドルフはこめかみに手を当てていかにも頭痛のしていそうな表情をしている。傍らに居るマリキータも同様で、その雰囲気は三者面談を思わせる。と言っても教師・保護者・生徒の三者ではなく、担任・学年主任・問題児が一同に介したという表現が近い。
この雰囲気にやられて、相対するウマ娘は首をすぼめて申し訳無さそうにしていた。とはいえ彼女はシンボリルドルフより一回り大きく、身長は170cmほど。謝意でこじんまりしてやっとシンボリルドルフと同じくらいのガタイである。マリキータとの差は言うまでもない。
そのウマ娘の髪は鹿毛で、名前はニシノライデンという。端的に言えば、ニシノライデンがやらかした。それはもう、盛大にやらかした。
先日ニシノライデンは朝日チャレンジカップというG3レースに出走し、1着でゴールし、失格した。もう一度言う、失格した。ちなみに2着でゴールを通り抜け、ニシノライデンの失格で繰り上がり優勝したのは、これまたライデンの名を持つワカオライデンである。彼女はシンボリルドルフと同じ世代のウマ娘だったのだが、クラシック級の1月に怪我をして1年間を棒に振る。復帰後も好走こそすれ、どうにも重賞を勝ちきれないなか掴んだ、念願の初重賞制覇。それこそ、かの朝日チャレンジカップである。謝れば良いのか、恩に着せれば良いのか。
ちなみに何故失格になったかというと、斜行である。当時の日本には未だ降着制度というものがなく、多少の斜行はお目溢しされていた。流石に度を越せば失格だが、そうそう度を越すような斜行が起こるものではない。それも、重賞で。
その「そうそう起こるものではないもの」を、シンボリルドルフの眼前に座すニシノライデンはやりやがったのである。今、シンボリルドルフの内心は、ニシノライデンへの怒りが1割、呆れが4割、ワカオライデンへの同情が4割、自身が走るレースでやらかされなくてよかったという安堵が1割を占めている。
しかし、この斜行魔神が今後こんなことをやらかさないとも限らない。そして、大一番のレースで、そんなことが原因で負けとうない。
よって事ここに至っては、シンボリルドルフ、ワカオライデンを先頭に、同じ世代のウマ娘が大勢集まってニシノライデンの矯正をやろうということになった。当然ながら、ニシノライデンに拒否権はない。あろうはずもない。あってたまるか。
「おいーす。来たぞー」
よく通る声で喋ったのは、スズマッハである。小走りでこっちにやって来た。鹿毛で身長は170cmほどと、ニシノライデンに近い体格。昨年のダービーでシンボリルドルフに次ぐ2着、今年5月の安田記念で、今度はニホンピロウイナー*2に次ぐ2着を獲得した実力者。しかも安田記念では9番人気、ダービーに至っては20番人気での好走なので、王者や予想屋からすると、割と真面目に心臓に悪い存在でもある。
「結構久しぶりじゃないか? マリキータとルドルフがつるんでるの」
「とある方に叱られまして。少し、心を入れ替えたのです」
マリキータは今年の1月に復帰した。暫く二桁着順を繰り返した後、BSN杯での4着を経て再起を目論んでいる。関屋記念では大敗したが、今の彼女は確かに前を向いている。フォームの修正の先には、確かに輝きがあると信じている。
「へーえ、ちょっと会ってみたいな」
「今日も誘ってみたのですが、余り余裕がないと。何やら計画があるらしくて」
「そいつは残念だな。なあ、パレード」
「途中を話してくださいよ、マッハ姉さん。……久しぶり、ルドルフ」
その後近付いてから話したのは、スズパレードである。スズマッハを姉さんと読んだが、彼女らは姉妹ではない。彼女はスズマッハの従妹で、同じように鹿毛。身長は160cmとシンボリルドルフと同等だが、病弱ゆえの痩せ気味な体格のせいで、並び立つと小柄に見える。それでいて皐月賞・ダービーともに4着と好走、以降G3で活躍し、レコード勝ちも経験している実力者でもある。
「体調は大丈夫なのか? 多分大丈夫だろうが」
シンボリルドルフがスズパレードに問うた。というのも、彼女は3月の中山記念の前日に故障して以来、シンボリルドルフと同様に休養を取っている。これが「体調は大丈夫なのか?」という言葉の意味である。
では、続く「多分大丈夫だろうが」とは何か。それはトレーナーをして「骨折以外の脚部不安は全て経験した」と言わしめるほどの故障回数──にありながらも、その度に不死鳥かゾンビのように復活するしぶとさと、それこそ骨折のようなヤバい奴は発症しない悪運の強さにある。本人に言わせれば、幼少期から身体が弱かったので「治し方」を知っているそうだが、傍から見ると、何とも言えない気持ちになる。少なくとも、怪我をしている時に顔を見たい存在ではない。
「無理はしません。大丈夫ですよ」
スズパレードの口癖は「大丈夫」である。これを言った時は、基本的に大丈夫である。長く付き合っていると心配するのもアホらしくなるしぶとさなので、シンボリルドルフはさっさと話を逸らした。これ以上頭痛の種は要らない。
「他には誰が来るんだい? ローマンが来るとは聞いているが」
「ソロンも来るそうです。……」
ソロン──ダイアナソロン。桜花賞1着、オークス2着、エリザベス女王杯3着。更には同年ジャパンカップにも出場した、ティアラ路線では世代屈指の実力者である。ちなみに彼女が勝った桜花賞は日本で始めて開催されたG1であるから、彼女は日本初のG1 ウマ娘でもある。
「別に気にしませんわ。そういうことは、克服しました」
スズマッハが気まずげな沈黙をしたのは、マリキータを気遣ったからである。とはいえ、今のマリキータに、それは不要である。
「お、来たぞ。……おーい、ここだー」
スズマッハが呼びかけたほうを向くと、確かにそこにはダイアナソロンが居た。隣には、トウカイローマンも居る。二人共身長は155cmほど。しかしダイアナソロンは鹿毛のストレートロングと大人びた体つきであるのに対し、トウカイローマンはゆるくウェーブのかかった黒鹿毛のミディアムに姪*3に似た体つきなので、見た目の印象はかなり違う。
この内、ダイアナソロンの方は今年の3月に脚部不安を発症して以来、引退かトゥインクル・シリーズへ移籍かと検討しているところである。ニシノライデンは当分トゥインクル・シリーズを走るつもりだから、ここに来ても余り彼女にメリットはない。それでも来るのは、彼女の懐の深さを伺える。
「皆様お久しぶりで御座います。近頃は私事にて御目文字叶いませんで……」
「いつにも増して堅いなー、ソロン」
「諦めてください、マッハ。ソロンのこれは筋金入りですもの」
そしてその言い回しは産まれの高貴さも伺える。家柄なら並び立つ家はそこそこあるが、ソロンの家はかなりその辺りに厳しい家だ。幼少期に叩き込まれたそれを変えることは、却ってストレスになる。それは一同分かっているので、(主にスズマッハが)茶化すだけに留めるのが、彼女達の距離感である。
「私達が最後ですか?」
トウカイローマンが聞いた。ふんわりと優しい声だ。とはいえ音自体は高く、姪との血の近さを伺わせる声質だ。
「いや、"主役"がまだです」
スズパレードが答えた。小柄な分、声音は高い。しかしダイアナソロンのようにピンと張るでもなく、トウカイローマンのように柔らかいのでもなく、落ち着いた湿り気のある声だ。
「ああ……"主役"ね。ニシノライデンのほうじゃなくてね」
じろりと、トウカイローマンがニシノライデンに目をやった。例によってしょげてはいるのだが、シンボリルドルフより小柄なトウカイローマンと比較すると、どちらが大きいかは推して知るべし。
「まあ、アイツは忙しいだろーな。トレーナーとも色々あるだろうし」
スズマッハが、いつもの快活さを抑えて言った。
ちなみに「色々」というのは、トレーナーとの不仲を意味しない。ニシノライデンはあの大斜行のせいで、トレーナーを数日間謹慎させているのである。それと違って、主役はそんなことをしていない。しかも経緯こそ何であれ勝ったから、インタビューとかも多少ある。
「みんな、その辺にしておくんだ」
シンボリルドルフが割って入った。
「ライデンだって反省している筈だ。……しているよな? ライデン」
とはいえニシノライデンの受難は続く。今度はシンボリルドルフが牽制した。その表情は温和で、声音は優しいが、目が笑ってない。ニシノライデンは怯えてコクコクと頷いた。
結局、ニシノライデンの居た堪れなさが軽減されるには、ダイアナソロンの声音を待つことになる。
「皆様、どうかその程度にお願い致します。ワカオがいらっしゃいました」
とはいえ彼女の言葉通り、そこに丁度ワカオライデンがやって来たので、ニシノライデンは別段の申し訳無さを感じることにはなる。
「私が最後ですか?」
「ああ。正真正銘、君が最後だ」
「ハーディー達は? 最近、あなたと話しているようでしたけれど」
「彼女達は、自分の回復に集中して欲しかった。私や君を気遣うのは有り難いが、自分のことを疎かにされても困る」
「あなたがそれを言うんでしょうか……」
「返す言葉もない」
シンボリルドルフは気まずく沈黙した。
「……取り敢えず、おめでとうと言っておこう」
「お気遣い、痛み入ります……。言うも言われぬも、気遣いの産物というのが、その、良く知れて、何とも申し訳ない気持ちになっています」
今度はワカオライデンが気まずく沈黙した。
真面目な話、こういう相手には何と言ってやれば良いのだろう。勝っておめでとうと言うべきか、あんまりにあんまりな勝ち方に同情するべきか。いっそ、何も触れず風化させてしまうべきだろうか?
「まあ、君が強いのは、私達も知るところだ。今回は……その、少々奇特な過程を辿ったが、君なら、そう……ちゃんとした? 綺麗な? ええと、悔いのない勝ち方ができる筈だ」
さしものシンボリルドルフも、今回ばかりは言葉に悩んでいる。そりゃあ、当然である。
「ありがとうございます。でも、だったらそのために、今日はみんなで全力を尽くしましょう。……分かってるよね、ライデン?」
やはり怒りはあるようで、ニシノライデンに向けられた目は笑っていなかった。癖は仕方ないと理解はしているし、レースとはそういうものだと納得もしている。それでも、腹が立つものは腹が立つ。
ニシノライデンは、ゴムボールのように頷いた。
そして、数時間後。
「ダメだコイツ」
スズマッハが臆面なくそう言った。またもや本来の快活さが消え失せているが、今度は疲労困憊ゆえにである。
「諦めるなマッハ! みんなで力を合わせれば、なんとでもなるはずだ!」
シンボリルドルフが檄を飛ばす。そのシンボリルドルフも呆れやら疲れやらで大分性格が変わっているが、今回ばかりは大した問題ではない。
「キャラ変だと!?」
ワカオライデンが驚いた表情でシンボリルドルフを見つめているが、彼女もまた気弱さが消えている。なんかやたらフランクと言うか気安い語彙に変化してしまっている。
「やってみせろよ、パレード!」
「私かよ」
トウカイローマンもスズパレードも、みんないつもの遠慮がなくなっている。唯一トウカイローマンに限っては、偶然による某ネットミームに自分から合わせた可能性を否定できない*4が。
ちなみに、ダイアナソロンはネタを理解できなかった。
「真面目な話、どーすんだよ、この斜行魔神」
「いいえ、私が思うに、斜行大魔王とお呼び立てすべきかと」
ダイアナソロンの口調も割と砕けている。これは末期である。
ウマ娘は人間に比べ高い脚力を持つ。人間では修正の効く些細なずれも、ウマ娘のパワーとスピードでは瞬時に大きな斜行となる。これ自体は種族ゆえのどうしようもない問題である。
勿論、殆どのウマ娘はこれに対する対策を講じている。尻尾をぴんと張ってバランスを取ったり、遠くのものを見て姿勢のぶれを抑えたりといった行為がそれに当たる。
ここで問題となるのは、どうもニシノライデンはそれをやっているということである。対策した上で、あの斜行である。
では体幹の歪みか? ──健康診断の結果に異常はない。
では靴や蹄鉄に問題が? ──ソールの厚さも釘の打ち方も問題ない。
ではフォームが歪んでいる? ──シンボリルドルフも唸るフォームの完成度だ。
では距離やコースの曲がり具合か? ──スプリントでも曲がる時は曲がってしまう。
しかも、問題はここで終わらない。
斜行する時もあれば、しない時もある。そのする場合としない場合の違いが分からない。何らかの外的要因によるものという推測はなされているが、風にも芝にも何一つ違いがなくとも、斜行の有無はその時々によって変わる。
「ねえ、ルドルフ……あなただったら、もしニシノライデンと一緒に走るとき、どういう風に対策する?」
ワカオライデンが聞いてきた。しかしそれに対するルドルフの回答は芳しくない。
「……なるべくニシノライデンの後ろを避けて……あとは」
「あとは?」
「祈る」
ワカオライデンはがっくりと項垂れた。本当にどうしようもない、自然災害のようなものと思うしかないのか。一同は覚悟した。
しかし、救いの手は思わぬ方向からやって来る。
「……何やってるの? ルドルフ」
カツトップエース。シンボリルドルフらの3つ上の世代の二冠ウマ娘。怪我に泣かされたウマ娘でもあり、皐月賞・ダービーを制し、史上3名目の三冠を期待されながらも、脚部不安で菊花賞には出走が叶わなかった。また生徒会に所属しており、そういう意味でもシンボリルドルフの先輩にあたると言える。後輩であるシンボリルドルフの痴態を見て、何だ何だと寄ってきた。
「いや、ニシノライデンという、同じ世代のウマ娘の、特訓に付き合っていたんですが」
「ああ、大体分かったよ……」
ニシノライデンの斜行失格は、それだけ大事であった。
「しかしその様子だと、だいぶ難儀しているようだね」
「ええ、正直なところ、原因が分からず」
「菊花賞とかではそこまでやらかしてなかった筈だよね。確かに引っかかる」
そう、そこなのだ。本番でも、ここ一番でも、必ず出るというわけではない。それがカツトップエースの興味を引いた。
「よし、手伝おう」
「いえ、先輩のお手を煩わせるわけには」
「優しい君がおせっかいを焼くように、私もそうしたいだけだよ」
「……お気遣い、痛み入ります」
実は、シンボリルドルフは彼女が苦手だった。どうにも、手玉に取られている気がしてむず痒い。しかし、やはり彼女のほうが上手だった。実際、トゥインクル・シリーズでは怪我に泣かされ続けた彼女は、ウマ娘の走りに対する科学的分析には一家言ある。
「データある?」
「こちらに」
あまり走れない分事務作業をメインでやっていたスズパレードが手渡した。カツトップエースの表情が曇る。
「たしかに、これは」
わけがわからないよ。……そう零した声が聞こえたような気がした。
「メンタルのせいという可能性は?」
「手前味噌ですが、聞き取りをした限りは、その線は薄いかと」
心を読むことに長けるシンボリルドルフが説明した。
「君がそう言うなら、きっとそうなんだろう。だとすると、外的要因なのはまずまちがいない。そのうえで、ここで検討されていない変化となる」
するとカツトップエースはデータのある箇所を指さした。
「このあたりの斜行発生率が高いね」
そこは、特訓開始から1時間過ぎたあたりの記録である。30分ごとに区切って発生確率を確かめると、確かに1時間〜1時間半の間の発生率が高くなっている。
「興味深いことは、この間をさらに分割しても、確率に大きな差がないということだ」
1時間のときと、1時間10分のときと、20分と30分でのとき、何れも確率に変化がない。そして、そこを過ぎると確率は一気に下がる。
「正直なところ、ここを除外すれば、単にまっすぐ走るのが苦手なだけで説明がつくくらいだ。だけどこの一時期だけ、発生頻度も曲がりぐあいも明らかにうわぶれている」
「と、言うことは」
つまり、そこに何かある。
「とりあえず、一回走り見ていいかな?」
「ええ。もう休憩は終わったので。……ライデン、もう一回だ」
「ああ……って、ええ。また見物が増えた。あんまり大勢に見られるのは好きじゃないんだけど」
「失礼と贅沢を仰らないでください。僭越ながら申し上げると、そろそろ隣のレーンをご予約されている方々がいらっしゃいます」
要はさっさと済ませないと更に見物が増えるという意味だ。ニシノライデンはうへえという表情をして準備をし、走った。
斜行はしなかった。
「これで……」
良いですか、とニシノライデンが言う暇はなかった。
「もう一回お願い」
被せるようにカツトップエースが促した。既に大規模チームの面々がやって来ており、ニシノライデンの特訓をまじまじと眺めている。ニシノライデンはかなり嫌がっていたが、強制的に連行された。
「……何やってるんですか」
ニホンピロウイナーが聞いてきた。ミスターシービー、カツラギエースと同世代で、生徒会書紀を務める彼女もまた、カツトップエースの後輩にあたる。かの大規模チームの一員ゆえ、ここに居た。
「ルドルフの友達の特訓に付き合っているのさ。君たちも手伝ってくれ」
「いや、私はトレーニングをしたいのですが。……場合によっては、ルドルフと戦うことになりかねませんので」
シンボリルドルフが復帰した場合、そしてそれが
だからあまり余裕があるわけではない……が、カツトップエースの要求は意想外のものだった。
「一体、何をやっているんですか」
ゲートに収まったニシノライデンが見たのは、雁首揃えて彼女を見るニホンピロウイナーらの姿である。カツトップエースの要求によって、彼女達はチーム一同観客としてレースを見守っていた。何ならシンボリルドルフとかワカオライデンとか、レース相手として同じくゲートに収まっているスズマッハ以外の世代仲間も、混じって見物している。何なら歓声を飛ばしている。割と憂さ晴らしである。
「気にせず続けてくれ。これもテストだ」
「うへえ」
ニシノライデンは斜行した。
カツトップエースは満足そうに頷いた。
「やはりね。ニシノライデン、たぶん君の斜行原因が分かった」
「え、本当ですか?」
ニシノライデンは驚き半分、疑念半分の表情で聞いた。他の面々も同様である。
「うん。恐らく原因は音だ」
曰く、ウマ娘のレースコースというのは、『向こう正面』という言葉が成り立つくらいくらいには、観客席のある方とない方がはっきりしている。ニシノライデンは集中したとき、周囲の状況を知るために感覚を研ぎすませる。その瞬間、洗練された聴覚が観客席の配置による音の偏りを鋭敏に感じ取って、斜行している──これがカツトップエースの推測であった。
「予約表を見たら、1時間ちょっとのころ、近隣レーンにチームの予約があった」
相当な考察の早さに、一同は驚いた。未だ証明はなされていないとは言え、有意な考察が出ただけでも光明であった。唯一の例外はシンボリルドルフで、生徒会でその働きをよく知っているので落ち着き払っている。シンボリルドルフに先輩面をして、それを納得させるくらいには、現行の生徒会役員連中は腕利きである。渦中のニシノライデンもその才覚には呆気に取られていた。
「マジすか」
「マジマジ。大マジ」
間の抜けた問いかけをしたニシノライデンに対し、こちらも間の抜けた返事をカツトップエースが返す。
「流石だなあ。さっさと頼れば良かった」
「全く、その通りでしたね」
スズマッハ、マリキータが骨折りと解放感の折衷された声で言った。それに、トウカイローマンも同調する。
「ええ、流石生徒会執行部というものです。ところで、対策はどうすればよいのでしょうか?」
一同に電流走る。
「…………耳カバーを調整しよう。気休めにはなるはずだ」
「言いました! 気休めって言いましたよこの先輩!」
ワカオライデンが絶叫した。特に彼女からしてみれば死活問題なので当然である。しかし誰も、代案を出せるものは居なかった。彼女達の労苦の果てに得たものは、随分少ない。
「……原因が分かれば、意識的に調整することもできるはずだ。それに何より、トレーニングのやりようもある」
シンボリルドルフがそう締めくくった。それ以外に、やりようがなかった。
果たして、彼女は2年後の天皇賞(春)にて、ミホシンザンと長い写真判定の末、ハナ差で2着ゴール……できなかった。3番手でゴールしたアサヒエンペラーの進路を妨害したとして、処罰が下った。斜行前はアサヒエンペラーより内側を走っていたニシノライデンが、斜行後はその外側を走っているという誰がどう見てもアウトな大斜行をぶちかまし、彼女は失格となった。言うまでもないが、天皇賞はG1である。G1 で、大斜行して失格とかいう、前代未聞のやらかしに、シンボリルドルフ以下一同は頭を抱えたのは言うまでもない。
出す予定がなかったウマ娘がどんどん増えていく……「ルドルフに並び立つ同世代」は居て欲しいので、ありがたいんですが。
尾田先生の言葉を借りるなら「ワンダーランド」です。
サクラトウコウ
得意なこと:習字がうまい
苦手なこと:格言づくり
チヨちゃんの背負う思いの一角。調べれば調べるほどサクラチヨノオーの背負ってるものが多すぎるのよね
■
ハーディービジョン
得意なこと:蕎麦を打つこと
苦手なこと:スケート
的場騎手曰く「ルドルフ相手でも何とかなるんじゃないか」とのこと。87年2月まで陣営は復帰を試みていたとか。
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ロングハヤブサ
得意なこと:猛禽類を見分けること
苦手なこと:じっと待つこと
ウマ娘世界では関西弁キャラになってそうな気がするお馬さん。
一時3強を築いたサクラトウコウ、ハーディービジョンは美浦だし、
世代の代表格シンボリルドルフもビゼンニシキも美浦だし、
スズマッハとかスズパレードも美浦だし。
ニシノライデンやワカオライデンは栗東とはいえ、当時はまだ西高東低じゃなかったんだなあと思ったりもします。
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カツトップエース
得意なこと:簡単な脚の治療ができる
苦手なこと:股関節が硬い
設定上存在するこの世界の生徒会役員を構成しているお方。立場は副会長。一応それっぽい戦績の馬を選んだつもりですが、ミスターシービーより前の世代は正味よく分かりません。資料少ないし