トレーナー君が欲しいシンボリルドルフ VS サブトレ時代のトレーナー君の相棒スピードシンボリ VS ダークライ 作:St. One is Stoned
・タマモクロスに先んずる同年春秋天皇賞連覇
・テイエムオペラオーに先んずる秋古馬三冠達成
でもあったりします。
何なのこの馬。
それを止めたギャロップダイナが、そんな簡単なフロックであるはずもなく。
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ドミトリー・カバレフスキー作品26、管弦楽のための組曲「道化師」第2曲「ギャロップ」。「クシコス・ポスト」や「天国と地獄」と並び立つ運動会の定番曲で、俗には「道化師のギャロップ」の愛称で親しまれる楽曲が、彼女の耳には鳴り響いていた。
真っ赤な帽子の上から、イヤパッドの4つあるユニバーサルデザインのヘッドホンを被ったウマ娘は、来たる今日のレースに複雑な思いを抱いていた。手では頼りない出来たての紐切れを弄んでいる。耳は音楽で塞がっているので、囃し立てるアナウンサーの発言は字幕で確認している。
『1番人気、8枠17番シンボリルドルフ。不利な大外、休み明けぶっつけ本番の大一番、にも拘らず圧倒的に1番人気に推されております。五冠ウマ娘の面目躍如と言ったところ』
『2番人気、3枠6番ウインザーノット。良バ場2000は得意分野。1着5回・3着1回の驚異の実績は舌を巻きます』
『3番人気、4枠8番ニホンピロウイナー。言わずと知れたマイルの皇帝、2000mは土俵内です。皇帝同士のハイレベルな戦いを期待したいところ」
それ以降も、人気順に錚々たるウマ娘が名を呼ばれていく。その中で、私が読み上げられたのは13番目。このレースは17名立てだから、結構後ろの人気である。それは適切だと思う。
10月27日、東京レース場10R、芝2000m左回り──天皇賞(秋)。私がここに立っているのは、実力のお陰じゃない。チームのお陰だ。チームの仲間が別のレースに行ったから、空いた枠に滑り込んだに過ぎない。今年6月の札幌日経賞では、勝負服を破損して競走を中止させたこともある。そんな、吹けば飛ぶように泡沫で、見る者の眼を汚す、面の皮しか取り柄のない存在。そんな私が巡り合わせでここに居る。東京レース場の、控室に。
分不相応なことだと思うし、名誉なことだとも思う。何れにせよ、力不足には違いない。情けない話だが、嫌な確信があった。耳には、ヘッドホン越しに、さぞ運動会ににお似合いだろうお気楽なテンポが、とめどなく流れている。私が今立っている場所は、ちょうどこういうところに違いない。幸運にも、身に余る名誉を得た、幸福な存在。同時に、井戸の外に在りながら大海を知らない、滑稽な道化。そんなこと、私が一番分かっている。
それでも、勝ちたい。
私はこれまで、多くのウマ娘を見てきた。勝った子もいれば、負けた子もいる。とにかく大勢去って、クラスもだいぶ広々とした。そのなかには、私より強かったけど、怪我や家の事情でやめた子も多い。賢いから、致命的な怪我を負う前に、レースから離れた子もいた。私より強い存在はごまんといる。彼女らは強くて、私は弱い。
でも、彼女たちの殆どは、今ここにいない。
例えば、私と同じ世代で、三冠を獲ったミスターシービー。例えば、そんなミスターシービーと争って、日本ウマ娘初のジャパンカップを勝ったカツラギエース。彼女たちと私にはどうしようもない差があって、私は逆立ちしても敵うとは思えない。
それでも、彼女たちはここにいない。どれだけ勝ちたいと思っていても、ここにいなければ勝つことはできない。彼女たちはここにいない。
でも、私はここにいる。
それなら、チャンスはある。
『時間です。宜しいでしょうか』
今でも、絶対に勝てるとは思えない。私は、あのシンボリルドルフを破るイメージを持てていない。勝ちたいと、胸を張って言うことすらできない。そんな資格が私にあるのか、それすら分からない。
でも、負けたくない。
「はい。……今、行きます」
それだけは、誰にも否定させない。
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どーでもいいことだが、実況はさっきこっそり舌のストレッチをしていた。シンボリルドルフとかニホンピロウイナーとか今回のレースは舌が回りにくい名前が多い。今から実況が哀れである。
とはいえ嘆いても時間は止まってはくれない。嬉しいことにレースの準備も滞っていない。ウマ娘は続々とゲートに入り、そこに閉じ込められていく。
「秋の天皇賞は1コーナー奥のポケットからスタートするのが特徴で、同距離の皐月賞と違いコースを一周しない。最初のコーナーまでの距離が約130mと短く、大外枠は不利になる」
「どうした急に」
「全体的に直線が多く、特に最終直線525.9mは日本2位の長さだ。坂越えのあるタフなコースだが、速いペースに対応できるスピードも好走の必須条件と言える」
「つまり、スタミナと瞬発力をどれだけ両立させられるかが大事ってことだな!」
瞬発力とは、要するに筋肉の収縮と解放である。ある程度の筋肉量があったほうが、瞬発力は大きくなる。しかし、筋肉は重い。走る距離が長くなればなるほど、その重さは確実に己の体力を奪う。スタミナのためには、筋肉がつきすぎていてはいけない。人間の短距離選手とマラソン選手の体つきの違いを見てみるといい。
つまり、筋肉量というアプローチでは、スタミナと瞬発力の両立には限界がある。それを突破するには、別の角度からの試みが必要となる。天賦の分野なら、筋肉の質や心肺機能の出力。技術の分野なら、磨かれたフォームや消耗を抑えるコース取り。環境の分野なら、芝の質や蹄鉄の精度。究極には「両立」にまとめられるそこには、極めて奥深い要素が潜んでいる。
そこにおいてシンボリルドルフは、所謂技術分野でこれを補うウマ娘である。彼女のレース勘は図抜けている。しかし、幾ら完璧な策を立てても、実行に移せなければ、取らぬ狸の皮算用。そこにきてサクラトウコウ、ハーディービジョン、ロングハヤブサ、彼女ら3名の協力は、シンボリルドルフの大きな助力となった。
勿論、万全とは言い難い。直近、シンボリルドルフは本番に間に合わせるための無茶なトレーニングが原因で食欲が落ちている。ブランクも長く、果たしてどれほど勘が衰えているかは想像もつかない。それを悠長に確かめられる余裕はない。
だから、ぶっつけ本番。どれだけやれるのか、やれないのか。やれれば私は未だ衰えずということで、やれなければ紛れもなく衰えているということを意味する。
果たして、どれほどやれるのか。ゲートに収まりながらも、未だシンボリルドルフは答えを見つけられていなかった。
ゲートの中は孤独ではない。常に歓声や足音、微かな機械音が響いており、鴉雀無声の試しはない。しかし、その日はやけにそれが気がかりだった。
頭を振って、雑念を払う。──そして、刹那。
『スタートしましたぁ』
ゲートが開いて、レースが動いた。
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やはり、大外は不利か。シンボリルドルフは独り言ちた。彼女が位置取ったのはだいたい12番手あたりで、先頭まではおよそ15バ身。後ろにいるのはギャロップダイナ。いつもつけていた腕飾りが今日はないのが気にかかる……いや、集中しろ。余分な思考を脳みそから追い出す。ブランクのせいか集中力が落ちている。スタートのキレが落ちている。その出遅れと大外が悪い意味で噛み合ってしまった。
『内で、スズマッハ好スタート。……そしてその後ろにスズパレードが行きますが、外を突いてぐんぐんと、ワカオライデン、そしてリキサンパワーが行きます』
秋天は最初のコーナーまで短いが、そのコーナー自体は緩やかなカーブを描いており、コーナーでもあまりスピードが落ちないのが特徴である。素早く向こう正面に入った先頭集団の状態は、リード4バ身のリキサンパワーを先頭に、スズマッハ、ワカオライデン、ウインザーノット、ヤマノシラギクと続いている。スズパレードはコーナー前のごちゃつきを避けて若干後退。
──ここだ。
向こう正面中間少し後に、2m程度の上りがある。緩やかなカーブで突っ走った連中が、面食らってペースを落とす瞬間がある。その一瞬で、一気に好位に付ける。
『外を突いてぐんぐんと、アカネ──? いやルドルフが一気に上がっていった。2番手グループの外に上がっていった』
リキサンパワーが引っ張って、レースは結構なハイペース。このタイミングで仕掛けるのは定石に則っていないが、多少の賭けは覚悟の上だ。無理を押し通すには、それなりの無茶が必要なものだ。ニホンピロウイナーは中団グループに控えている。
坂を下りきって、3コーナー。シンボリルドルフはリキサンパワー、スズマッハ、ニシノライデンに続く4番手まで順位を上げる。それを猛追するのは、2番人気のウインザーノット。
もともと速度は速めになりやすいレースだが、殊に今回はペースが余り落ちてこない。リキサンパワーの影響か、やはり、展開が早い。
早くもレースは4コーナーに入る。飛ばして衰えたリキサンパワーを、ニシノライデンが捉える。ほぼ同時に、シンボリルドルフも二名を捉えた。前三名一団となって600を通過する。内からウインザーノット、或いはヤマノシラギクが猛追する。
『第4コーナーカーブから直線に向きまして、さあ先頭争いは外を突いてぐんぐんと上がってくるシンボリルドルフ、400を切った』
ニシノライデンは抜かれるも、追いすがる。加えてワカオライデンもやって来る。その奥から来たウインザーノットは大きく広がって大外から急迫する。いつもより余裕のないシンボリルドルフと差を詰める。
ウインザーノットが伸びる。ウインザーノットが伸びる。ニシノライデンを抜いてシンボリルドルフに肉薄する。更に奥からニホンピロウイナーも突っ込んでくる。そして追い込み勢からは、これも外からギャロップダイナも突っ込んで──
腿まである黒のカバートコートが不規則に揺れている。前を開けているせいで、どことなく芯なさげで、宙ぶらりんで、まるで歪な振り子のよう。いつもつけていた黄色と青の腕飾りは、今日に限ってつけていない。控室で、とうとう千切れた。
そうだ、私に相応しい姿だ。ギャロップダイナは独り言ちた。
私がここに居るのは、私の意思じゃない。私には中身がない。地に足をつけていない。これまで、何も自分で決めていない。勝負服だって、トレーナーの勧めや、チームメイトの意見でデザインした。唯一自分の意志で入れた頼りない腕紐は、今日着替えている内に切れていた。ここまで来た過程に、私はいない。
でも、私はここにいる。
私の想いは、このレースに向いている。私の欲望は、1着を求めている。私の心は、負けたくないと──否! 勝ちたいと叫んでいる!
今、私はここにいる。過程や経緯は何であれ、確かに、ここで、叫んでいる!
「私は、こんなもんじゃない!!」
『シンボリルドルフ苦しいか。大外を突いて一名突っ込んできたのはニホンピロウイナー……さらにギャロップダイナ、ギャロップダイナ! シンボリ粘る。シンボリルドルフ粘るが、ギャロップダイナ出て──』
そして、私は、気づいたらゴールを超えていた。観客は呆けて、私も呆けていた。前に、誰もいない。シンボリルドルフはどこだ? 倒れ込んだ? まさか、怪我をした? 或いは、もしや私がコースを間違えていたという落ちではあるまいな?
今度は何をやらかしたのか。彼女はどこにいるのか。怖くなって忙しなく辺りを見渡しても、シンボリルドルフの姿は見つからない。鳥肌が立って、激走の後の汗の中に、冷や汗が混じった。
「……やあ」
幸いにも、彼女の声は聞こえた。しかし、何故か彼女の声は後ろから聞こえた。
振り返ると、そこにはシンボリルドルフが居て。
「驕っていた……完敗だよ」
彼女が、左手を差し出していた。その動きは金縛りにあったようにぎこちなく、声は息せき切ったせいで揺らいでいた。
私が代わりに右手を差し出すと、彼女はそれに応えてくれた。
その時見た彼女の頬には、やけに目立つ一筋の汗があった。
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「ただいま。……負けてしまったよ」
関係者用区画で、トレーナーと会った。これからウイニングライブがあるから、汗を拭いて、着替えて、体を休めなくてはならない。それは素早いほうが良いから、本来ならさっさと更衣室に入らねばならない。しかし、どうにもそんな気になれなかった。体を冷やさないよう渡されたタオルを羽織って、シンボリルドルフは壁にもたれかかった。
「……何時もよりしおらしいな」
「いつもって、ジャパンカップ以来じゃないか」
幾らなんでも、あの時よりは、何もかもが
「あの時は、本当にひどい顔だった。それとは別の感情だが、大一番で負けた者は、大抵それは酷い顔をしているものだが、今のお前は妙にさっぱりした面持ちだ」
「今回の負けは、私が如何に弱いかではなく、如何に衰えているかを示すものだ。ショックは受けるが、慟哭するような類じゃない」
「らしくないな。それとも、執念こそが衰えているのか」
「……信頼している相手にくらい、格好つけたいじゃないか」
まったく、最近気付いたことだが、彼は乙女心というものを解していない。いや、少し前までいたいけな少女の対極のような存在だったから、それに合わせた振る舞いをしているだけかもしれないが。
思えば妙な話だ。少し前は弱みを見せることを厭い、その実誰かにさらけ出したかったというのに、今では逆に強くありたいと願っている。それも眼前のこの男は、さらけ出した相手そのものというのに。
果たして、これは矛盾だろうか。とてもそうとは思わない。
「だったら、さっさと着替れば良い」
本田は嘆息してからそう言った。
矛盾でないというのは単純な理屈で、弱みをさらけ出すことが容易いからだ。私は既に、必要な時に本心を語れる相手を見つけている。本田はきっと、その対象が己だけであることに苦言を呈すだろうが、ともかく私は、飾らず在れる相手を既に見つけている。
問題は、彼にこそ格好をつけたいことだけだ。
「気に病む必要はない。負けたくないのならば走らなければ良い話だ。走った以上、時の運で負けることもあるから──」
更衣室に向かう私の背に、本田が声を掛けてきた。慰める言葉のようで、その声音は嫌味である。さしもの私と言えど、時と場合によっては負けもあり得る。なるほど道理である。道理であるが、業腹である。我慢ならず、私はこう言った。
「それでも、次は勝つさ」
すると、背中からは笑い声が聞こえた。
「そうだ、それで良い」
彼が破顔していることくらい、見るまでもなかった。
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秋の朝は遅い。11月も下旬に入ったころの午前六時など、真っ暗である。もう一月もすれば冬至なのだから当然だ。シンボリルドルフはターフを前に、軽く身震いした。
しかし、その日のその辺りはやけに明るかった。眼前には、東京レース場のコースが見える。
というのも、ライトをガンガンに焚いているのだ。取材のカメラも多数居る。それに寄られた虫(特に蚊)避けにスプレーを撒いてるので、鼻の効くものには少し辛い。
「お久しぶりです、本田さん。スポーツジャパンの藤田です。今日はよろしくお願いします……」
「ちょっとちょっと。すいませェん、日経スポーツの柴田ですゥ」
「あ、スミません、ダイアリースポーツの東堂ですが……」
「サンギョウスポーツの三船でぇす。どうもぉ〜」
「朝刊ゲンダイの佐藤っス」
しきりに本田に挨拶しているのは、名だたるスポーツ紙の記者である。それも揃って海千山千の場数を踏んだ、トゥインクルシリーズを専門とする連中だ。そんな面子が揃い踏みで、一体何をやっているか。単純なことで、G1レースを間近にした公開トレーニングの取材である。真っ昼間に入れると他との兼ね合いで不都合になるので、こういう時間帯に申請してやっている。
何故こんな事をするかというと、人気のためである。レース前に自分の強さを誇示して、ファンの評価を釣り上げるのが狙いである。我々は存外自分の評価を信用しないもので、尚且つ周囲の意見に流されやすい生き物でもある。故にどれほど抜群の走りを見せたところで、事前の人気が伴わなければフロックと断じられる恐れがある。
そして「実力は劣る前回の勝者」と「実力に勝る前回の敗者」では、どちらが人気が出るか──具体的にはグッズの売上がどうなるかは言うまでもない。ウマ娘のグッズ売上は当人のギャラになるが、同時にチームの運営費やら何やらにも使われる。理屈の上では、勝てばそれに応じた予算が下りる。しかし悲しいかな、上からの予算だけでチームを維持できるのは、一部の名門だけである。必然的に、中堅・弱小どころが──特に名門と肩を並べる環境を求めるためには、グッズ売上を回すことになるのである。
また名門であっても、チームの格を維持するためには公開トレーニングが重要である。チームの格を維持するには後進の育成が必須であるが、何もせずとも人気が得られるアイドルなど、ただの名ウマ娘の更に何倍も希少である。こういう公開トレーニングで、ついでに若手の顔見せをしておく、せこい強かさが求められるのだ。シンボリルドルフがわざわざ公開トレーニングをやっているのは、後者の理由である。
「やあ、久しぶり」
記者を本田があしらっている最中、とあるウマ娘が声を掛けた。
「久しぶりです、先輩」
それはギャロップダイナであった。シンボリルドルフは敬意を持って応じた。 公開トレーニングは、入場許可やら時間外のコース使用やらの面倒から、概ね一回に纏められる傾向にある。
先の秋天以来、ギャロップダイナとシンボリルドルフは多少の交友関係を持っていた。別段共に悪ふざけをするような中でもないが、円滑なコミュニケーションが可能な程度には付き合いがある。そこにぎこちなさはない。昨年のジャパンカップ直後を思えば、格別の進歩である。
本田に軽く話してくる旨を伝えて、シンボリルドルフはギャロップダイナとの会話に移る。既に記者にはシンボリルドルフ自身のコメントという『絵』を渡してある。シンボリ家という背後の圧力、当人のアイドル性のなさもあって、記者はさしてシンボリルドルフに執心でないから、後は本田に任せておいて充分である。
「今日は腕飾りがあるのですか」
シンボリルドルフが問うた。秋天では付けていなかった青と黄色の腕紐が、今回のギャロップダイナの勝負服にはきちんと装着されている。
「今日は切れなくてね。ミサンガなんだ、これ」
「ということは、天皇賞では切れたのですか」
ミサンガとは、色とりどりの刺繍糸を何本もあわせて編み、模様をつけた、組み紐の一種である。発祥国は諸説あるが、名前の由来はポルトガル語。つけっぱなしにしておりて、自然に切れたら願いが叶うという。
「うん。……だから願いが叶ったと思うかい?」
「いいえ。あくまでも、先輩が強いからだと」
「ありがとう。でも……絶対じゃないだろう?」
「いや、ですが」
「分かってるさ。ただ、幸運のお陰みたいな勝ち方は気に食わないだけだ。今日は切れてないからね、これで勝てば、間違いなく実力だろう?」
そう話すギャロップダイナの表情に卑屈さはない。あくまでも強く、どこまでも誇りに満ちている。
「ちょっと見てくれよ、ここ。前より太くなってるだろう? 改良して頑丈にしたんだよ」
「物凄く、意味を履き違えている気がしますが」
ミサンガは切れることを前提にした縁起物である。果たして、絶対に切れないようにしたミサンガは、ミサンガと呼んでよいのだろうか。最早ただのリストバンドではなかろうか。
「いいんだよ、私のはこれで良いんだ」
「先輩自身が良いのなら、文句を言う筋合いはありませんが……」
そこでシンボリルドルフは言葉を切った。瞬間、纏う空気が変わる。
「とはいえ、私も負ける気はありません。他の誰も、ここに居る誰もが、そうでしょう。生憎と、先輩の証明は随分と遅れそうです」
生意気な後輩の宣戦布告である。何だかんだ言ったが、シンボリルドルフも秋天の負けはしっかり根に持っている。口は笑っていても、眼は笑っていない。
「秋天では一杯食わされましたからね。仕返ししますよ」
しかしギャロップダイナにはどこ吹く風で、彼女の反応は笑うだけに留まった。
「もしそうなら、気長にやるよ。私にとりえがあるとしたら、コツコツやることだけだ。襲歩とは言わない、ただ一歩一歩だ」
──勿論、私が勝つけどね。
ギャロップダイナは最後の一文を内心に留めた。
さて、マスコミとは無情なものである。当時は確定していないので少し先の話になるがが、件のG1レースで7番人気に推されるギャロップダイナと言えど、シンボリルドルフとの取材の数には大きな隔たりがある。加えて、次のレースは諸々の事情から取材が難しいウマ娘が数多く出走する。マスコミはやはりそこに注力するので、ギャロップダイナの注目度は低いと言わざるを得ない。
そんなギャロップダイナより、当日の人気で更に劣ることになるウマ娘が居た。彼女はターフにも立たず、角バ場*1で入念に脚の具合を確かめていた。
その少女は名前をロツキータイガーという。髪の色は黒鹿毛で、身長はシンボリルドルフと同程度。もともとは小柄だったが、クラシック級の頃に一気に背が伸びた。背丈に栄養が取られたせいで、シンボリルドルフにくらべてすらっとした体型。額にスペード型の流星を備えている。
彼女は船橋トレセンに所属するウマ娘で、当然ながらこれまで走ってきたのはローカルシリーズである。しかし今回彼女はめでたくトゥインクル・シリーズのとあるレースに出走する運びとなった。だからこうして、トゥインクル・シリーズの敷地に居る。
当代の南関東シリーズは黄金世代であり、キングハイセイコー*2やステートジャガー*3など名だたるウマ娘が割拠する魔境である。その中で招待権を勝ち取ったのだから、誇りはある。
とはいえやはり地方と中央の差は大きく、付け加えて彼女はこれまで(地方だから当然だが)ダートしか走っていないので、評価ははっきり言って芳しくない。未来の話をすると、15名立てで11番という低評価である。
しかしながら、やはり彼女には誇りがある。当人もトレーナーも真剣に勝とうとして、色々なことをやっている。こうして角バ場に留まっているのも、その一環。芝に入る前に、充分環境の違いに慣らしておく作戦である。
やれることは、全てやった。やってはいけないことは、何一つしなかった。トレーナーも、当人も、チームメイトも、一丸となってこのレースに挑んでいる。そのレースには、それだけの価値がある。
11月24日、東京レース場10R。芝2400m、左回り。恐らく現状の日本では最も実力者の集うことが許されるレース──ジャパンカップ。
その日は、刻一刻と近付いていた。
ギャロップダイナ
得意なこと:刺繍・裁縫
苦手なこと:タイムアタック系のゲーム
85年の札幌日経賞で、騎手が落馬しながら1着になったことが(当然ながら競走中止ですが)。
なお、そのタイムはレコードをおよそ0.2秒上回るものだったとのこと。
引退レースの有馬で2着とか、生涯レコード3回(札幌日経賞除く)とか、普通にかなりの実力馬
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なんかいまいちな引きですが、長くなりすぎたのでご勘弁