トレーナー君が欲しいシンボリルドルフ VS サブトレ時代のトレーナー君の相棒スピードシンボリ VS ダークライ   作:St. One is Stoned

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結構な難産。

文字数は当面5000〜1万字。もうしばらくアンケートを取って正式に決定します。


兵どもは、夢の途

 芝2000mの部・第8レース、6枠11番『ビゼンニシキ』。"ジュニア3強"*1に比べ遅咲きだが、来年のクラシック級には充分間に合う。距離適性に難があるが、皐月賞では暴れそうだ。

 芝1200mの部・第3レース、1枠1番『マリキータ』。同世代では図抜けた速さ。しかしあの筋肉のつき方は明らかにティアラのそれである。クラシックで相対することはまずない。

 芝1200mの部・第5レース、5枠9番『ワカオライデン』。均整の取れた良いバ体だが、脚部に不安が残る。適性も未だ未知数だ。

 芝1000mの部・第1レース、2枠3番『リキサンパワー』。教官の話を聞くに、多分もう少し長いほうが得意なタイプ。とはいえ長すぎてもまずいらしい。パワーは中々良し。

 芝2500mの部・第4レース、4枠8番『ニシノライデン』。こちらも遅咲き。負けん気とスタミナは目を見張るが、斜行癖がまずい。……なんで内ラチ沿いに走ってた奴が外ラチ沿いでゴールする? 怖い。

 ダート1400mの部・第2レース、8枠12番『シルバータイセイ』。才能はあるが気性が悪く、持ち味を活かしきれていない。

 ダート1000mの部・第2レース、7枠11番『トウカイローマン』。出走したのはダートだが、芝にも適正がありそうに見える。しかしやはり筋肉の付き方がティアラである。

 

「今年は不作かぁ?」

 半崎が背中を反らせながら言った。黒地のベスト、首元で無理に束ねた癖毛、なんとも情けない格好をしている。八割ほど啜ったマスカット味のゼリー飲料を持っている

「アホ。十年だか前にビョーキが流行っただろ? それで自粛自粛で、この世代はトレーニングに遅れが出てんだよ。本チャンはこっからヨ」

 安堂がおちゃらけて返した。日焼けして、アロハシャツを着て、額にグラサンを掛けた胡散臭い男だ。コーラを3本持っている。そこそこ遠くの自販機で買ってきたものだ。

「皐月賞の本命はビゼンニシキだろうな。ダービーは分からないが、ひとまずは皐月が天王山だ」

 本田が机に座りながら言った。ワイシャツに緑のネクタイというだらしない姿をしている。レンチンしたコンビニパスタを眼の前に置いた。ほうれん草とベーコンのペペロンチーノである。

「毎度のことながら、カフェテリアの混み様は凄いヨ」

 二人にコーラを渡しながら、安堂が告げる。ここは半崎のチームが所有する部屋だから、混雑の心配はない。飯はコンビニで予め買って、備え付けの冷蔵庫に入れてある。半崎はミックスサンドイッチと納豆巻き、安堂はエビのドリアである。空いた電子レンジに今度は安堂がドリアを入れる。

 日も沈み、日中の熱気も歓声も息を潜めている。既に夜と言って差し支えない。自販機が遠いくらい端っこの部屋だから、聞こえるのは晩夏特有の虫の音くらいのものである。日も沈み、夏も終わり、秋の夜長が一足先に部屋を埋め尽くしていた。しかしこの三人は、これからが本番だとばかりにギラついた目をしていた。

 天気快晴なれど、バ場稍重し。昨日の雨が響いて、水が抜けきっていない。極端な高速にも低速にもならないから、トレーナーとしては有り難かった。

 本日はいわゆる「選抜レース」の日だ。長距離、中距離、マイル、短距離、ダート、様々なレースが1日ぶっ続けで行われる(唯一、障害は別日である)。ウマ娘は自身の希望と教官の判断に基づき、自分にあったレースに出走する。トレーナーはそれを観る。ある者は自分の契約する相手を見定め、またある者は契約ウマ娘のライバルを見極める。この三人も例外ではない。

 ただ、一つ周りと違うところを挙げるとすれば、それは視点である。というのも、彼らは皆、そろってチームに所属するトレーナーであった。この三人は、既に契約が決まっているか、或いはシニアの所属ウマ娘に注力したいかで、有力株と契約したいとは思っていない。ただ今後自分のチームのウマ娘の敵になりかねないから、目をギラつかせているのは変わりない。

 半崎はチーム「シェリアク」を束ねるチーフトレーナーだ。チーム成績は中の上だが、安定感がある。世代の頂点とはいかずとも、安定して重賞を狙えるいいチームだ。

 安堂はチーム「アンタレス」を率いるチーフである。シェリアクとは対象的に、爆発力がある。地力ではシェリアクに劣るが、格上食いを狙える恐ろしいチームと言える。

 本田はチーム「アリオト」に所属している。かのシンボリ家付きのチームだけあって、三人の中で唯一サブトレーナーのまま。しかし将来のチーフとして周囲の評価は高い。現在はシンボリルドルフの専属トレーナーをやっている。

 安定して複数のウマ娘と契約するには、最低でもオープンは欲しい。さもなくば、チームとして成り立たないか。それを率いる、或いはそこで学ぶ彼らの実力も言わずもがな。そのうえで、三人寄らば文殊の知恵。警戒対象を情報交換し合っている。スカウト争いに関わらなくていいから、夜にじっくりやっている。

 ただ、無論同時に──

「お前のとこのジュニア級、生徒会だろ? トゥインクル・シリーズ()()()()()()?」

「ニホンピロウイナー*2とかだってやっている、()()()()()()()()()()()()()

 ……腹の探り合いもやっていた。

「正直なトコ、オレらは良く分ってないのよね。選抜レースもデビュー戦も、良い走りっぷりだったケド、実力者と競ってないじゃんヨ。それこそビゼンニシキとかと競り合えるのか」

「いけるとは思ってるがね。頭が良いから覚えが早い。皐月賞まで、どっちがもっと鍛えられるか、腕の見せ所だ」

 狙われるのは本田であった。立ち居振る舞いやら走りっぷりやら、シンボリルドルフには他者の目を惹き付けるカリスマというものがあった。爆発力はない。堅実な実績もない。だが小ぢんまりと完璧なあの勝ち方は不気味だった。世界を相手取るガッツのある、本田が付いてそれというのが、より一層不気味だった。

「正直なことを言うと、現状、あんたらのとこのジュニア級がデビューしてないから、そうとしか言えないよ」

 もちろん本田としては堪ったものじゃないので、二人にカウンターを入れてみる。煙に巻こうと、右手を腰に当てて、右目を閉じて、カッコつけてみる。

「当たり前なことを言うんじゃねぇよ。その上で聞いてんだよ」

「デビューしたら教えるヨ。まだデビューしてないってことは、まだ不完全で未知数ってコトでしょ」

 しかしそう上手い話はない。二人がかりで逸らした話題は圧殺される。長い付き合いである、本田が腹芸が苦手なこと、物静かなときは大抵何かを企んでいること、そして今がその「物静かなとき」であるということ。二人は委細承知していた。

「堪らん。言えるか」

 本田は強硬策に出た。

「つまり何かがあるっつーこったな」

「知っての通りな、お察しの通り。そのうえで、堪え難いから、言えるわけがない」

 誤魔化すのは不可能だと悟った本田は、黙りを決め込むことにした。

 これは無理筋か、そう察した二人は、両手を挙げて降参した。結局梨の礫であったが、もとより相手のミスに期待するジャブでしかないから、悲壮感はない。

 好機である。

「これでいいか? そろそろお開きにしたいんだが」

 本田はそそくさと撤退することにした。もし、何かのはずみで新しいカードを見つけられたら、目も当てられない。本田は結局飲めていないコーラを引っ掴んで、すくと立ち上がった。

「おお、付き合わせて悪ィな。一杯付き合えねえってことは、こっからデスクワークか?」

「ああ、直行だ。どうしても突き詰めたい」

「お疲れ様だネ」

 レースさえ絡まなければ気の良い連中である。本田はコーラの栓を開けて一口飲み、それからアリオトのチームルームに向かった。

 

 デスクに座って、パソコンを開く。鞄から補給用のチョコを引っ張り出して、幾つか口に放り込む。コンディション、天気予報、バ場の状態、設備の予約、練習相手のスケジュール……データを隅々まで観て、頭に叩き込む。次にメニューを睨み、日毎の環境の違いを考慮に入れて、最適なものに組み直す。専属だからこその荒業である。

 本田は、とても計り知れないなにかに引き摺られているように感じていた。原因ははっきりしている。シンボリルドルフである。シンボリルドルフの持つ、末恐ろしい何かの力によるものである。7月からの数ヶ月間、何かに引き摺られた本田は釈迦力に働いた。

 飲みかけのコーラを呷る。まだ炭酸は残っていて、甘味と共に刺激が舌を刺激する。この一杯ですっきりできる位には、本田は疲れ切っていない。それがシンボリルドルフの計り知れないところである。

 そんなシンボリルドルフと本田が出会ったのは、結局のところスピードシンボリに起因する。スピードシンボリの功績はウマ娘全体にとっても偉業であったが、シンボリ家にとっても当然ながら偉業であった。そしてそれを支えた本田は、シンボリ家からも高く評価されていた。

 そしてまた、シンボリルドルフも同様に評価されていた。シンボリ家のウマ娘の中では、という枕詞こそついていたが、スピードシンボリを継ぐ原石と扱われていたのは間違いない。

 スピードシンボリがトゥインクル・シリーズを引退してからだから、およそ十年前のことである。本田はまだ幼いシンボリルドルフと引き合わされた。

 彼女は既に、シンボリ家の次代を担うものという期待を背負っていた。しかし同時に、それに相応しい存在が居ないという問題にも直面していた。スピードシンボリで一躍有名になったシンボリ家であったが、実態が追いつくのはもう少し後であったのである。コーチも足りない、ライバルも足りない。既に隔絶したシンボリルドルフの才能は、急場ごしらえの者たちの心を打ち砕くには充分だった。

 しかしシンボリルドルフの才能を捨て置ける選択肢はなかった。よって本田が召喚された次第である。本田はシンボリルドルフと、唯一シンボリルドルフに喰らいついていたシリウスシンボリ、二名の英才教育をする羽目になった。そしてこの過程で本田とシンボリルドルフは相互理解を深めることとなり、これが本田をシンボリルドルフの専属トレーナーに抜擢する理由にもなった。

 ただ、本田の正直な心境は「雇い主は無理難題を仰る」というところである。勿論名誉には思っている。しかしなまじ付き合いが長いだけに、シンボリルドルフの異様が分かる。それは脚やレース勘というものでもない。確かにそれらも恵まれた才だが、本質ではない。むしろ本質は「覚えの速さ」だと思っている。

 シンボリルドルフのデビューは7月の新潟だった。距離は1000m。この時、本田はこんなことを言った。

「1000mだと思わず、色々と試してこい」

 果たして、シンボリルドルフはその通りにやった。

 もともとシンボリルドルフは、他のウマ娘と成熟度合いが明らかに違った。しかもその上、他よりも早く成長する始末であった。レースの距離は1000mだったが、そこで得た経験は1000mでは決して留まらないものだった。その後のトレーニングやレースを見る限り、1600mまでは既にマスターしてしまっていたように見えた。

「これは、すごい才能だ」

 一度教えたら忘れない天才というのは、たまにいる。一度教われば一発でこなす天才というのも、稀にいる。

 しかし本田は、ちっとも1600mのレースなど教えていなかった。それもその筈、なにせ彼女と競い合える者がほぼ居なかったから、実践的なレースなど教えられない。つまり彼女は、教わっていないことを、地力で会得してしまっていた。一を聞いて十を知るとしか形容できなかった。チーフも同意していた。

 本田は、そんな彼女を担当できる名誉に、得も言われぬ快感を覚えていた。彼女は凄まじい才能だ、三冠だってとれる。いや、それどころか、海外のウマ娘とも戦える。日本で開催されていながら、未だ誰も日本勢の勝てていない、ジャパンカップだって──

 しかし、本田の理性の、その中でも端っこの臆病な部分が、それは間違いだと言っている。そんなわけはない、彼女はまだジュニア級だ。そんな天才がいるわけがない。我々は夢を見ているのだ。シンボリルドルフの、彼女の得体の知れないカリスマと、早熟故に一見驚異的な成長曲線に。彼女の限界は欠片も見えなかったが、それ故に、今に靄が晴れて思ったより浅い才能の底が姿を表すのではないかという疑念が振り払えなかった。

 ──ならば。

 次走を10月末の1600m*3にしたのはそれが理由だ。そこでどんな走りをしたかで、自分の感覚を確かめられる。もし、本当に彼女が規格外の天才なら、何の瑕疵もない1600mのレースをするはずだ。そして、1800か、2000か、或いは2200まで行くか、それだけのレースを学んで帰って来るに違いない。

 芝2000mは皐月賞の距離だ。ジュニアの内にこの距離をマスターできれば、とんでもないアドバンテージになる。そのことを思うと、骨まで踊るように高揚した。そのためなら何だってやれる、そんな元気が湧いてきた。

 ──ただ、もしそこで誤りが正されたら? 骨が軋むような震えがした。

 

 そして来たる10月末。彼女は勝った。稍重の1600mのレースで、2400mのレースをして帰ってきた。

 彼女はまた予想を超えた。芝2400m──勿論、その距離のレースなどいくらでもある。ただ、芝2400は、日本ダービーの距離だった。

*1
サクラトウコウ、ハーディービジョン、ロングハヤブサのこと。夏頃までに実力を見せた有力株

*2
『マイルの()()』。現生徒会書記

*3
現在のサウジアラビアロイヤルカップ。重賞になられると色々面倒なので、それっぽいナニカだと思ってください




本作のルドトレは名前の通り、野平祐二さんの要素が強いです。
だから岡部君因子は別のキャラに入ってます。

???「スキンシップは手のひらでする……」

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