トレーナー君が欲しいシンボリルドルフ VS サブトレ時代のトレーナー君の相棒スピードシンボリ VS ダークライ 作:St. One is Stoned
一個上にニホンピロウイナーがいなければ、
スワンステークスで故障していなければ、
ルドルフ世代の評価はかなり変わっていたと思います。
カイチョーのキャラ付けもだいぶ変わってそう。
朝日杯ジュニアステークス以降、いろいろなことが起こった。
まず同レース一着のハーディービジョンについて。2月のある日、トレーニングをしていた彼女は地面に張った氷で脚を滑らせ、左脚の靭帯を損傷。これにより皐月賞の前哨戦である弥生賞は出走回避となった。
次に最優秀ジュニアクラシックウマ娘*1に選ばれたロングハヤブサについて。ジュニア級のうちから後のG1である阪神ジュニアステークス*2を獲った彼女も、故障により一年間の休養を強いられた。
更に11月にデビューしたワカオライデンについて。12月の未勝利戦を勝ち、1月の福寿草特別でも好走するも、やはり彼女も脚部不安を発症。半年以上の休養を強いられ、クラシック戦線から離脱。
他にシルバータイセイも、性格上の問題からデビューが遅れに遅れ、皐月賞への出走は不可能。
ざっとこういう風に、この世代の有力株の多くが、クラシック戦線から離脱することになる。
そういうわけでクラシック戦線の有力株は、ビゼンニシキとシンボリルドルフの二名に絞られた。ジュニア3強最後の一名サクラトウコウなども居たが、距離適性が疑問視されていたのである。
そのうちシンボリルドルフは、弥生賞に直行する気マンマンで、レースには出ずに調整に集中していた。それとは対象的なのがビゼンニシキである。12月末のひいらぎ賞を快勝した後、翌年2月の共同通信杯クラシックステークスに出走した。上記の通り、この頃は有力者が軒並み休養に入っていたので、それはもう圧勝であった。今年からグレード制が導入され、共同通信杯はG3に格付けされていたので、彼女は同時に重賞も制覇したことになる。
この頃にはビゼンニシキの脅威は疑いようのないものになっており、シンボリルドルフも執拗にマークしていた。その上で、シンボリルドルフをして「一戦ごとに確実に成長している」と言わしめる実力を持っているのだから、彼女の才能が伺えるというものである。
重厚感ある肉体から繰り出される、キレのある末脚は、派手さと堅さを兼ね備えたもので、巷での評価も高かった。見栄えがするし、奥深さもある。プロもアマも魅了する凄さがあって、クラシックの本命としての評価を恣にしていた。
対してのシンボリルドルフであるが、ここもまた対照的である。どちらかというと彼女は、瞬発力よりもスタミナのタイプだ。無論「ビゼンニシキと比べれば」という枕詞は付くが。それにレース勘に秀でていたから、下手にペースを上げてしまうこともない。ともかくダイナミックに勝つというより、いつの間にか堅実に勝っているタイプであった。
そして彼女は11月以降レースに出ていなかった。
それでこそ本物だ、と称えるものも居る。しかし巷での評価は良いとこ「未知数」で、悪くはないがビゼンニシキには劣るのではないかという評価が優勢だった。よりによって一昨年のミスターシービーが、型破りと派手の極みのレースをしたのも拍車をかけた。なんなら力の抜きどころに長けたシンザン*3でさえ、外ラチスレスレの奇襲とか派手なことをやっているのだから、三冠馬にはある種の変則性が必要というのは、固定観念になっていたのである。
そういうわけで、皐月賞の前哨戦である弥生賞では、14名中1番人気がビゼンニシキ、2番人気がシンボリルドルフと、ビゼンニシキの方が上というのが大勢であった。後にも先にもシンボリルドルフが日本のウマ娘相手に一番人気を譲ったのはこの一回だけであり、シンボリルドルフにとっては屈辱であった。
続く3番はアリオト所属でチーフが担当しているコンラートシンボリ。ハーディービジョンが勝ってマリキータか怪我をした朝日杯ジュニアステークスで、4着と好走している。
4番は半崎率いるシェリアク所属のスズパレード。虚弱体質──の筈なのだが、軽度の不調はしょっちゅう起こす癖して、死にぞこないのように致命傷は負わないものだから不気味である。
更にハツノアモイ、リキサンパワーなどと続く。調整とか諸々の問題で、サクラトウコウは不参加であるから、ほんとうに二強対決の風潮で、人気もかなり集中していた。
弥生賞はただのトライアルレースではない。皐月賞と全く同じ距離、同じレース場を走るのだ。ここの結果は文字通り皐月賞の結果を占うものであり、観客の期待もひとしおである。
そして、そういうレースには間違いなく魔物が潜んでいる。
ゲートが開く。好スタートを切って飛び出したのはニッポースワロー。ビゼンニシキは早くも魔物の毒牙にかかり、スタートで出遅れる。
ニッポースワローは1コーナーで後続に2バ身程度の差を付ける。2番手はスズパレード。カスケードとリキサンパワーがもつれながら3番争いを繰り広げる。
続いて5番手、内側のミホノカチドキと先行策を採ったシンボリルドルフ。
その後ろ、外側の7番手には早くも立て直したビゼンニシキ。更に後ろにケンセツエース。ここまでが先行・差しの中団で、その後ろには追い込み勢が控えている。
2から3コーナーにかけて、ニッポースワローはぐんぐん飛ばし、後続との差は4バ身まで開いていく。スズパレードとリキサンパワーが2番手争いを繰り広げ、その後ろにはカスケード、シンボリルドルフ、ミホノカチドキが絡み合う。更にその後ろにはビゼンニシキが控えている。先頭とビゼンニシキの差はここでおよそ7バ身。後方集団は遅れ気味。
ニッポースワローは飛ばし過ぎだし、追い込み勢は遅れ過ぎ。1着は中団の先行・差しの誰かになる。そしてシンボリルドルフもビゼンニシキもそこに居る。
4コーナーに入る頃には、既にニッポースワローのリードは消えていた。外側からスズパレードが進出する。しかしシンボリルドルフはやはり強い。スズパレードより更に速く4コーナーを通り過ぎ、そのままニッポースワローを捉えた。ビゼンニシキも一気に内側に切り込んでこれを追う。
ガツン、と両者の腕が激突した。シンボリルドルフの肘にズキりとした痛みが走る。しかし、シンボリルドルフは沈まない。そのまま衰えず、むしろ加速してビゼンニシキを突き放す。
ビゼンニシキには必死の形相で追いすがるが、最早勝負は決して居た。
1着はシンボリルドルフ。タイムは2分1秒7。これは当時の皐月賞のレコードタイムを上回るもので、にわかにシンボリルドルフはクラシックの筆頭候補に躍り出た。
ビゼンニシキは、1と4分の3バ身遅れて2着であった。
そんなことがあった夜、シンボリルドルフは憂鬱だった。
別に怪我の痛みのせいではない。確かに痛むが、トレーナーが即座に手当をやったので、日常生活には支障がない。なんならウイニングライブだってしっかり踊れたのだ。
しかし、痛みとは全く無関係に、にも拘らず怪我とは明確な因果関係をもって、この憂鬱は招かれている。そしてその元凶が自室にいるので、こうして部屋の前で衆目の視線に晒されながらため息を吐いているのである。
幸いなことに、元凶の気性は知れ渡っているからその視線は概ね同情的である。とはいえ、レースで打ち負かした同期とは流石に会いたくない。ブツブツブツブツと不穏極まりない言葉が聞こえてきて気が乗らないが、いつここを例えばビゼンニシキが通りがかるとも知れないのだ。最早一刻の猶予も有らず。ノックにも応える気配がない。一念発起して彼女はガチャリとドアを開けた。
「何と言えば良いでしょう。整った言葉には慣れているでしょう、疲れてもいるでしょう。しかしカマをかけようにも──」
ドアを開けるとその声がよく聞こえてくる。耳を伏せて脱兎の如く逃げ出したいが、ここで逃げてはシンボリルドルフの名が廃る。……真面目な話、絶対に隣人や寮長が大迷惑を被るのだ。それを捨て置けるほどシンボリルドルフは薄情ではない。
「おうい、マリキータ」
反応はない。
「マリキータやあい、おおい」
反応はない。
「おーい、返事をしろ」
反応はない。
マリキータの思考は30分前から同じところを低徊している。議題は口に出ている通りで、シンボリルドルフを心配しているだけなのだが、要は一人で堂々巡りや水掛け論をやっているようなもので、端的に言えばドツボにはまっている。割と考えるより先に体が動くタイプであるから、こういうことはしょっちゅうである。
しかし、今回はいつもに増してそれが根深い。それはマリキータが昨年に骨膜炎を発症して以来自信を喪失しているのが原因である。考えるよりも行動派なのに、肝心の行動が自信不足でできないとなればこうもなろう。
とはいえそれはマリキータの理屈である。シンボリルドルフにしてみれば知ったこっちゃない。そもそも今マリキータが居る席はシンボリルドルフのものである。
「マリキータ! おい!」
シンボリルドルフは声を張り上げって揺さぶってみる。
するとマリキータはカッと眼を見開いて、グルンとシンボリルドルフの方を向いた。やっと反応した訳である。
「うっさい、ルドルフ! 今ルドルフから怪我の具合を聞き出す言葉を考えているのだから、ルドルフは黙ってなさい!」
そしてマリキータはそのまま体を戻してしまった。
「ん? ルドルフ?」
数秒して、自分の言ったことに疑問を持ったのだろう。マリキータは二度見した。そしてまた作業を続けた。更に数秒。
「………………ルドルフぅ!?」
三度目の正直。驚愕して大ぶりに体を回したマリキータは、遠心力でぴんと張った己の腕がしなやかなロシアン・フックを放っているとは気付かない。対してシンボリルドルフは慣れたもので、モハメド・アリもかくやというステップでこれを躱す。仏の顔も三度までと言うが、これはそのうちにも入らないくらいありふれたことである。
「アイエエエ!? ルドルフ!? ルドルフナンデ!?」
「うるさい」
『うるさいです』
夜の更けていく部屋のマリキータは驚愕のあまり容易にパンチ・キックする。
ウマ娘の耳に合わせてそこそこ良質な防音効果を誇るはずの寮部屋を貫通する声は流石である。お隣のオンワードカメルンが文句を言いに来た。しかしそれは愚策。
「もう時間だもの。……あとそこ私の席」
「えっ。……あっ。あっあっあっ」
「ほら、分かったら戻ってくれ。とりあえず戻ってくれ。別に私の怪我は大した──」
「脚はK.O.ですか、ルドルフ!?」
「余りにも縁起でないことは言わないでくれ、頼むから。……あと怪我したのは肘」
マリキータが再度絶叫し、壁の遮りがないオンワードカメルンはそれをモロに食らった。シンボリルドルフが平然としているのは、単に慣れただけである。どんなレースでも平然としている彼女の強さは、案外こういうもので育まれたのかも知れない。しかしはっきり言ってありがた迷惑である。仮に実際に役立ってもありがた迷惑である。
「あああ……すみません、シンボリルドルフ」
「うるさい。……大丈夫か、オンワードカメルン。マリキータは、ちょっと黙っててくれ」
そのままシンボリルドルフはオンワードカメルンを介抱し、寮長ダイナカール*4に引き渡す。マリキータは捨て置かれる。
そのまま諸々への謝罪行脚をして、帰ってきたのは結構遅くなっていた。マリキータは少し涙目である。
しかしシンボリルドルフは惑わされない。思えばシンボリルドルフがここまで辛辣になれるというのは、一種の天才──と言っていいのかは定かではないが、ともかく天性の何かであろう。
「さて、何のようだったんだい?」
「ええと、貴方の怪我の様子を聞こうと」
「耳以外は大事ない」
「それは返す言葉もなく……」
慣れているだけで、まだジンジンはしているのである。
「ちゃんと言うが、問題ない。……第一この手当てはトレーナーがやったものだ。直に見られて偽れはしない」
「全ク以テソノ通リニゴザイマス」
「……ただ、まあ。心配してくれたのだろう。それは、ありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、マリキータは花が咲いたようにぱあっと笑った。あんまりの変わりっぷりに自分でも恥ずかしかったようで、一つ咳払いしてこう言った。
「……いえ、友人ですもの」
「ならば是非とも次からは音量を抑えてくれ」
「可能ナ限リ善処イタシマス」
──そして。
それから一ヶ月後の、ある日。
その部屋には一人しか居ない。同室のナカミアンゼリカは外している。
「明日は皐月賞だ。速く寝なければ」
だから早く書き上げてしまおう。ビゼンニシキは、らしくないと思いながら、机にしまった日記帳を取り出した。
──日記を隠すようになったのは、いつからだったか。
決まり切った問いである。彼女が初めて負けた、あの弥生賞からに決まっている。
かつて、青森県が陸奥国とか盛岡藩とか言われていたころのこと。日本がまだ江戸時代と呼ばれていたころのこと。当時の青森は、それはそれは多くのウマ娘を排出した。
その影響力は、大政奉還が行われ、江戸が明治になっても、大正になっても、昭和になっても、戦争が終わっても、続いていた。ある年のダービーでは、青森絡みのウマ娘が1〜3着を独占したことすらあったのだ*5。
それでも、変わらないものはない。
青森は多くの名ウマ娘を排出する塾を有していた。しかしそれは家族経営のところが多く、合理化と高度経済成長という時代の波に呑まれて、ひとつ、またひとつと消えていった。
先進的、それが悪いわけではない。でも自分の地元が寂れているのは寂しかった。寂れきって、自分の地元が「昔はすごかったんだぞ」としか言えなくなっていくのが、どうしようもなく情けなかった。
故郷に、錦を。
幼い頃から恵まれた体型をしていた。それは多分このために与えられたものなのだ。170cm前後の身長に、淀みなく付いた筋肉。それが産む、誰にも負けない瞬発力。
三軒隣りのおばちゃんに、「ナタみたい」と褒められた。斜向かいの友達に、「どこまでも伸びてゆく山のよう」と称えられた。
その言葉が、かつて三冠馬シンザンを称えるために使われていたことを知ったのは、ずっと後のことだった。それを知った頃には、もう私は村の誰よりも速くなっていた。
「この子は、すごいぞ」
かつて盛岡でトレーナーをやっていたという爺ちゃんに言われて、私は微かに残った塾へ入れられた。そこでも私は負けなかった。爺ちゃんも先生も、私をローカルシリーズで大活躍する逸材だと思っていた。でも私はそれよりもっと強かった。
『青森から、
その期待を背負って私はここに居る。八大競走に出れば勝負服を着れるっていうから、皆協力してくれた。その恩返しがしたい。
衣錦の栄を。
中央で活躍して、G1を勝って、クラシック三冠も勝って。そして錦衣を着て故郷に帰る。そのためなら、セントライトだって超えてやる。シンザンだって超えてやる。ミスターシービーだって、ニホンピロウイナーだって、誰だって勝って超えてやる。
──なのに。
そこに、そこにヤツは居た。都会産まれのボンボンで、何不自由ない恵まれた環境に居て、そこに居るだけで誰もが道を開けるようなカリスマをして──
……呆れるほど、強かった。シンボリルドルフのあの走りは、どこまでも完璧だった。
居ても立っても居られず、無理を言ってスプリングステークスへの出走を決めた。そこで私は型破りの逃げをした。奇襲とか隠し玉とか褒めちぎる声が聞こえてくるが、そんな大層なものじゃない。追い詰められて、走らないではいられなかっただけなのだ。
巷では出遅れがなければシンボリルドルフに勝っていたなんて言われているが、私はそうは思えない。だってアイツは絶対に限界じゃなかった。必要な力を必要な時に必要なだけ出して勝つタイプだ。私が追いすがれば、タイムは縮まっただろう。私だって皐月賞レコードより速く走れたかもしれない。でもその先に、間違いなくヤツは居る。
何が何でもヤツに勝たなくてはならない。悪辣な話をすれば、彼女は弥生賞の怪我によってトレーニングに遅れが出ている。そこに来て私は絶好調だ。模擬レースのタイムも皐月賞のレコードを超えている。
もし、アイツに勝てなかったら。そうしたら多分、私は私じゃいられなくなる。自分を貫けなくなる。ただでさえ、私の距離適性では、菊花賞どころか日本ダービーにも不安がある。適性は努力で変えられる。精神は肉体を超越する。でも、そのためには、自分を信じなくてはならない。
もしも、絶対に有り得ない仮定だが、それでも仮に、ヤツに勝てなかったら、私は自分を信じられるのだろうか? ……私には、自分を信じる自信がない。
だから、勝たなくては。
私の勝負服は紺地に刺子をあしらったもの。そこには地元青森の意匠がふんだんに使われている。胸元の刺子は伝統工芸「こぎん刺し」の技術を使っていて、入れた
羽織ったマントのモチーフは、青森県県立郷土館に収蔵されている「
私の勝負服には見送ってくれた人達の、見守ってくれてる人達の思いが詰まってる。私はヤツの勝負服がどんなものかも、どんな思いが詰まっているかも知らない。だけど、私がこの服を着ている限り──
私は、負けない。
泣いても笑っても朝はやって来る。憎たらしいくらい明るい日。どうせやって来るなら、笑って待とう。笑って勝とう。
走った。寝た。話した。やれることは全部やった。パドックに上がれば、ヤツの悪趣味に豪華な勝負服だって見える。
緑地。左肩に付いているエポーレット、飾緒、サッシュ。更に真紅のマントまで羽織っている。華美で、ゴテゴテしていて、自信満々なヤツらしい格好だった。
「役者不足だな。皇帝の真似事でもやるつもりか」
私は鼻で笑ってやった。ヤツはどこまで揺るがずそこに居た。
余りにも人気が集中すると「単枠」といって一つの枠に一人しか──要するに他のウマ娘より、ゲートに広いスペースが与えられる。今回は、シンボリルドルフと私がそうだった。
4枠9番のフォスターソロンが出走を取り消したので、レースは総勢18名。1番人気はいけ好かないシンボリルドルフで、私は2番人気。それ以降はアサカジャンボ*6、スズマッハ*7、ニッポースワローと続く。
とはいえこの説明は大して必要ではない。なぜなら本日はシンボリルドルフが抜群の人気だからだ。にも拘らず、件のシンボリルドルフは事も無げに佇んでいる。弥生賞の怪我を取り戻すため、強めのトレーニングをやって少し痩せている。しかしその形相は、むしろ弥生賞の方がギラついていたのだから腹立たしい。
──そんなに、そんなに2番人気が不満だったのか。
本当にヤツはクソッタレだ。悪態をついて気を奮い立たす。万全では足りない。それはよく分かっている。ならばその上を行く。
「私は三冠を獲る器だ。手始めに、お前を超えていく……!」
そう唱えてゲートに入ると、ふと。シンボリルドルフと目があった。それは一瞬だったが、その一瞬を、私は見逃さなかった。そして、一生忘れない。
ヤツは、笑っていた。
バンッ! という音がしてゲートが開く。G1だ。三冠の初戦だ。出遅れる者は一人も居ない。
先頭に立ったのはアサカジャンボだったが、彼女は極端に飛ばさない。1コーナーでも後続との差は2バ身もない。シンボリルドルフは4・5番手らへん、私は7番手で差しを狙う。
先頭が2コーナーへ入る。シンボリルドルフは位置を少し上げて3番手。前回の反省を活かして、私は内側から上がっていく。このコースは3コーナーで外に膨れやすいので、内側はそういう意味でも良い。
皐月賞の最終直線は310m、これはトゥインクル・シリーズ最短で、4コーナーの後からギアを上げていては追いつけない。距離だけみれば、スパートに丁度いいのは3コーナーなのだが、生憎3コーナーは下りの急カーブ。ここのコーナリングが鬼門である。
私は弥生賞の負け以来、シンボリルドルフをずっと観察していた。といっても新しいレースには出ていないから、ビデオをとにかく眺めた。時にカメラアングルに悪態を吐きながら、それはもう諳んじれるほど見た。それで分かったことがある。
ウマ娘には利き足というものがあって、この利き足の如何で左右どちら周りのコースが得意かが決まってくる。しかしそこに来てあのクソは、この利き足を自在に変えているフシがある。足元をまじまじ見るアングルなどそうないから、飽くまでも推測だが、だとすれば強さの一端は説明がつく。
コーナリングでは勝てない。ならばヤツを徹底的にマークして、下りの加速を付けた万全の差しをぶつけるほかない。それが私とトレーナーの出した結論である。
3コーナー手前、やはり! シンボリルドルフが仕掛けた。やはり早めの開始である。
ああ、憎らしいほどに完璧な脚。すっと先頭を抜き去っていく。ダイナミックではない。しかしまるで魔法のように、いつの間にかヤツが先頭に居る。ああ、どこまでもきれいで、そこしれず、頂点に立つためにつくられたような存在。
──逃さない。
更にギアを上げて、外側から一気に迫る。4コーナー終わって、最終直線。ついに、ヤツを捉えた。
「よう、シンボリルドルフ」
ああ、やっと振り向いた。
あとは、競り合いだ。
シンボリルドルフも私も、ギアは最大まで上げている。本来なら、本番では封印する段階の、トップギア。お互いそれがどこまで続くかは分からない。ただ走る。
走る。
走る。
走る────と、前方に、芝が荒れている部分があった。私はそれを避けるため、ほんの少し右に動く。
危なかった。私は内心安堵する。もし気付かずに突っ込んでいたら、良くて足を取られて敗北、悪くて大事故だ。
「ようやくツキが向いてきた──」
刹那。
「かはっ──」
もう一度シンボリルドルフがこちらを見た。そこには焦りと驚きが浮かんでいた。
事故の直前、時間の流れがゆっくりに感じる時がある。まさにそれだった。やけに明瞭な頭で見たのは、
まだ、未熟だった日本の芝──いや、違う。そうじゃない。呆けていた私を引き戻したのは皮肉にも肚の鈍痛だった。
今は勝負だ、ヤツに勝て!
自分の腿をブッ叩いて気合を入れる。もうここで終わっても良い。だからせめてありったけを。こんな、こんなただ運が悪いだけの負け方はいやだ。ヤツの、ヤツの前の景色を──!
走った。
走った。
走った。
会心の走りだった。生まれて初めてたどり着けた領域、これまでで一番速いラスト1ハロン。後ろ3バ身には誰もいない。誰もたどり着けぬ絶対の速さ。
ただ駆け抜けて、ゴール板はいつの間にか後ろにあった。後続はその更に後ろ──ざっと私から4バ身は離れて、やっと次のウマ娘が走っていた。
2分1秒3。中山レース場、芝2000mの日本レコード。私の、文字通り、全力の走りだった。精根使い果たして、これまでの自分を超えられた。
初めて見た、あまりにもうつくしすぎる景色。
「邪魔だなぁ……」
でも、そのさきにはシンボリルドルフがいた。
『無敗の皐月賞馬が誕生しました! 2着にはビゼンニシキ! いいレースです! いい皐月賞です!』
実況も観客も、私達を称賛している。無敗の皐月賞ウマ娘シンボリルドルフの圧倒的な強さと、それに果敢に挑んだ挑戦者ビゼンニシキを。どうしようもなく、屈辱だった。
目前では、シンボリルドルフが天に一本指を立てた。歓声が更に大きくなる。
「すごい! すごい! すごい!」
3人のウマ娘のちびっ子が、はしゃいで跳ねながらそれを見ている。無邪気なものだ。だがあれに見惚れられるならば、才能は多分あるのだろう。
眼前のシンボリルドルフは、歓声の波がちょうど引けたタイミングで、すっと指を下ろし、一礼した。どこまでもエレガントだった。
ああ、シンボリルドルフよ。おまえはそうしていろ。そのほうがいくぶんいい。おまえはどこまでも光のほうへゆくのだ。
わたしは、負けたのだ。
シンボリルドルフとビゼンニシキの斜行・接触は、本作ではいずれも「間が悪かった」として扱います。
現実で誰が悪いとしても、馬は誰だって悪くないのですから。