推しの子 カミキヒカル原作再現RTA   作:雑穀ライス

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裏 カミキヒカル10 『夜の世界へようこそ』

 

 ニノとリョースケはアイのスキャンダルを求めて高千穂に旅立ったが、その翌日、どこか疲れ切ったような姿で東京に戻ってきた。

 僕の顔を見るや否や、慌てた様子でリョースケが近寄ってきて「俺たちが高千穂に行ってたこと、絶対に誰にも言うなよ!?」と言っていたのできっとロクなことにならなかったのだろう。ストーカー行為がバレて警察に通報された、ぐらいのことは起こっていてもおかしくない雰囲気だった。

 

 ニノとリョースケの悪巧みは失敗し、その翌月にアイはB小町に復帰した。

 復帰したアイが見せたパフォーマンスは、ブランクを感じさせない完璧な「嘘」。誰も彼もが目を奪われていくアイの魅力は衰えるところか更に磨きがかかっていた。復帰してからしばらくすると彼女がファンに向ける笑顔から不自然さが消え、その表情に「好き」という本物の感情が籠るようになっていく。

 子供を産んだ彼女は少しずつ「人を愛する」ということに理解を深めて、「嘘」(演技)ではない愛を知ることによって輝きを増していった。

 

――その輝きが、僕と別れてから新しく得たものだという事実を前にして僕は深い絶望を感じていた。

 

 

 僕がアイのいない生活に虚しさを感じていても、そんなことはお構いなしに月日は過ぎ去っていく。

 僕は中学校を卒業したが、高校に進学せず劇団ララライに就職した。

 

「清十郎を見てそれでもまだ中卒で役者になりたいと言えるなら、私は反対しないわよ?」

「人を反面教師みたいに言うなよ!?」

 

 愛梨さんは僕が中卒で役者になることに反対しなかった。その進路を選んだ先の見本が目の前にいるのだから、それを見た上でその道を選ぶなら口出しはしないというスタンスのようだ。ただの放任主義にも見えるが他人に自己責任を押し付ける薄情さは愛梨さんからは感じられず、もし僕が役者として大成出来なくても「どうにかなる」と思っているような雰囲気があった。

 僕の脳裏に「セクシー( AV )女優」という言葉が思い浮かんだが、女性ならまだしも男性の需要は流石にないだろう。需要があってもそれはそれで困る。やめろ僕はホモじゃないそういうのはリョースケに回してくれ。

 

 とにかく、僕は高校進学を諦めてでも一刻も早く愛梨さんから独立したいという気持ちがあった。といってもそれは愛梨さんから離れたいという理由からではない。僕は愛梨さんに苦手意識を持っていることは否定しないが、だからといって同居生活に耐えられないほど嫌っているというわけではなかった。

 僕が耐えられないのは、大輝くんの存在だった。

 

 

――私知ってるんだ。大輝くんって君と愛梨さんの子供だよね?

 

 

 彼の顔を見るたびに、あの日アイが言い放った無慈悲な言葉を思い出してしまう。

 逆恨みだと分かっていても、大輝くんへの怒りや恨みの感情を消すことが出来ない。

 

 お前さえいなければ。そんな醜い感情が、僕の中で荒れ狂う。

 僕はその感情を「嘘」の仮面の裏に隠し、愛梨さんたちの前では必死に取り繕っていた。

 そんな僕の醜悪な本性を気づかれる前に、僕はこの住み慣れてしまった愛梨さんの家を去ることにした。

 

 

 

 そして、3年の月日が流れた。

 

 

 

 

「こんにちは、駆け出し役者さん。相変わらず貧相な生活しているのね」

 

 一人暮らしを始めて3年が経過した頃、ある日僕の住んでる安アパートに愛梨さんがやって来た。

 僕は劇団ララライの若手役者として本格的に活動し始めて3年が経つが、劇団ララライは舞台演劇がメインでありテレビ出演がメインの芸能人と比べれば知名度は中々上がらない。たまに愛梨さんや劇団ララライのOBである鏑木プロデューサーのツテでドラマの撮影に参加させてもらったりするが、事務所を通した出演依頼になるため僕の取り分は少ない。劇団ララライの経営もカツカツでギャラの取り分の比率は8:2という割と酷いものだ。

 役者の仕事で月10万稼げれば御の字であり、生活費はほぼアルバイトの収入が命綱である。お笑い芸人だと経費を差し引いた月給が3円しか残らなかったという話も聞くのでそれに比べればまだマシと言ったところか。

 とにかく役者は一山当てるまでは食べていけない職業だ。演劇が好きでないとやっていけないというよりも、演劇以外の趣味が持てないと言ったほうが正しいのかもしれない。

 

「ちゃんと食べてる?お金に困ってるんでしょ?」

「…毎日3食食べてますよ」

 実際は朝昼晩同じメニューの食事をする日がかなり多いけど、それは言わなかった。まあ人間なんて米と玉子があればそれなりに健康に生きられるから些細なことだ。

 

「ふふ、実は貴方にぴったりのお仕事があるんだけど、ちょっとやってみないかしら?」

「?」

 怪しい笑みを浮かべて愛梨さんが僕に言う。愛梨さんがこういう態度を取るときは、大抵が愛梨さんの知り合いに顔合わせさせられるときの前振りだ。そこで僕は大人たちに対して必死に媚を売ることになるので、あまり思い出したくない類の思い出である。

 僕は愛梨さんの態度に訝しいものを感じていたが、「給料がいい」「詐欺や犯罪に加担するような怪しい仕事ではない」と説得を続ける愛梨さんに根負けして結局面接を受けることになった。

 

 

 

 そうして僕が愛梨さんに連れられてやってきたのは、ホストクラブだった。

 

「へぇ、その子が愛梨さんの秘蔵っ子?流石役者を目指しているだけあっていい顔しているね」

「私の自慢の子よ。褒め称えなさい」

 

 愛梨さんがホストクラブのオーナーらしき人物に自慢げに僕を紹介する。

 …ホストクラブのスタッフか。確かに僕向きの仕事だ。そういうのは()()()()()。顔が良くても本業だけでは食べていけないモデルやアイドルが事務所に内緒でバーで働くという話はよく聞くが、どうやら僕もその仲間入りをしてしまったようだ。

 

「昔私が教えたように、お客さんに接待するだけでいいのよ。貴方にとっては簡単でしょ?」

「…そうですね」

 

 水商売。死んでしまった母がやっていた仕事。

 …僕の業にして、原点。

 

 中卒で社会に出た僕に、職業選択の自由なんて存在しない。

 変わりたいと思って役者の道を選んだはずなのに、遠回りしただけで結局ここに戻ってきてしまった。

 

「取り敢えず最初の3か月は試用期間で、それまででダメそうならそこでクビ。店の外でのお客さんとのトラブルは自己責任。その条件でいいなら採用させてもらうよ」

「わかりました」

 

 店の外でトラブルを起こした場合の対応について言及するということは、つまりこの店は同伴やアフターを禁止していないということか。

 そこまで考えて、まだ18歳なのにそういう専門用語がスラスラと思い浮かぶ自分に嫌悪感を抱いてしまう。

 蛙の子は蛙。そんな言葉が頭の中に思い浮かんだ。

 

「ところで君、源氏名はどうする?」

 思考の海で自己嫌悪に浸っていた僕だったが、ホストクラブのオーナーから声をかけられたことで現実に引き戻された。

 源氏名。ホストやホステスが身バレを防ぐために名乗る芸名。

 …そうか。だったら、

 

「『リョースケ』でお願いします」 

 

 偽名を名乗ると聞いて、真っ先にリョースケの人懐っこい笑顔が僕の脳裏に思い浮かんだ。中卒で役者になった後も、彼との友人関係はまだ続いている。

 ここにいるのはホステスの息子の神木輝ではなく、誰とでも友達になれる陽気な男子、菅野良介。何も持たず大人たちに奪われるだけの境遇に戻ってしまった僕だったが、そんな僕一人では心が折れてしまいそうなこの状況でも誰か別の人物を演じてしまえば、それは僕の心を守る鎧になる。

 

 根拠を問われると少し苦しいが、きっとリョースケならこんな状況でも上手くやるんじゃないかと僕はなんとなく思っていた。そそっかしいところも多いが、なんだかんだ言って彼は要領がいい。

 だから、僕はそんな世渡り上手な彼に(あやか)る意味も込めて、僕は彼の名を借りた。

 

 僕はいつまでも奪われるだけの存在じゃない。運命が僕を掴んで離さないというならば、せめて僕は()()()()()()()()()()()()

 僕は激情を胸に秘めて、夜の世界に自ら飛び込んだ。

 

 

 試用期間の3か月が過ぎた頃には、いつの間にか僕は月収40万を超える人気ホストになっていた。

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