「愛梨!これはどういう事なんだよ!!」
「ちょっ…やめて……」
「大輝が俺の子供じゃないって知っててずっと黙っていたのか!俺を騙したのか!知らなかったのは俺だけかよ!?」
「離して…苦し……」
「屈辱だ!見下しやがって!俺のことは偽装結婚の相手程度にしか思ってなかったのか!」
「清……っ」
「どいつもこいつも俺を見ようとしない!!事務所の太い役者ばかり売れていく!どうして俺より演技が下手な奴らが売れていくんだよ!?ツラが良ければ演技なんて関係ないのかよ!!」
「………!………っ!」
「ただでさえ少ない席が!顔しか取り柄のない奴らが持ち去っていく!!この業界は地獄だ!金とコネのあるやつに気に入られないと!どんなに努力しても!どんなに才能があっても潰される!!ふざけんな!そんな卑怯な奴らになんで俺が見下されて奪われなければいけないんだよ!!?」
「………」
「俺の努力は!俺の今までの人生は!全部無駄だって言うのかよ!!?どんなに才能のある奴だって!服を脱いじまえばただの男と女なのに!俺とお前たちでどこが違うっていうんだよ!!」
「………」
「…愛梨?」
「………」
「おい、愛梨?」
「………」
「…すまない、愛梨。俺が悪かった。ちょっと虫の居所が悪かっただけなんだ。許してくれ。なあ、だから、返事してくれ」
「………………………」
「うわぁああああああああああああ!!!!!!」
――僕が最後に清十郎と会ってから3週間後、清十郎さんと愛梨さんが死んだと連絡があった。
愛梨さんの死因は絞殺。そして清十郎さんは自殺。遺体が発見された状況から、これは清十郎さんが起こした心中自殺事件として判定された。
2人のあまりにも突然な訃報に、僕は何も考えられなくなった。
僕は愛梨さんと清十郎さんの通夜には参加しなかった。
通夜の翌日、僕は2人に献花するための真っ白なユリとバラとカーネーションを包んだ花束を持って告別式の式場に足を運ぶ。
式場でぼんやりと2人の遺影を眺めていると、誰かが僕の後ろから肩に手を置いてきた。
「金田一さん」
「お前が一番辛いかもな。2人はお前のことを大事にしていた」
劇団ララライの代表者であり、死んでしまった2人とも親交があった金田一さんが僕の隣に並んで一緒に2人の遺影を眺める。
「だからお前が背負っていくんだ。2人の想いと、2人の命を。生きてるお前がこれからもずっと」
「僕が……背負っていく?」
僕は金田一さんが投げかけてきたあまりにも残酷な言葉に、思わず身を震わせた。
愛梨さんと清十郎さんが死んだのは、僕のせいだ。
あの日、僕が清十郎さんに愛梨さんの浮気と大輝くんの秘密を洩らさなければ2人は死ななかった。
――僕が、愛梨さんと清十郎さんを殺したんだ。
「背負っていかなくちゃいけない……?」
僕は、愛梨さんと清十郎の命を。
愛梨さんと清十郎さんを殺してしまった罪を。
これからずっと、一生背負っていかないといけないのか。
大輝くんが、じっと僕たちの様子を伺っているのが見えた。
たった一人、残されてしまった愛梨さんの子供。
――愛梨さんと、僕との子供。
僕は彼が憎かった。
彼が生まれたせいで、僕がアイに見捨てられる原因となったことが憎かった。
そして、彼が愛梨さんの息子として愛梨さんに愛されていたことが憎かった。
――僕は、愛梨さんに愛人としてではなく、息子として愛して欲しかったんだ。
その願いは、もはや永遠に叶えられることはない。
僕が一時の苛立ちに身を任せたせいで、僕を施設から引き取り僕の母親となってくれた女性を死なせてしまった。
「…………っ!」
僕は涙を流しながら、胸を抑えて蹲る。
僕の手の中から滑り落ちた花束が床に当たって、辺りに花びらが散らばる。
「亡き母を偲ぶ愛」を意味する白いカーネーションの茎がぽっきりと折れて、まるで晒し首のように花の部分が床に転がっていた。
苦しい。
助けてよアイ。君しかわかってくれない。
君はどこにいるんだ。
「う…うあああああぁーーーーーーっ!!!!!!」
慟哭する僕の様子を見た金田一さんは、僕にかける言葉すら見つからず絶句していた。
しかし葬儀に涙は付き物。他人にとっては僕の悲しみも苦しみも後悔も「よくある出来事」の一つでしかなく、式は粛々と進んでいく。
僕は出棺される前に棺を開けて2人の顔を見たが、2人とも真っ青な顔をしていたものの鼻に詰め物等はしておらず、まるで普通に眠っているだけのようにも見えた。
ただ、2人の首に巻かれた包帯が生々しかった。
火葬場で骨を拾う作業は何度やっても慣れない。大切な人が跡形もなくこの世から消滅して、骨の欠片になってしまうのを否応なく見せつけられる。
僕達が拾い上げた愛梨さんと清十郎さんだったモノの残骸は、小さな骨壺に収められて埋葬された。悲しみも後悔も告別式の式場ですべて吐き出してしまったせいか、今はもう何も感じない。
空虚な気持ちを抱えたまま、2人の遺骨が墓に収められるのをぼんやりと見送った。
こうして僕は、2度目となる母の葬式を終えたのだった。
僕はホストの仕事を3日だけ休んだ後、職場に復帰した。
最初は1週間ほど休むつもりでいたのだが、僕を毎回指名してくれている太客が僕がいつ復帰するのか待ち遠しくてソワソワイライラしていたらしいので渋々休暇を切り上げた。
10歳からの養母とはいえども、育ての母親が死んだのに喪にも服さずすぐに風俗業を再開するなんて恩知らずの人でなしと罵られても仕方がないと自分でも思うのだが、こういう個人の人気に収益が左右される業界では人の倫理や常識より仕事が優先される状況が発生するのはよくあることだ。
そしてそれは、芸能界でも同じである。
「役者に拘ってもなんのいいこともねぇ」と言い放った清十郎さんの言葉が頭から離れない。
演劇で紡いだ絆を失ってしまったことで、こんな「やりがい」が報酬そのものである業界でこんなにも苦しい思いを抱えながら続けていく価値がまだあるのか疑問が湧いてくる。
役者を続けるべきか、やめるべきか。
…いや、違うな。仮にも役者を目指したのなら、この場合はこう表現するべきだろう。
『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。』
…
そんな感じで、大切な人を喪い悶々とした思いを抱えながら代わり映えのない生活をしていたところに突然アイからの電話がかかってきた。