愛梨さんと清十郎さんが死んだ日から1週間後、発信元が公衆電話からの電話が僕の携帯にかかってきた。
「やっほー、ヒカルー、元気?私だよー」
「アイ!?」
もしやと思って電話に出ると、思った通りアイからの電話だった。
4年ぶりに聞いたアイの声に僕の胸が高鳴る。家族と思っていた大切な人を喪ったばかりなのに、僕の心はご馳走を目の前にした犬のように反応してしまう。この節操無しで現金な自分の反応に我ながら少し呆れてしまった。
アイの声は、僕と過ごしたあの日から何も変わっていなかった。僕のほうはこんなにも落ちぶれて荒んでしまったというのに、アイは何も変わらない。それどころか彼女は日本を代表するアイドルグループのセンターとして順調にスターダムを駆け上がっていく。
昔ならアイの成功を心から喜べたはずなのに、今では妬みの感情が僕の中に渦巻いている。
…ここまで堕ちてしまったのか、僕は。
「ねぇ、子供達も結構大きくなったんだよ。一度会ってみない?」
「子供?」
僕の苦悩に気づくこともなく、軽い調子でアイが言う。
子供と聞いて一瞬大輝くんの姿が思い浮かんだが、僕は頭を振って強引にそのネガティブな考えを振り払った。
「アイの子供…アイと僕との、子供?」
「そうだよ。私達の子供」
アイの言った「子供」という言葉を反芻すると、僕の胸に温かいものがじわじわと広がっていく。
アイと僕との、子供。
アイと僕とを結ぶ、最後の絆。
アイと僕との間にまだ絆が残っていることを思い出して、愛梨さん達が死んでしまったことで再び天涯孤独の身になり空虚さを感じていた僕の心に僅かな希望が戻ってくる。
「僕が…君のところに行ってもいいの?」
「うん」
大切な家族を喪ったと思ったら、失ったと思っていたアイとの縁が戻って来た。数奇な巡り合わせだと思ったが、捨てる神あれば拾う神ありということなのだろう。神様なんて僕に苦しみを与えるばかりの存在だと思っていたが、今だけは神様に感謝を捧げてもいい。
アイが心変わりした理由はわからないけど、これは僕にとって幸福を掴み取る最後のチャンスになるだろう。僕は彼女に縋るような気持ちと、わずかに蘇った人生への希望と熱意をミックスした想いを籠めてアイに言う。
「ありがとう、アイ。今度こそ、君にふさわしい人間になってみせるよ」
「――いや、縒りを戻すとかそういう話じゃなくってさ」
その言葉で、一瞬で心が冷えた。
幻想が、音を立てて崩れていく。
アイがいて、アイと僕との子供がいるのに、僕だけがそこにいることが許されない。
なんでだよ。君はそんなに僕のことが嫌いなのか。
君だけは僕のことを理解してくれると思ったのに。
…結局それは、僕の身勝手な幻想だったと言うのか。君は。
「うちの子は凄く賢いし、私達の事情も分かってくれるよ」
分からないよ。君の事情なんか。
君が何を考えているのか、僕には全く分からない。
縒りを戻す気がないならば、ずっと放っておいてくれたほうがありもしない希望に縋らずに済んだのに。この仕打ちは余りにも無体だ。
やはり僕は、子供が嫌いだ。
僕に与えられなかったものを、僕が求めてやまなかったものを、その価値を理解せぬまま当たり前のように手に入れているのが妬ましい。
大輝くんも。
アイの子供たちも。
どうして君たちは、愛を当たり前のように与えられているんだ!?
お前たちさえいなければ、僕がその場所に居られたはずなのに!!
「分かったよ、アイ。今度、君の子供たちに会いに行くよ」
自分の
僕は、アイが憎い。
僕を一人だけ置き去りにして幸せになっていくアイが、憎い。
――それ以上に、アイの愛を独占する
「うん、新しい住所はね…」
僕が今何を考えどんな気持ちを抱えているのかを全く理解していないアイは、全く警戒する様子もなく僕に住所を教えてくる。
理解ってよ、アイ。
この絶望を。
――命を投げ打てる程に愛した人から拒絶された、この僕の抱える絶望を。
「――次に会う時は、僕の想いを籠めたとびっきり綺麗な花束を用意して持っていくよ」
「ありがと。待ってるから」
僕はアイに
「『待ってるから』か・・・」
本当に君は、僕のことを何も理解していないんだね。
勝手に期待して勝手に幻滅する自分の身勝手さに辟易としながらも、僕はアイに贈るための悪意を籠めたプレゼントの内容について考えることにした。
アイに贈る花束。それは愛梨さんに献花した花と同じものでいい。しかし死人に贈るための花束を渡されてもきっとアイはその意図を深読みすることなく素直に喜ぶだろう。
理解されることのない当て擦りに意味などない。もっとわかりやすく、アイが不安と恐怖を感じる方法はないだろうか。
アイドルに対する嫌がらせ…カミソリレター?いや、悪意の質があまりにも幼稚過ぎる。ニノのアイに対する態度を見ている感じだと、アイはきっとそういう類の悪意には慣れているような気がする。二番煎じでは効果が薄い。
動物の死体とかはどうだろうか?…ダメだな。アイが動物好きという話は聞いたことないし、愛着のない小動物の死体を送り付けるのは生ゴミを送り付けているのと変わらない。何より調達が面倒過ぎる。
結局シンプルに、殺意を籠めたメッセージ付きで刃物を送ることにした。
抜き身のアウトドア用ナイフを「殺してやる」と書いた紙に包んで花束の中に隠す。花束の贈り物という相手の好意を信じて受け取った後に出てくる悪意。落差が大きい分ショックは大きいだろう。
無駄に希望を与えられた上で絶望のどん底に叩き落されたことに対する意趣返しとしては、ぴったりの内容だと僕は思った。
そこまでノリノリで準備したところで、急に不安と恐怖が僕に襲いかかって来た。
ストーカー規制法違反という犯罪を行うことに対する忌避感などではない。アイに嫌がらせ行為を行うことで、アイに嫌われてしまうのではないかという不安だ。
何を考えているんだ、僕は。ここまでキッパリと拒絶の意志を示されて、まだ自分がアイに嫌われていないと思っているのか。アイは僕が思っているほど愛情深くないし、最初に興味本位で僕を抱いた負い目で僕を拒絶出来なかっただけ。それが、現実だ。
所詮僕は卑しい男娼にしか過ぎない。そんな僕が愛されるわけがない。今僕が絶望しているのも、現実から目を逸らし続けた代償を払わせられているだけの話でしかない。
あの幸せな日々は、僕の独り善がりな幻想だったと思い知らされたばかりなのに。
愛が、未練が、僕自身を縛り付ける。
恨んでいるのに、憎んでいるはずなのに。
――僕はどうしても、アイを傷つけることが出来ない。
ならばアイへの復讐を諦めればいいのに。
この苦しみを、他人に分かってもらおうと思うことを諦めればいいのに。
僕にはそれが出来なかった。
惨めだから。
情けないから。
自分は無価値な存在であると認めるのが悲しくて、悔しくて、僕は部屋の中で嗚咽を漏らした。
結局アイへの復讐を諦めきれなかった僕は、ここで唾棄すべき最低の愚行を犯す。
僕の
ラストのカミキヒカルのルビーに対する殺意の高さを見た感じだと、多分これが正解だと思います。
カミキヒカルはマザコン。はっきりわかんだね。