推しの子 カミキヒカル原作再現RTA   作:雑穀ライス

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裏 『俺たちはもっと痛かった』

 

 

 リョースケに僕の悪意が籠ったプレゼントをアイに届けてもらう約束をした翌日。僕は待ち合わせをした駅の近くでリョースケを待っていた。

 時刻は午前10時前。もうすぐリョースケとの待ち合わせの時間だ。僕は容赦なく吹き付けてくる師走の冷たい風に身を震わせながら彼の到着を待っていた。

 

 昼頃になれば、ドームライブの準備のためにアイは家を出る。アイのマンションにたどり着くには待ち合わせ場所から少し移動しないといけないので、リョースケが1時間ほど遅刻すればこの話は破談となる。

 

 …リョースケがこなかったらどうしよう。リョースケにまで見限られたら、僕は本当に独りぼっちになる。そのときはいっそ清十郎さんみたいにアイと心中自殺をしてしまおうか?そんな恐ろしい考えが頭の中を(よぎ)る。

 破滅願望の混ざった不安に怯えながら時間を過ごしていると、電車から降りたリョースケが僕に気づいてこちらに向かってくるのが見えた。

 

「良かった。もしかしたら来てくれないんじゃないかと思ってドキドキしていたんだ」

「お前はもっと俺のこと信用しろっての」

 

 リョースケと合流して軽口を叩きながら彼と一緒に東京の街を歩く。

 密談をするには駅前は少し人通りが多いので、人気の少ない場所に移動するためだ。今日は日曜日なので休日のオフィス街は狙い目だろう。僕たちは人が寄り付きそうなコンビニやパチンコ屋から少し離れた場所にあるビルの影に移動し、そこでスポーツバッグにしまっておいた真っ白な花束とアイの住所を書いたメモを取り出してリョースケに渡した。

 

「僕の悪意(想い)を、アイに届けて欲しい」

 花束の中には抜き身のナイフが隠してある。二つ折りにしたコピー用紙で雑に包んであるだけなので下手に触ると指を切ってしまう可能性があるが、そのぐらいやらないとアイに僕の本気度は伝わらないだろう。僕は罪悪感の皮を被った自己保身の精神と一緒にやや強引に花束をリョースケに押し付けた。

 

「…僕にはもう、良介くんしか頼れる人がいないんだ」

「…任せろ」

 

 僕の縋りつくような目を見て、リョースケが花束を受け取る。

 これでもう後戻りはできない。今後はアイが僕に連絡してくれることは一切なくなるだろう。

 僕はアイへの未練を断ち切れずに燻り続ける胸の痛みに苦しみながら、リョースケの背中を静かに見送った。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

  

 

 

 

 

 リョースケはカミキヒカルの姿が見えなくなるまで歩いた後、受け取った花束の中を漁った。

 真っ白なユリとバラとカーネーションを包んだ花束の中にナイフが隠されているのを確認する。リョースケがナイフの存在に気づいたのは、先ほどカミキヒカルに強引に花束を押し付けられたときに草木とは明らかに違う硬いものが胸に当たる感触があったからだ。

 花束を下側に向けて傾けると、ナイフが地面に向かってストンと落ちてくる。そのとき、ナイフが地面に落ちた衝撃でナイフを包んでいたコピー用紙が剥がれて広がった。

 

 『殺してやる』

 

 コピー用紙には、そう書かれていた。

 

 

「ヒカル…そこまでアイのこと、恨んでいたのかよ……」

 落ちて地面に転がったナイフとコピー用紙の文字を見ながら、リョースケが呟く。

 

 リョースケの脳裏に浮かぶのは、カメラ目線でアイが浮かべる完璧な笑顔。

 そして、その隣で泣き顔を浮かべているカミキヒカルの姿。

 

 アイドルってやつは、いや、女ってやつはいつでも身勝手だ。

 「好きだよ」「愛してる」なんて心にもないことを無責任に言って、(ファン)をその気にさせて貢がせる。そして、用済みになればゴミのように捨てられる。

 

 アイがやったように。

 ニノがやったように。

 

 ふと顔を上げると、リョースケの目にコンビニの外に備え付けられてるゴミ箱が映った。

 

 今なら花束を捨てて全てを無かったことに出来る。

 あるいはナイフを捨てて、純粋に好意だけをアイにプレゼントすることも選べる。

 しかしこのときリョースケが思い浮かべたのは、ナイフ入りの花束を受け取ったにも関わらず、カミキヒカルの悪意にすら気づかずに貰った花束をそのままゴミ箱に捨てるアイの姿だった。

 

 それだけは許されない。

 俺たちの怒りは、俺たちの苦悩は、決してゴミなんかじゃない。

 カミキヒカルへの同情で、リョースケのアイに対する怒りが際限なく膨れ上がっていく。

 アイの「(本心)」を知らず、カミキヒカルの純情を弄んだ悪女だと思い込んでいるリョースケにはそれが謂れのない被害妄想だと気づくことは出来なかった。

 

 俺もニノもヒカルも、すべてアイとB小町に人生を振り回された被害者だ。

 俺たちの事情は単なる逆恨みだったとしても、ヒカルの件に関してはすべてがアイに非がある。

 アイには俺たちの感情を受け止める責務…いや、()()がある。

 因果応報。「嘘」の愛を語って男を搾取するふしだらな女には鉄槌を下さねばならない。代償を支払わせなければならない。

 

「お前の憎悪(想い)、アイに届けてやるからな」

 

 こうして愛を信じ切れなかった女の子が言った「嘘」から生まれた【推しの子】の(誰も幸せになれなかった)物語が今、開幕した。

 

 

 

 

 スマホのナビを頼りにカミキヒカルのメモに書かれた住所にたどり着き、リョースケはアイの住むマンションに侵入する。オートロック式のマンションではなかったので楽に侵入出来た。エレベーターで昇った後、そのまま一直線にアイの住んでいる部屋の前まで移動する。

 インターホンを鳴らして待つこと数十秒。ドアが開いて、部屋の中からアイが現れた。

 

 きょとんとした顔で、アイはリョースケの顔を見つめてくる。きっとアイはカミキヒカルが家を訪ねてきたものだと思って無防備にドアを開けたのだろう。

 

 

「アイ……ドーム公演おめでとう。双子の子供は元気?」

 リョースケはアイにそう語り掛けた後、花束の中に隠したナイフを、引き抜く。

 

 

 

『アイドルの女の子を好きになることって、そんなに罪深いことだったのかなぁ』

 

 

 

 彼の脳裏に浮かんでいたのは、かつて目の前の女の子が原因で殴り合った親友の泣き顔。

 

 

 

 

『正しく生きても…誰も僕を助けてくれやしない……』

 

 

 

 

 この女に捨てられて泣きじゃくる親友の姿を思い出して、怒りで頭が沸騰する。

 

 

 

 

『誰か僕を…愛してよ……』

 

 

 

 

 親友をいいように弄んで捨てた女を前にしたリョースケは、

 

 

 

 

『…僕にはもう、良介くんしか頼れる人がいないんだ』

 

 

 

 

 

――すべての元凶であるアイの腹部に、ナイフを突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはっ・・・痛いかよ!」

 腹部をナイフで抉られて血をまき散らしながらよろめくアイに向けて、リョースケが叫ぶ。

 

「俺()()はもっと痛かった!苦しかった!!

 アイドルのくせに子供なんて作るから・・・!ファンの事蔑ろにして、裏ではずっとバカにしてたんだろ!」

 

 もはやリョースケは、自分が何を言っているのかもよくわからなくなっていた。ファンの期待を裏切ったことに対する糾弾なのか、カミキヒカルを捨てたことに対する代理報復なのか、それとも自分自身の抱える怒りを発散させるための八つ当たりなのか。

 だが、凶行に及んでしまった後となってはもはやそんな()()()などどうでもいいことだった。

 

「この噓吐きが!散々好き好き言って釣っておいてよ!全部嘘っぱちじゃねえか!!」

 

 怒りと憎悪に任せて、リョースケは4年前に高千穂の病院から逃げ帰ってから自分の中でずっと燻り続けていた感情をアイに向かって叩きつける。

 お前さえいなければ、俺とニノの関係は壊れなかったしヒカルもあそこまで苦しむことはなかったという身勝手な怒りをアイにぶつける。

 そんな怒りの感情を叩きつけてくるリョースケに対して、アイは

 

――笑顔で、(こた)えた。

 

「…私なんて元々無責任で、どうしようもない人間だし、人を愛するってよく分からないから」

 

 苦痛と貧血で顔を青ざめさせながらも、アイはリョースケに語り掛ける。

 

「…だから、私は代わりに皆が喜んでくれるようなきれいな嘘をついてきた。

 いつか嘘が本当になることを願って…頑張って…努力して……全力で嘘をついてきたよ……」

 

 リョースケの憎悪に対して、アイは自分なりの「愛」を語り、伝えることで応えた。

 

「…私にとって嘘は愛。私なりのやり方で愛を伝えてきたつもりだよ。

 君達のことを愛せてたかは分からないけど…愛したいと思いながら愛の歌を歌っていたよ」

 

 まるで握手を求めるかのように、血で染まった手のひらをリョースケに差し出しながらアイが言う。

 アイの表情には、自分を刺したリョースケに対する怒りや憎しみといった敵意に相当する感情は欠片も存在していなかった。

 いつもカメラ越しにアイが見せている、完璧な笑顔。

 自らの血で衣服を汚しながらも、アイの他人を惹きつけ魅了する瞳の輝きはステージの上で見せる姿と何も変わらなかった。変わっていなかった。

 

「今だって君のこと、愛したいって思ってる」

 その言葉を聞いて、リョースケは完全に混乱してしまった。

 

 アイは俺たちファンやヒカルから搾取を続ける悪女で、そんな悪い奴に天罰を与えるためにここまで来たのに。

 

 

――これじゃあ、俺たちのほうが悪役じゃないか。

 

 

「噓吐け…俺のことなんて覚えてもいないんだろ!見逃してもらおうと……」

「リョースケ君だよね。よく握手会来てくれた」

 アイの言葉を否定しようとリョースケが反論するが、それに先んじてアイが彼の名前を言い当ててくる。

 

「あれ?違った?ごめん私、人の名前覚えるの苦手なんだ」

 アイは頭に指を当てながら、苦痛で歪みそうになる表情を無理矢理笑顔に作り替えて優しくリョースケに語り掛ける。

 

「お土産でくれた星の砂嬉しかったな。今でもリビングに飾ってあるんだよ」

 

 

 君のことは覚えている。君のことをちゃんと見ている。

 君を応援したい、君を愛したいと思う気持ちは「嘘」じゃない。

 

 

 彼女の想いを、彼女の覚悟を。

 「言葉」という理屈ではなく、「心」で理解してしまったことをリョースケは感じた。

 

 …感じて、しまった。

 

 

「んだよ…それ…そういうんじゃ……!」

 

 

 何言ってんだよ。わけわからねぇよ。

 だったら、なんでヒカルのことを「愛せない」なんて言って捨てたんだよ!?

 もしアイが言ってることが全部本当で、お前を推すファンに愛を伝えたくてアイドルを続けてきたならば!

 

 

――なんで一番お前の愛を欲している奴を、愛してやれないんだよ!!!

 

 

 彼女なりの「愛」を必死に伝えようとするアイの姿を見て毒気を抜かれたリョースケだが、それでも「ヒカルだけは例外」としたアイの選択に納得がいかずアイの言葉を否定する材料を探そうとする。

 そのとき、怒りの興奮が冷めて思考力が戻ってきた彼の脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。

 

 …もしも、アイの言っている「愛したい」という言葉が全部本当だったとしたら。

 

――俺が余計なことをしなければ、いずれアイとヒカルがやり直せる可能性があったんじゃないのか?

 

 

「あああああああああ!!!!」

 

 

 今更ながら自分の勘違いで取り返しのつかないことをしてしまったことを理解したリョースケは、叫び声を上げながらアイの前から逃げ出した。

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