アイの死後、B小町はあっという間に凋落していった。
アイの遺作となってしまったアイ主演のドラマこそ視聴率20%を超えるヒット作になったが、その後に残されたB小町メンバーにオファーされていた仕事が次々とキャンセルされる事態が相次いだ。
元々アイへのオファーを通すためのバーター取引の意味合いがあったことに加えて、「アイが死んだのに笑ってる他のメンバーが許せない」という
そこに「B小町のメンバーはアイの人気に嫉妬していたから、アイが死んだことを内心では喜んでいる」というある意味では真実とも言える悪意と偏見に満ちた情報をSNSに垂れ流して残されたB小町メンバーの人気を削ぎ落とすことに尽力する陰謀論者が出現し、B小町の人気低下に拍車がかかる。
不幸なことに、かつてB小町のメンバーの入れ替わりが激しかったことを知っている古参のファンほど「B小町メンバー不仲説」を信じてしまうという悪循環に陥っていた。
かつてのアイのファンが残ったB小町の敵に回るという、被害者であるはずのB小町のメンバーが攻撃される立場に追いやられてしまって世間では「B小町はオワコン」という認識が醸成されていった。そんな瀕死の状態になっていたB小町に追い打ちをかけるかのように「斉藤社長の失踪」という出来事が発生し、結局それが致命打となってしまった。
苺プロの社長兼敏腕マネージャーである斉藤社長が消滅したことでB小町の仕事は激減。1年後にはB小町からカナンが脱退し、その後も冬を迎えた落葉樹のように事務所から一人、また一人とメンバーやスタッフが消えていく。
アイという唯一無二のスターを失ったB小町は、彼女の死からたったの2年後に消滅してしまった。
そして僕は、アイとリョースケが死んだ日の翌週に劇団ララライを辞めた。
愛梨さんに清十郎さん、リョースケにアイ。自殺こそは思い留まったものの、役者を始めたことで縁と絆が生まれた相手を立て続けに喪ったことで僕は演劇に対する情熱をすっかり失っていたからだ。
…情熱を失ったというよりも、未練がなくなったといったほうが正しいのかもしれない。
僕は「役者に拘ってもなんのいいこともねぇ」と言い放った清十郎さんの顔を思い出して、その言葉に籠められた苦みと痛みを噛み締めていた。
金田一さんに事情を説明して演劇の道を諦めると言ったとき、彼は残念な顔こそしたものの僕を慰留してくることはなかった。「役者では食っていけない」という事情を理解している金田一さんからしてみればそれは当然の反応だったのかもしれないが、その冷めた反応を僕はほんの少しだけ残念に思った。
金田一さんは、僕にとって心を許せる大切な人には成り得なかった。
むしろそれは喜ぶべきことなのかもしれない。
僕が心を許した相手は、みんな死んでしまうのだから。
そうして劇団ララライを辞めた後、僕は今まで住んでいた安アパートを引き払って別のマンションに引っ越した。
これで僕の交友関係はすべて清算されて、僕を「神木輝」だと知る人物は僕の周りに誰もいなくなった。ホストクラブに就職するときに履歴書なんて提出していないので、店長ですら僕の本名を知らないだろう。
「神木輝」という人物の痕跡をすべて抹消した僕は、あの悲劇から2年経った今も「リョースケ」を名乗ってホストを続けている。
そこに何の因果が働いたのか、僕のところに「神木輝」を知る人物が現れた。
どうやら性格と根性が捻じれ曲がっている悪辣な神様は、まだ僕たちが苦しむ物語を続けることをご所望らしい。
「初回のお客様、来店でーす」
その日は僕が担当しているお得意様の予約もなく、僕はホストクラブのバックヤードで待機していた。そこにホストクラブのスタッフから初来店のお客様が来たというアナウンスが入る。
初回のお客様が相手だと、回転寿司方式のお見合いパーティーみたいに10分おきにホストが交代して接待をする形になる。そこで気に入られたホストがそのお客様に対しての専属ホストになるというのが一般的なホストクラブのやり方であり、僕が働いている店もその方法を採用している。
どんな女性が来たのか気になったので内勤スタッフのフリをして偵察しにいったのだが、そこで同僚の接待を受けている女性の顔を見て僕は思わず声を上げそうになった。
ニノが、ウチのホストクラブで酒を飲んでいた。
ニノにそんな趣味があったのかと意外に思いながら僕は彼女の様子を伺ってたのだが、仏頂面で酒を飲んでいる様子を見たところあまり遊び慣れている雰囲気ではなさそうだ。話も弾んでいるようには見えないし、もしかしたらウチの同僚が話のネタを探ってる間にいきなりニノの地雷を踏み抜いてしまったのかもしれない。
プライドの高い彼女のことだ。不満げな表情を浮かべている理由はきっと、自分がB小町のニノだと気づいて貰えなかったことが許せなかったとかそんなところだろう。
「店長、今店に入っている初回のお客様のことで話があるのですが…」
今にも席を立って帰ってしまいそうな様子で酒を飲んでいるニノの姿を見た僕は、すぐに店長に相談しに行った。
「やあニノ。久しぶり。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「アンタ…カミキヒカル?」
「僕のこと覚えていてくれたんだ。6年ぶりかな?いや2年ぶりか。B小町の件は残念だったね」
僕は店長にトップバッターがニノとのコミュニケーションを失敗したことを伝えて、少し強引に彼女を接待をする役の二番手にねじ込んでもらった。初回さん限定の価格プランだと30分2000円でサービスが終了してしまうので、悠長に出番を待つなんてしていられない。
「はいこれ、僕の名刺」
ニノに僕の名刺を渡す。そこに書かれている「リョースケ」の名前を見て彼女は顔を顰めた。
「別に君に対する当て付けなんかじゃない。僕はここではずっと『リョースケ』を名乗っているんだ。…僕のたった一人の友人が本当は優しい人だったと忘れないために、僕はこれからも『リョースケ』として生きていくつもりだ」
「…ふん、どうだか」
ニノはバツの悪そうに僕の名刺から目を逸らしていたが、最後には名刺を受け取ってくれた。
「とりあえず、お疲れ様。アイのいなくなったB小町をあそこまで持たせたニノはよく頑張ったと思うよ」
「アンタに何が分かるっていうのよ」
「うん、だから素人の視点から見た感想だよ。謂れのないバッシングも酷かったし、あの状況から復活させるのはアイでも無理だったと思う」
「…違う、アイならきっと上手くやれてた」
B小町が解散したのはニノのせいじゃないと励ましてみたが、どうやら彼女の心の傷はかなりの重傷のようだった。知らない仲でもないので落ち込んでいる彼女をなんとか励ましてやりたい気持ちもあったが、持ち時間が10分だけしかないのは流石に短すぎた。
あっという間に10分が経過したので僕は次にやってきたホストにニノを任せてバックヤードに戻ったが、彼女は接客した複数のホストの中から自分が気に入ったホストを選ぶ「送り指名」に僕を選んでくれた。色々複雑な感情こそあるものの、とりあえず彼女は僕のことをある程度認めてくれたと言ったところか。
アイドルを辞めて一般人になったニノから
彼女を慰める立場だったリョースケはいなくなってしまった。ならば、彼の代わりにニノの傍にいてあげるのも僕の役目なのだろう。勿論彼女が一人で生きていけるというならば、僕はそれ以上手を出すつもりはない。堕ちるのも立ち直るのも彼女次第。失敗し続けて大切なものをすべて失ってしまった僕が、他人の人生を救える等とは露程も思わなかった。
――この日、僕がニノに関わらなければ彼女は何も知らず幸せに生きられたのかもしれない。後になって、僕はそのことをほんの少しだけ後悔した。