「『B小町のメンバーはアイの人気に嫉妬していたから、アイが死んだことを内心では喜んでいる』ですってぇ!?そんなくだらない嫉妬の感情なんて、こっちはとっくに克服済みなんだよアイドル
結局ニノは、僕の店のリピーターになった。
今では彼女はとっくに店の雰囲気に馴染んでしまって、ふらりと店に現れては安い酒を飲みながらクダを巻いて最後には悪酔いして帰るという行為を繰り返している。
アイドルを辞めた直後で次の仕事が決まっていないニノに高い酒を注文させたり貢がせたりさせるようなあくどい行為はしていない。流石に知り合いからむしり取るのは寝覚めが悪いので、僕は友達価格でサービスするつもりで健全な範囲で彼女の世話を続けていた。
僕がむしり取る相手は、僕に爛れた欲望を向けてきた相手だけだ。
色欲に染まった家畜から収奪するのは、良心が痛まなくて良い。
「もっと私に優しくしてよ・・・ZzZz・・・・・・」
愚痴を言うだけ言った後、ニノはアルコールの力に敗北して眠ってしまった。
いつものパターンだ。まあこちらは楽でいいんだけど。
…そう。彼女の相手は、楽だ。
ニノは僕の身体を求めない。一度ニノが「世間話しているだけでお金貰えるなんて楽な商売ね」って煽ってきたので、「じゃあもっと深い関係になってみる?」って言って身体を触らせてやったら真っ赤になって
その後「アンタ他の女にもそうやって口説いてるの!?」と言ってきたので「一晩5万でどう?」って返してやったら顔を左右から両手の掌で押しつぶされて、ひょっとこみたいな顔をさせられた。暴力反対。
ニノとは彼女が6年前にリョースケと別れてからずっと没交渉になっていたが、リョースケがあんなことになってしまった後でも僕と彼女との距離感は学生時代のときのまま変わらなかった。それがなんだか懐かしくて、嬉しかった。
彼女とはこれからも、いい友人でいれそうだ。僕はそう思った。
男と女の友情が成立するかどうかは「相手に対して性欲を抱くかどうか」が大きなポイントとなると僕は考えている。僕にとってニノは僕の親友の元カノで、お互いに相手の過去を知っていて、それでいて共通の友人を死なせてしまった共犯だ。僕がニノに性欲や恋愛感情を抱くにはお互いが犯した罪の意識が邪魔をする。
同じ過ちを犯した同類にして、大切な友人を殺した仇。
同族意識による親近感と同族嫌悪による忌避感が絶妙なバランスで釣り合っているのが、今の僕達の関係だ。
そんなぬるま湯に浸かったような気楽な関係がずっと続けばいいと、僕はそのとき思っていた。
そんな関係が壊れるのは、案外と早かった。
「この後、ちょっと私に付き合いなさいよ」
ニノが僕の店に入り浸るようになってから一ヶ月と少し経ったある日。珍しく彼女が酒で潰れずにいると思ったら突然ニノからアフターに誘われた。
まさかニノが僕に惚れてしまったのかと一瞬ドキっとしたが、自分の勘違いだったら顔見せ出来ないレベルの恥になってしまうので冷静を装う。それにアフターに誘われたからって必ずホテルに行くわけではない。
…まあ、僕の場合だとほぼホテルに行くことになるけど。
「いいよ。どこに行くの?」
「いいから黙って私に付いて来なさい」
そんな男らしいことを言いながらニノは僕を連れ出して、そしてニノに連れて行かれた場所はやっぱりホテルだった。
こういう状況になった場合、普段の僕なら嘘の仮面を被った後、心を閉じたままベッドの中で女性と愛を語らうのがいつものパターンなのだが、ホテルの前でソワソワしている処女丸出しのニノの姿を見ているとなんだか悪戯心が湧いてくる。女性の相手を「家畜の世話」と心の中で見下しているうちに女性に身体を求められることに対して感情が動かなくなってしまっていたので、いつもと違ってどこか新鮮な気分だ。
このままニノに抱かれてやるのもやぶさかでないが、その前に一つだけ確認しないといけないことがある。
「…ニノは僕のこと、愛してくれているの?」
身体を重ねる前の、愛の有無の確認。それは僕にとって、とても重要なことだった。
しかし何年もホストを続けているうちに、僕は性欲と愛は別物だと理解してしまった。どれだけ女性と肌を重ねても、アイやリョースケに感じた情動が僕の中に生まれることはなかったからだ。
自分の中で答えが出ているのに、こんなことを聞いたところで何も意味がないと理解しているくせに、それでも僕は聞かずにはいられなかった。
――これは愛ではないと、誰かに否定して欲しかったから。
僅かな期待と「どうせ駄目なんだろうなぁ」という諦観の両方を胸の中に抱えながら僕はニノに問いかける。その問いかけに対してニノから返ってきた答えは、
「わかんないわよ、そんなこと」
あの日突然「セックスしようか」と僕に言った、かつてのアイと同じ答えだった。
「…愛しているのか分からないのに、セックスするんだ」
ニノがアイと同じ返事をしたのが少し面白かったので、かつてアイに言った言葉をそのままニノにも問いかけて会話を継続する。
「うっさい。アイドル引退してそろそろ処女捨てたいなぁと思ったときにたまたまアンタが居ただけよ」
その返事として口説き文句としては最低の部類に入る言葉がニノから飛んできたが、僕を抱こうとしているくせに僕に全く媚びる気がないニノの態度が逆に僕の興味を惹きつけた。
今の言葉と態度で確信した。
ニノは、僕のことを愛していない。
実はニノがツンデレキャラで照れ隠しに暴言をはいている可能性も残っているが、今の彼女からは征服欲や独占欲といったギラギラとした感情をあまり感じなかった。ということは彼女にとってさっきの言葉はすべて本音で、僕はニノの友人という認識のまま何も変わっていないのだろう。
特に愛していないけどとりあえず抱かせろ。それが彼女の主張だ。
金銭目当ての関係じゃなければ怒って帰っても許されるレベルの暴言だと思うけど、僕はニノの言葉に対して怒りも不快感も覚えていなかった。むしろ性欲を愛という言葉で誤魔化されるよりはよっぽど好感が持てるし、いなくなってしまったリョースケの代わりに僕を抱きたいというのならばそれはそれで構わない。
僕の容姿でなく、僕とニノとリョースケが今まで積み重ねてきた信頼関係を評価されてホテルに誘われるのは何だか新鮮な感覚で、少しだけ嬉しかった。
「で、ヤるの?ヤんないの?日和ってないでさっさと答えなさい」
「つくづく処女の言う言葉じゃないなぁ」
「うっさい!今までアイドルやってたんだから処女性はむしろチャームポイントよ!!」
…さて、ニノを揶揄うのもこのぐらいでいいか。
僕はニノに向かって壁ドン…をする壁がなかったので、ニノの背中に手を回して抱き寄せ、芝居がかった態度で彼女に気障っぽく語り掛ける。
「そっちから誘ってきたんだ。途中でやめてって言っても止めてやらないからな?」
「…アンタこそ、土壇場で勃たないとか言い出したら一生笑いものにしてやるわよ」
「
アイドルではなくなったニノを追いかけるパパラッチはもう存在しない。僕達は誰に憚ることもなく、二人で一緒にホテルに入った。