推しの子 カミキヒカル原作再現RTA   作:雑穀ライス

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いつもの倍ぐらいの長さになってしまった…


裏 カミキヒカル18 『アンタにとって、私は何なの?』

 

 ホテル。

 

 ラブホテル。ファッションホテル。カップルズホテル。最近のラブホは食事やカラオケ、映画にジャグジーなどの設備が充実していることからアミューズメントホテルと呼ぶところもある。

 呼び方は色々あるが、最終的にやることは何も変わらない。

 

 ニノが「どの部屋がいい?」と聞いてきたので「アウトドアルームで野外セックスなんてどう?」と言ったらまたひょっとこの刑に処されてしまったので、結局オーソドックスな部屋を選んだ。

 部屋に入った後も、ジャグジーバスで混浴しようとして蹴り出されたり、スマホを持って「記念にヌード写真を撮影していい?」と聞いて危うく股間を蹴られそうになったりとムードの欠片もない行為をニノと応酬しながら遊ぶ。

 

 ニノは、僕のことを愛していない。

 だからこそ、僕は彼女との関係に「嘘」を極力持ち込まなかった。

 

 学生時代に戻った気分でニノと遊んで、ふざけ合って、恋人でもないただの友人と一線を越えようとする彼女の緊張を解きほぐす。

 彼女にとって、僕はリョースケの代役。それこそ遊びみたいなものだ。僕としても彼女からむしり取る予定もない以上、無理にニノに惚れてもらう必要はない。

 適当に遊んですっきりして満足して帰って貰えればそれで良し。リョースケから貰った返しきれないほどの借りを少しでも返すためと自分に言い聞かせて、いざ本番を始めようとしたところで。

 

「――アンタにとって、私は何なの?」

 強引に昂らせたムードに冷や水をぶっかけるような言葉を、ニノが投げつけてきた。

 

 

 面倒くさい質問だな、というのが僕の正直な感想だった。

 似たようなことを他の客に言われたことがあるが、そのすべてが返事を間違えると関係が終わる際どいものばかりだった。

 この質問の正解とは、女性が求めている言葉を与えてあげること。

 「愛してる」「君が一番だ」と言った言葉を贈ってあげると、大抵の相手は満足してくれる。

 

 

――当然、全部嘘だ。

 

 

 僕が愛している女性は、僕の一番は、今でもずっとアイ一人だ。

 彼女に疎まれて、捨てられて、悪意と嫉妬を暴走させて彼女を死なせてしまった今でもそれは変わることはない。

 僕に劣情を向けてくる女性たちと違って、アイはいつも輝いていた。

 色欲に溺れた有象無象と違って、人々に必要とされる価値ある命だった。

 

 死んでしまったアイに純愛を捧げているのに、心の中で「家畜」と見下している女性に抱かれるという行動を繰り返しているうちにいつしか僕は女性に希望を抱かなくなり、愛せなくなってしまっていた。

 それなのに僕の男性機能は問題なく使用できる。それこそが性欲と愛は別物である証明だった。

 少し思考が逸れた。今はニノへの答えを考えるのに集中しよう。

 

「…少し、考えさせて」

 僕はニノに覆い被さろうとしていた身体をゴロンと横に向けて、彼女の隣で添い寝する。これで勢いに任せたセックスは出来なくなったが、そうなって困るのは僕じゃないので問題はない。

 

 土壇場になって愛のないセックスを行うことに怖気づいた。そう考えるのが一番単純で楽だが、ニノからはかつての僕のように「誰でもいいから、誰かに愛されたい」と願う強い情念が全く感じられなかったことが気になった。

 ホテルに入る前に交わした会話の通り、ニノにとってセックスに愛は必要不可欠な要素ではないはずだ。ならばここで「君を愛してる」と言った言葉を贈るのは間違いではないが正解でもないのだろう。ホテルに入った後に心変わりをしていた場合は「じゃあ止めよっか?」が正解になってしまうが、もしもこれを言って正解を外した場合は一生ニノに()()()()()呼ばわりされてしまう。それはちょっと嫌だ。

 

 ニノが「性欲と愛は別物である」と理解した上で元恋人の友人とカジュアルなセックスを望んだという前提が崩れたので、もう一度最初から考え直す。

 

 ニノが僕を選んだ理由と、今になって僕を拒む理由。

 ニノはお店でリョースケの話をしたことは一回もはなかったし、僕も負い目があるのでリョースケの話題は避けていた。僕が今でもアイに感じている未練と同じものを、彼女がリョースケに感じているとは思えなかった。

 

 僕はリョースケの代わりではなかったとする。じゃあ何故ニノは僕を選んだのか?

 それを考えて、考えて。そして僕がたどり着いた答えは、もはや下衆の勘繰りに近い最低の発想であった。

 

「…ふふっ」

 ニノが僕を選んだ理由。それはきっと。

 

 

 

――アイの元カレを寝取りたい。

  アイの元カレと寝てみたい。

 

 

 そんな下卑た感情を向けられた可能性に思い当たって、僕は思わず笑ってしまった。

 

 

 

「?」

「いや、なんでもない」

 

 死んでしまったアイに精神的に勝利する手段として、僕を使おうとした。友人だからと特別枠に置いていた女性からそんな風に思われていたなんて、もう笑うしかない気分だった。

 

 アイのオマケ扱い。

 よりにもよって、アイの引き立て役B(オマケ)にそんな風に思われていたと気づいて、もはや怒りすら湧かなかった。

 もっともアイに比べれば誰も彼もが石ころみたいなみたいな無価値な存在なので、オマケ扱いされたこと自体に怒りは無い。むしろアイの物語の登場人物として認識されていることが誇らしいぐらいだ。

 

 

 君の気持ちはよくわかった。ならば戦争だ。

 そっちがその気なら、受けて立とう。

 

 

「僕は、君に恋愛感情を抱いていない」

 「(ホスト)」の仮面を投げ捨てて、僕はニノに腹の底にたまった本音のすべてをぶちまける。

 まずはニノの寝取りプレイを断固として拒否する。身体は差し出せても心を差し出すことは流石に出来ない。

 僕を愛していない相手になら、猶更だ。

 

「僕の特別は、今も昔もアイだけだ。誰もアイの代わりになんてなれない。当然、君もだ」

 辛い現実を忘れさせて甘い夢を見させてあげるのがホストの役割なのだが、僕はその役目を今日限りで捨てる。こうなってしまってはもうニノとはホストと客の関係には戻れないだろう。

 

「僕にとって、ニノはどういう存在か。…その答えは、ずっと前から決まっている」

 

 ニノと僕の間にはもう、「嘘」は必要ない。

 何故なら、僕達は同類。同じ穴の狢なんだから。

 

 

「――君は僕の共犯だ。僕達は星野アイの物語に登場する脇役にして、観客のヘイトを集める役を割り振られた悪役(ヴィラン)なんだよ」

 

「私が…悪役……?」

 痴情のもつれみたいな会話が一転し、思いもしなかった方向に話が進んで考えが追い付いていないニノが僕の言った「悪役」という言葉を反芻する。

 

「僕の嫉妬が、アイを殺した。僕の軽挙妄動が、リョースケを殺した」

 罪の重さは、命の重さだ。僕はアイとリョースケを死なせた罪から逃げるつもりはない。

 ただし、君も道連れだ。

 

「そしてそれは、君の罪でもある。

 君の嫉妬と軽挙妄動が、アイとリョースケに止めを刺したんだ」

 

 君がアイのスキャンダルを掴もうとしていたことを、僕は知っている。

 君がリョースケと別れたことで、彼がB小町に対する愛着を失ってしまったことを知っている。

 君が被害者面するのを、僕は許さない。

 アイの命の重みを。リョースケの命の重みを忘却し、罪の苦しみから一人だけ逃れることを僕は認めない。

 逃がさない。お前だけは。

 

 

――どれだけ言い繕っても、君は僕の共犯(どうるい)だ。

 

 

「良介くんは、最後に『悔しい』って言ってた。彼が最期に何を思っていたのかは想像することしか出来ないけど、凄く苦しんで、悲しんで、後悔しながら死んだと思っている」

 

 僕が劇団ララライの門戸を叩かなかったら。

 僕がアイと出会わなかったら。

 僕がアイのことを好きにならなかったら。

 

 僕がリョースケ達と出会わなかったら。

 僕がリョースケにアイの妊娠を教えなかったら。

 僕がアイを憎んで、そのことでリョースケに頼らなかったら。

 

 …そのうちのどれか一つでも起こらなかったら、きっと僕達の運命は変わってアイもリョースケも死なずに済んだはずだ。

 まるで神が悪意を持って介入したかのように僕達は転げ落ちて、神に愛されていたはずのアイまで命を喪う羽目になってしまった。

 どこで何を間違えたのか、リョースケ自身もよくわかっていなかったのだろう。リョースケが最期に遺した「悔しい」という言葉から、その思いがひしひしと伝わってきた。

 

 …僕も悔しいよ、リョースケ。

 どうしてこの世界の神様は、僕達をこんなに嫌うんだろう。

 

 

「…だったら、私はどうすれば良かったのよ」

 ようやく理解が追い付いてきたニノが、あられもない姿のまま僕に馬乗りになって敵意の籠った視線を向けて睨みつけてくる。

 

「後から入ってきたアイに!ファンも!B小町も!リョースケも!私のすべてを全部奪われて!!アイが死んだらファンから勝手に悪役を押し付けられて!!!なんで私がこんな苦しい思いをしないといけないのよ!?」

 

 今度はニノが本音を僕にぶつける手番となった。

 だが、それでいい。

 

 僕の罪は、君の罪で。

 君の苦しみは、僕の苦しみだ。

 

 君一人に(いのち)を背負わせる気はない。

 僕達は共犯なのだから。

 君の苦悩と絶望を、僕は受け止める義務がある。

 

「気に喰わない事も全部飲み込んで!芸能界で生き延びるために泥に塗れて!私は主役じゃなくても良いって自分に言い聞かせながら謙虚になって頑張っていたのに!!『アイさえ居なければ』って思うことがそんなに罪なことだったの!?

 アンタ(アイ)はもう死んだんだから、お願いだからそのまま消えてよっ!!死んだ後まで私を苦しめないで!!!」

 

 ニノの慟哭が部屋に響く。

 ニノはアイの死後、たったの2年しかB小町を存続させられなかった。日が経つにつれて、少しずつ観客席から人が減っていくのを見せつけられるのはさぞ苦痛だっただろう。

 もしかしたら、ニノがリョースケを遠ざけてからは彼女の近くには気持ちを共有できる仲間なんて誰も居なかったのかもしれない。

 

 ニノは、アイに届かない。

 ニノでは、アイの代わりになれない。

 一番星に憧れた引き立て役B。それが神がニノに与えた配役(キャスト)だった。

 

 

「私もアイみたいになりたかった……」

 

 B小町が結成されてから10年。その間、ずっとため込んできた感情をついに吐き出したニノから「嘘」の仮面が剥がれ落ちる。

 ニノにとって不幸だったのは、彼女にアイの悪役(ライバル)を演じられるほどの才能も覚悟もなかったことだった。

 ニノに何か一つでもアイに勝る才能があれば。才能がなくともアイと真っすぐに向き合う勇気があれば。もしくは彼女たちの関係を大きく変えるきっかけさえあれば。

 ニノの物語はもっといい結末に変わっていたかもしれない。

 

 

――ほんの少しだけ何かが違えば、ニノがアイの友人(パートナー)として成功する輝かしい「IF」の未来を掴めたのかもしれない。

 

 

 それも今になっては、すべてが幻想だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなことになるなら、意地張らずにあの子と友達になっておけばよかった……」

 

 

 

 

 そうつぶやいて、ニノは涙を溢す。

 

 それはニノの、今まで誰にも語ったことのなかった噓偽らざる本音だった。

 

 

 

 

 

 …結局僕は、ニノとは肉体関係を持たなかった。

 さめざめと泣くニノに僕の胸を貸してあげて、僕はそのまま彼女と一緒に一夜を過ごした。

 

「アイは自分が死ぬとき、何を考えてたんだろう。…どんな顔して、死んだんだろう」

 

 僕の隣で添い寝しているニノが、そんなことをつぶやく。

 僕達が最期に見たリョースケの形相はとても酷いものだった。しかし、アイが死の間際にリョースケと同じような悲壮な表情を浮かべて死んだとはとても想像出来なかった。

 

「きっと最期のときまで、笑顔を浮かべてたんじゃないかな」

 

 僕はなんとなく思ったことを、そのままニノに言う。

 あのアイが、死に際に無様な姿を見せるとは思えなかった。最後まで「嘘」をつき通して、最高の笑顔を浮かべたまま死んだのだろう。きっと。

 根拠などない。僕がそう信じたかった、それだけの話だ。

 

「もしかして良介くんに襲われたときも、笑顔を崩さなかったかも」

「なにそれ」

 僕のアイへの過大評価に、ニノが反応する。

 

「自分を殺しに来た相手に笑顔を向けられるなんて、そんなの人間の精神じゃない。バケモノよ。それは」

 そんなことは有り得ないとニノは即座に否定するが、それを言ったニノの表情は憑き物が落ちたかのように大分柔らかい顔になっていた。

 彼女自身、胸に溜めていたものをすべて吐き出して楽になったのだろう。アイを憎むだけではなく、アイの凄さを素直に認める余裕が彼女の心に生まれていた。

 

「もしも本当にアイがそんなキレイな最期を迎えたというなら…

 あの子は本当は人間じゃなくて、人々に愛と夢を与えるために生まれた天使だったのかもね」

 

 ニノは一瞬だけ憧れの表情を浮かべた後、静かに目を閉じてそのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 僕とニノがホテルで一夜を過ごしたあの日以降、彼女がホストクラブに顔を見せることはなくなった。

 悩みが吹っ切れたのか、僕に愛想が尽きたのか、それとも資金が尽きたのか。まあニノとはそれまでの縁だったのだろうと僕は思っていた。

 しかし1か月ほど経ったある日、突然ニノから電話がかかって来た。

 「今から会えないか」という話だった。

 

 

 待ち合わせ場所は喫茶店。ニノはホストクラブに来るときに着ていた気合の入った服ではなく、普段着で僕が来るのを待っていた。

 

「私、次の仕事が決まったの。アパレル系のお仕事よ」

「そっか、よかったね」

 

 ニノが僕に就職先が見つかったことを報告してきたので、僕は彼女が水商売でない()()()の仕事に就いたことを素直に喜んだ。

 ホストクラブの客にはキャバクラ等の風俗業に関わっている女性も多く、仕事で男性客に奉仕するストレスをホストに奉仕させて発散するという本末転倒なことをしている人が割といる。もっとも、風俗業で働くきっかけはホストに貢いで作った借金を返すためだったという女性もそれなりに含まれているが。

 男も女も獲物(カモ)を見つけて店に連れ込み、搾り取る。それが僕達のやっていることだ。

 こんな業界には関わらないほうがいい。ホストをやっている自分が言うのもなんだが、僕は本気でそう思っていた。

 

「ところで、カミキ()()…あなた、本当は女性に言い寄られるの嫌いなんでしょ?」

 

 薄っすらと笑みを浮かべてニノが言う。

 いつの間にか、ニノの僕の呼び方が少し変わっていた。どういう心境の変化なのだろう。

 

「あなたは今でもアイのことを愛している。他の女なんて眼中にない。だから私はこれからはカミキさんとは友人として、清い関係のまま少しずつあなたとの関係を深めていくことにするわ」

「随分と自分勝手な宣言だね。もしかしてタダでホストと遊ぼうという魂胆なのかな?」

「あら、心外ね」

 

 僕が女性が苦手だと知った上で一方的にストーカー宣言をしてくるニノに内心でドン引きしながらやんわりと拒絶するが、そんなことは知ったことかとニノは狂ったような(ガンギマリした)視線を僕に向けてくる。

 

「――私はあなたの『共犯』なんでしょ?逃がさないわよ、カミキさん」

 

 悲報、ニノが完全に病んでしまった。

 …もしかして僕のせいなのかな。これは。




27話の台詞「ヤッた後に」→「ヤる前に」にこっそり修正。
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